中の下
「できんわ。すまん!」
「......は?」
神がひょいと賽銭箱から飛び降りた。
「人の世に階層があるように、八百万の神にも階級がある。最上位は天津神で、最下位はそこらじゅうにいるつくも神。わしは分野神と呼ばれ......」
「つまり、下っぱってことか?」
「ぬしはつくづく無礼なやつじゃの。中の下じゃ。ようやっとる」
神のヒエラルキーは知らないが、それと俺の舌がどう関連するのかわからない。
「たたりというのは総じて、たたるのは楽でも治すのは難しい。わしの力ではできんから、ひとつ上の神、横浜の海神殿にに頼まねばならぬ」
「じゃあさっさと頼んでくれよ。やることわかってんじゃねーか」
「嫌じゃ」
急に神の表情がかたくなる。てこでも動かないと言わんばかりの目の色だ。
「なんでだよ」
「怖いもん。ここの海神は本当に怖い。話しかけるだけでも怖いもん」
「知るかそんなもん!お前も神だろ!?」
「そもそも昨今では人をたたるのは厳しく禁じられとる。昔より神を信じる人の子が減っておるのに、これ以上減らすようなことはするなとな」
神が得意げに眉を上げて胸をはる。
「で、わしはそれを破ったわけじゃ」
「要するに上司に報告できないレベルのやばいミスをしたってことか」
「そういうことじゃ。つまり、ぬしは諦めよ」
あっけからんと言われて、逆に絶望が深まった。怒鳴ったり、泣かれたりしながら言われる方がまだましだ。
「いやだよ。頼むからその海神に話に行ってくれ」
「そうしてやりたいのは山々じゃが、あのスサノオと張り合うといわれる海神じゃ。怖いもんは怖い。それに、どうせいまの時期はもっと南の海に出ておる」
「呼び戻せないのか?」
「遠出をしておる目上の人を、自分の間違いで戻すなどできぬ」
海外出張中の上司をミスしたからと呼び戻すのは無理がある、ということか。その状況は理解するが、納得はいかない。
「だいたいな、わしは太古に人から神になったクチだが、海神の方は生まれ落ちたときから神じゃ。今回のことを告げたとて、ぬしに同情してくれるとは限らぬ。証拠隠滅をはかり、我らをまとめて黄泉の国に送ることすら考えられる」
つまり治すどころかさくっと殺されるってことか?
こいつの間違いの隠蔽のために?
「それはさすがにあんまりじゃないか? 俺はなにもしてないのに?」
「神とはいつもあんまりなものじゃ。人の常識はまったく通じん」
こいつが言うと強い説得力がある。
でも、じゃあ俺はパティシエを諦めないといけないのか?
自分の店を持つことも?
老舗をつくるという夢も?
こいつのただの間違いのせいで?
「......その海神とやらが横浜に帰ってくるのはいつだ?」
「半歳はんさいめぐった真夏の頃じゃろ。あれは太陽の日差しが好きじゃからの」
「半年後ってことか?」
「いまどきの言葉であればそうなる」
「じゃあそれまでに作戦を練ろう」
神がぎょっとした顔をする。俺も自分がなにを言っているのかわからなかった。
でも、このまま諦められるか。
「海神をなんとか説得しよう。手伝え、へっぽこぼんくら神」




