潰れる店がきらいだ
潰れる店がきらいだ。
おいしいものを作って、食べてもらって、お金をもらう。
それだけのことをどうしてうまくできないのだろうと腹が立つ。
もっとおいしくすればいいのに。たくさん人に来てもらえばいいのに。値段を変えたらいいのに。直せるところは山ほどあるのに。
なくならないで欲しいのに。
叔父さんの店がなくなったのは、俺が十歳のときだった。
『ショコラ・ノワール』は、当時は珍しかったチョコレートの専門店で、横浜のしゃれた商店街にオープンしたときは、ちょっとした話題になった。
ガラスの向こうに並べられたノワールのチョコレートは、ひとつひとつに世界があった。見ていると、食べたいというより、自分のものにしたいという気持ちがむくむくと湧く。
ノワールは雑誌やニュースで散々取り上げられ、すごい賞をいっぱいもらって、開業から七年で閉店した。
「ひとりで店は続かないからな」
叔父さんは笑った。
「しかたないんだよ、一新いっしん」
お店で働いていた頃の叔父さんは、毎日朝から晩まで忙しくしていて、しかたないという言葉をきらっていた。
いつも一生懸命で、いつもチョコレートの話をした。
あんなにがんばっていたくせに。
あんなにチョコレートが好きなくせに。
お店が潰れたら、「しかたない」の人になっちゃうんだ。
腹が立つのと同じぐらい悲しかった。いつも行っていたお店がなくなる。店での思い出を、なかったことにされた気がする。
おいしかったことを、忘れたくない。忘れて欲しくない。
だから、絶対に潰れないお店を作ろうと思った。
百年続くチョコレートの老舗を作る。
老舗なんて、簡単にできないという人もいる。知ったことか。
俺は「しかたない」の人にはならない。
製菓学校で周りとの差に打ちのめされたときも、最初の店で雑用しかさせてもらえなかったときも、その気持ちに変わりはなかった。
はずだった。
認めたくはない。けれど、いまの俺にはこの状況を乗り越える方法がない。
子どものころから描き続けた夢を、俺はついに、捨てることになるのかもしれない。
それほどの異常がいま、俺の舌先に起こっている。




