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第7話 通じてしまう理由

遺跡から離れて、しばらく歩いた。

リラの言う「人のいる場所」――街へ向かうためだ。


森の奥で一度だけ、僕は足を止めた。

街の前に、やっておくべきことがある。


目立つものを、消す。


硬い外装の部品は、動くたびに金具が鳴る。

光を受ければ不自然に反射する。

兵士に見られなくても、子どもが見ても分かる。


僕はそれを、木の根元に下ろした。

背面ユニットの外装カバー、関節まわりの金具、余計な固定具――

「防ぐための装備」じゃない、ただ目立つだけの部品。


捨てる、と決めるのは簡単だ。

でも、捨て方が雑だと命取りになる。

この世界では、僕の道具は二度と手に入らない。


だから分解する。


留め具を外し、余計な金属を抜く。

布と樹皮で包み、湿った土を被せる。

掘るのではなく、隠す。見つけられないように。


目印は残さない。

その代わり、地形だけで場所を覚える。

――戻ってこれる可能性を、ゼロにしないために。


背中の荷は軽くなった。

その代わり、心臓の奥が少しだけ重くなる。


帰り道を、自分の手で細くしている。


リラは何も言わず、少し離れた場所で周囲を見ていた。

止めもしない。急かしもしない。

ただ、見張っている。


最後に、僕は腕の内側に小さなものを滑り込ませた。

薄い板みたいな端末。掌に隠れるサイズ。

街の人間が見ても、ただの飾りか、布の留め具に見える。


持ち物は、ほとんどなくなった。


でも、ゼロにはしない。


ゼロは、運だけで生きるって意味だ。

僕は運で生きる訓練を受けていない。

生き残るために、手順を残す。


「終わった?」


リラが言った。


「うん。これなら……多分、まだマシだ」


僕は与圧インナーの上から、リラから受け取った布を肩に掛けた。

外套というほど立派じゃない。

ただの布だ。


でも、布一枚で人間の印象は変わる。

目立つ部分を隠し、輪郭を曖昧にする。


「それでも変だよ」


リラが淡々と言う。


「分かってる」


縫い目も素材も、この世界のものじゃない。

体にぴったり張り付く服なんて、ここでは少ない。


それでも、さっきまでよりはいい。

鎧でも、ローブでもない。

どこにも属さない格好のまま、街に入るのだ。


僕は一度だけ、土の盛り上がりに目をやった。

そこに埋めたのは、装備だけじゃない。


僕の、帰りたいという甘さだ。


「行こう」


リラが踵を返す。


僕も続いた。



二人で歩く森の中は静かだった。

危険が消えたわけじゃない。ただ、あの場所の圧がなくなっただけだ。


「……さっきのところ、もう行けないよね」


僕が言うと、リラは頷いた。


「うん。閉じたら終わり」


淡々とした口調。

怖がっていないわけじゃない。ただ、慣れている。


「よく、無事でいられるな」


「仕事だもん」


肩をすくめる仕草が、やけに自然だった。

遺跡回収屋――見習い。

その言葉の重さを、今さら噛みしめる。


歩きながら、さっきの出来事を思い返す。


境界。

解除条件。

止まることで生き残る仕組み。


考えれば考えるほど、合理的すぎる。


「……優しい罠、か」


「うん。あれは優しい方」


即答だった。


「止まれば助かるでしょ」


当然のことのように言う。


「だから、ちゃんと見てる人なら、生き残る」


ちゃんと、見る。


考えるより先に、受け取る。


それは、工学的にも正しい。

制御できない系では、操作より観測が先だ。


なのに、僕は――動いた。


「……癖だな」


思わず口に出る。


「ん?」


「いや。自分の」


リラは深く追及してこなかった。

その距離感が、今はありがたい。


しばらく無言で歩く。

森の音が、少しずつ戻ってくる。


そこで、ようやく――

別の違和感が、はっきり形を取った。


「……なあ、リラ」


「なに?」


「俺さ」


一拍、置く。


「君の言ってること、普通に分かってるけど……

それ、変じゃないか?」


リラは歩みを止め、振り返った。


「変?」


「ここ、日本じゃないだろ」


「うん」


「俺、日本語で喋ってる」


「うん」


そこまでは、迷いがなかった。


「君も、日本語で返してる」


そこで、リラの表情が止まった。


ほんの一瞬。

でも、確かに。


「……日本語?」


その言い方が、妙だった。


単語は合っている。

でも、中身が噛み合っていない。


「えっと……それ、そういう呼び方なの?」


背中に、ぞくりとしたものが走る。


「……リラ。今、何語で喋ってるつもりだ」


彼女は少し考え、困ったように眉を寄せた。


「……普通の、言葉」


それ以上でも、それ以下でもない。


僕は、無意識に手袋を見た。


指先。

あの石板に触れた場所。


「……変だな」


小さく呟く。


意味は通じている。

でも、音として聞いている言葉が、

本当に相手のものなのか――確信が持てない。


原因は、思い当たるものしかない。


あの石板。

触れた瞬間の転移。

それから、さっきまでいた遺跡。


どれかが、引き金になっている。


それ以上のことは、まだ分からない。


少なくとも、

世界全体の話をするには、材料が足りなさすぎる。


今、確かなのは一つだけだ。


――僕は、

「何かが起きた状態」で、この世界に放り込まれている。


それが便利なものか、

それとも危険な副作用か。


判断するには、

まだ観測が足りない。


「……なあ、リラ」


「なに?」


「しばらくさ」


僕は、前を向いたまま言った。


「変だと思ったこと、あったら教えてくれ」


彼女は少し考えてから、頷いた。


「いいよ。お互い様だし」


その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。


まずは、生き残る。

考えるのは、その後でいい。

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