第13話 ギルド
朝は早かった。
窓の外が白み始めた頃、廊下で足音がした。
宿の板が、ぎしりと鳴る。
「アヤセ」
扉の向こうから、リラの声。
「起きて。仕事の話」
僕は上体を起こし、短く返す。
「今行く」
顔を洗って部屋を出ると、リラはもう階段のところに立っていた。
昨日の宿の空気とは違って、仕事モードの顔だ。
「ギルド、行くよ」
「ギルド?」
「回収屋の。街の中で動くなら、そこを通すのが早い」
早い。
その言い方が、少しだけ意外だった。
この街は効率を嫌う。
でも、効率を捨てているわけじゃない。
“誰が得をする効率か”が違うだけだ。
通りは朝靄が残っている。
人の動きは少ないが、視線は確実にある。
僕が歩くたびに、視線が一つ、二つ、増える。
僕の格好は職人にも兵士にも見えない。
鎧でもローブでもない、どこにも属さない素材だけが目立つ。
「……目立つな」
「目立つよ」
リラは淡々と言う。
「変だから」
それもまた、即答だった。
ギルドは、石造りの建物だった。
門番はいない。代わりに、出入りする人間の目が門番をしている。
中は紙の匂いがした。
墨と、獣皮と、汗。
受付に座っていた男が、リラを見て眉を上げた。
「遅いぞ、リラ」
「朝いちで来た」
「朝いちで遅いと言ってる」
小さく笑いが起きる。
身内の空気だ。
僕は、その輪の外にいる。
男の視線が、僕に向いた。
「……で、そいつは?」
リラが一瞬、こちらを見る。
「同行者。アヤセ」
男は、また眉をひそめた。
「名前か?」
「そう呼んでる」
昨日と同じやりとり。
でも、ここでは反応が少し違う。
兵士は面倒そうにしただけだった。
こっちは――興味が混じっている。
「街の外の人間か?」
「そう」
「へぇ」
男は肘をついて、僕の装備を眺めた。
「何ができる?」
リラが、わずかに首を振る。
“余計なことを言うな”の合図。
でも、ここは仕事の場所だ。
言わないと、仕事にならない。
僕は一度息を吐き、できるだけ短く答えた。
「測れる。直せる。止められる」
一瞬、室内が静かになった。
次に、誰かが鼻で笑った。
「止められる、ね」
「遺跡の罠を?」
別の声が言う。
その声には、好奇心と、警戒と、軽蔑が同居していた。
リラが前に出る。
「昨日、無事に中から抜けてきた」
それだけで、空気が変わる。
数人の視線が、鋭くなる。
数人の視線が、逆に逸れる。
関わりたくない。
関わりたい。
昨日リラが言った通りの反応だ。
受付の男が、机の下から紙束を取り出した。
「ちょうどいい。人が足りない」
紙束を、リラの前に置く。
「裏の水路。詰まってる。臭いが上がってきてる。
下手に弄ると崩れるから、誰もやりたがらん」
リラが紙を見て、顔をしかめた。
「……水路は回収じゃない」
「街の仕事だ。金は出る」
男は僕を見る。
「測れるんだろ?」
測れる。
直せる。
止められる。
僕が言った言葉が、すぐに鎖になる。
「アヤセ」
リラが、小さく言う。
“断る?”
という問いが、その目に浮かんでいる。
僕は一瞬、迷った。
この街で目立つのは危険だ。
でも、街の中で生きるには、仕事が必要だ。
それに――
壊れそうなものを前にして、黙っていられるほど、僕は出来ていない。
「やる」
短く答えた。
受付の男は、満足そうに笑った。
「決まりだ。今日は案内を付ける」
「いらない」
リラが即座に言う。
「必要だ」
男の声が硬くなる。
「外の人間に、街の中を勝手に歩かせるな。
……規則だ」
規則。
便利だから使う。
でも、信用はしない。
僕は、その違いをはっきり感じた。
「案内役は?」
リラが問う。
男が顎で示す。
隅の椅子に座っていた若い男が、ゆっくり立ち上がった。
無表情。腕が太い。目が冷たい。
「トゥーリ」
受付の男が言った。
「口は少ないが、街は知ってる」
トゥーリは、僕を見る。
視線の中に、言葉がない。
でも意味は分かる。
――信用していない。
「アヤセ」
リラが、僕の袖を軽く引いた。
合図だ。
言うな。乗るな。余計なことをするな。
僕は、頷いた。
「よろしく」
トゥーリは返事をしなかった。
代わりに、踵を返す。
「ついて来い」
それだけ言って歩き出す。
僕とリラが、その後ろに続いた。
ギルドを出るとき、背中に視線が刺さるのが分かった。
興味。
警戒。
期待。
そして――ほんの少しの、嫌悪。
仕事が始まった。
同時に、
僕がこの街で“使われる形”も、始まった。




