エピローグ
大晦日の夕方。
商店街のアーケードには年越しの買い物客が行き交い、温かい惣菜の匂いが漂っていた。
進、静、美月の三人は、紙袋をいくつも抱えて歩いていた。
「これで年越しそばも完璧ね」
「進氏と静と三人で、細く長く生きる」
「今年は色々あったからな。平和な日々に感謝だ」
そんな他愛ない会話をしながら進の家に入ると――
リビングのソファに、黒髪を肩で切りそろえた少女が座っていた。
「紗良……? また日本に帰って来てたのか」
進が驚くと、紗良は少しだけ視線をそらした。
「お父さんとお母さんは海外で年越しだから……せめて私だけでも兄さんに会おうと思って」
「それで、今度はどんなトラブルがあったんだ」
紗良はむっと頬を膨らませた。
「兄さん、私が会いに来るのは、トラブル解決に兄さんを利用するためだと決めつけてない?」
「その暗い表情を見て、何かあったんだろうと察しただけだ。紗良が俺に会うために、はるばる帰国してくれたのは、ありがたいと思ってるよ。何もないなら今日はみんなで年越しパーティーだ」
紗良はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「実は……友達が、またおかしなアルバイトに手をだしちゃって……。でも、私も帰国して、たまたま会った友達から聞いたの。今回は本当に、兄さんに会って一年のお礼を言うためだけに帰ってきたんだよ」
進は小さく頷いた。
「なるほど。また闇バイトか? 警察に行くのが一番だぞ」
「今度は闇バイトじゃなくて、『デビルバイト』なの」
静と美月が首を傾げた。
「デビルって……悪魔かしら?」
「それって、どんなアルバイト?」
「それが……自分の病気が治るように一緒に祈ってほしいっていうアルバイトらしいんだけど……」
友人から聞いたところでは、アルバイトに応募して数日後、お香とカタカナで書かれた意味不明の祈りの言葉が届いたという。
毎晩お香を焚いて、祈りの言葉を唱えて眠るだけで高額報酬。
最初は喜んでいたが、数日後、体に異変が起きた。
「初めは足の裏の汚れだったんだって」
「汚れ?」
「うん。朝起きたら、服とか体が汚れてるようになったんだって。家の中でついた汚れだと思ってたんだけど……この前起きたら、両手に血がべっとりついてたんだって」
「何の血だったんだ……?」
「わからないけど……その日、近所で小動物が大量に殺されてるのが見つかったってニュースがあって……。その子は怖くなってお香を焚くのをやめたの」
「それで終わりにはならなかったのか?」
「うん。それから毎晩、悪魔の夢を見るようになったんだって。祈って生贄を捧げろ、そうすればいくらでも金をやるって。生贄を捧げないと呪うって。その子は精神的に参っちゃって……デビルバイトを辞めようにも、怖くて辞められずにいるの」
進は腕を組んだ。
「生贄、か……」
紗良は兄を見つめた。
「こんなことで警察に行っても、聞いてもらえないだろうし……兄さん、どうしたらいいと思う?」
進は妹の頭を軽く撫でた。
「紗良、疲れただろうから少し部屋で休んでてくれ。俺たちは、年末の買い出しの続きをしてくる。今夜はとりあえず、パーティーだ」
進たちが外に出ると、冬の空気が頬を刺した。
「ひょっとしたら、悪魔の力を得た人間がいて、他人に危害を加えようとしているのかもしれない」
「私たちが与えられていたしょぼい力でも、私たちの人生を変えるには十分な力だったのに……もしも悪魔の本気の力を手に入れた人がいるなら、手の出しようがないわ」
「うん、神社に行っても福の神様はもういない。進氏、どうするの?」
進は空を見上げた。
薄い雲の向こうで、夕日が沈みかけている。
「わからないけど……大晦日といえば二年参りだし、困った時の神頼みだ。少し時間は早いけど、お願いに行ってみよう」
そうして、三人はいつもの神社へ向かった。
境内に着くと、灯籠の明かりが揺れ、冷たい風が木々を揺らしていた。
その中央で、巫女服の少女が竹箒を持って掃いていた。
長い黒髪を後ろで束ね、白い装束に赤い袴。
その横顔を見て、進は思わず声をあげた。
「え……どうして?」
「いらっしゃいませ。……あ……」
竹箒の手を止めた巫女の少女――多喜祈は、進の顔を見た瞬間、不思議そうに首を傾げた。
その瞳には、一ヶ月前の病室で見せたような深い信頼の色はない。
進の胸に、少しだけ寂しさがよぎる。
「あの、どこかでお会いしたことは、ありませんよね? なんだか、とても懐かしいような、不思議な気持ちになってしまって」
「……初めまして。君は……ここの、巫女さん?」
多喜祈は、柔らかく微笑んだ。
「一応。ご縁があって、こちらでアルバイトをさせていただいています。準備ができたら、お祓いもできますよ」
「お祓いは、君がしてくれるのか?」
「はい。アルバイトの身ではありますが、お祓いをすることを許してもらっています」
「その年で大切な仕事を任せられるなんて、すごいわね」
「あなたがしてくれるのなら、とんでもなく効果ありそう」
静と美月の感嘆の声に、祈は顔を赤くしてはにかんだ。
「どこかでやったことがあったみたいで、やり方がわかるんです。私自身は、ここ何年かのことは覚えていないんですけども」
その言葉に、進は思わず涙ぐむ。
「あの……どうしました? まだ境内を掃除しきれていなくて……何か踏んでしまいましたか?」
「いや、ごめん。ちょっと驚いて……そう、感動したんだ。この前まで、誰もいない神社だったから」
祈は竹箒を止め、空を見上げた。
「そうですね。誰からも見捨てられていました。けど、意外とご利益はあると、私は思っています」
そう言って三人に向き直る。
「例えば、会いたかった人たちにいつか会えるんじゃないか……そんな気持ちになるんです」
祈は、あふれんばかりの笑顔を浮かべた。
最終話となります。
本作をお読みいただき、ありがとうございました。
ここまでお付き合いくださった皆様に、心より感謝申し上げます。
また別の物語でもお目にかかれましたら嬉しく思います。




