第11話 気配
夜の街は、昼とはまるで別の顔を見せていた。
石畳は湿り、どこからか潮の匂いが流れ込んでくる。遠くで波が砕ける音がかすかに響き、灯りの少ない路地は影を深くしていた。
ロックは慣れた足取りで先を歩く。
「この先だ。情報屋のジジイがいる」
振り返りもせずに言う。
「腕は確かだが……まぁ、性格は最悪だな」
セリナは周囲に視線を走らせながら、小さく息を吐いた。
「信用できるの?」
「情報はな」
短く答えるロック。
そのやり取りの後ろで、ガルドは何も言わず歩いていた。
足音は一定。視線は前。
だが——
不意に、足が止まる。
「……」
ロックが振り返る。
「どうした?」
わずかな間。
ガルドは路地の奥を見ていた。
暗がりの中、何もない空間。
「……いや」
それだけ言って、再び歩き出す。
ロックは肩をすくめた。
「なんだよ、急に」
セリナは少しだけ眉をひそめる。
何かを感じたわけではない。だが——
ほんのわずかに、空気が違った気がした。
風が、止んだような。
だがそれも一瞬。
すぐにいつもの夜のざわめきが戻る。
三人はそのまま、細い路地を抜けていった。
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古びた木の扉の前で、ロックが足を止めた。
「ここだ」
躊躇なく扉を叩く。
中から間の抜けた声。
「……開いてるぞ」
扉を押し開けると、薄暗い室内に油の匂いが広がっていた。
机の上には紙と地図が乱雑に積まれ、その奥に一人の男が座っている。
痩せぎすの老人。
だがその目だけは、妙に鋭い。
「なんだ、ロックか」
「久しぶりだな、ジジイ」
「嫌な客だ」
吐き捨てるように言いながらも、老人は三人を一瞥した。
その視線が一瞬、ガルドで止まる。
「……変なの連れてきたな」
ロックが笑う。
「気にすんな。腕は確かだ」
セリナが一歩前に出る。
「情報を聞きに来たの。最近の港町の様子について」
老人は鼻を鳴らした。
「タダじゃねぇぞ」
「わかってる」
短く返すセリナ。
数枚の硬貨が机に置かれる。
老人はそれを確認し、ようやく口を開いた。
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「……妙だな、この街は」
指で地図をなぞる。
「人の出入りが増えてる。だがな、商人でも旅人でもねぇ」
「じゃあ、何?」
セリナの問いに、老人は少し考える素振りを見せた。
「統制されてる」
低く言う。
「動きに無駄がねぇ。まるで——軍だ」
ロックが眉をひそめる。
「物騒だな」
「それだけじゃねぇ」
老人は続ける。
「夜になると、人が消える」
部屋の空気がわずかに重くなる。
「酔っ払いでも、ならず者でもない。普通の人間が、だ」
セリナの指先がわずかに強張る。
「……痕跡は?」
「ほとんど残らねぇ」
老人は肩をすくめた。
「だから気味が悪い」
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沈黙が落ちる。
その中で、老人がふと思い出したように口を開いた。
「……そういや、一つ妙な話がある」
セリナの視線が鋭くなる。
「何?」
「白い髪のガキだ」
その一言で、空気が変わった。
「目が死んでる。感情がねぇ」
ロックが小さく息を呑む。
「どこで見た」
セリナの声は低い。
老人は地図の一点を叩いた。
「港の外れだ。だが——」
一瞬、言葉を切る。
「近づいた連中は、全員死んでる」
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沈黙。
重く、逃げ場のない静けさ。
セリナはゆっくりと息を吐いた。
「……ありがとう」
それ以上は何も言わない。
だが、その瞳は明らかに変わっていた。
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外に出ると、夜気が肌に刺さるように冷たかった。
ロックが口を開く。
「当たりっぽいな」
セリナは答えない。
ただ前を見ている。
その横で、ガルドがふと足を止めた。
「……」
ロックが振り返る。
「またか?」
ガルドは何も言わない。
視線だけが、背後の路地へ向けられる。
遅れて、セリナも振り返った。
そこには、誰もいない。
ただ暗がりが続くだけ。
だが——
確かに、何かがいた気がした。
ほんの一瞬前まで、そこに。
「……今の、なに?」
セリナが小さく呟く。
ロックは肩をすくめた。
「気のせいだろ」
そう言いながらも、わずかに警戒の色が混じっている。
ガルドは答えない。
ただ一度だけ、路地の奥を見据える。
そして何も言わず、歩き出した。
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その場には、もう何もない。
気配も、視線も、影すらも。
だが確かに——
“何か”が、この街に入り込んでいる。
それだけは、消えずに残っていた。




