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第8話 翻訳のズレ

街へ向かう道は、

道と呼ぶには、あまりにも頼りなかった。


踏み固められた跡はある。

だが、森と地形に押し戻され、ところどころで途切れている。


「この辺、気をつけて」


リラが言った。


彼女は先を歩き、時折、足元を確かめるように進む。

慣れている。

少なくとも、僕よりは。


森を抜ける途中、地形が変わった。


川――というより、削られた谷だ。


水は細い。

だが、下を覗けば、岩肌がむき出しになっているのが分かる。


深さは、ざっと見て……

人の背丈の10倍はある。


落ちれば、ただでは済まない。


「ここ、縁が崩れやすいから」


リラが、足を止めずに言った。


「踏み出す前に――」


その瞬間だった。


「――止まって」


声が、少し強くなる。


僕は反射で、その場に踏みとどまった。


次の瞬間。


足元の地面が、沈んだ。


沈下、というより――ずれ落ちた。


僕の足は、半分ほど、宙に出る。


「違う!」


リラが叫ぶ。


「止まるんじゃない!

そこから離れて!」


言葉の意味を理解した瞬間、

背中に、ぞっとする寒気が走った。


僕は、即座に後ろへ跳ねた。


直後、

僕が立っていた場所が、音もなく崩れ落ちる。


土と石が、谷へ吸い込まれていく。

下から、水音が一段、大きくなった。


……一歩、遅れていたら。


「……っ」


息を吐く。


リラが、こちらを見ていた。


顔色が、少し悪い。


「今の……どう聞こえた?」


「止まれ、って」


「でしょ」


彼女は唇を噛む。


「私、あの時……

“後ろに戻れ”って言ったつもりだった」


意味は、分かっていた。


危険だということも。

その場が崩れかけていることも。


でも、行動への変換が、一拍、遅れた。


「……翻訳が、雑だな」


思わず、口に出る。


「え?」


「いや、こっちの話」


音じゃない。

文法でもない。


意味は伝わっている。

だが、どの行動を取るべきかの精度が低い。


「……ごめん」


リラが、俯いた。


「私、ちゃんと伝えたつもりだった」


「違う」


僕は、首を振る。


「君の言葉は、合ってた。

 問題は――」


一瞬、言葉を探す。


「俺が、聞いた“意味”の方だ」


彼女は、少し考えてから、頷いた。


「……じゃあ」


「うん」


僕は、息を整える。


「危ない時は、言葉より先に動いてくれ」


「引っ張る?」


「それが一番、分かりやすい」


「……分かった」


短く答え、リラは歩き出した。


今度は、

彼女の足と、体の向きを、言葉より先に見る。


通じているのに、危険。


便利なのに、不完全。


この“ズレ”は、

無視できるものじゃない。


でも――

対策は、できる。


少なくとも、今は。


僕は、崩れた谷を回り込みながら、そう判断した。

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