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透明になる力で人助け! ― 黒見兄妹と川の試練②

進は公園の植え込みの陰に身を潜め、そっと深呼吸をした。透明になる力を使うのはこれが二度目だ。心臓の鼓動が耳に響く。静が一人で晶子に近づいていくのを見届けると、進は意識を集中させ、ふっと姿を消した。

静は、遊具の鉄棒にぶら下がっていた晶子の前に立ち、優しく声をかけた。

「晶子ちゃん、ちょっといいかしら?」

「……なに?」

警戒するように睨みつけてくる晶子に、静は微笑んだ。

「さっき、お父さんにメダルをかけてもらうって言ってたわよね。どんなメダルなのか、見せてもらってもいい?」

「……なんで?」

「あなたがどれだけ頑張ったのか、知りたいの。お父さんとの約束の証なんでしょう?」

晶子は少し迷ったようだったが、やがてポケットに手を入れた。

「……これだよ」

小さな手のひらに、金色のメダルが乗っていた。陽の光を受けて、鈍く光っている。

「素敵ね。頑張った証だわ」

静がそう言って微笑むその横で、透明になった進がそっと近づいた。

晶子がメダルを見せるために手を開いた瞬間、進はその手からメダルをそっとすくい取り、晶子の首にかけた。

金属の冷たさに、晶子がびくりと肩をすくめる。

「えっ……?」

さらに、進は足元の砂地にしゃがみ込み、靴の先で「約束」と地面になぞるように書いた。

メダルが宙に浮いて自分の首にかかり、足元には見覚えのない文字が刻まれている。晶子は目を丸くした。

「お兄ちゃん! お父さん来たよ!」

明人が駆け寄るまでに、進は物陰で透明化を解いた。

「お兄ちゃん、これなんて読むの?」

「やくそく、だよ」

「やくそく……お父さん、約束守ってくれた! お父さん、来てくれたんだ!」

晶子は喜び、駆け回った。その姿に、進も静も、明人も、自然と笑顔になった。


公園での出来事の後すぐに、進と静は再び神社を訪れ、福の神に報告した。

「認められぬ」

「顔は見られてるけど、二人とも父親の幽霊が来てくれたと信じていて、俺が何かしたなんて思ってないぞ」

進は食い下がった。

「晶子ちゃんは俺が透明になってメダルをかけたことで、お父さんに会えたと信じたんだ。それで元気になったんだよ!」

「駄目じゃ」

「……また、本当の意味では救っていないから、かしら?」

「そういうことじゃな」

福の神はそれだけを言い残し、社殿の奥へと消えていった。


その帰り道、進と静は喫茶店に立ち寄った。窓際の席に座り、アイスティーを前にして作戦会議を始める。

「あれで妹さんはお父さんに会えたと信じて、もう仇討ちなんていう物騒なことは考えなくなったと思うんだ」

「そうよね。すっかり元気になっていたし」

福の神の「本当の意味で救う」の意図を考えるが今回も結論は出ない。

「……黒見君たち、仲のいい兄妹だったな」

「ええ。進君も妹さんがいるのよね。仲はいい? 進君に何かあったら飛んでくる? それこそ恋人ができたら、お眼鏡にかなわないとお付き合いが許されないくらいには慕われているのかしら」

