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深まる疑念 3

「判断をぬかったか……」


 第一近衛騎士団団長室にて、机の上にある資料に目を通してグラナは呟いていた。眉間に皺を寄せて、大きく溜息を吐くと、頭に手をやって考え込む。


「ルショスク領からの援軍要請……。これほどまでに強力な妖魔が来ていよう所に、エスティナを送ってしまうとは、失態であるな……」


 事務員より手渡された資料には、ルショスクの現状が記してあった。

 概要は多数の妖魔の出現と、その頂点に君臨する妖魔ヴェヘルモスが現れたという事。その時点でグラナはアストールに連絡を取るために通信水晶を使って呼び出そうとした。

 しかし……。


「通信水晶による会話さえできぬとなると、呼び戻す手段がない……」


 水晶による直接の呼び出しは、なぜかできなかった。その原因を宮廷魔術師に問い詰めた所、相手方が何らかの結界内にいることが考えられると返答してきた。

 安否の確認すら困難なうえに、連絡の取りようもないとなると流石のグラナもお手上げだった。


「とはいえ、何もせぬわけにはいかぬし……」


 既にグラナの元には国王より勅令で軍を編成して、ヴェヘルモス討伐とルショスクに蔓延る妖魔の討伐の命令が下されていた。現在第一近衛騎士団所属の騎士500名の内、王都ヴァイレルで動けるのは100名のみ、それに加えて国軍の1000名が指揮下に入り、宮廷魔術師も10名が随行する事が決定している。


 この一個の軍団の指揮官を誰にするかで、グラナは頭を悩ませていた。


 第一近衛騎士団には横領、賄賂などで動くような不摂生な騎士はいない。その点では安心できるのだが、かつてエスティナを排除しようとしたエストルと同様、代行とはいえ女性騎士を良く思わない騎士が多い。そして、その傾向は経験を積んだ歴戦の騎士ほど強いのだ。


 下手な人選をすればエストルの二の前になりかねない。


「ふむ……。どうしたものか」


 一人頭を抱えるグラナは、三名の指揮官の候補を決めていた。


 一人目はベロル・フェイバス。53歳と老年前ではあるが、西方遠征に行った際には多大な功績を遺した男で、実戦経験も豊富だ。この程度の軍団の指揮はおておもの。ただ、彼は対妖魔戦の経験は浅く、妖魔の事に関しては知識がさほどない。指揮官としては優秀だが、それは相手が軍隊の場合のみ。少しでも不安要素があるならば、それは排除しておきたい。


 次にジェルシー・ヴェイナール。年は45歳と壮年であり、指揮官としてはそれなりに優秀である。何よりも妖魔討伐に多く出向いていて、かなりの経験を持っている。


 その上部隊規模での妖魔討伐戦にも参加、指揮を執った経験があり、なおかつそれでかなりの成果を上げているのだから、今回の指揮官にはかなり適合性が高い。ただ、エスティナをあまりよく思っておらず、排除する行動こそないものの、周囲にはエスティナが入ってきたことに対する不平を漏らしているという。


 そうなってくると、消去法で最後の指揮官が抜擢される。それが彼、ギルム・ティルフィアド。


 齢35とかなり若いが、西方遠征、妖魔討伐での指揮経験をもっている。さほど大きな成果はあげてはいないが、部下からの信頼も厚く、何より兵士の生存率で言うならば彼が一番高い。また、高潔な騎士道精神の持ち主であり、人格者としても名高く、西方遠征で征服した街の治安維持では地元住民の信頼すら得ていたという。


 エスティナに対してもある程度の理解を示していて、三人の中では一番無難な選択ではないかとグラナは考えていた。


「やはり、ギルムがよいかな……」


 グラナが頭を悩ませながら指揮官を決めあぐねていると、突然ドアがノックされる。ゴンゴンと大きな音で二回、あらあらしく叩かれてグラナは一瞬だが気分を悪くする。


(人が考えておる時に……。一体誰だ?)


