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深まる疑念 5


 賊達が地面に赤い海と肉塊の島を作り出し、その中央でコズバーンは息を一切乱すことなく静かに佇んでいた。静寂が一帯を支配し、生き残った賊達は戦慄して動けずにいる。


「……なんだ。この程度か。だらしない」


 コズバーンの戦いぶりはいくら賊達が特殊な力を持っていても、戦意を奪うのには十分だった。向かって行った仲間たちの大半が、コズバーンの一撃で屠られていく。その様をむざむざと見せつけられ、完全に戦意を喪失していた。


 もはや、彼らの立ち向かおうという意志に、体が従わない状態だ。


 そうして、生き残ったのが、コズバーンから離れた所にいる4人だった。


「流石は、オステンギガントの名は伊達ではありませぬな」


 ジュナルが叫ぶように声をかけると、コズバーンは腰に剣をしまっていた。


「お前らの様なゴミを斬っても、後味が悪いだけだ。今なら見逃してやってもよいぞ?」


 返り血によって、血塗れになったコズバーンを前に、賊の4人は身動きを取れないでいた。


「く、役立たずどもめ! 力を発揮せずに死にやがって。俺達は変わったと何度言えばわかる?」


 廃屋に佇む男が叫ぶと、4人は即座に助けを求めていた。


「か、頭あ、こいつは、こいつは規格外ですぜ! 俺達がこんな化け物相手に勝てるわけねえ」


 男達が情けなく叫ぶと、廃屋に居た男は頭を掻きながら答えていた。


「ち、仕方ねえな。てめえら、あいつらに教えられただろうが! これが俺達が得た新しい力だ」


 男はそういうと、腹部に力を入れてうめき声をあげだす。それと同時に男の体に変化が生じ始めた。


 筋肉がパンパンに晴れ上がり、着ていた服をぶち破る。皮鎧は留め具が弾け飛び、その場に落ちていた。皮膚は茶色く変色していき、男の顔付も一気に変わっていく。


 前歯に牙が生え、顎から鼻にかけて、全体的に顔が伸びていた。

 もはや、男は人ではない何かに変化している。

 顔付だけで言うなら、毛のない犬の様なおぞましい生き物だ。


「ガハァア。いい気分だぜ」


 人ならざる者、それは人であって人に非ず。まるで妖魔の様な醜悪さを体現した者。


 男だった者は自分の体の変化に満足しているらしく、腕を動かして見たり、筋骨隆々な自らの二の腕を眺めたりしていた。そして、アストール達に顔を向ける。


「人が化け物に……」


 アストールは唖然として、その光景を見据えていた。

 彼女かれは反射的に剣に手をかけるとその場で抜刀していた。剣を握る手にも、自然と力が入る。今の今まで妖魔を討伐した経験は数知れず、それでも人が化け物に変化することなど、アストールは全く経験がなかった。


「主よ。数多の戦場をかけてきたが、これは我も初めて目にする」


 流石のコズバーンもこの現象には戸惑いを隠せないでいた。倒したはずの男が起き上がり、それがましてや妖魔の様な化け物になったのだ。

 普通ではない何かが起きている。分かるのはそれだけだ。


「みんな警戒してかかれ」


 アストールは号令をかけると、コズバーンの周りに一同が集結する。


 メアリーが駆けながら、コズバーンの横まで来て弓を構え、廃屋に佇む標的に対して素早く矢を放つ。絶対的な一撃、狙い通りに矢は一直線に狙った頭部へと飛んでいく。だが、飛んでくる矢を標的の化け物は首を捻るだけで避けて見せていた。


「うっそ。今のは当てたと思ったのに!」


 次に矢を構えようとしたその時、廃屋の中から化け物は飛び出し、一直線にメアリーへと走っていく。その尋常ならざる獣の如き速さに、全員の対応が遅れる。化け物は飛び掛かる途中に腰の剣を抜いて、メアリーを真正面から切り裂こうとする。


