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新たな依頼(オーダー) 5

 カシュラの森の奥深くには、キリケゴール族が住むと言われている。だが、彼らの姿をまともに見た者はいない。地元の住民の間では、彼らが人を誑かして道に迷わせ、時には人を陥れて攫うという伝承が古くから言い伝えられていた。だからこそ、今回の行方不明者が多数出ているのも、キリケゴール族が人々を道に迷わせて、誘拐したのだと地元の人々は信じて疑わない。


 実際に行方不明者のすべてが、キリケゴール族のいるカシュラの森でいなくなっているのだ。それは疑いようのない事実だ。だが、そんな被害者の中にも無事、生き残って解放された者もいる。


 解放された被害者が言うには、巧みに美しい声や歌で誘導され、気が付けば道に迷っていたという。また、ある者は、木の上に子どもを見て、その後を追って森に入っていくと、気が付けば道に迷っていたという者もいた。


 迷った後に決まって、美しい声でこうささやかれる。


「ここから戻りたければその場で目を瞑りなさい。私を見れば、あなたはこの森から永遠に出られなくなります。私がいいと言うまで、絶対に目を開けないでください」


 被害者たちもここで無駄死にたくはないと思い、恐怖から彼らの指示に従っていた。目を瞑って暫く待っていれば、体を弄られるような感じがしたという。だが、彼らの言葉を聞いてか、不思議と目を開ける事は考えないという。何より姿の見えない彼らに対する恐怖が、体を支配していて動けない者が殆どだという。


 数刻もしないうちにそれは終わりを告げていた。

 弄られる感覚がなくなると同時に、すっと体に入っていた力みが消える。


「もう、目を開けても大丈夫です。このまま、まっすぐお進みください。そうすれば、森から出られます」


 その言葉を聞いた被害者たちはその場から、そそくさと逃げ帰るように立ち去っていく。不思議と彼らの言う通りに進めば、元の道に戻れるのだという。


「それが被害者たちの体験談だ」


 管理者が任務の説明の準備を進めながら、キリケゴール族の誘拐事件についてアストール達に説明をし終えていた。それを聞いた彼女かれは鼻で笑いながら言っていた。


「そう言うのってさ、森で迷わない様にっていう昔の人の伝承でしょ。それ、作り話じゃないの?」


 アストールは集会所内の打合せ室内の椅子に座り、集会所の管理者に鋭い視線を向けていた。それに彼は小さく溜息を吐いていた。


「君、あまり軽率な事は言わない方がいいぞ。実際にこういう事件は起きているのだ。それに、キリケゴール族は我々と違って、何千年とあの森でその姿を隠し続けている。かの魔法帝国の軍隊でさえ、彼らの元にはたどり着けなかったといわれている。それだけ用心深い種族なのだぞ?」


 管理者はそういうと、机の上に置いてある資料を整理しだしていた。狭い室内にジュナル、レニ、メアリーも共に椅子に座って説明を聞いていた。長椅子が二列あり、その前に教壇と掲示板が壁に掛けられている。室内は明るさを保つために、小型の魔法灯がつけられていてそれなりに明るい。

 アストールはそんな中、腕を組んで考え込んでいた。

 管理者の話を聞いた時に、彼女かれは疑問に思った。

 界隈との接触をそれほどまでに徹底して嫌っている種族が、果たして人間を誘拐などするのだろうか。

 情報を得たいと言うならば話は別であろうが、何千年も隔絶された世界で生きている種族が、今更外の事を知ろうとさえしないだろう。


「そこまで人と接触したくないのに、なんで今更、人を誘拐してるの?」


 アストールの率直な疑問に、管理者は答えを詰まらせて眉根をひそめる。


「そんな事はわからん。それは奴らに直接聞いてくれ。そろそろ準備ができたし、本題の食人妖魔討伐の依頼の事を話そうか……」


 管理者の答えに今一つ納得のいかないアストールだが、本来の話に路線が戻って真剣に管理者を見据えていた。


「被害が出ているのは、ここより南西に向かった所にある廃墟都市ショスタコヴィナスの近くの村だ」


 管理者はそう言うと一同の前にある掲示板に、地図を貼り付けていた。


 ルショスクより徒歩で一週間ほどかかる所に、かつての鉱山都市「ショスタコヴィナス」がある。このルショスクでも鉱物の採掘量は一位であり、一時はこの領都ルショスクよりも発展していた。

 だが、今は廃墟となり、その周辺に小さな集落が点在するまでに衰退している。

 その近辺で食人妖魔の被害が出ているというのだ。


「すでに被害者は盗賊の一団に加えて、村の住人にまで及んでいる。つい最近も子どもが襲われて死んでいる」


 管理者は暗い表情を浮かべていた。

 妖魔による被害、それを少なくするためにあるのが、この探検者連盟だ。それがここでは機能していないのだ。そういう顔をしたくなるのも、アストールには理解できた。


「いつ、村にあの食人妖魔が現れるかわからん。だからこそ、一刻も早く食人妖魔を討伐してほしい」


 管理者の真剣な目つきに、アストールは真顔で聞いていた。


「すぐにでも駆けつけたいけど、その村に行くまでの道のり、けして、楽なわけじゃないよね?」


 アストールが鋭い視線を向けると、管理者は苦笑する。


「道自体は昔馬車が通っていた名残で、結構広いんだが……。道中にある廃墟の村なんかに妖魔が住み着いていたり、後、賊の類も出没する危険地域でもあるからな……」 


 流石に元は鉱石の輸送ルートというだけあって、道の造りはしっかりしている。が、その分、他の危険が増している。妖魔がウヨウヨとうろついている上に。賊まで徘徊している。最悪の治安状況である。