 グラナは不機嫌そうな表情を消すと、優しい声で扉に叫んでいた。


「誰かね?」


 しばしの沈黙の後、扉の向こうからは、扉越しの籠った声が聞こえて来ていた。


「わたくし、レイナード家の次男、ベルナルド・レイナードです。この度のルショスク討伐の件で馳せ参じました」


 グラナは声の主の名前を聞いて、ふと疑問に思う。

 自分はレイナード家と縁もゆかりもない上に、召喚した覚えもない。それでなお、自分の元に来たのだから、確実に何かある。


 レイナード家と言えば王国の陸運で多額の財を築き上げたかなりの名家である。西方遠征では中央と西部からの兵站輸送の大部分を担っていて、かなりの功績を残している。今では子爵の爵位を授与されて、国王とも度々謁見するほどこの国に貢献していた。


 その名家の次男坊が、なぜこの第一近衛騎士団の団長室に用事があると言うのであろうか。グラナはすぐに不信感を抱いていた。


「入りたまえ」


 グラナはその不信感を払拭するために、ベルナルドを室内に招き入れる。すぐに扉が開き、そこにはスラリとした線の細い美青年が佇んでいた。金髪に整った顔立ちはそこらにいる淑女の誰もが二度見してしまうだろう。


「要件とは何かね?」


 グラナは扉を閉めて目の前まで歩み寄ってきた青年に、鋭い目つきで見据えて問うていた。それでもベルナルドは全く動じることなく、ハキハキとした毅然とした物言いで答えていた。


「はい。この度の妖魔征伐、この私めに指揮を執らせて貰いたいのです」


 突然の申し出に対して、グラナは一瞬固まる。そして、彼を見つめたまま問いただす。


「今なんと申した?」


「は! ルショスク領に蔓延る妖魔の討伐隊指揮を私に執らせてほしいと言ったのです」


 グラナは突然の訪問者の物言いに唖然として、しばし返す言葉を忘れていた。ここまで急な話を出されて、流石のグラナも混乱する。一体どこの誰の手が回ってきたのか。


 思考が逡巡するグラナは、それでも辛うじてその理由を聞いた。


「また、なぜ、卿が指揮を執らねばならぬのだ?」


 できるだけ声を荒らげないように、グラナは我慢しつつベルナルドに聞く。


「は、私も齢27となりました。しかし、私はいまだこの国に何一つこれと言って貢献していない。だからこそと考え、ルショスクの討伐隊の指揮をしてこの国に貢献をしたいと思っているのです!」


 ハキハキと答えてはいるが、言っていることはむちゃくちゃだ。


 要約すれば、やることないから、ルショスクの討伐をやらせろと言ってるも同義。たかだか一貴族の次男坊が、これほどまでに重要な任務の指揮を執ることなど普通ではありえない。


 ましてや、軍属の人間でもなければ、武家の名門家でもないのだ。どんな事情があれど、そんな事はまかり通らない。さすがのグラナも声を荒げそうになる。見る見るうちに表情を硬くしていくグラナを見て、ベルナルドは即座に口を開けていた。


「とはいえ、私が急に指揮を執ることを、ご了承いただけないのは百も承知です。私の家は武家ではありませんし、何より自分が軍属でないのは周知の事。だからこそ、私はこの書を持って訪ねたのです」


 そう言って彼は懐より筒状の管より丸めた書面を取り出していた。グラナは不信感を募らせつつ、その書面を受け取って中身を確認する。そこで再び言葉を失っていた。


「な、なんだ。これは?」


「なんだと申されましても、これは国王陛下からの直々の勅書にございます。指揮権のみならず、検閲、治安維持行動、作戦に至るまで、ルショスクにおける部隊の行動は全て私の指揮内に治める事。違反した者は国王に盾つくことも同じ、反乱者という事です」


 ベルナルドは得意げに言うと、不敵な笑みを浮かべて続けていた。グラナは勅書におされた勅印を何度も確認する。だが、その勅印は唯一王が持つことを許された印であることに間違いはなかった。


 急な変更と正真正銘の国王の勅書。

 グラナが何度も書を読み返している間に、ベルナルドは続けて言っていた。


「ご安心ください。私も傭兵を500名ほど雇入れましたから、彼らと併せて1600名。あの地域の妖魔征伐には大所帯過ぎると言っても過言ではありません。それに私は持ちうる財すべてを持って、兵站も確保しております。今回の征伐は必ず成功させますよ」