 彼女はその光景を前に、反応が遅れて身動き取れない。身に迫る白刃を歯を食いしばって見据えていた。自らに迫る白刃は、妙に速度が遅く感じられた。


 振り下ろされた剣。


 刹那、甲高い金属音が響き渡る。


「ぐぅう、重い……」


 メアリーの視点はその場で目まぐるしく転がるように変わり、目の前には化け物の剣を受けるアストールの背中があった。性別が変わる以前の時の様な頼もしさこそないが、それでも彼女かれの背中にメアリーは男気を感じていた。


 尻餅をついたメアリーは、アストールの背中を呆然と眺めていたが、すぐに気を取り直して、その場から立ち上がって後ろに下がる。

 そして、すぐに弓を構えて、男に向けていた。だが、この位置では、化け物に当てるよりも、アストールに当たる可能性の方が高い。引き絞った弓を構えたまま、メアリーは唾を呑んでいた。


「小娘ェ、片手とはいえ、俺の剣ヲ受けれたこと、賞賛してやる。だが、ここまでだ」


 化け物が腕に力を入れれば、軽々とアストールの剣は力負けして、自分の体へと両刃剣の刃が迫る。


(や、べえ、つええよコイツ)


 アストールは毒づきながら、どうにか押し返そうと両手に、両腕に全身を使って力を入れる。


 無情にも化け物の刃を押し返すことはできなかった。どんなに力を入れようとも、迫る刃の勢いは落ちない。男であったならば、この力に多少は抵抗できていただろう。


 アストールは自分の非力さを悔しく思いつつ、歯を噛みしめながら自らに迫る剣を見た。


(くっそ! ここまでかよ!)


 アストールの目の前の化け物は、その不気味な顔に笑みを貼り付けていた。


「所詮は小娘、頑張ったところでどうしようもな……」


 化け物は言葉を続けようとしたがその矢先、アストールの前から突如姿を消す。突然、化け物が居なくなったことで、アストールは態勢を崩して前のめりに倒れそうになる。


「いくら早く動こうと、動きを止めれば同じこと」


 コズバーンはそう言って、突き出した拳の先を見据えていた。その先には渾身の一撃を真面に受けて飛んでいく敵の姿があった。コズバーンはゆっくりと態勢を立て直して、拳を掌で覆ってボキボキと骨を鳴らす。


 吹き飛んだ化け物は地面に転がり、土煙を上げて激しく転倒していた。かなりのダメージがあったらしく、胸を押さえてゲホゲホと咳き込んでいた。


「……助かった。コズバーン」


 アストールが素直に礼を言うと、コズバーンは険しい表情で生き残っていた賊の四人へと顔を向ける。


「礼などいらぬ。それより、主よ。これは少々厄介なことになったな」


 コズバーンの声でアストールも脅威が増えたことに気づいた。

 残りの四人も先ほどの男同様の変化を見せていたのだ。筋骨隆々という次元を超えて体躯は更に大きくなっていた。


 髪の毛は見る見るうちに抜け落ちていき、土色の肌へと変化していく。口は裂けて鼻から顎にかけて突き出していく。体の急激な変化に対して、男達は断末魔の叫び声をあげていた。

 ボロボロと装備品が地面に落ちていき、化け物と言うに相応しい外見へと変化していた。


「一体、どうなってんだよ! このルショスクは!」


 アストールは態勢を立て直すと、剣を構えなおす。

 五体の化け物に対してこちらの人数は五人だ。数の上ではイーブンだが、実質前衛で戦えるのはコズバーンとアストールの二人だけ、レニはジュナルとメアリーの護衛に回るしかない。


 一瞬動きについていけなくなるほどの瞬発的な俊足と、片手で相手の剣を軽々と押し込めてしまうほどの、人ではありえない力。そして、何より、妖魔のごとき強靭な肉体と生命力を持っている。


