第7話 分岐点
地下室には、まだ重い静けさが残っていた。
さっきまでの魔法の圧力が嘘のように消えている。
だが空気は冷たい。
ロックは床に座り込んだまま、天井を見ていた。
「……はぁ」
肺がやっと普通に動き始める。
さっきの魔法。
思い出すだけで胃が重くなる。
(幹部ってのは、あんなのかよ)
ゆっくり体を起こす。
セリナは既に立っていた。
弓を背に戻し、地下の奥を見ている。
「まだ終わってないわ」
短く言った。
ロックが聞く。
「なにが?」
セリナは顎で奥の通路を指した。
「さっき言ってたでしょ」
「触媒」
その言葉に、ロックの顔が曇った。
奥の通路は暗い。
ランタンの光が届かない。
ガルドが歩き出す。
「……行く」
短い言葉。
三人は奥へ進んだ。
石の通路は狭く、湿った匂いがする。
やがて鉄格子が見えた。
牢だった。
中から小さな声。
「……誰?」
若い女性だった。
もう一人。
さらに奥にも数人。
全部で五人。
皆、怯えた目をしている。
セリナが小さく息を吐いた。
「やっぱり」
弓の先で鍵を壊す。
鉄格子が開く。
女性たちはおそるおそる外に出た。
一人が泣きそうな声で言う。
「助けて……くれるの?」
セリナは頷いた。
「もう大丈夫」
ロックはその光景を見て、立ち尽くしていた。
(……マジかよ)
胸の奥がざわつく。
さっきの会話が蘇る。
触媒。
女。
運ぶ。
(知らなかった)
本当に知らなかった。
だが——
(でも)
ここに来たのは自分だ。
ロックは頭を掻いた。
小さく呟く。
「……俺さ」
セリナが振り向く。
ロックは苦笑した。
「これ」
「知らなかったんだ」
「女さらいとか」
少し沈黙。
セリナはロックをじっと見た。
「……本当に?」
ロックは肩をすくめる。
「護衛の仕事って聞いただけ」
「裏の仕事は多いけどさ」
「ここまでとは思わなかった」
ガルドが短く言う。
「……目」
ロックが顔を上げる。
「え?」
ガルドはそれ以上説明しない。
セリナが代わりに言った。
「この人、嘘つく人の顔は覚えてるの」
ロックはぽかんとした。
「そんなの分かるのか?」
セリナは肩をすくめた。
「多分ね」
ロックは苦笑する。
「なんだそれ」
その時だった。
遠くで足音が響いた。
複数。
地下の入口の方からだ。
結社の仲間だろう。
セリナが言う。
「追手よ」
女性たちが怯える。
ロックは振り返った。
入口の暗闇を見つめる。
そして小さく息を吐いた。
「……なあ」
ガルドを見る。
少しだけ迷った顔。
それから決めたように笑った。
「ここは俺が止める」
セリナが眉を上げる。
「一人で?」
ロックは肩をすくめた。
「逃げ足だけは速いんだ」
そしてガルドを見る。
少し照れたように言う。
「助けたらさ」
「俺も連れてってくれよ」
「ガルドのダンナ」
ガルドは一瞬だけロックを見た。
それから短く答えた。
「……好きにしろ」
ロックは笑った。
「よし」
剣を抜く。
金属音が地下に響く。
通路の奥から声。
「裏切り者!」
ロックは顔をしかめた。
「いや」
「最初から仲間じゃねえし」
そして後ろに言う。
「行ってくれ」
「ガルドのダンナ」
足音が近づいてくる。
ロックは剣を構えた。
胸の奥は、思ったより静かだった。




