治癒の力で人助け! ― 神の真実と少女の戦い③
進が一歩前に出る。
「福の神様は本当に、この……多喜祈さん、なのか?」
福の神は小さく頷いた。
「うむ……わしは火事に巻き込まれ寝たきりになっている、そこの娘の魂じゃ。意識がないと周囲の人間は思っているが、実際は一切の身動きがとれないだけで、意識はうっすらとあり、声は聞こえている」
静が眉を寄せる。
「じゃあ、この病室での会話も、全部……」
「聞こえておるよ。医者も看護師も親族も、皆、こちらを『物』のように扱う声が、な」
福の神は唇を噛み、続けた。
「親族がわしの継いだ莫大な遺産と、火事の火元の電機会社からの賠償金目当てに、生命維持装置を停止しようと言い出してな。逃げようにも逃げられぬ。ただひたすら『助けてほしい』と神様に祈ったら、神様ではなくそこの悪魔が取引を持ち掛けてきたのよ。そうして今は、邪神の一角としての神格を得ている」
そこで、ベッドの向こう側から低い笑い声がした。
黒いスーツの男――上位神を名乗っていた存在が、口の端を吊り上げる。
「その通りですよ。私は神ではなく悪魔です。ようやく自分で邪神と認めましたね、福の神よ」
「ふん……貴様が悪魔を卒業すれば、わしも邪神でなくなるがな」
美月が震える声で問う。
「……取引って、どういう内容だったの?」
悪魔は肩をすくめた。
「悪魔の能力で人間たちを殺し合わせ、命を奪い、満足のいく数の生贄を捧げれば、望みを何でも叶えるというもの。この娘に不利な点はありません。優しいでしょう?」
「それじゃあ、福の神様が俺に能力を授けてくれていたのは……」
「あなたのような欲望丸出しの人間に悪魔の力を与えれば、必ず他の人間を害する。誰にもばれないならと、他人をためらいなく殺すようになる。私たち悪魔とあなたたち人間は、昔から共存関係にあるのです。さあ、思い出してごらんなさい。周囲の人間を超越した力で、邪魔な人間や嫌いな人間を何人も葬り去ってきたのでしょう? 気持ちよかったでしょう? まだこれからも、続けたいでしょう?」
「いや……あんたら悪魔の力で、そんなすごいことできないだろ」
「は……?」
「与えられた力は微妙なのばかりで、人を殺せる力なんてなかったぞ。悪魔の力は俺たちの基準だとかなりしょぼいが……ひょっとして悪魔たちには自覚がないのか?」
「しょぼい……だと? 我ら悪魔の力を!? 望めばいくらでも人を殺し、異性を虜にし、富も手に入れることができる!! それをしょぼいだと!?」
「現代社会だと、砂金は全然価値がないぞ」
「生贄を差し出すことで金塊を作る魔術がある!」
「透明になって人を殺しても、現代社会だと科学捜査があるぞ」
「呪文一つで敵を死に至らしめる魔術がある!」
「失せ物探しは便利だけど、大量生産大量消費の時代だから、大金を出してまで探したがる人はあまりいないぞ」
「相手にとって真に大切なものを奪う魔術がある! なぜだ!? なぜそれらの力を使わない!?」
「だから、俺が福の神から与えられたのはしょぼいのばかりだったんだよ」
悪魔が福の神を睨みつけた。
「どういうことだ!? なぜしょぼい力しか与えていない!!」
「悪魔よ、お前の言った通りじゃ。欲望丸出しの人間に力を与えたら、よくないことをするのは分かり切っているからな。進にはしょぼい力だけ渡していた」
「取引はどうする!? 人間を殺し合わせて生贄を捧げないと望みは叶えん!! 多喜祈、貴様、助かりたくないのか!?」
「助かりたい、まだ生きたいとも。じゃが、自分の命のために多くの人を犠牲にしては本末転倒じゃからな。それでは身勝手な殺人鬼と変わらぬ」
静が小さく頷く。
「立派ね。だけどあなた、それでいいの? 私もできる限り叔父様に働きかけるけれど、転院されてしまったら、もう守れないわよ。このままじゃ本当に親族に殺されてしまうわ」
福の神は首を横に振った。
「まさか、諦めるものか。いつか自分のもとにたどり着いてくれる者が現れたら、治癒の力を授け、回復してもらい、悪魔への生贄を捧げることなく意識を取り戻す……そう考えて、これまでずっとやってきたのよ。長かったが……今やっと、その時がきた」
進は福の神を見つめた。
「でも、それなら……どうして俺たちに直接教えてくれなかったんだ?」
「わしの目的がそこの悪魔にばれると、能力を人間に授ける権能を取り上げられてしまうのでな。少しでも怪しまれれば、すぐに鎖をきつくされる」
