第5話 考える癖
次が来る。
そう言われてから、僕は一度も身体を動かしていない。
動けない、というのもある。
でもそれ以上に、動く理由が見つからなかった。
床は静止している。
音もない。
それでも、リラは壁際から離れない。
「……来ないな」
僕が言うと、彼女は首を振った。
「来るよ。ただ、今じゃない」
「どうして分かる?」
純粋な疑問だった。
リラは少し困ったように笑う。
「分からない、って言ったら?」
「困るな」
正直な答えだった。
僕は視線を落とし、床を見る。
沈み込んだ床は均一だ。
偶然じゃない。意図して設計されている。
巨大なシステムの一部――。
そう考えた瞬間、腑に落ちた。
「……考えすぎか」
呟くと、リラが首を振る。
「考えるのは悪くないよ」
そう言ってから、続けた。
「でも、あなたは考えてから動く癖が強すぎる」
否定できなかった。
宇宙での訓練も、研究も、
すべては「考えてから動く」ためのものだった。
「でも、ここでは逆だな」
僕は、ようやく言葉にする。
「まず止まる。
それから、考える」
リラの目が、わずかに見開かれた。
「……うん」
短いけど、確かな肯定。
その瞬間、分かった。
僕は遅いわけじゃない。
順番を間違えていただけだ。
「なあ、リラ」
「なに?」
「止まったあとで考えるのは――俺に任せてほしい」
彼女は一瞬だけ考えて、笑った。
「いいよ。役割分担だね」
その直後、床の奥で再び振動が走った。
今度は、さっきより近い。
振動の間隔が、一定だった。
それが、いちばん嫌な種類の確かさだった。
僕は息を整え、動かない。
考える癖を、
正しい場所に置くために。