「どちらかというと蔑まれているんじゃないかな。学校では品行方正にしている俺も、家だとだらしなさを隠せないし」

「品行方正かはわからないけれど、こうやってあれこれと悩む姿は人前では見せないわね、あなたは」

「静さんは、妹と仲が良かったのか?」

静は面食らった顔をして、そして笑った。

「驚いた。はっきりと聞くのね。私の噂、聞いたことない?」

「聞いたことはある。けれど、静さんとこうやって知り合って、でたらめな噂だと確信を持ってるよ」

「そう……ありがとう。私と妹は、仲が良かったはずなんだけど……」

静が話し始めたとき、進のスマホが鳴った。明人からだった。

「波風君、すまない、助けてくれないか。晶子が……」

「晶子ちゃんに何かあったのか!?」

「幽霊になろうとしてるんだよ! すぐに北の川の水門のところに来てくれ!」

北の川はその名の通り町の北を流れる川で、水深が深く、今の季節は水量が多くて流れが速い。

北部は山地になっていることから、橋は町の両端に2つあるだけで、市街地から駆け付けると必然南側の川岸になる。

進と静が駆けつけると、流れる川を隔てた北側の岸に立つ晶子に、明人が必死に呼びかけていた。

「待ってくれ! 早まらないでくれ! ここで飛び込んでも幽霊にはなれない! そもそも、幽霊なんているわけがないんだ!」

「今日お父さんは来てくれたもん! お兄ちゃんは帰って! 私は怨霊になってお父さんの代わりに復讐するんだから!」

川の土手を駆け上がってきた進と静は、息を切らせながら明人に問いかける。

「どういうことだ? 晶子ちゃんは今日お父さんと会って、納得したんじゃなかったのか。お父さんが身近にいてくれるなら、復讐なんてする必要ないだろう」

「それが、父さんの幽霊にメダルをかけてもらったから……幽霊でも物が触れるなら、幽霊になって藪医者を刺し殺してやるって言って……」

進は悔しさにうなだれた。

晶子のためにと思った進の行いは逆効果で、晶子の復讐心を更に確固たるものにしただけだった。

「私はまだ小さいから殺し屋を雇うしかないと思ってたけど、幽霊になれば自分で、お父さんを苦しめた奴を殺せるんだもん! だから邪魔しないで! 地獄への門が開く前にお兄ちゃんは帰って!」

「地獄への門というのは何かしら?」

静が前に進み問いかける。

「お姉さんは知らなくても無理はないよね。ここは、お兄ちゃんが調べた中でもトップクラスの心霊スポットなんだよ。数年前に姉妹喧嘩で川に突き落とされて殺された妹が、祟り神になって留まっていて、殺された午後六時に同じ年頃の子供がここで身を投げると地獄への門を開いて招いて、すごい力の怨霊にしてくれるんだ」

明人ははっと顔色を変えて、静を見る。

「これは、僕が中学生の頃に集めた噂のノートを参考にしたみたいで……」

静は無表情のまま、顔色は青ざめ、かすかに体が震えていた。進が思わず肩に手を置くと、静はその手を強く握りしめた。

「私なら大丈夫。進君は今どうすればよいかを考えて」

「ああ。橋を架ける時間を稼いでくれ。この川岸で重いものを引きずる音がしても、晶子ちゃんが気にしないようにしてくれるとありがたい」

静は力強く頷き、大きな声で晶子に問いかけた。

「黒見君の妹さん、あなたの身の回りに、本当に祟り神に会った人がいるかしら?」

「それは、いないけれど……」

「噂が嘘で、祟り神がここにいなかったら無駄死によ。お父さんの仇なんて討てないわよ」

「みんなが言ってるんだから、嘘じゃないもん! 自分のお姉ちゃんに殺されたんだよ!? 無念で悔しくて仕方ないに決まってる!! だから祟り神になったんだよ!!」

静はきゅっと唇を引き結ぶ。視界の端に、進が川岸の少し離れた場所にあった廃材の山に近づくのを捉えて、更に声を張り上げた。

「恨まれているならそれでもいい。話がしたいわね。私も何度もここには来たわよ。けれど、一度も会えなかった。一日中ずっと居て、何日も通ったけれど、会えなかったわ」

「どういうこと? お姉さん、何を言っているの?」

「噂の、姉妹喧嘩で妹を殺した姉は、この私よ。突き落として殺した当人がここに来たのに、祟りなんて何もない。恨み言の一つもない。本当に祟り神なんているのかしら?」

晶子が小さく悲鳴を上げた。

「そんな……お姉さんが!?」

「そうよね、黒見君。私が妹殺しの姉よね?」

明人は頷いた。

「そういう、噂だった」

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