「道具使ってくるから、余計に厄介だ」


 アストールは前の四体を見据えていた。手には剣や斧を握っていてる。普通の妖魔と違うのはその闘争本能のまま動くのではなく、理性を持って行動して道具を使用することだ。


「圧倒的に不利……か」


 コズバーンの強さを頼りにするだけでは、この5体を相手に勝利するのは無理があった。素早い動きに対応しずらく、尚且つこちらは後衛を守りながらの戦いを強いられる。とても、攻められる状況ではない。メアリーも先ほどの攻撃を避けられたことに、多少のショックを隠せずにいる。


(まずい……。非常にまずいな。雰囲気に圧されてる)


 アストールは仲間の様子を見て、余計に不安感をあおられた。自信をなくしたメアリーに、実戦経験の浅いレニ、そして、コズバーンも武人故に、周囲の不安を感じ取って自然と不安感に呑まれつつある。


「みんな、気を取り直せ! 相手はただの道具を使う妖魔だと思えばいい!」


 アストールは全員を鼓舞するために、力強く叫んでいた。

 相手は巧みに連携をとることができ、道具も使い、強靭な肉体をもっている。

 普通の妖魔よりも断然性質が悪く、負傷者を出さずに勝つことはできそうにない。


 そんな雰囲気を、その場にいる全員が感じていた。

 アストールが背中に冷や汗をかきつつ、前方の4体に気を集中させる。

 

「ふむ。どうやら、拙僧も少し本気を出さねばならぬようですな」


 ジュナルは真剣な顔つきで、杖を構えると目をつぶっていた。


「万物を構成する火の神イフリヒトよ。その体に宿る煉獄の炎より生み出した精霊を我がしもべとしてここに遣わさん! 出でよ、地獄の炎を司りし者! サラマンドル!」


 ジュナルが詠唱を終えると同時に、杖の先端より煉獄の炎が吹き出てて、彼の両脇へと二つに分かれて一定の場所へと集まっていく。

 二つの炎の塊はジュナルの杖より、炎を受け取るにつれて勢いよく燃え広がっていく。業火を見舞うかの如く、大きな塊となっていた炎は、瞬時に形を変えていた。


 細長い体に撓る尻尾、長さの均等な四肢を持った炎のトカゲ、それがサラマンドルだ。かつて、ゴルバルナがサラマンドルを使役した時、アストールは一度だけ対峙したことがある。魔力の炎の塊故に、普通の剣では斬る事さえかなわなかった相手、あまりいい思い出はない。


 それでも、アストールは目を見張って、サラマンドルを見ていた。かつて対峙して戦ったサラマンドルとは、大きさが格段に違っていたのだ。

 ゴルバルナの使役していたサラマンドルは、精々男の時のアストールと同程度の大きさだ。だが、ジュナルが使役したサラマンドルはその二倍に匹敵しようかという大きさだ。


 しかもそれを二体も使役しているのだ。


「ふむ。久々の召喚魔術に、失敗するかと思ったが、中々良い出来であるな」


 大きな火のトカゲ二匹を召還したにも関わらず、ジュナルは汗一つかいていない。それどころか、喋る余裕さえ持ち合わせていた。


「さて、これで拙僧らの守護はできた。あとは思う存分に、暴れてこられよ」


 ジュナルは笑みを浮かべて、アストールとコズバーンに声をかけていた。

 これほどまでに強大なサラマンドルを召還して、なお、笑顔を見せる余裕。アストールも長い付き合いだが、彼の本気をいまだに見た事はない。これでまだ余裕があるのだから、魔術に関しては本当によく修練を積んできていることがわかる。


「ジュナル、ありがとう」


 アストールは一言礼を告げる。壊滅しかけていた士気を、ジュナルの魔法が一気に押し上げてくれた。ここまで露骨に強力で大きな魔術を味方にした時の、心強さは計り知れないものがある。メアリーとレニにも少しだけ余裕が戻り、普段通りの動きをしてくれる。そう判断したアストールは、コズバーンと顔を見合わせる。


「では、主よ」


「暴れるとしますか!」


 後ろのガードはジュナルがしてくれる。気にするのは正面のみでいい。

 これほどまでに背中を任せられるのも、ジュナルが居るからだ。信頼できる仲間に背中を任せて、二人は正面の四体に向かって、走り出していた。



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