記憶を写す力で人助け! ― 白鳥美月と事故の夢②
千絵を助けた後で、進と静は再び神社を訪れた。夜の闇に染まる社殿の中で、進は福の神に報告する。
「千絵を助けた。事故を防いだ。これで、能力を永久にもらえるよな?」
福の神は首を横に振った。
「助けられた当人ではない白鳥美月にも、千絵を助けたことが知られておる。条件に反する。よって、救いとは認められぬ」
進が言葉を失ったその時、社殿の戸がきしむ音とともに、白鳥美月がそっと入り込んできた。
「……あの、私からも言わせてください」
福の神が目を細める。
「ほう、何を申す」
美月は進の背中を見つめながら、静かに言葉を紡いだ。
「私は、未来を夢で知ることで、どうにか対策をして乗り越えてきました。ずっと、人生でズルをしているような罪悪感がありました。でも、今回こうやって人を助けることに関われたことで……初めて、救われた気がしたんです」
「……」
「私も、助けられた当事者です。波風君が人助けをしたことを知っていても、よくないですか? そもそも、私は予知夢で、波風君が鈴本千絵さんを助けるであろうとは思っていました」
福の神はしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
「どこかで聞いたような言葉じゃが……よかろう。白鳥美月、お主が知っていても条件には反しないこととする」
進はほっと息をついた。
「じゃあ、今回のは――」
「だが、千絵を助けた場面は、他の大勢にも見られておる。それゆえ、今回の救いは認められぬ」
進は肩を落とした。
「残念。やっぱり覆面は常備しておかないといけないな」
神社からの帰り道、美月と別れた後で、静は進に問いかけた。
「今回の能力、テストのためだと言っていたけど、私のために望んだんでしょう」
「いや、テストのためだよ。いい成績をとって、聡明なお嫁さんに胸を張れるようにする。勉強がうまくいけば、将来少しは稼げるかもしれない」
「楽にお金儲けをすることが目標のあなたが、随分堅実に考えるわね」
静は笑う。
「……私が妹とのこと、思い出したいと言ったから、気にしてくれたのよね」
「あ、いや、そういう話は前回の件で聞いたけど。そう考えると、今回の能力は静さんの件にも役立ちそうだし、もしよかったら念写をさせてほしいな。実際、妹さんがいなくなった日のことはどれくらい覚えているんだ?」
「あの日、私と妹で家を出たところまで。その後、夜にあそこの河原で寝ていたのを見つけられたのよ。お医者さんは、大きな精神的ショックで記憶が失われているんだろうって」
静は首を振った。
「でも、いいのよ。一日に一人にしか使えない能力なんだから、まずはあなたがその力を手に入れられるよう、困っている人を助けるために使ってちょうだい」
翌朝、白鳥美月は進と静に再び連絡を入れてきた。学校の中庭のベンチで顔を合わせると、彼女は不安げな表情で口を開いた。
「また……鈴本千絵さんが事故に遭う夢を見たの。今度は、ひとつじゃなくて、いくつも」
進と静は顔を見合わせた。
「いくつもって……どういうこと?」
「交通事故、水の中で溺れる事故、頭上から何かが落ちてくる事故、階段から転げ落ちる事故……全部、鈴本さんが巻き込まれてた」
進は掌を差し出し、記憶念写を試みた。スマホには次々と写真が保存されていく。
赤信号を渡る千絵、水中に沈む千絵、校舎の軒先で頭上を見上げる千絵、階段の踊り場で足を滑らせる千絵――どれも、現実味のある風景だった。
「……どうして千絵ちゃんばかり映るんだ? これだけの危険な目に遭うっていうのか?」
進の言葉に、静が真剣な顔で応じた。
「昨日あの後、千絵が気になることを言っていたの。最近身の回りで不思議なことが起きるって。花瓶が上から落ちてきたり、信号を待っている時に、見知らぬ人に強く押されたり」
「誰かに狙われてる……?」
「そうかもしれないし、偶然かもしれない。白鳥さん、あなたが見る予知夢は、どれくらいの期間で実現してきたかしら?」
「ええと……大抵は夢を見た翌日には」
