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第14話 面倒な人

水路は、街の裏側にあった。


石畳の下を通る古い構造で、人が立って歩けるほどの高さはない。

湿った空気がこもり、壁には苔が張り付いている。


「ここだ」


トゥーリが短く言った。


鼻を突く臭いが、はっきり分かる。

放っておけば、街に影響が出る類の臭いだ。


「詰まりは?」


僕が聞くと、トゥーリは一瞬だけこちらを見た。


「下流」


それだけ。


言葉を選ばない。選ぶ必要がない立場の人間だ。


水路に降りる前に、外套代わりの布を締め直す。

水路の臭いは、布に移ればしばらく取れない。


足元は滑りやすく、ところどころ石が欠けている。


「……流れが弱い」


思わず口に出た。


リラが、ちらりとこちらを見る。

止める合図ではない。ただの警告だ。


僕は屈み、手袋越しに水の流れを確かめる。


遅い。

それも、不自然に遅い。


「ここ、途中で狭くなってる」


「分かってる」


トゥーリが言う。


「だから詰まる」


「いや」


僕は首を振った。


「それだけじゃない」


トゥーリの眉が、わずかに動く。


「壁が削れてる。最近だ」


「……で?」


「上から荷重がかかってる」


言った瞬間、リラの視線が鋭くなる。


「アヤセ」


小さな声。

合図だ。言い過ぎるな。


でも、口が止まらなかった。


「多分、上に何か建てた」


僕は指先で、天井の石を軽く叩いた。


「荷重で、水路が歪んだんだ。流れも歪んで、流速が落ちた。

だから沈殿物が溜まってる」


沈黙が落ちた。


水音だけが、やけに大きく聞こえる。


トゥーリが、ゆっくり息を吐く。


「……それは、誰の建物だ」


「知らない」


「なら、言うな」


即答だった。


「でも、原因を――」


「直すのは水路だ」


トゥーリの声は低い。


「建物は水路じゃない」


「原因を残したら、また詰まる」


僕が言うと、トゥーリは目を細めた。


「それでいい」


その言葉が、重かった。


「……良くない」


「良い悪いじゃない」


トゥーリは一歩近づく。


「ここでは、そうする」


僕は息を吸う。


理屈は通らない。

通す気がない。


「……それは、誰かが困る」


「困るのはお前じゃない」


トゥーリの視線が冷たい。


「面倒を増やすな」


面倒。

その言葉が、胸の奥に刺さった。


リラが一歩前に出る。


「トゥーリ」


「リラ。仕事だ」


「……分かってる」


彼女はそれ以上言わなかった。

言えなかった。


僕は黙って作業に戻る。

沈殿物を除き、流路を整える。

手順は単純だ。

考える必要もない。


流れが戻る。

水音が、確かに変わる。


「終わりだ」


僕が言うと、トゥーリは一度だけ頷いた。


「金は出る」


「原因の報告は?」


「いらない」


きっぱりとした拒否。


水路を出る。

外の空気が、やけに軽く感じた。


戻る途中、誰とも話さなかった。


ギルドに着くと、受付の男がこちらを見る。


「終わったか」


「終わった」


トゥーリが答える。


「問題は?」


「ない」


男は満足そうに頷いた。


それから、僕を見る。


「次からはな」


声が低くなる。


「直すだけでいい。余計なことは言うな」


 「余計じゃない。再発する」


 一瞬で、空気が張り詰めた。


 リラが半歩前に出る。


 「分かってます」


 彼女の声は柔らかい。

 柔らかいのに、必死だった。


 「アヤセ、少し黙って」


 合図ではない。

 懇願だ。


 僕は口を閉じた。


 受付の男が、深く息を吐く。


 「便利ではある」


 それは評価だ。


 「だが」


 続く言葉が、重い。


 「便利なだけの人間は、置き場がない」


 「……どういう意味だ」


 思わず、聞いてしまった。


 男は視線を逸らす。


 「長くはいられないって意味だ」


 それ以上、何も言わなかった。


 ギルドを出て、しばらく歩いたところで、リラが足を止める。


 「アヤセ」


 「……うん」


 「言いたいことは分かる」


 彼女は正面から僕を見る。


 「でも、この街では」


 一拍。


 「正しいことを言う人は、仕事を増やす人」


 「悪いことか?」


 「嫌われる」


 即答だった。


 僕は空を見上げる。


 街は今日も穏やかだ。

 何も壊れない。

 何も変わらない。


 「……なるほど」


 小さく呟く。


 面倒な人間。

 正しいことを言うだけで、そう呼ばれる。


 リラが静かに言った。


 「これが、最初の印だよ」


 「印?」


 「アヤセが、この街に長くいられないっていう」


 僕は笑ってしまった。


 「じゃあ、早かったな」


 「何が?」


 「嫌われるのが」


 リラは何も言わなかった。


 その沈黙が、答えだった。

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