表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/16

サバ・ボンボン

いつものことだが、どれだけ心が乱れていても、ホールに出るとしんと腹の底が静かになる。




古い木のにおい。


口をあけて見上げてしまうほど高い天井と、それに合わせて縦にのびた長い窓。


窓の上の方には、月夜の横浜の海を描いた日本画風のステンドグラスが品よく仕込まれ、磨き上げられた木の床に、あざやかな光を落としている。




創立当時の様子を復元したというこのホールは、よくあるヨーロッパ風の店とはちがう和洋折衷の空間で、歴史を思わせる格があった。




「お持ちしました」




窓際の定位置に座っている先輩に、皿に載ったボンボンを差し出す。


一瞥して先輩がいう。




「......これは?」


「サバチョコレート・ボンボンです」




自分の声の小ささに驚いた。こんな蚊の泣くような声が俺の喉から出てくるとは。




「サバ?」




先輩の眉が八の字になった。信じたくなさそうに見える。




「魚のサバ?」


「魚のサバです」


「なんでサバ?」


「自分が一番好きな食材と苦手な食材を合わせてみようかと。あと1月のサバは旬ですし」


「......」




先輩はひどくなにか言いたそうだったが、言わなかった。思い切ったようにサバ・ボンボンを口にする。




そしてむせた。




「七星さん、お水......」


「大丈夫です。それから、却下です」


先輩がまったくむせてなどいなかったように、すばやく表情を戻していった。




却下、却下、却下!




この二年で、一番聞いた言葉だ。




「サバは鮮度が落ちるとにおいが出やすい。うまく下処理するか、においを打ち消す食材と合わせるべきです」


「はい」


「高級感がうすい食材だから、見せ方を工夫しないと店のトーンに合わない。見た目にこだわることも、いい加減覚えて」


「はい」


「それから、これは毎月言っていることですが」




先輩の声の調子が変わる。まっすぐ視線をとらえられる。




「自分が試したいものではなくて、相手が食べたいと思うものを作って。あなたは努力家だとは思うけど、あまりにもひとりよがりすぎます」




相手を思え。ひとりよがり。


ずっと言われてきたことを先輩がまた繰り返す。




今月もまた同じ結果。終わった安堵と、なにも状況が変わらない閉塞感を同時に抱えて、厨房に戻る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