 さも既に成功したかの様な態度の若者を前に、流石のグラナも憤怒を隠せなかった。とはいえ、勅書の勅印は正真正銘の国王のもの、下手に逆らう事も出来ない。

 もしも、ここで意を唱えようものなら、この男は即刻国王への謀反とでも言って、グラナをすぐに第一近衛騎士団長の職から降ろしかねない。


 グラナはけして保身のためではなく、この後の事を考えてあえて自分がここに残る意義があると判断した。何より反対した所で、この事は変更することは不可能であろう。


 しばしの沈黙の後、グラナは声を荒げることなく静かに言っていた。


「……近衛隊の指揮はこちらで決めた指揮官によって行わせてもらう。彼らを指揮したいのならば、指揮官に命令を下す形をとってくれ」


 グラナは唯一の妥協点を即座にベルナルドに提案する。これ以上、近衛隊の指揮を他人に任せるわけにはいかない。グラナを思いを知ってか知らずか、彼は笑みを浮かべたまま答えていた。


「良いでしょう。で、その指揮官のお名前は?」


「いずれわかる。出陣する前に伝えるゆえに、それまでお待ちいただきたい」


「はい。ご了承いたしました。それでは話は変わりますが、これより、編成についてより言ってお聞きしたいことがあるのですが、よろしいかな?」


 ベルナルドはグラナを真っ直ぐと見つめて問うと、彼もまた目を放すことなく答える。


「なんだね?」


「近衛隊の指揮権は先ほどあなたが申したようにしましょう。しかし、権限としましては、我が傭兵の方が上であり、近衛隊はそのサポートに回ってもらいたい。何分、近衛隊は妖魔との戦いは不慣れでしょうからね」


 作戦上の権限は近衛隊よりも、傭兵部隊の方が上と言う扱いにしようと言うのだ。もしも、傭兵部隊が二流以下の部隊の集まりであり、悪事を働いた場合は、近衛騎士に彼らを裁く権限は有さないも同義の事。そうなると、流石の近衛騎士の面子も丸つぶれだ。


 笑みを浮かべるベルナルドに対して、グラナは遂に怒りを露にする。


「そのような事、容認できるわけがないだろう! 我ら由緒ある近衛騎士が、たかが、傭兵風情の下に付くことなど言語道断である!」


「ほほう? 私のいう事が聞けないという事ですかな?」


 ベルナルドは意地悪い笑みを浮かべて、グラナを見据えていた。

 彼はあくまで引き下がるつもりはなく、ベルナルドを睨み付けたまま膠着する。二人の間には石と石のぶつかり合いによって、見えない火花が飛び散っている。


「それだけは容認できん。万に一つ、傭兵が狼藉を行った時、近衛騎士隊にそれを止める権限がないということではないか!」


「私の雇入れた傭兵が信用ならんと言うのですか? それは国王を信頼していないという事と同義になりますよ?」


 ベルナルドの意地悪い笑みを見て、グラナは喉の奥から出かかった言葉をおしこめる。国王に真に忠義を示すならば、その身を捨ててでもこの男の勅書を取り下げることを進言するべきこと。


 グラナは次の言葉を発するよりも前に、ベルナルドに対して冷たく言っていた。


「話にならん。すぐに出ていけ! この件はまた後ほど話をする!」


 グラナはそう言うなり、席から立ち上がると大股でずかずかと歩き出す。彼はすぐに部屋の扉を開けて出て行っていた。残されたのはベルナルドただ一人だけだ。

 彼はグラナの背中を見送ると、不敵な笑みを浮かべて呟いていた。


「国王に直談判しに行ったか。ふん、無駄な事を……。既に根回しは済んでいるというのに……」


 ベルナルドは呟き終えると、軽やかな身のこなしでその場から歩みだしていた。

 彼にはやるべきことがあるのだ。すでに決まった討伐隊の新たな編成と兵站整備という国王直々からの大命をなさねばならないのだ。


 そして、その先にあるある目的を達成した時、初めてこの国に貢献できたと言える。ベルナルドは自分の信じる道を行くために、強引な手口で物事を推し進めるのだった。




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