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深まる疑念 6

「これは、予想外の結果だな……」


 森の中から二人の男が、ある廃村を見据えていた。

 崩れ去った城壁からは廃屋が丸見えであり、その前にある広場では戦闘が繰り広げられていた。ただ、その戦闘は普通の闘いではない。


 男二人が見据える先には、二人が分け与えた力によって妖魔の様に変化した男達に、標的とすべき探検者達が一挙一動に攻勢をかけてきていた。

 先ほどまで形勢は明らかに、標的ターゲットが不利だった。勝ち目こそあれど、全員が五体満足では帰られない状況であったはずだ。それが今や、立場は逆転しつつある。


「全くだ。これではイヴァン殿になんと報告してよいのやら」


 二人の男はローブのフードを目深に被っていて、鼻から下しか見えない。口周りには長いひげを生やしていて、年は壮年と言った所だろう。


「正直に話すしかあるまい」


 一人の男は苦笑しつつ、目の前の出来事を記憶する。

 素手のままの巨漢の男が一体の実験体を捕え、馬乗りになってその腕でボコボコに殴っている。その一人を助けようと二体の実験体が、巨漢に近付こうとするが、巧みな剣術で舞う女性に阻まれる。


 残りの実験体はその後方で、中年の魔術師と狩人、神官戦士に襲い掛かろうとするも、巨大な炎のトカゲに行く手をふさがれる。


「あんなクズ共に、力を分け与えるから、こんな結果を招いたのだぞ?」


 この実験結果を見たもう一人の男は、明らかに不満そうに歯噛みする。 


「確かにそうであるが、元々はイヴァン殿の提案である」


 このルショスクには幾らでも職を失った破落戸ならずものが、森で賊行為を行うために徘徊している。そういう輩は、居なくなっても捜索願は出ない上に、死んだとしてもすぐにどこからか湧いてくる。

 だからこそ、実験体としてはとても安価で手に入りやすく、金をやる素振りを見せれば即座に協力してくる。



「……しかし、大半が力を発揮する前に殺されてしまっては、元も子もなかろう」


 その分、無能な者も多くいて、この様な結果を引き起こす。


「逆に考えるのだ。30の実験体の内、5体は確実に自らの意志で力を発現し、コントロールしている。それだけでも、大きな成功と言えよう」


 男は満足そうに実験体を見ていた。

 茶褐色に変色した皮膚に、盛り上がって隆起した筋肉と骨格。


 当初、この様な輩に力を提供すれば、必ずと言っても良いほどに、力が暴走して肉塊へと変化していた。それが今や、二人が最も望む姿で探検者と死闘を繰り広げているのだ。


「しかし……。あやつら、全員があの力を使えるかどうか、今となっては確認のしようがないではないか」


 男の言う通り、ここで殺された殆どの賊達が力を発揮できたかは、今となってはもはや確かめようがない。


「そうであるが、魔術に全く素養を見出さぬ者であれほど力を引き出せるのだ。我らが目的としている完全体を作る確証は既に得たに等しい」


 相方の男はそう言うと、実験体に目をやった。本来、この実験は魔術の素養のある者、即ち、魔術師などを対象としていた術である。だが、こうして全く魔術を知らぬものでさえも、力の発現とコントロールに成功している。


 それだけでも、充分な成果を上げていると、男は言っていた。


 魔術に素養のない者が扱えるのであれば、もしも、少しでも魔術に精通していたら、その力の扱い方の幅は広がる。

 特にあの跳躍力と瞬発力には、目を見張るものがあった。

 魔術師の最大の弱みは魔術を扱うことによって、戦闘中に体力を奪われていくことだ。即ち、戦闘に負けた際には、自分が逃げられるだけの体力も残しておかなければならない。


 そうなってくると、大きな魔術を扱う回数も減ってくる上に、戦闘に大きな制約もかかってくる。


 それらを解決するために、自らの魔力を扱わないで、杖やネックレスなどに埋め込まれた魔晶石の魔力を代用して使うのだ。しかし、どちらにしろ魔法を放つ回数は限られる。だが、魔晶石を扱った場合は、自らの魔力を消耗せずに魔法を扱える分、後々の選択肢も増える。

 だが、この実験に成功すればそんな心配さえしなくても済むのだ。


「それにしても、あの者たち、予想以上に強いな……」


 男は実験体と戦闘を繰り広げる五人を見る。


 強大な炎の精霊に守護された後衛の三人の内、弓の扱いに長けた女性が実験体に矢を放つ。正確無比な矢は実験体の頭部に飛んでいき、実験体はそれを腕で庇って致命傷を避ける。

 その隙にもう一体が女性に近付こうとするが、そこに素早くサラマンドルが立ちふさがって行く手を阻む。


「特にあの魔術師……。精霊を、しかもあれほど巨大なサラマンドルを二体も召還して、まだ、なお余裕を見せておる」


「それに完璧に操っているからな」


 中年の魔術師を見た二人は、その魔術の練度の高さに驚嘆していた。

 精霊を召還してコントロールするだけでも、かなり心身を疲弊する。なおかつ、それを二体同時に操るとなると、生身の人間では数分と意識は持たない。


 だが、彼らの見る魔術師はそれを補助の魔晶石さえ持たずに、汗一つかかずに余裕の笑みさえ浮かべて精霊のコントロールをこなしている。これほどまでに熟練した魔術師は、黒魔術師でもなかなかいない。


「証拠を掴まさぬように、抹殺すべきでは……」


 不安にかられた男が、そう口ずさむ。


「あの魔術師、あれでもまだ本気は出しておらん。我らが束になったところで、まともにやりあえるとは思えぬが……」


 明らかに実力は相手が上、それは十分に承知している。何よりも、あの魔術師の周りにいる女性と大男もかなりの手練れだ。彼らの連携を見れば、二人だけでは敵わないのはすぐに判断できる。


「ここで無茶することもない。実験の成果も十分にあった。長居は無用」


「ふむ。そうであるな。我々の監視目標はあくまでも、あの廃棄物であるからな」


 一人は満足げに笑みを浮かべていた。一方の相方の男は不機嫌そうな表情をしている。二人はこれ以上得られるものはないと判断して、森の中を進みだしていた。


 二人が進む方向は、この村から更に南西方向である。

 そんな二人を他所に、まだ背後では壮絶な戦いが繰り広げられるのだった。



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