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深まる疑念 1

 立ち上る朝日が高原の地平線より顔を出し、朝もやに紛れながらも辺りを明るく照らし出す。冷えていた空気は徐々に暖められて、霧をもってして気温の上昇を知らせていた。

 突き刺すような強烈な光を発する太陽は、それでも一日の始まりを知らせる美しい光と言うに相応しい。

 ルスランはルショスクの城の尖塔の窓より、昇り始めていた太陽に照らされた領都ルショスクを眺めていた。


 かつて、このルショスク領は活発に動き回る商人たちでにぎわい、豊富な鉄鋼資源によって得た資金で栄華を誇っていた。領都ルショスクもその例外には当たらない。だが、この領都よりも賑わいと活気に溢れていた街があった。

 それがこの領都から直線上南にある今現在は誰も住まない街、ルショスク衰退の象徴、廃都市「ショスタコヴィナス」だ。


 ルショスク領の中でも、最も良質な鉄鋼資源を算出していた鉱山を有していた。

 かつてはルショスクで産出される鉱石の5割をショスタコヴィナスが算出していた。人口は出稼ぎ労働者達が集まることによって5万人の大都市となり、その盛況さと栄華はこの地の最盛期を象徴していた。

 だが、それも過去の栄光に過ぎない。


 王国中央地域で鉱山が発見され、ここ数十年で一挙に急成長したのだ。大量に安価な鉄鋼資源を算出でき、尚且つ王国の主要都市に近い事もあって、次第にルショスクの鉄鋼業界は求心力を失っていた。


 主要都市より距離が離れていたため、鉄鉱石の輸送賃が中央に比べてかなり高かったのだ。また、もとより質が良いため、鉱石の価格が高いと言うのも敗因の一つだった。


 だが、一番の原因は中央政府、言わばヴェルムンティア王国がルショスクの鉄鋼業界に対する救済対策を怠ったことが原因であった。


 王国は中央の鉄鋼業を育てるために、敢えてルショスクを見捨てた。それどころか、ルショスク産の鉄鉱石には輸送税という税金を上乗せして更なる価格の高騰を引き起こして、完全なる政府のルショスク潰し政策をとっていた。

 それもあって今や、王国の思惑通り、ルショスクは興廃していた。


 ショスタコヴィナスもその影響からは逃れられず、遂には閉山していた。


 ショスタコヴィナスに働きに来ていた労働者の殆どが、田舎より出てきた出稼ぎ労働者だ。働き口を失った田舎からの労働者は、故郷へ帰郷してしまっていた。

 労働者の消費を糧としていたショスタコヴィナスの経済活動は完全に停止してしまい、次々に商人達も街を後にしていた。そうして、最後の住人が出て行ったのが、10年前のこと、今やショスタコヴィナスは廃墟となっている。


 10年の歳月は妖魔の巣窟を作ることとなり、その中にはつい最近現れたヴェヘルモスも含まれている。


 だが、それらの問題に対して、このルショスク領単独で対応するには負担が大きすぎた。経済は落ち込み、傭兵や探検者を集めるお金もない。


 何より、若い人々が次々と領外へと移住していることが、ここルショスクを衰退させている一番の原因だった。住みにくく、妖魔はうろうろしていて、賊も多い。治安も最悪なうえに、領主は資金難のため、これと言った打開策を打つこともできない。


 そして、また人口の流出と言う最悪のスパイラルを引き起こしていた。


 衰退していく故郷に憂う想いを馳せつつ、ルスランは領都の尖塔から見える朝日を見て目を細める。


(全く、憂鬱だ)


 生まれも育ちもこのルショスクの下町育ちの彼は、憧れの地方騎士隊に入る事ができ、今では守備隊長にまで成り上がっている。だからこそ、彼は部下に呟くように言う。


故郷くにを脅かす者は許せんな……」


 部下の騎士はゆっくりと頷いて見せる。

 ルスランはその燃える思いを胸にしまいつつ、後ろに控えていた部下に聞いていた。


「所であの女近衛騎士達の動きはどうなっている?」


 部下の騎士は彼に対して、はきはきとした声で答えていた。


「は! 宿から出て動き回っているみたいです。新しい情報によりますと、ショスタコヴィナスの方向へと向かったという情報を得ています」


「……ショスタコヴィナスに?」


 ルスランが鋭い目つきで部下に振り向くと、彼は大仰に頷いて見せる。


「目的はわかりません……。密偵の報告によると、探検者の連中に紛れて独自に調査を進めているとか」


 ルスランはその言葉を聞いて眉根をひそめていた。


「ふむ。そうか……。いらないことをしてくれなければいいがな……」


 ルスランは暫し一人考え込むと、部下に一言だけ告げていた。


「まあ、いい。手は幾らでも打てる。それよりも、我々も調査に向かおう」


 そういうなり、ルスランは尖塔の螺旋階段を下りていく。

 ルスランは階段を下りきると、尖塔の根元にある扉を開けていた。


 これからはキリケゴールの調査だけではなく、あの巨大妖魔ヴェヘルモスの事も考えて動かなければならない。正直な話、もはや、地方騎士隊の力だけでは解決できるレベルの話ではない。


