新たな依頼(オーダー) 4
「やるじゃないか。すごいな!」
アストールは後ろからかかる声に振り向く。
いつの間にか先ほど銅貨を渡した探検者が来て、満面の笑みを浮かべて声をかけてきていた。
「あら、暖かく見守ってくれてた探検者さんじゃない」
皮肉たっぷりにアストールが言うと、探検者は苦笑する。
「ははは、これはどうも。でも、面倒事には首は突っ込むな。は探検者の常識だろ」
探検者の答えに、アストールは彼らの性分を改めて知った。彼らは確かに命を張って仕事はする。だが、それはあくまでお金をもらった上でのことだ。金にならない面倒事には、無関心でいる。
それが彼ら探検者を生業にした人々の性だ。
「あ、そう。それにしても、ここって、前からこんなガラが悪いの?」
アストールの問いかけに対して、探検者は小さく溜息を吐いていた。
「以前はもっと、静かだったよ。ここ十年で一気に町が静かになってね。盗賊や逃亡者なんかが村の廃墟に住み着いたり、廃鉱山に妖魔が出没するようになってからは、ああいう小銭稼ぎの連中が居ついちゃってな」
探検者は遠い目で、情けなく走り去る男達を見すえる。
妖魔討伐に関しては、その生息数を調べるだけでも、探検者連盟よりそれなりの報酬が支払われたりする。それに加えて、この過疎化した領地では、盗賊討伐などの委託依頼もでていたりする。
「ああいう腕のない奴らは、その内ほっといてものたれ死ぬんじゃない?」
アストールは探検者に対して問いかけると、彼は複雑な心境で語る。
「勝手に野垂れ死んでくれれば苦労ないさ。ああいう輩は、弱い奴には我が物顔で横暴を振舞うから、賊に成り下がるってことも珍しくない。実際、この前賊の討伐で行ってみたら、ついこの間まで、ここに居た探検者がその賊だったなんてこともあったしな」
浮かない表情を浮かべる探検者は、このルショスクの行く末を憂いていた。賊の討伐依頼を受けた探検者が、そのまま賊化するといった例もここルショスクでは珍しい出来事ではない。
その現状を目の当たりにしているからこそ、探検者は重い溜息を吐いていた。
「そっか。苦労してんのね……」
アストールも気を使って、不用意な発言をせずに探検者の表情を伺う。
暗い表情を浮かべている彼に、どう言葉をかけていいのかわからない。そこで彼女はふと思う。この探検者がなぜ自分に態々声をかけに来たのか。
先ほど誘いを断った上に、ある程度の実力を目の当たりにしている。軟派が目的ではないことは確かだ。
「それよりも、私に何かようかしら?」
アストールが問いかけると、探検者は意表を突かれたのかあっけらかんとした表情を浮かべていた。
「君は鋭いね。実は集会所の管理者が、君を呼んでこいって五月蝿いんだわ」
怪訝な表情を浮かべるアストールの脳裏に、嫌な予感が過る。
そんな彼女に構わず、探検者は笑みを浮かべて言っていた。
「君に大仕事を、頼みたいってさ」
普通の探検者なら、目を輝かせて喜ぶ話だ。しかし、アストールは引きつった笑みを浮かべるしかなかった。ただ単に情報が欲しいが為にこの集会場へと来た事が、あらぬ方向へと状況が転がろうとしている。
(大仕事だって、言われても、困るな……。まあ、断れば済む話だ。気にすることはないか)
アストールはそう考えつつも、何故か不安感を煽られる。彼女が中に入れば、すでにジュナルが集会所の管理者に話しかけられその対応に四苦八苦している様子だ。
「いやはや、魔術師を連れた探検者など、本当に珍しい。是非ともこの依頼を受けてほしい」
目を輝かせて迫りよる体躯の良い男性管理者に、ジュナルは苦笑して答える。
「とんでもない。拙僧はそんな大した魔術師ではないですぞ。そんな大きな依頼は受けられませぬ」
「いやいや、私の目に間違いはない。あれだけの人数に的確に魔術をかけることは、早々できるものではありませんよ。あなたはそれを難なくこなしていいた。相当な魔術の修練を積んでることくらい、素人目の私にだってわかりますよ!」
管理者にべた褒めされて、ジュナルは苦笑する。
完全に管理者の押し問答になっているようで、流石のジュナルもたじろいでいた。そこにアストールがやってくると、管理者は更に目を輝かせていた。
「おお、君か。君がこの魔術師さんのリーダーかい?」
管理者は勢いよくアストールに詰め寄ると、彼女の両肩をつかむ。
「え、あ、はい」
アストールは管理者の勢いにたじろぐ。彼は力強い声音で彼女に言い聞かせるようにして頼み込む。
「おお、それはよかった。どうだい! 金は探検者連盟からでるし、依頼金不払いの心配もない! ここらに出没している人食い妖魔の調査・討伐依頼を受けてはくれんかね!」
突然の申し出に対してアストールはただただ、この依頼からどう逃れようかと考えを巡らせる。
「あの、それはルショスクの領主のお仕事であって、私たちの仕事じゃないのでは?」
全うな理由を前に管理者は、顔をしかめていた。
「うむ、如何にも。だが、この案件是非とも、我ら探検者で解決したい! そうすれば、このルショスクの人々も助かって、ここの所落ち込んでいる探検者の信頼も回復できるんだ! 君たちも高額の賞金を得て、信頼まで得られるんだ。決して悪い話じゃないだろう!」
