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白髪赤眼の怪人  作者: 風瑚
物質支配する少女
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物質支配する少女 Ⅰ

 舞原彩音。

 彼女の名を知らぬ者はこの学校内ではただの一人だっていないだろう。

 頭は相当良いらしく、学年トップクラス。

 試験の後に張り出される成績表では常に5本の指に入っている。それも全教科まんべんなくだというのだから、万年赤点ぎりぎりの僕と比べたらもう、住む世界、どころか、次元すら違うだろう頭の良さである。

 それに、運動神経もかなり良い。

 たしか、あれは去年の体育祭だった。舞原彩音がリレーのアンカーだったのだが、前の生徒が転倒してしまい、最下位からのスタートとなった。普通はもう、誰がどう見たって無理だと思う、そんな破滅的な状況である。しかし、彼女は違った。これくらいピンチでもなんともないかのように涼しげな表情であっという間に5人抜きを果たし、見事、優勝してしまった。

 抜かれた5人の中には陸上部に所属していた女生徒がいたらしく、その女生徒は、あまりにショックだったのだろう。次の日、退部届を出したらしい。運動部所属の先輩達が「舞原彩音を我が部活に!!」と、体育祭が終わった後のしばらくの間、彼女の教室の入り口前では舞原彩音争奪戦でかなり賑やかだったりもした。

 しかし、どうやら、彼女はどの部活にも入らなかったようだ。

 2年に上がって、彼女と同じクラスになってから知ったことだが、彼女は決まって、休み時間は一人で読書をしていた。

 教室の片隅で静かに、本を読むのだ。

 その姿はなんというか、これは本人に言っていいことなのかどうかわからないが、とても様になっていた。

 話しかけれない―――のではなく―――話しかけてはいけない。

 遠目に見ているだけで満足してしまうような、そんな不思議な魅力があった。

 別に彼女が孤立しているわけではない。ときには、数名の女子と他愛ない会話に花を咲かせて、笑いあっていることもある。だが、やはり、彼女は一人でいるほうが多かったし、自ら、進んで一人でいることを望んでいる節がある気がした。それは悪いことではないと思う。彼女以外にもこのクラスには誰とも話さず、一日を終える生徒は何人かいる。そうして、そのまま、卒業する人だっているだろう。それを望んでしているのであれば、そんな高校生活もまた、アリなんだと思う。

 だが、しかし、一人でいることを望むにしては、舞原彩音は目立ち過ぎた。

 彼女がどこで何をしていた。お昼に何を食べた。町のどこどこでどういうお店に入った。等々・・・・・・。 どうでもいいし、どうにも役に立ちそうにない情報ですら校内に飛び交うほどに、高校入学してからこの一年間で彼女はとんでもない有名人となってしまっていた。まったく、一女子生徒の私生活をあーだこーだと話すだなんて、みんなどんだけ暇なんだと思ったりもするが、そんな話をしっかり聞いている僕もまた暇なのだった。

 それにしても。

 それだけ色々な舞原彩音情報を聞けば聞くほど、不思議に思うのは、彼女の噂話にはひとつも色恋話がない。ということだった。決して、彼女の見た目が悪いわけではない。どちらかと言えば、美人にカテゴリされる容姿である。舞原彩音を自分の彼女にしたいと画策している男はそれなりにいそうなものだ。

 そんな中で、ひとつくらい恋話が出てもおかしくないんじゃないかと思う。しかし、一向にそんな浮いた話は上がってこない。何故か? と言えば、まぁ、ただ単に彼女のおめがねに適う相手が未だ現れていないというだけなのかもしれないが。しかし、それだけではなく、いや、それ以上にこれは彼女の性格に起因するとこが大きいようだ。

 男嫌い。それも極度の。

 それに加え、彼女はその身体能力の高さを余すことなく活用して、護身の為にと格闘技を身に着けていたのもその原因に拍車をかけていた。

 それが身体目当てだろうと、淡い恋心を抱いていようと、そんなものは一切関係なく、相手が男ならば、容赦ない。平等に、公平に、時には言葉で、時には拳で、気安く近づくものなら、たちまちのうちに彼女は打ちのめし、打ち負かし、打ち滅ぼしていった。しまいには彼女の睨みひとつで失神した男もいたとか、いなかったとか。さすがに最後のは信憑性に欠けるが・・・・・・。

 つまり、そういう経緯があり、今現在、彼女を口説こうとする男子高校生はこの校内にはいなくなったのだ。

 触らぬ神に祟り無し――――と、言いますし。

 《清爛高校の美しき狂犬》なんて、男子の間で呼ばれているのを彼女ははたして知っているのだろうか・・・・・・。


 さて、ここまで長々と、舞原彩音がどういう人物なのか、僕なりにわかる範囲で語ってみたわけだが、ひとりの女の子について、延々語るというのはなんとも馬鹿らしい。しかし、これはあくまで自分の中での彼女に対する見解がどういうものだったのかの確認作業であり、どこかで間違いがあったのではないかという見直し作業だったわけで本当に申し訳ないと思うのだが、そこは看過してもらいたい。