 ここで変な意地を張って、本国の援軍を突っぱねていれば確実に痛い目をみるだろう。だからこそ、領主は本国に援軍を呼んだのだ。


「……本国の援軍が来る前に俺たちだけでケリを、つければいいが……」


 ルスランはそう呟くが、内心では半分あきらめていた。


(まあ、無理だろうな……)


 彼は塔から出ると、速足で城内の敷地の広場の方面へと向かっていた。

 塔から出て続く廊下、その横にはルショスク城の中央広場が広がっている。

 普段ならここは騎士達が互いに修練をして、汗を流す場所として使われていた。だが、今やその騎士達も殆どがあのヴェヘルモスに殺されている。そして、その代わりに訓練を行っているのが……。


「もっと脇を閉めろ! 槍は攻撃距離が長い。妖魔といえど、下手に近寄られる前に、このリーチを生かして仕留める事も可能だ! 一度ついた後は左手首を捻り上げ、傷口を広げろ! そうすれば、相手に致命傷を負わせられる」


 新品の兵装を身につけた兵士達が、騎士の指導の下、槍を手に訓練に励んでいる。その数はざっと見た感じで200名はくだらない。


 だが、その新兵を目にしても、ルスランの気持ちは晴れることはなかった。


「けど、こうなっちまうと、もう、俺たちだけの手じゃ負えないわな」


 ルスランは立ち止まって兵士達の訓練を目にして呟いていた。

 兵士には若い男から、初老を迎える前の男まで、その年齢層の幅が極端に広い。それでいながら、彼らは皆新兵なのだ。これが何を意味するのか。それは……。


「街の市民や村人を徴用して兵士に仕立て上げる。こんな急ごしらえで、精鋭部隊の穴埋めなどできないでしょうね」


 ルスランの部下は心配そうに兵士達を見つめていた。

 誰もが故郷を守るという意思を燃やした目で訓練に励んでいる。だが、必ずしもその意思に技量が伴っているかといえば、そうではない。所詮、彼らは一般人なのだ。


 訓練された兵士達に比べて、士気の上がり下が極端であり、練度も低い。そんな兵士達を前線に投入はしたくないし、できるなら後方で警備に当たってくれるのが騎士隊としても戦いに集中できていい。


 だが、実際は優秀な騎士の損失を恐れた領主は、これらの新兵を前線に出すことを要望している。


「全く、参ったな……」


 ルスランは腕を組んで兵士達の訓練風景を見る。指揮官として従いている男は、彼のよく知る男だ。基本的にプライベートになれば無口だが、訓練時は信じられないほどの大きな声で叫ぶ。


「違う! そうではない。突き刺した後、相手の肉を抉るために左手を使って柄を回せ!」


 直々に訓練を施すその姿は正に鬼教官そのものだ。だが。新兵達も故郷を守るためと、必死でその訓練に励んでいた。


「末期だな……」


 新兵の多くを民間人から徴用することは、この世界の国々において決して珍しい事ではない。だが、常備軍を有する制度を設けたヴェルムンティア王国ともなれば話は別だ。


 軍の兵役に就くのに必要なのは王国の国籍のみ、体一つあれば誰でも兵隊になれる。完全志願制のため、応募定員も毎年決まった数しかとらないし、何より各領の広さと領民数に見合った兵員数以上は、兵士を採用できない仕組みになっている。


 その反面で農民は農民の仕事に集中でき、各町の職人は各々の仕事に集中できる。安定した経済活動が確保でき、食糧に困ることもない。すぐれた制度だ。


 だからこそ、王国は他国の追随を許すことない栄華を手に入れられた。


 それが地方となると、この有様だ。


 ルショスクは領地に比例した軍を持っていたが、それはあっという間に壊滅した。予備軍も保有する余裕のない地方に至っては、現地で兵を調達するしかない。それが市民の徴用だ。


 昨今、援軍の要請の使者が王都についたらしいが、西方遠征で疲弊した王国軍が、こんな辺境領にどれ程の戦力を寄越すかもわからない状況だ。


 制度の目的が本末転倒となる市民の兵士徴用。


 それはこの辺境領に残された最後の手段でもある。この地方が完全に行き詰まっていることを暗に示していた。そんな故郷の状態に苦笑するルスランは、広場を抜けて城門前に止めていた馬の元へと駆け寄っていた。


「おし、引き続き、予定通りの行動をとるぞ。遅れるなよ」


「は!」


 ルスランは部下に命じると、馬に跨って街へと駆け出していた。部下もそれに続く。彼らの任務はあくまで行方不明者の捜索と、犯人の捕縛だ。それらの証拠を集めるため、ルショスクの地へと二人の兵士が消えて行っていた。




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