記憶を写す力で人助け! ― 白鳥美月と事故の夢①
放課後の神社は、夕陽に照らされて朱色が濃くなっていた。鳥居の影が石段に長く伸び、風が木々を揺らすたびに、葉擦れの音が境内に広がる。
波風進は、みたらし団子と缶コーヒーの入ったコンビニ袋を手に、社殿の前に立っていた。隣には角間静がいる。
「……本当に、これで望んだ能力がもらえるの?」
「いや、わからん。でも、神様ってお供え物とか好きそうだし、機嫌を取れば、ちょっとはお願いを聞いてくれるかもって思ってさ」
進は、袋から団子と缶コーヒーを取り出して並べた。和と現代の融合――なんとなくそれっぽい気がした。
「でも、神社の由来とか調べた方がよくない? 好物とか、ヒントあるかも」
「それ、黒見に頼んでみた。オカルト好きだし、詳しいかと思って」
静が目を細める。
「黒見君が?」
「うん。で、返ってきた答えが『由来らしい由来はない』だってさ。数年前に地元の有志が建てたらしい。伝承も祭神も曖昧。つまり、好物も不明」
「……それで、団子と缶コーヒー?」
「俺なりに考えた結果だよ!」
静が小さく笑った。
「お願いする能力は決まっているの?」
「ああ、やっぱり地道にいくことにした。聡明な子にお嫁さんになってもらうなら、自分も成績を上げないといけないと思うんだ」
進は手を合わせながら、願いを口にする。
「テストでいい点を取るために、記憶を自由に引き出せる能力ください!」
その瞬間、社殿の奥から浴衣姿の少女が現れた。進と同じくらいの年齢に見えるが、口調はいつも通り偉そうだ。
「よくぞ参った。今週授けるのは、記憶念写の力じゃ」
「記憶……念写?」
「人の記憶の断片を、映し出す力。この力は強大じゃから、一日に一人にしか使用できぬ。映像はスマホに写真として保存される。使い方は、お主次第じゃ」
進は目を丸くした。
「えっ……スマホに保存? じゃあ、テスト中には使えないじゃん! 俺、教科書の記憶を自分の脳みそから引き出してこれからずっと満点を取るつもりだったのに!」
「くだらぬ目的で願うから、そうなるのじゃ」
福の神はにやりと笑い、社殿の奥へと消えていった。
進はスマホを取り出して、掌を見つめながらため息をついた。
その時、鳥居の向こうから制服姿の女子生徒がふらりと現れた。白い肌に儚げな雰囲気。肩までの銀茶の髪が風に揺れている。
「……ここ、夢で見た場所だわ」
進と静が目を向けると、彼女は進をまっすぐに見つめて言った。
「あなた……夢に出てきた。誰かが事故に遭う夢だったの。お願い、私の夢の中を見てほしい」
静が小さく息を呑んだ。
「白鳥美月さん……よね?」
進は首を傾げた。
「知ってるの?」
「同じ学年よ。去年まで長期入院していて、最近復学したばかり。授業中も静かで、あまり人と話さないけれど……ええと、その日何があるか予想するのが上手いとか、聞いたことがあるわね」
静としては、あまり人の噂話をもとに話をしたくなかったが、美月は気にした様子もなかった。
「それは本当。私は夢で未来が見える」
進は美月の顔を見た。儚げな美少女で、どこか夢の中から抜け出してきたような雰囲気がある。
「なんとびっくり、本当の超能力者がいたとは……」
「正直信じていなかったけれど、進君や福の神様と会ってからは、そういう人もいるんだろうと思えるようになったわ」
「夢の中で、誰かが事故に遭うって……それ、誰だった?」
美月は首を振った。
「顔は見えなかった。でも、制服の裾が風に揺れて、赤い標識の前で……誰かが横断歩道に足を踏み出すの。その瞬間、車が……」
進は、そっと掌を差し出した。
「ちょっと、試してみる。俺、色々あって記憶を念写できるんだ。夢も記憶の一種なら、見えるかもしれない」
進の掌がじんわりと熱を帯びる。美月の瞳が進の手に吸い込まれるように向けられた瞬間、進のスマホが震えた。
「……保存された?」
進がスマホを確認すると、そこには一枚の写真が表示されていた。赤い標識、制服の裾、風に舞う落ち葉。そして、誰かが横断歩道に足を踏み出す瞬間。
「これ……どこだ?」
静が画面を覗き込み、眉を寄せた。
「この標識、駅前の交差点に似てる。あそこ、信号が短くて危ないのよ」
進はスマホを握りしめた。
「この後ろ姿、鈴本千絵ちゃんじゃないか? この子が事故に遭うのか?」
美月が小さく頷いた。
「夢の中で、車にはねられて、彼女が血を流してた。誰かに呼ばれたように、走って……」
進は立ち上がった。
「行こう。今なら間に合うかもしれない」
静もすぐに立ち上がった。
「私も行く。千絵のことなら絶対に放っておけない」
二人は美月を神社に残し、駅前へと駆け出した。
交差点に着いたとき、千絵は赤信号を待っているところだった。
が、誰かに呼ばれたように顔を上げ、走りだそうとする。
「千絵ちゃん!」
進が叫ぶと同時に、千絵の腕を強く引いた。直後、猛スピードで車が、彼女の前をかすめて通り過ぎた。
「危なっ……!」
静が駆け寄り、千絵を抱き寄せる。千絵は震えながら、進の顔を見上げた。
「……また、助けてくれたんですね」
進は照れくさそうに笑った。
「たまたま通りかかっただけだよ。信号、危なかったから」
千絵は制服の袖をぎゅっと握りしめながら、進の顔を見つめた。頬が少し赤く染まっている。
「でも、ありがとうございます。……本当に、嬉しかったです」
「千絵ちゃん、今走りだそうとしたけど、どうして?」
「知り合いに早く来るように呼ばれた気がして……でも、赤信号でしたね。すみませんでした」
「まあ、今度からは気を付けて」
「最近、こういうこと多いんですよね……静さんにも迷惑をかけてしまって」
静が千絵の頭を撫でた。
「私は全然迷惑じゃないけれど、気をつけなさい」
優しい声に、千絵は深く頷いた。