 しかし、だ。

 こうして、再度、確認してみて、見直し作業をしてみたものの、やはり、というか、まさに、目の前で起こっている現状は常軌を逸脱しているのだった。


 ここは町外れの廃墟となった4階建てのビルである。僕がこの町に来たときにはもう、廃墟となっていた筋金入りの廃ビルである。ところどころ外壁は崩れかけており、いつ倒壊してもおかしくないような、そんな危ない雰囲気を放っていた。

 その中の、3階の一室。外から差し込む夕明かりによって、朱色に染まった室内で、彼女―――舞原彩音は静かに佇んでいた。

 彼女の腰まで伸びた長い黒髪が、まるで水の上を漂っているかのように空中をゆらりゆらりと波打っていた。彼女の周りには大小、様々なコンクリート片やガラス片、金属類などの瓦礫が重力に逆らって、円を描くように舞っていた。

 その光景は、廃ビルと少女という不似合いで不釣合いな組み合わせと相まって、とても異質だ。

 目の前の光景を、僕は何度も何度も頭で整理し、理解しようとして、挫折してしまう。

 今、何が起こっている。

 彼女は、何をしている。

 わからない――――。わからない――――。

 これでは脳が理解するなと拒絶しているみたいだ。

 でも、それでも。ただ一つだけ、僕にもわかることがあった。

 それは、彼女が、彼女の瞳が、とても儚げで寂しげで今にも消えてしまいそうな、そんな表情をしているということだ。

 それは昔よく見た、鏡越しによく見た、忘れることのできない顔にとても似ていた。

「舞原!!」

 叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。これ以上、黙って、彼女を見ていることが出来なかったんだと思う。

 しかし、そんな僕の心情とは裏腹に、彼女が僕に向けたのは、敵意だった。

 甲高い何かが割れる音が背後の壁に鳴り響いた。遅れてやってきた鈍い痛み。顔をしかめ、左頬に手をやると、―――ぬるり。切れた皮膚から血が溢れ出てくるのを感じた。

「・・・・・・神塚くん」

 彼女が、僕の名前を口にする。その声は、静かで、平坦。

「神塚、・・・・・・秋兎くん」

 一歩、彼女が僕に向かって、歩き出す。と、同時。今度は僕の右腕から血が噴き出す。

 ガラス片だ。

 彼女の周りを飛び交っている割れたガラスの欠片が1枚、一つの刃物のように尖った先端をこちらに向けて、飛び出したんだ。しかし、避けることが出来なかった。見えたと思ったときにはもう、僕の右腕は血だらけだった。彼女が向けるのは、敵意。この現象は全て、彼女が起こしているのだとようやく、ここで理解する。

 ・・・・・・やばい。やば過ぎる!

 この女は危険だ。と、身体中が訴えてくる。

 なにが、儚げで寂しげだ。

 声をかけて、いったい、何をするつもりだったんだ、僕はっ。

 彼女は男嫌いで有名な《清爛高校の美しき狂犬》だぞ!

 そもそも、なんでったって、こんな廃ビルなんかに来ているんだっ!?

「ねぇ、神塚くん。君はなんでここにいるのかな」

「あー、本当になんでここにいるのかな!!」

 音がしたから、見に来た。それだけ。

 野次馬根性、万歳っ。

 ふぅ・・・・・・。と、舞原は息を吐いた。

「まさか、クラスメイトに見られちゃうなんてね。ここなら、誰も来ないと思ってたのに、考えが甘かったみたい。これは非常に困った事態だわ。ねぇ・・・・・・、ねぇ、神塚くん。わたしはいったい、どうすればいいのかな」

