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第12話 黙っていられない

宿は、静かだった。


木造の二階建て。

外見は古いが、手入れは行き届いている。


「部屋は二つ」


リラが受付に言う。


「いつものところで」


受付の女が、ちらりと僕を見る。


一瞬だけ。

でも、確かに。


「……連れ?」


「そう」


それ以上、何も聞かれなかった。


聞かれなかったこと自体が、

この街の流儀なのだと、なんとなく分かる。


余計なことは、しない。

深入りもしない。


部屋に入り、一息つく。

ふと見たインナーの肘と膝は、擦れて白っぽくなっている。

洗う余裕はない。臭いは誤魔化せても、汚れは残る。

疲れで眠ってしまいそうになる。

食事をとらなくては。

僕は、食堂に降りた。


夕方前。

客はまばらだ。


パンと、スープ。

それに、煮込んだ肉。


見た目は素朴だが、匂いは悪くない。


「外の人は、こういうの苦手?」


リラが言った。


「いや」


僕は首を振る。


「効率は悪くない」


言ってから、しまったと思った。


声が、思ったより通った。

この程度の客の数でも、静けさの中だとよく響く。


リラが、じっとこちらを見る。


「……その言い方、やめて」


小さい声だった。

でも、はっきり聞こえた。


「え?」


「……今の、どういう意味?」


「いや、その……」


言葉を探す。


「栄養的に、って意味で」


完全な言い訳だった。


「美味しいかどうかじゃなくて?」


「……それも含めて」


リラは、ため息をついた。


「アヤセ」


低い声。


「ここではね」


箸代わりの木製スプーンを置く。


「効率って言葉、あんまり使わない方がいい」


「どうして?」


即座に聞き返してしまう。


――あ、まただ。


「理由を聞くと、嫌われるから」


「……理不尽だな」


今度は、はっきり口に出た。


食堂の空気が、ほんの少しだけ、止まる。


周囲の客が、こちらを見た。


誰も何も言わない。

でも、視線は――冷たい。


「アヤセ」


リラが、ほとんど動かない口で言う。


「黙って」


合図ではない。

命令だ。


僕は、口を閉じた。


数秒。

やけに長く感じる。


やがて、空気が戻る。


誰も、何も言わないまま。


食事を終え、部屋に戻る途中。

階段を上がりながら、リラが言った。


「今のが、失言」


「……どこが?」


「全部」


即答だった。


部屋に入り、扉を閉める。


ようやく、息ができる気がした。


「アヤセ」


リラは、腕を組む。


「この街ではね」


一拍置いてから、続ける。


「“正しい”ことを言うと、

“面倒な人”になる」


「……正しくても?」


「正しいから、だよ」


その言葉に、胸の奥がざわつく。


「効率がいい、とか。

改善できる、とか。

理由を説明できる、とか」


リラは指を折る。


「全部、“余計”」


「……じゃあ、間違ってる方がいいのか?」


「黙ってる方がいい」


それが、この街の答えだった。


僕は、ベッドに腰を下ろす。


確かに、理解はできる。


失敗しないためには、

変えないのが一番だ。


でも――


「……無理だな」


小さく、呟く。


「分かってる」


リラは、少しだけ笑った。


「だから、最初に言ったでしょ」


「目立たないで、って?」


「うん」


彼女は、窓の外を見る。


夕暮れの街。

穏やかで、静かで、壊れそうにない。


「アヤセ」


振り返らずに言う。


「この街はね」


「壊れない代わりに、

変われない」


その言葉が、胸に残る。


僕は思う。


ここで黙っていれば、

安全に暮らせるだろう。


でも、

黙っていられない人間は――


「……歓迎されない、か」


ぽつりと呟く。


リラは、否定もしなかった。

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