「今日はいつどこで事故に遭ってもおかしくないわね。だったら、私が千絵とずっと一緒にいる。この念写画像に写っている場所は避けて、何かあれば私が守るわ」
美月は頷いた。
「それが一番確実かもしれない」
その日、静は千絵を「最近元気がないから」と理由をつけて誘い、放課後も一緒に過ごした。校内、帰り道、駅のホーム――どこでも静は千絵のそばを離れなかった。
そしてその日、千絵には何の事故も起きなかった。
だが、翌朝。美月はまた夢を見たという。
「今度は、もっと多くの場面が出てきた。鈴本さんの身に、これからいくつもの危険が迫る……と思う」
進と静と美月は、放課後再び喫茶店に集まり、話し合った。
「どうして千絵ちゃんばかり映るんだろう。運が悪いだけか? 呪われてる? 千絵ちゃんの話が気のせいでないとすると、危険なストーカーに狙われてる?」
「呪いって、そんな非科学的な……とは言えないわね。福の神様がいて、白鳥さんみたいな本物の超能力者の例もあるわけだし」
「これだけ続くと、偶然とは思えない」
美月は静かに言った。
「私の夢が間違ってる可能性もある。だから、鈴本さんに直接聞いてみたい」
三人は千絵を喫茶店に呼び出した。窓際の席で、雑談を装って進が話をする。
「千絵ちゃん、ここ数日で訪れる予定の場所ってある?」
千絵は少し考えてから、手帳を取り出した。
「えっと……図書館、駅前の文具店、祖母の家、塾、友達と遊ぶ約束でショッピングモール……」
進は念写された写真と照らし合わせた。全部、美月の夢に出てきた場所だった。
静が身を乗り出す。
「その予定って、誰かに頼まれたの? それとも、自分で決めたの?」
千絵は首を傾げた。
「全部、自分で決めたことです。誰かに言われたわけじゃないです」
進はしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
それから数日間、静は千絵と行動を共にした。
進が美月の夢を念写し、一日の終わりに三人で翌日の対策を考えて、事故は起こらずに日は過ぎた。
そして、能力を永久に得られるかどうかの期限。一週間の最終日、夕刻。
進と美月は、学校の屋上で、普段は閉まっている扉を開けて歩み出てきた千絵を出迎えた。
「……あの、どうしてお二人がこの屋上にいるんですか?」
「予感がしたからだ。ちなみに、千絵ちゃんが呼び出した静さんは来ない。千絵ちゃんの具合が悪くなって、千絵ちゃんからの呼び出しは無しになったと俺から伝えた」
千絵は驚いた表情を浮かべた。
「どうしてそんな……」
進はスマホをポケットにしまいながら、静かに言った。
「この屋上で、静さんに突き落とされるつもりだったんだろう。そんなの、止めるに決まってる」
美月は進の横顔を見つめ、頷いた。
その日の朝、進と美月は中庭のベンチに並んで座り、一枚の念写画像について話し合っていた。
その画像には、静が千絵を学校の屋上から突き落としている、そんな様子が写し出されていた。
「波風君……私、夢で見たの。鈴本さんが屋上から落ちた後、制服のポケットから遺書が見つかるの。そこには、角間さんに屋上に呼び出されたこと、日常的に暴力を受けていたこと、今日こそ殺されるかもしれないって書いてあった。角間さんの親族の会社に、鈴本さんのお父さんが世話になっていて、逆らえないとも」
進は言葉を失い、しばらく黙っていた。
「それって……静さんが人殺しだって責められるってこと?」
「ええ。夢の中では、そうなってた」
進は首を振った。
「でも、静さんがそんなことするわけない」
美月も、静かに同意した。
「私もそう思う。でも、夢は……あまりにも具体的だった」
「念写がそう見えても、千絵ちゃんが自分で、突き落とされたようにして飛び降りる……ということもありうると思うんだが、想像が行き過ぎている? 静さんに甘すぎるかな?」
「行き過ぎてない。私はこの鈴本さんという人は知らないけれど、角間さんは知ってる。私も角間さんに甘くする」
そうやって二人は、放課後の屋上で千絵を待つことに決めた。