 とはいえ、引き受けた以上はもう引き返すこともできあい。


「そっかあ。なら、ちゃんと、危険な妖魔の生息域や賊の情報も持ってるのよね?」


 アストールはさも当然のことの様に、管理者の男に聞いていた。

 彼は又しても苦笑して答える。


「ない事はないのだが、最近は妖魔の動きも活発化して正確な数を把握できてない。賊も入れ代わり立ち代わりの状態だ。正確な情報は、生憎、持ち合わせていない……」


 ルショスクの集会所内には探検者は多くいたが、ここで事務仕事に従事している人は対照的にかなり人員が少ない。それがこの部屋に入ってからの集会所内の印象だった。

 ルショスクは人口が少なくなっているからこそ、妖魔は活発に動き出していた。何よりここに集まってきている探検者や、逃亡犯、犯罪者が次々と賊化している現状。地方の集会所一つで全ての情報を回せるほど、ここは充実した施設も人員もない。


 それを考慮すると、今回の依頼はアストール達にとって、とても割に合わない。


(でも、俺はあくまで騎士だからな……。地方での治安維持も職務範囲内……。っていっても今回の任務には全く関係ない気がしてきたな……。いや、キリケゴール族の情報を得られるためだ! これも任務!)


 アストールは自分が既に任務外の事に首を突っ込みすぎていることを、無理やり納得させる。


「我々も全力を尽くしてサポートしたいのですが、ご覧の有様です。情報管理に加えて、粗暴な探検者の管理、これだけで手一杯になっていまして、せめてできるのは、これくらい」


 そう言って管理者は地図をアストール達に手渡していた。


「これは?」


「この領地の地図です。この依頼が終われば、またこの地図は回収させていただきます」


 アストールは地図を広げて、大まかに確認をしていく。地図にはルショスクからショスタコヴィナスに行くまでの道のりが書かれていて、道中ある村には青い丸印が書かれていた。


「その地図で丸印を付けている村が、人の住む村です。それ以外は廃墟です。そして、我々が目指さなければならないのは、ショスタコヴィナスに最も近い村です」


 そう言って道中最後に当たる村を指さしていた。最悪の事態として想定されるのは、村に食人妖魔が入り込むこと。そうなっては戦いの最中に、村人を巻き込む可能性は大いにある。

 それ以前にこの道のりで、何度妖魔と賊に出くわすか。最悪、五体満足では帰れないかもしれない。

 一抹の不安がアストールの頭を過ぎる。

 道は地図を見る限りでは、ずっと森の中を切り開かれた形で続いていた。

 唯一の救いは馬車が通れる広さがあること。それだけの広さがあれば、コズバーンも十二分に力を発揮でき、妖魔に対してもかなリ優位に戦えるだろう。


「ねえ、一つ質問いい?」


 アストールは地図を見ながら、管理者に聞いていた。


「なにかな?」


「馬車が通ってたてことは、また馬車で行くこともできるってことよね?」


「ああ、馬車を使えば、大方三日とかからんだろう」


「じゃあ、馬車をチャーターしても行っていいよね?」


「それは自由だが、道中には賊もウヨウヨしてる。ここらでショスタコヴィナス行きの馬車をチャーターするんだったら、金貨5枚じゃ足りないくらいだ」


「き、金貨、ご、ごごご、五枚ぃい?」


 アストールは管理者の言葉を聞いて、愕然とする。

 ここらで一番高い宿屋を貸し切って食事つきで一週間泊まったとしても、それでもまだお釣りがくるほどの金額だ。アストールの年の賞与の半分はあると言った所だろう。


「あの道を定期便以外で走ろうとする馬車の業者なんていない。護衛代も込んでの金額だし、けして高いとは言い切れん」


 管理者はそう言うと溜息をついて、床を見つめていた。


「ここがどれだけ治安が悪いか、これで分かっただろう」


 アストールは暫し驚いていたが、落ち着きを取り戻して大きく溜息を吐いていた。


「こうなったら、徒歩で行くか……」


 金貨五枚も出すほど、今のアストールはお金を持ち合わせていない。いくら貴族とはいえ、馬車をチャーターするだけでその金額では、割に合わなすぎる。


「仕方ないよ。アストール。コズもいるし、大丈夫、歩いて行こう」


 メアリーがそう言ってアストールにフォローを入れると、彼女かれは元気のない笑みを浮かべていた。


「そうだな。まあ、それも仕方ない事だ。おっさん。とりあえず、明日には出発の準備は済ませるから、そうだな、二週間後には良い知らせがあると思っていい」


 アストールは笑みを浮かべると、管理者に人食い妖魔を倒すことを公言していた。


「それは頼もしい限りだ。君たちの健闘と無事を祈っているよ」


 管理者はそう言うと、掲示板に張り付けた地図を仕舞いだす。それを皮切りにアストール達も立ち上がって、集会場を後にするのだった。

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