物質支配する少女 Ⅳ
僕達は再び隣り合って、帰宅路を歩いていた。
実力行使はないと聞いてからというもの、僕の気も楽なものだ。
「そろそろ、わたしの家よ」
「へぇ。そうなんだ」
あたりを見てみる。
舞原の住んでいる家か。こういう娘が育つ家ってのは、ちょっと、興味がある。
この時間だと、舞原の両親は家に帰っているのだろうか。
優等生の親ってのは、やっぱり、厳しかったりするのだろうか。
「なぁ、舞原の両親はもう家に帰ってるのか?」
家にいるとしたら、このまま僕が行って、変な誤解をされるのも困るだろう。
そんなことを思って、聞いたのだが。
「親はいないわ」
どうやら、そんな心配は必要なかったようだ。
「母は小さいときに家を出ていったっきり、行方知れず。その後、父も精神を病んで、実家で祖父母と一緒に暮らしているわ。だから、――――いない」
「えっと。・・・・・・ごめん」
聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。
若干、空気が重くなってしまった。
「気にしなくていいわ」
舞原から、そう言ってくれた。
気を使わせてしまったかもしれない。
「大丈夫よ。妹と一緒だから、寂しくない」
「そっか。へぇ、舞原に妹がいるなんて、知らなかったよ。ってことは、今は妹と二人暮らしかぁ。妹さんは何歳なんだ?」
「中学二年生よ。清爛中学に通ってるわ」
「あー! 隣の中学校じゃん。もしかしたら、登校中か下校中に見てるかもしれないな」
「そうね。私に似て、可愛いわよ」
「へえ・・・・・・」
こいつ、妹を褒めつつ、自分を持ち上げやがった。抜け目のない奴だ。
しっかし、舞原の妹かぁ。
「楽しみだな」
「神塚くん、いやらしいわ」
軽蔑した視線を向けられた。
「ちょっと待てっ!!決して、そういうつもりはないぞ!!」
「なら、どういうつもりで言ったのかしら。汚らわしいわ」
「言葉がより酷くなった!?」
「安心なさい。あなたを家に上げるつもりはないわ」
「その安心は僕に対してじゃないよねっ!?」
家に上げてもらえないらしい。残念だ。
そういや、今までの道程で舞原の家に上がるなんて話は一度も出てなかった。
舞原の家のほうに向かってたから、てっきり、そういうことなんだろうかなぁと思ってたのだが、完全な早とちりだったらしい。
けど、そう思ってしまったって、仕方ないよな?
「それに、私の家はもう通り越しているわよ」
「なんだってっっ!?」
驚いて、オーバーアクションぎみに後ろを振り返る、僕。
ここは住宅街である。数多くある家のどれが舞原の家なのか、んむむっ。見える範囲にすら、ないかもしれない。
こいつ、家に上げないどころか、家の場所すら、教える気はないらしい。
どこまで、信用がないんだ。僕って・・・・・・。いや、舞原の場合は僕個人に対してだけではないか。
男嫌い。極度の。
普通に隣を並んで歩けてるだけで奇跡と言ってもいい。
「じゃあ、いったい、どこで話をするんだ?」
話す内容が内容である。できるだけ、人気のないところがいいのは舞原もわかっているはずだ。対して、舞原はフフンッと鼻を鳴らした。
「ここよ」
「ここって・・・・・・・・・」
目の前には丘。そして、丘の上まで続く階段があった。
舞原は迷うことなく、その階段を登っていく。
「上には何があるんだ?」
舞原の後に続いて、階段を登りながら、僕は当然の疑問を口にした。
「別にたいしたところではないわ。公園があるだけよ」
「あ~。公園ね」
「私はこの公園を《丘の上公園》と呼んでいるわ」
得意満面に言う、舞原。
丘の上にある公園。
だから、丘の上公園。
まんま、である。
階段を登りきり、入り口にプレートが取り付けられていた。何気なしにそのプレートを見てみれば、そこにはしっかりと《丘の上公園》という名が明記されていた。
「本当にそのまんまの名前かよ!!」
