治癒の力で人助け! ― 神の真実と少女の戦い①
放課後の喫茶店は、窓際に淡い陽が差し込み、テーブルの上のグラスに細かな光の粒を落としていた。
進、静、美月の三人は、いつものように向かい合って座っていた。
静は黒髪を耳にかけ、美月は淡い栗色の髪を肩に流している。
進はストローをくわえたまま、メニューも見ずにぼんやりと天井を見ていた。
「五分間透明になる力と、サイコメトリーと、失せ物探しの力……これで楽してお金儲けができるかな?」
進の言葉に、静はアイスティーのグラスを指先で軽く回しながら答えた。
「探偵や警察は向いていそうね。とても大変な仕事だと思うけど」
美月はホットミルクを両手で包み、控えめに続けた。
「ちゃんと勉強すれば、古物商や鑑定士もできそう」
進は肩を落とし、テーブルに突っ伏しそうな勢いで嘆いた。
「やっぱり、楽して高収入とはいかないか。他にどんな力があるといいだろう? サイコメトリーを遠隔で何度もできれば、ポーカーとかの賭け事に強くなれると思うんだけど」
美月が小首をかしげ、静に視線を向ける。
「静は賭け事を生業にしている人は好き?」
静は一瞬だけ目を細め、すぐに柔らかく微笑んだ。
「職業に貴賤は無いけれど……私の旦那さんには、もっと安全な仕事についてほしいわ」
「安全第一で頑張ります……」
進が小さく呟くと、二人はくすりと笑った。
そのタイミングで、美月がふと思い出したようにバッグを探り始めた。
「そうだ。進氏が安全な仕事で奥さんを養うって約束を忘れないように、これをみんなで食べよう」
「え? 何それ?」
静が首をかしげる。
美月は小さな金属ケースを取り出し、テーブルに置いた。
蓋を開けると、白いタブレットがぎっしり詰まっている。
「ミント……?」
進が覗き込む。
「うん。味覚とか嗅覚って、意識や記憶を取り戻すのに役立つって聞いたことがある。だから、進氏が大事な約束を忘れないように、みんなで食べておこうと思って」
静が笑った。
「美月って、時々すごくお母さんみたいなこと言うわね」
「そう……? とにかく、はい。進氏も静もどうぞ」
三人は同時にタブレットを口に入れた。
次の瞬間――
「っっっっっっ!? 辛っ……!!」
進が目を見開き、椅子から転げ落ちそうになる。
「ちょ、ちょっと美月!? これ、普通のミントじゃないでしょ……!」
静も涙目になりながら口を押さえた。
美月は申し訳なさそうに笑った。
「ごめん……強烈なやつの方が、意識がシャキッとするかなって思った」
進は口をパクパクさせながら言った。
「いや、これは……シャキッとどころか……脳が冷凍庫に入れられたみたいだ……!」
静も頬を押さえながら頷く。
「確かに……忘れられない味になりそうね……」
美月は二人の反応を見て、ふっと表情を和らげた。
「……なんだかね、これを食べてよかったって、三人で笑ってる夢を見たの」
進と静は顔を見合わせた。
「美月の予知夢か……」
「じゃあ、これは必要なものだったのね」
美月は小さく頷いた。
「うん。なんとなくだけど、進氏には私たちとの約束、忘れてほしくないから」
美月は静かに微笑む。
次に必要な能力は何か、結論は出ないまま、三人は席を立ち、神社へ向かった。
夕暮れの神社は、薄橙の空を背景に静まり返っていた。
境内の砂利道は冷え、木々の影が長く伸びている。
進は賽銭箱の前に立ち、手を合わせた。
「楽してお金を儲けられる力が欲しいです」
いつもの浴衣姿の福の神が現れ、進を見るなり深いため息をついた。
「最近は世のため人のために頑張っていたと思ったが、相変わらず欲まみれじゃな。もっと人を救うことを考えぬか。例えば……遠瀬誠一郎じゃったか。あ奴の母親を目覚めさせてやれば、喜ぶのではないか?」
