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悪女セラフィナ

作者: 小雨川蛙
掲載日:2026/06/09

 教皇国家から悪女が追放されてきた。

 教皇、罪状を読み上げて曰く――。


『セラフィナは神聖なる神の権利を侵害した。救いがたき悪女である』 


 淡々と告げられる言葉は彼女が流刑に処された土地の人々にはよく分からない。

 なにせ、この土地は彼女が住んでいた教皇国家からは野蛮人の土地と蔑まれていたから。

 この土地の人々の識字率は低く地位の高い者でさえあまり文字が読めない。

 耕されている土地は痩せており、挙句に休耕や輪作という知識もないためにいつまで経っても貧しいままだ。


 しかし、この場所の人々は『人間の本質』と言えるものだけを持っていた。

 それを知った追放された悪女はこの地にやって来るなり宣言する。


「この地で私は徹底的に悪行を成します。私は悪として追放されたのですから」


 悪女はまず、人々が気づけなかった薬草の存在とその使用法について人々に教えた。

 元々、痩せた土地に生きる知識のない者達だ。

 栄養状態も悪く怪我や病を患えばすぐに命を落とす――それが見る見る内に改善された。

 彼女はこれにより、まず人々の信頼を得た。


 次に悪女は作物の育て方を人々に教えた。

 耕して、埋めて、収穫するのを繰り返すばかりでは土地が痩せてしまうことを伝えた。

 人々は半信半疑でこそあったが彼女の言葉に素直に従った。

 全て、ここの人々が人間の本質を持っていたからだ。

 ――数年が経つ頃には土地の状態は悪女がやって来た当時とは比べ物にならないほどに改善されていた。


 さらに悪女は獣の狩り方を、次いで捕らえ方を、捕らえた獣の飼育の方法を――。

 手に入れた食料の保存方法を、保存の有用性を――。

 可能な限りの知識を人々に教えた。

 教え続けた。


 そんな日々の合間に悪女は文字を教えた。

 言葉だけで伝わるのではないかと訝しむ者達に彼女は告げた。


「文字を知れば様々な知識を遺せます。言葉ではその場に広がれど遺りはしません」


 純粋なる人々は悪女の言葉を理解出来ない。

 というより、まだ文字の有用性に気づけていない。

 だが、それでも問を投げかけた。


「あなたが私達にしてくださる良い事を文字にするとどのような形になるのでしょうか?」


 悪女は微笑んで文字を記す。

 即ち『悪』と。


「私は『悪』を成している。けれど、信念をもって。これを正しいと思って。だから、私を信頼するならばあなた達も『悪』となりなさい」


 この土地の人々は悪を知っていた。

 もちろん、対となる善のことも知っていた。

 しかし、その言葉までは知らなかった。

 故に尊敬すべき悪女の行いを『善』と疑わず、まさか彼女が誤まりを話していると考えもしない。

 だからこそ人々は胸を張って宣言した。


「はい。私達も悪を成します」


 ――それから随分と経って国全体を災厄が襲った。

 多くの人々が知らない病だ。

 対処法も分からず、数えきれないほどの人が死んだ。

 しかし、神の保護を受けていると称する教皇国家の上層部では比較的被害は少なかった。

 その事について教皇は以下のように宣言した。


『全ては信心故。神を信じなさい。その姿勢を示しなさい』


 人々はこぞって神に縋る。

 生き残るためならばと財産を投げ打つ。

 そして、神はそれに応えるように教会に財を投げ打った者達を救った。


 さて、そんな事態の中で悪女の住む土地だけは平時とそう変わらない。

 その事を疑問に思う民は一人としていなかった。

 民は知っていたのだ。

 全てのことに理由があると。


「悪を成しなさい。徹底的に」


 あくる日。

 悪女はそう口にした。

 散らばる悪の民は病を癒していく。

 自らの信じる悪を実践するように。


「神が貴賤を判断しましょうか。貴賤によって救うべきを決めるでしょうか」


 感謝される度に悪女はそう言って微笑む。

 悪女の言葉を聞いた病に苦しむ者達は彼女の語る神を信じた。

 ――心から。


 やがて、悪女とその民の行動は教皇の知るところになる。

 神の信者が増え、挙句に多くの人々が救われているという状況に教皇は奇妙なことに憤慨をした。

 しかし、自身の腹心の半数以上が秘密裏に悪女と同様の行為をしていると知り、遂には歯ぎしりをしながらも次のように告げた。


『聖女セラフィナを讃えよ。彼女こそ神が遣わした聖人である』


 教皇からの使者が悪女の下へ訪れた。

 使者は書状を読み上げる。


「セラフィナ様。あなたの偉大なる行いを教皇は讃えております」


 悪女は静かに首を振る。

 彼女がこの地へ追放されてからもう随分と時間が経っていた。

 若く、美しく、純粋であった頃の彼女はもうそこには居ない。


「私は悪女として追放されました。他ならぬ教皇に」


 ここに居るのは自身の行いに信念を持つ気高い悪女だけだ。


「神の知識をみだりに用いるなと教皇は口にしました。飢えや病の苦しみの中で人々は神に縋るのだと。苦しみこそが神に至る道なのだと――私はそう言われました。」


 使者は口をつぐむ。

 彼女がどのような経緯で追放されたのか。

 それを知らぬ者は上層部に存在しえない、するはずもないのだ。


「そして神を信じる道を閉ざす。故に悪女だと」


 彼女は。

 悪女セラフィナは堂々たる様子で宣言する。


「教皇へ告げてください。神に祈るのはどこでも出来ます。それこそ絢爛豪華な教会の中でなくとも――」



 *


 知識が鎖で繋がれていた時代の物語である。

 セラフィナ没後から遥か時代が下ろうとも彼女の教会からの評価は安定しない。

 故にこそ、彼女は民草の中で呼ばれた称号で呼ばれているのだろう。


 即ち、悪女と。


 *



 去っていく使者に向けて悪女セラフィナは呟いた。


「ざまあみろ」


 悪女に相応しい口汚さで。

 そして、頭上に輝く太陽を見上げて問いかける。


「神様。私は誤っているのでしょうか?」


 神は答えない。

 彼女が追放された時も。

 未曽有の飢饉が国を襲った時も。

 教皇が財の回収に躍起になっていた時も。

 悪女セラフィナが悪の民を率いて人々を救った時も。


 代わりに、温かくセラフィナを照らすばかりだった。


 

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