本当にそういう名前の公園だった。
なんのひねりもない。
しかし、公共施設の名前なんて、どこもそんなものなのかもしれない。
舞原が数あるうちのひとつのベンチに腰掛けるのを見て、僕もその隣に座ることにする。
「ふぅ。やっと落ち着けるのかよ」
「えぇ。喉が渇いたわね」
「んー。そういや、階段上る前に自販機あったな」
「わたし、喉が渇いたわ」
・・・・・・・・・。
これは暗に、僕に飲み物を買ってこいと言ってきてる気がする。
けど、また、あの階段を上り下りするのか。それは、嫌だ・・・・・・。
「・・・・・・・・・買ってくれば?っいっっって!! なんか、ものすごい勢いで何かが頭に当たったっ!?」
「それは石よ。石が当たったの。神塚くんて相当、頭が悪い」
「運が悪いだろっ!! 酷い言い間違いをするなよ・・・って、僕は運も悪くないっっ!! 今のは舞原がやったんだろ!?」
「なによ。私のせいにする気? 酷い。濡れ衣よ。うっうっうっ」
顔を隠して、泣き出す舞原。
声の調子が全く、変わってないが。
平坦で抑揚のない。わざとらしさ、百パーセント。
「そんなことより、早く、飲み物を買ってきて」
「泣き真似するんだったら、せめて最後までやってくれませんかねっ!?」
「ギャーギャー、うるさいわね。また、石を頭に当てるわよ!」
もう、隠す気も無いのかい・・・・・・。
「はいはい。行ってくればいいんだろ」
「はいは三回」
「はいはいはい。行ってきまぁ~す。って、なんだか、リズミカルになっちまった!?」
はやくいけ。と、手で追い払われた。
さっきからこいつは・・・・・・ひどい。
渋々、階段を下りて、自販機の前へ。
来たはいいが、舞原が何を飲みたいのか聞いてなかった。
「まぁ、これでいいか」
ペットボトルに入ったミネラルウォーターを自分の分も含めて、二本購入すると、僕は再び、階段を登った。
公園に着くと、ベンチに座っている舞原に視線がいく。
教室の片隅で一人、本を読んでいるときのように彼女は涼しげな表情で、じっと前を見ていた。彼女の視線をなぞるようにその先に目を遣れば、青い空とわが町、そして、遠くには海と山。
「すっげぇな!」
舞原は僕の簡単の声に顔を向け、また、前の景色に向き直る。
「えぇ。私のお気に入りなの。もう少し日が傾けば、夕焼けに染まってもっと綺麗よ」
「へぇ。それは是非とも見てみたいものだ」
視線は目の前の大パノラマに向けたまま、彼女の隣へと腰を落ち着かせた。
「それで・・・・・・」
舞原の視線は目の前の景色から僕の手にする、二本のペットボトルに注がれる。
「・・・・・・水ね」
「・・・・・・水だな」
その水の入ったペットボトルをひとつ、手渡す。
舞原は渡されたペットボトルを両手で持ち、それをじっと見つめる。
「紅茶が飲みたかったわ」
僕のチョイスが不満らしい。
「文句言うなよ。仕方ないだろ? 何がいいかわからなかったんだから。当たり障りのないところで水にしたんだ」
「ふぅ・・・・・・。これだから、モテない男を相手にするのは疲れるわ」
「なっっっ!!水を選んだくらいでモテないなんてわかるのかよ!?」
「そんなの常識よ。世界共通よ」
「世界共通ではないだろ」
「ふーん。つまり、神塚くんは自分は女の子にモテモテだとでも言うのかしら」
「・・・・・・いや、・・・・・・モテたことはないけど」
「フッ」
勝ち誇った顔をしやがった。
「舞原って、そういう女なのな!」
「そういう女って、どういう女なのかしら?」
嫌な女だって意味だ。言えないけど。
「そこまで言うなら、自分で買ってくればいいだろ」
「いいえ。せっかく買ってきてもらったのだもの。いただくわ」
「そうかよ」
ふて腐れ気味に返して、ちらりと彼女を見た。
「ありがとう」
感謝の言葉とともに微笑む舞原とバッチリ目が合う。
「・・・・・・そうかよ」
ぎこちなく、彼女から視線を外した。
・・・・・・・・・嫌な女だ。