美月が静かに問う。
「じゃあ……私と静を争わせたのも?」
「いよいよ親族が生命維持装置を停止させようとしてきたので、焦ってな。治癒の力を勧めすぎて悪魔に勘付かれたらお終いじゃし……進が自然と治癒の力を欲しがるように、二人を争わせて顔に怪我を負わせようとしたのよ」
福の神は祈の寝顔を見下ろし、ぽろりと涙をこぼした。
「自分の命を救うために、ずっと進たちを利用していたのは間違いない……すまぬ……それでも、生きたかったのじゃ……」
悪魔はゆっくりと手を上げた。
「はい、そこまで。もう十分です」
黒い気配が指先に集まり、凝縮される。
「治癒の力を授けた人間を、自らの本体に辿り着かせる……よくも私を欺き、ここまでやり遂げたものです。そこは褒めてあげましょう」
悪魔の指先から放たれた黒い弾丸が福の神の胸を貫いた瞬間、病室の空気が凍りついた。
浴衣の胸元が赤黒く染まり、どろりと赤い液体が流れ出る。
福の神は胸を押さえ、震える声で言った。
「……魂が……砕ける……」
静と美月が同時に悲鳴を上げる。
「福の神様!!」
悪魔は何事もなかったかのように進へと向き直った。
「これまで与えられた力は、その娘の魂が私の下僕であるうちは、あなたのものです。娘が目覚めて下僕から解放されたら、与えられた力は全て消えてしまいますがね」
進は歯を食いしばった。
悪魔は淡々と続ける。
「さあ、治癒の力は遠瀬誠一郎の母親に使ってさしあげなさい。大金持ちの遠瀬家に恩を売ることができて、手に入れた力もあなたのもの。その娘を目覚めさせることは、あなたには何のメリットもありません」
「……あんたに逆らった福の神は、これからどうなるんだ?」
「再教育して従順な下僕にします。二度と自我を持つことは許しません」
進は静かに言った。
「俺は、それが正しいことだとは思えないんだよな……」
多喜祈の方へと歩き出す進に向かって、悪魔が叫んだ。
「ま、待ちなさい! その娘を目覚めさせる意味はないと言っているでしょう! 福の神を……その娘の魂を、私は全力で打ち抜きました。目覚めても精神は崩壊しており、人間としての活動はできません。私の下僕として未来永劫奉仕するのが、一番の幸せですよ」
「あんた、福の神のこと、結構気に入ってるんだな」
黒スーツの男は鼻で笑った。
「気に入っている? そんな可愛い話ではありませんよ。人間界で、肉体に守られている人間には、私たち悪魔の力はほとんど効かない。魂を拾って下僕にして、こそこそ動いて争わせることでしか生贄を得られないのです。そのうえ、神々が邪魔ばかりしてくる」
「悪魔のくせに、ずいぶん苦労してるんだな」
「ええ、あなたが思うよりずっとね。だからこそ――この娘の魂は貴重なんです。聡明で、扱いやすくて、質がいい。反逆したのは腹立たしいですが……手放すのは惜しい」
「あんたほどの悪魔なら、敵の神様が来てもさっきみたいに撃ち殺して終わりなんじゃないか?」
「残念ながら、人間界ではあれが限界です。一日に一発がやっと。今日ももうへとへとです」
「つまり、あんたも余裕がないってことか」
「そういうことです。 だから――その娘を目覚めさせないのが、あなたにも私にも、そして彼女自身にも一番いい。ここで終わりにしましょう」
進は静と美月を振り返った。
「一日一発、か。安心したよ。静さん、美月さん、俺がぶっ倒れたら……俺のことカッコいいって褒めてくれ」
胸から血を流す福の神に、進は歩み寄る。
福の神は弱々しく首を振った。
「進……やめ……魂の傷は……人間が負えば……精神が……壊れる……」
「なるほど。その反応、治癒の力は神様にも効果があるんだな」
進は福の神の胸元に手をかざした。
「福の神……いや、多喜祈さん。今までよく頑張ったな。好き勝手に能力を配って人間を殺し合わせて、それで助かる方がずっと楽だったはずだ」
「進……わしは……」
「それを、こんなやり方で、悪魔を欺き続けて、誰も犠牲にせずに戦い抜いた。怖かっただろうし、悩んで苦しんだだろう。その知恵と勇気に、心からの敬意を表して……あんたの魂の傷、俺が全部引き受ける」
福の神が目を見開いた。
「ま、待て……それは……!」
「代償治癒」
進の手から淡い光が広がり、福の神の胸元へ吸い込まれていく。
裂けていた魂の亀裂がゆっくりと閉じ、流血が止まる。
代わりに――進の瞳が揺らぎ始めた。