 見られたってのは、さっきから舞原の周りでふわふわ浮いている瓦礫たちのことだろうか。きっと、そうだろう。

「それなら、俺が黙っていれば、いいだろ」

「黙っていてくれるの?」

 舞原が小首を傾げて、再度、問いかける。

「そりゃ、もちろんさ! 誰にだって、秘密の一つや二つ、あるもんだっ。僕だって、誰にも言えない秘密、あるしな」

 それが、どれだけとんでもない秘密だとしても――――。

 秘密は、守らなければならない。

「そうね」

 彼女はそう言って、俯いてしまった。

「けど、確実ではないわ」

「そうか? これでも僕は口が堅いことで有名なんだがな」

「それは初耳。信憑性に欠けるわね」

「そうか。残念だ」

「ほんと、残念ね。だから、やはり、今回も、いつもの手でいくわ」

 俯いていた顔が徐々に上がっていく。

「へぇ・・・。いつもの手ね。どんな方法なのか、教えてくれたりするのか?」

「知りたい?」

 真正面から僕を見据えると、一度、長い長い瞬きをする。

「そりゃ、・・・・・・自分に関わることだからな」

「そぉ・・・・・、教えてあげる」

 舞原の目がすぅーっと、細くなった。

「どおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!」

 僕は駆け出した。もう、腕の一本くらい犠牲にする覚悟で。その行動は吉と出た。すぐ後ろで爆撃音が響く。足は止めずに後ろを見れば、さっきまで僕がいた辺りの壁やら床やらがガラガラガラ・・・・・・と、崩れていくところだった。

「ふざけんな、舞原ってめえ!僕を殺す気か!?」

「馬鹿言わないで。わたしが殺人なんて愚かな行為をするもんですか」

 もうもうと、立ち込める煙の中から、舞原の静かで、だが、よく通る声が聞こえてくる。

「虫の息程度で止める予定よ」

「それはもう、99%殺されてますよね!?」

 僕が叫び返したところで、煙が晴れて、舞原の姿が視認できるようになった。

 床が崩れたから、もう、追ってこれやしないと思ったんだが。

 どうやら、彼女の能力で浮かべた瓦礫で足場を作って渡ってきてるようだった。飛ばすだけでなく、そういう使い方もアリらしい。

 彼女は瓦礫を完璧にコントロールしていた。彼女の思いのまま、自由自在である。

 なんて、便利な力だ。

 くそっ、振り返ってる場合じゃない!

 僕は足に力を込めて、走る速度を上げた。

 あと、もう少しで、階段だ――――!!

「甘いわね」

 舞原の言葉と同時に、ガトリングガン。数十もの瓦礫が僕を追い越し、飛んでいく。そして、階段まであと一歩というところで、真上の天井を瓦礫が貫いていき、ガラガラガラ・・・・・・と崩れていった。 やられた。このビルの階段は、ここしかないというのに・・・・・・。

 唯一の脱出路である階段は瓦礫の山に埋もれてしまった。

 どうする?

 他に、逃げ道なんて・・・・・・、

「さあ、観念しなさいな。あなたには今日のことを忘れたということすら、忘れさせてあげる」

 それは、死ぬよりも恐ろしい体験をするという意味だ。

 僕はよろめくように、壁に手を付こうとして、空を切った。見るとそこには壁は無く、ぽっかりと長方形の空間が開いていた。いや、正確にはそこは、元々は窓が嵌め込まれていたのだろう。今は窓が外されていて、まるで、一枚の絵画のように外の景色を切り取っている。

「いけるか・・・・・・」

 ぽつり・・・・・・と、呟いた僕の言葉に、どうやら、彼女も僕の意図に気づいたようだ。

「やめときなさい。そこから、飛び降りたら、死ぬわよ」

 たしかに。普通の人間なら、死ぬかもしれない。頭から落ちれば確実だ。うまく体勢を取れても、病院送りは免れないだろう。

「僕の心配をしてくれるんだ? なんだかんだで優しいんだな、舞原」

「本当のことを言っただけよ」

 舞原はあくまで冷たい口調だった。

 だから、あえて僕は気楽な調子で言ってみた。

「また、明日っ」

 躊躇なく、3階の窓から身を投げた。

 身体が、地面に向けて、落ちていく。

 ぐんぐんと、落下速度は上がっていき、地面が近づいてくる。

 悠長に構えてなどいられない。頭から落ちれば確実に死ぬ。うまく体勢を取れても、病院送りは免れない。だが、それはやはり、普通の人間だとそうだという話でしかない。なら、僕は大丈夫だ。これくらいの高さ、僕なら大丈夫だ。

 

 ―――僕は、人であって、人ではない。


 ドクンっと、僕の身体を駆け巡る血液が一斉に、大きく脈打った。それと同時。身体に変化が起き始める。

 黒髪は銀色がかった白髪へ、黒眼は血のように真っ赤な赤眼へ。

 切り替わったところで、地面に着地した。

 全ての衝撃が両足に伝わってくる。

 その全ての衝撃を吸収して、跳んだ!!

 斜め上へとロケットのごとく、天高く舞い上がった僕の身体は2階建てのアパートの屋上へ着地すると、勢いを殺さないまま、もう一度、大きく弧を描いて跳躍した。


 これが僕。僕は、化け物。

 この町の住人ならば、誰もが知っている都市伝説《白髪赤眼の怪人》。

 神塚秋兎のもう一つの名前であり、これこそが僕の、誰にも言えない秘密だった。

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