進は目を丸くした。
「寝たきりの人を治す力なんてあるのか」
「ある。代償として自分がその怪我や病苦を負うことになるがな」
「それはちょっと……代償を払わずに済む力がいい」
「代償を払わない治癒もできるが、そちらは一回しか使えぬ」
「つまり、遠瀬先輩のお母さんを代償を払わずに治したら、永久に自分の能力にできたとしても、使えないってこと?」
「そうなるな」
「それ、力を使って助ける意味がないじゃないか……」
「それもそうじゃな。では、代償として自分が苦しみを負うことで何回でも治癒できる『代償治癒』の力と、代償を払わずに一回だけ治癒できる『完全治癒』の力をセットにして、今回は授けることにしよう。どちらかの力で人を救えば、両方の力を永久に与える。完全治癒で人を救ったなら、永久に与えられても使えるのは代償治癒のみじゃ。代償治癒で人を救ったなら、代償治癒を永久に何度でも使えるが、完全治癒は一回だけじゃ」
「……待ってくれ。ちょっと相談させてくれ」
進は慌てて静と美月の方を振り返り、問いかけた。
「静さん、美月さん、どう思う? これまでより代償が大きい能力だから、正直俺は乗り気じゃないんだが……」
静は腕を組み、真剣な表情で言った。
「確かに代償が大きすぎるわね。この力を頼ることになる怪我や病気は、ごく重いもののはずだし、進君が負うのはまず無理のはずよ。それでも治してもらうために、実態を偽ってとんでもない重病を押し付ける人が出てくるかもしれない」
美月も頷く。
「うん。それに、そういうことができると知られてしまうと、脅迫してでも進氏に治してもらおうとする人が絶対に現れる。私も危険だと思う」
進は福の神に向き直った。
「というわけで、福の神様。今日はちょっとよしておきます。また出直すので、もう少し危険の無い能力がもらえると嬉しいです」
福の神は頷いたが、すぐに静と美月を見た。
「静、貴様は残れ。美月、貴様も日が落ちた後に来い。それぞれ話がある」
静と美月は一瞬だけ視線を交わし、無言で頷いた。
翌日の昼休み。
冬の陽光が校舎の壁に反射し、中庭には淡い光が広がっていた。
枯れた芝生の上に、二つの影が向かい合って立っている。
静と美月だった。
静は長い黒髪を揺らし、眉を吊り上げている。
美月は淡い栗色の髪を肩にかけ、普段の柔らかい表情とは違う鋭い目つきで静を見返していた。
「美月……昨日聞いた話だと、あなた進君にキスしたそうね。絶対に許さないわ!!」
「静こそ、正妻ぶって進氏の恋愛関係を管理してるって聞いた。見過ごせない」
その声は中庭に響き、周囲の生徒たちがざわめきながら集まってくる。
輪ができ、空気が張り詰めた。
進は慌てて二人の間に割って入った。
「待ってくれ、どうしたんだよ二人とも。昨日まであんなに仲が良かったのに……」
静は進を鋭く睨んだ。
「進君は黙っていて、これは女同士の大切な話なのよ」
美月も負けじと声を張る。
「そう、進氏にはわからない。私たちが決着をつけなければいけない」
次の瞬間、二人は飛びかかった。
引っ叩き合い、髪を掴み合い、爪が空気を切る音がした。
冬の冷たい風が吹き抜ける中、二人の荒い息遣いだけが響く。
やがて、静の頬にも美月の頬にも深い傷が刻まれ、血が伝っていた。
周囲の生徒たちが進を取り囲む。
「波風、お前のせいで角間さんの美しい顔に傷がついた。どう責任をとるんだ?」
「白鳥さんの可憐な顔にも傷がついてしまった。あれはあれでいいが、痛々しくて気の毒だ。波風、どうにかするんだろうな?」
進は震える声で答えた。
「はい……腕のいい知り合いの医師を頼るので、許してください……」




