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第4話 遅れる理由

「……動く前に、止まる、か」


床に固定されたまま、僕は小さく呟いた。


罠は止まっている。

光の線も、あの無機質な機械音も、今は聞こえない。


それでも、足は抜けない。


沈み込んだ床が、固体のように硬化し、ブーツを挟み込んでいる。

無理に引けば、装備か、足首か――どちらかが先に壊れる。


「抜けると思う?」


背後から、彼女の声がした。


「今は、無理だ」


即答した。


力でどうにかできる段階は、もう過ぎている。

それだけは、はっきり分かる。


「じゃあ、待とう」


彼女は、ためらいもなく言った。


「……待つ?」


「うん。今は“動かない時間”」


彼女は壁に背中を預け、その場に腰を下ろした。

ここが罠の中だという事実を、忘れているみたいに自然だった。


動かない。

でも、何もしないわけじゃない。


「さっき、どうして分かった」


問いかける。


「止めた理由だ」


彼女は少し首を傾げた。


「理由……うーん」


少し考えてから、あっさりと言う。


「嫌だったから」


「嫌?」


「うん。ここ、入っちゃいけない感じがした」


それだけ。

誤魔化しも、照れもない。


ただ、そう感じたという事実。


僕は黙り込んだ。


床の沈み方。

沈下量。

光の刃が走った高さ。


――全部、説明できるだろう。


どういう仕組みかは分からなくても、

どう危険かは、今なら言葉にできる。


でも、それは全部――起きた後だ。


「……一歩、遅れたな」


自嘲気味に言うと、彼女はすぐに首を振った。


「違う」


はっきりした否定。


「一歩じゃない。たぶん、もっと」


「……」


「あなた、考えてから動く人でしょ?」


図星だった。


「ここはね」


彼女は床を、靴の先で軽く叩く。


「考えるより先に、止まらないといけない場所」


責めているわけじゃない。

ただ、使い方が違うと教えているだけだ。


世界の。


沈黙が落ちた。


僕は一度、ゆっくり息を吐く。


「……名前を、聞いてもいいか」


彼女は少し驚いた顔をしてから、頷いた。


「リラ」


短い名前だった。


「君は?」


一瞬、迷う。


フルネームを名乗るべきか。

ここで、日本の名前が通じるのか。


考えた末、僕は言った。


「……綾瀬だ」


一拍置いて、付け足す。


「綾瀬恒一。日本から来た」


彼女は一瞬だけ目を瞬かせたが、聞き返してはこなかった。


――通じている。


その事実が、今さら引っかかった。


そのとき、床の奥で、小さな振動が走った。


ゴト、という鈍い音。


リラが、すっと立ち上がる。


「そろそろ、次が来る」


「次?」


彼女は僕を見て、静かに言った。


「だから今度は――

私が止める前に、動かないで」

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