透明になる力で人助け! ― 黒見兄妹と川の試練③
「お姉さんが、人殺し……じゃあ、なんで……祟り神様は来ないの?」
「私が聞きたいわ。何があったのか、私も知りたい。幽霊でも怨霊でも何でもいい、私の方が、もう一度あの子に会いたいわよ……!」
静の叫びが響いた。
「違う……お姉さんが嘘をついているんだ。あたしが幽霊になるのを防ぐために、嘘をついてるんだ!」
静は腕時計をちらりと見た。午後六時をすでに回っている。川面には夕闇が落ち始め、濁流は黒くうねっていた。
そのとき、静の足元の地面に、何かが引きずられるような音が走った。草むらの陰から、進の荒い呼吸がかすかに聞こえる。透明になった彼が、廃材置き場から引きずってきた板を、向こう岸に向かって慎重に架けようとしているのがわかった。
静はそれを視界の端で確認しながら、さらに声を張り上げた。
「そう、人間は嘘をつく。私の嘘は、ここで殺した、というところかしら。見当違いの場所を探してくれれば、妹は行方不明で終わるもの。だから黒見君の妹さん、ここに飛び込むのは、無駄死によ」
「嘘だもん! ここであたしが飛び込めば、祟り神様の力で復讐できるようになるんだもん!」
「私は妹が死んだ本当の場所を知っている。あなたの覚悟が本物なら、その場所を教えてあげてもいいのよ」
「嘘だもん……ここが祟り神様のいる場所なんだもん! お兄ちゃんのノートに書いてあったもん!」
晶子は叫びながら、川岸の縁に立ったが、静の呼びかけに躊躇っていることが見て取れた。
風が彼女の髪を揺らし、洋服の裾がはためく。
進は必死に板を川に渡し、次の瞬間、晶子は川へと身を投げた。
が、彼女の体は水に落ちることなく、何もない中空に足を着いたかと思うと、そのまま尻もちをついた。
「え? あれ? 下は川なのに……なんであたし、空に浮いてるの?」
晶子はきょとんとした顔で辺りを見回した。
「走れ、黒見! ご両親が守ってくれたんだ! 場所を間違えるな! 静さんの前から晶子ちゃんに向かって一直線に走れ!! これからはお前が守るんだ!!」
進の叫び声に、明人が駆け出した。
何もない、濁流が見えるだけの中空に足を踏み出すと、足元には確かに何かを踏みしめる感覚があった。
明人は無我夢中で駆けて、晶子を抱きかかえると川岸に転がり込むように倒れた。
「晶子、大丈夫か!?」
「お兄ちゃん……お兄ちゃん、駄目だよ。あんな、川に落ちたら、死んじゃうよ。お兄ちゃんが死んだら嫌だよ!!」
晶子は泣きながら、明人の胸に顔を埋めた。明人は妹の頭を優しく撫でながら、震える声で言った。
「ありがとう、晶子。心配してくれて。お兄ちゃんも晶子が死んだら嫌だ。本当に悲しいんだ。わかってくれよ」
「ごめんなさい……お兄ちゃん、ごめんなさい……」
草の陰から、進が立ち上がって姿を現す。
明人が駆けた中空に黒い板が現れ、濁流の中に落ちていった。
抱き合う兄妹を向こう岸に見て、進と静はほっと笑い合う。
「今度こそ大丈夫かな」
「ええ。黒見君はナイスファイトだったわね」
「静さんも、話を引き延ばしてくれてありがとう。ぎりぎりだったよ」
「お見事だったわよ。透明になる力で救ったわね」
廃材置き場で簡易的な橋になりそうなものを探し出し、一緒に透明になって持ってきて向こう岸に架けて、晶子が飛び込んだ時に備える。
考え着いたものの、強度が足りるかは賭けだった。
「運がよかったよ。あの板、意外と頑丈だった。本当にあの二人の両親が守ってくれたのかもしれない」
「だとしたら……すごく素敵なことね」
静が進に手を差し伸べる。
「能力を使った後だし、疲れて歩けないでしょ。肩を貸すわ」
「え、いや、申し訳ないよ。汗かいたし」
「いいからいいから」
少し強引に静が肩を貸す形で、二人は家路についた。