管理者の言葉と態度を前に、アストールは断りきれそうにない事に薄々感づいれいた。困ったアストールはジュナルに顔を向ける。彼は厳しい表情で首を横に振って見せる。
依頼を受けるなと言う合図に、アストールは小さく溜息を吐いていた。
「相手が人食い妖魔って言っても、正体はわかってんの?」
アストールの問いかけに対して、管理者はしかめっ面をする。
「……相手がどんな妖魔か、まだ特定されていない。おそらく、新種かもしれねえ。だからこそ、連盟が大金を出すんじゃないか」
管理者の言葉を聞いて、ようやく、アストールは彼が意固地になって人食い妖魔を倒させたい理由が分かった。
連盟は妖魔の情報を集め、データベースを作っている。それは誰もが知っている事。もしも、新種の情報を持って帰れば、それこそ、ここルショスクの集会場は一躍有名な場所となり、真面目な探検者も多く来る。
そして、管理者は連盟より、多くの賞与を得られるという事。
(そんな事に加担するもんかよ。てか、他にも腕利きはいるだろうが……)
そう思ってアストールは、待機している探検者のメンツを見る。
粗暴そうだが、腕の立ちそうな屈強な男達は見当たらないわけではない。ぱっとみアストールが瞬時に強いと判断出来るような探検者も、数人だが確認できる。
彼女は管理者の胸ぐらをつかむと、思い切り自分の方へと引き寄せる。そして、耳元で囁くように聞いていた。
「ねえ、強い人なら、ここに幾らでもここにいるでしょ? なんで、私なの?」
管理者は予想外の行動にたじろぎながらも、答えていた。
「え、あ、いや~。あいつらは他の場所で不味い事やった連中とかが殆どだ。まともな奴らなんていやしねえ。みんな我が身可愛さ余って、逃げてきた連中さ。こんな重要な依頼を、そんなのに出せるか?」
管理者の言葉にアストールはなんとなしに納得する。
「今、頼れんのは、あんたくらいだ」
要はここルショスクの集会所でさえも、クズの吹き溜めとかしている。
ここまでリスクの高い依頼は、受けないのが目に見えていた。
そんな現状を打開する為に、何よりこのルショスクの名誉回復のためにも、食人妖魔の討伐を成功させたいのだ。管理者の必死な気持ちに、アストールはつい心を動かされそうになる。だが、ここでこの依頼を受けるわけにはいかない。
食事妖魔討伐はルショスクの領主にも報告されている案件である。もしも、この依頼を受ければ、確実にルスランの耳元にも知れることになる。
探検者としては依頼を受けなければ不審がられるかもしれないが、アストールとしてはそれよりもルスラン達地方騎士に行動が知れる方が動きづらくなる。
だからこそ、アストールとしても依頼は受けたくはなかった。
「で、でも、あ、そうだ。地元の探検者がいるじゃない」
そう言って先ほどアストールを呼びに来た探検者を見る。
「あいつらはそんな大した実力じゃない。それに実力のある地元の探検者の殆どは、こんな田舎を嫌がって出てってるんだ」
アストールは苦笑していた。
彼女自身ルショスク出身の探検者だとしたら、ここに居たいかと聞かれた時、絶対に嫌だと言い切る自信があった。
田舎で何もない上に、クズの吹き溜め、おまけに領内は荒れ放題だ。
若者が絶望して出ていくのも無理はない。残ったのはここを出ていけない貧乏人、故郷を愛する者、そして、人間のクズのみだ。
「なあ、頼むよ。お願いだ。報酬はきっちり払うからよ」
だが、アストールにとっては、何の関係もない話だ。それでもここで依頼を断ると、不審に思われるのではないかと、彼女はふと思う。
あくまでも探検者として、ここにいるのだ。だからこそ、ここで依頼を断れば周囲から不審がられる可能性は十分にある。
そこでアストールは閃く。ここで連盟に恩を売ることは、悪い事ではない。
何よりもこの状況を利用しない手はない。
なぜなら、彼ら探検者連盟は、多くの情報を持っているのだから……。
「じゃあ、一つ、条件があるんだけど? それでも、いいかしら?」
管理者の男にアストールは、得意の男を引き付ける笑みを浮かべる。
顔が近いせいもあってか、管理者の男は少しだけ顔を赤らめていた。
「あ、ああ、なんだ。その条件は?」
「貴方たち連盟が持ってるキリケゴール族の情報を、極秘事項の物から一般の情報まで、何から何まで包み隠さずその全てを、私たちに教える事よ」
アストールの言葉を聞いた瞬間に、管理者は瞬時に顔をひきつらせていた。
「おいおい、ちょっと待て、それは無茶だ」
情報を持っているとはいえ、彼ら探検者連盟でも教えられないことがある。たとえば未開の部族の集落の位置などだ。探検者達が不用意に部族の領域を荒らしたりしないように、こういう情報は秘匿にされがちだ。
このルショスクの集会場ならば、もしかすると、キリケゴール族の有力な情報を持っているかもしれない。そう足元を見ての発言だった。
(妖魔倒して、キリケゴール族の情報が手に入るなら、やる価値があるしな)
「くれないなら、他を当たって。それが私の条件よ」
アストールは得意げに言うと、管理者の男も観念したのか溜息を吐いていた。
「分かった。わかったよ。その代わり、依頼はちゃんとこなしてくれよ」
管理者の男はそう言うなり、アストール達を依頼の説明をするために奥の部屋へと導くのだった。