翌日、進と静は再び神社を訪れた。
「黒見兄妹の件、報告に来たのじゃな」
進は一歩前に出て、胸を張った。
「透明になる力で、晶子ちゃんが川に飛び込んでも助かるようにしたぞ。今度こそ、能力をくれ」
福の神は腕を組み、じっと進を見つめた。
「確かに、お主の力がなければ助からなかったかもしれぬ。だが、救ったのは黒見明人の勇気じゃ」
「でも、俺がいなかったら晶子ちゃんは……」
「考えてみよ。お主の能力のことを何も知らないまま、あの川の上に足を踏み出したのじゃぞ。普通ではない、とんでもない度胸の持ち主じゃ。あの男がいなければ、すぐ後には妹は川の中に落ちていたじゃろう」
進は肩を落とした。静がそっと隣に立ち、福の神に問いかけた。
「進君はまず初めにお父さんの霊が現れたかのように見せて、あの兄妹に父親が見守ってくれているという想いを抱かせたわ。その下準備があったからこそ、黒見君はあそこで進君の言葉を信じて走ることができた。そう考えると、黒見君の度胸も進君のおかげなのでは?」
「小娘、また貴様は……」
福の神は悔しそうな表情で呻いた後で、ゆるゆると頷いた。
「わかった。五分間透明になる能力を与える」
「本当か!?」
「やったわね!!」
進と静は福の神の前で、思わずハイタッチする。
「だが、これからも励むように。絶対じゃぞ」
福の神はそう言い残し、社殿の奥へと消えていった。
神社を後にした二人は、近くの喫茶店でお疲れ様会を開いた。窓際の席に座り、アイスコーヒーを前にして、進はため息をついた。
「ありがとう、静さんのおかげでこれからは透明になり放題だよ」
「よかったわね。でも、使い方には気を付けるように。前にも言ったけれど、私のリサーチによると、犯罪で稼ぐ男はもてないんだから」
「ああ、変なことはしないよ。俺の目的は、楽してお金を稼ぐことだけじゃない。理想のお嫁さんといちゃいちゃすることが大切だからな」
進は笑いながら、ストローをくるくると回した。
「それにしても、最近学校で妙な噂が流れてるらしいな」
「ええ。角間静の妹は川ではなく別の場所で行方不明になったらしいって。私は実は行方不明には関係ないっていう話なのよ」
「それ、黒見が感謝の気持ちで流したんじゃないか?」
「そうかもしれないわね。でも、逆の噂もあるのよ。私が別の場所で殺して、嘘の証言をして行方不明のままで事件を終わらせた。幼い頃から狡猾で恐ろしい女だったって」
進は眉をひそめた。
「誰がそんなことを……あの場にいた人物は限られているはずだ。黒見がわざわざそんな噂まで流すとは考えにくいが……」
静は進をじっと見つめた。
「そう、私はあの場でそういう話をしたわ。やっぱりちゃんと聞いていたのね」
「え、ああ、まあ。こっちの作業音を消すためにだいぶ大きな声で話してくれていたしね」
「どうして何も聞かないの? 私の妹の情報には、両親が賞金を出しているわよ。お金持ちになる切っ掛けになるかもしれないのに」
進は少し考えてから答えた。
「逆に聞くけど、静さんは俺のことをどれくらい疑ってる? 透明になる能力をばれない程度に変なこと……例えば覗きとかに使うかもしれないだろ?」
「変なことはしないって言ったし、しないって思っているわよ」
「俺も、静さんは妹と仲がよかったはずだと言ってたから、そう思ってる」
静はふっと笑った。
「それにしても、こういう噂は流れるのに、進君と私がここずっと放課後を二人で過ごしているという噂が流れないのが不思議だわ」
「俺がお金に困って、静さんの荷物持ちのアルバイトをさせてもらっているって噂は流れてたぞ」
「全然でたらめじゃないの」
「助けてもらってるってところは当たってるし、全然ってわけでもないかな」
「私の方が救われているわよ、いつも……」
小さな声で、静はつぶやいた。




