表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/36

命令の力で人助け! ― 白鳥美月と償いの選択①

昼下がりの教室は、冬の陽が斜めに差し込み、机の表面に淡い光の帯を作っていた。

その中で、進と静は並んで座り、他愛もない話をしていた。静は最近ようやく一人暮らしに慣れたらしく、頬に柔らかな色が差している。

「進君、今度……私の家に来てほしいのだけれど」

控えめに言う静の声は、いつもの落ち着きの中に少しだけ期待が混じっていた。

その瞬間、近くで聞いていた男子が椅子を引きずって割り込んできた。

短く刈った髪と、やや大きめのパーカーを着た、どこにでもいるような男子生徒だ。

「俺も行きたい、角間さんの家」

静は一瞬だけ瞬きをしてから、淡々とした声で返した。

「申し訳ないけれど、私は進君を誘っているの。他の人を家に入れることはできないわ」

「え、角間さんと波風って付き合ってんの?」

その不用意な言葉に、周囲の女子たちが呆れたように息を漏らす。

「まさか、そんなわけないでしょ」

「角間さんは面倒見いいから、クラスのバランスとるために波風君とも話してるだけよ」

静はそのざわめきに、落ち着いた表情のまま言葉を重ねた。

「私は進君に好意を抱いていて、そういう関係になりたいとは思っているけれど、進君は慎重で少しずつ仲を深めていくタイプだし、私自身まだ進君が理想とする女性になれていないから、努力を重ねないといけないと思っているわ」

教室が一瞬で静まり返った。

男子生徒がぽつりと呟く。

「波風のどこがいいんだ……?」

「全部よ」

「まじかよ……」

男子は目を丸くし、進自身も呆然としていた。

女子生徒の一人が、進に向き直る。

「それで、波風君は静のこと、どう思ってるの?」

突然の矢面に立たされ、進は目を白黒させた。

「いや、突然のことで……角間さん、どうしたんだ? ドッキリか何かか?」

静は小さく微笑む。

「いつもみたいに静って呼んでほしいわね。冗談ではなく、私の正直な気持ちを言っているわよ。これまで何度も助けてもらっていて、好きにならないわけないでしょう」

「静さんの役に立てていたのなら幸いだけど、俺もお世話になってるし、何より、これからも静さんの役に立てるかはわからないし……」

「進君が傍にいるだけで私はときめいて癒されるわ。存在そのものが役に立っているのよ」

「そんな、まさか……静さんみたいな人が俺なんかを……」

静は少しだけ視線を伏せた。

「簡単に信じてもらえないだろうとは思っていたわ。だから警戒されないように少しずつ距離を縮めて、気付けばお互い離れられなくなっている……そういう計画だったのに……!」

そして、事の発端となった男子生徒を鋭く睨む。

「まあいいわ。進君も、私のことを嫌いというわけではないわよね? 放課後は美月と一緒に私の家に来て、私が進君の理想の女性になれそうか見定めてちょうだい」

美月の名が出た瞬間、男子生徒が思い出したように声を上げた。

「そうだ、波風は隣のクラスの白鳥と付き合ってるはずだ。角間さん、考え直せよ。俺ともっと親交を深めて……」

その時、背後から静かな声がした。

「私と進氏が付き合っているという噂は、放置しておいた方がいいから否定しなかったけど、実際に付き合いには至ってない」

振り返ると、白いカーディガンを羽織った美月が、いつの間にかすぐ近くに立っていた。

細い体つきに、感情の読めない涼しげな目。だが、その声はいつもより少しだけ柔らかい。

「美月……ごめんなさい。抜け駆けをするつもりはなかったのだけれど、話の流れでこうなってしまったわ」

「気にしてない。私自身、進氏には感謝しているけれど、恋愛がどうとか言われるとわからない。静と進氏が仲良くしているのを見ているのも楽しい」

美月はそこで一度言葉を切り、二人を見つめた。

「それはそうと、二人に相談したいことがある。できれば人のいないところで」

静は頷く。

「わかったわ。今日もお参りに行きながら、話をしましょう」


校舎を出ると、午後の陽射しは傾き始めていて、街路樹の影が歩道に細く伸びていた。風が乾いていて、葉の擦れる音が小さく耳に触れる。三人は並んで歩き出した。

静は鞄を肩に掛け直し、横目で美月を見る。美月は相変わらず無表情だが、どこか落ち着かないように指先をいじっていた。白い指が細かく動くたび、光が反射してきらりと揺れる。

進が歩調を合わせながら口を開く。

「美月さん、相談って……そんなに人目を避けたい話なのか?」

「うん。あまり聞かれたくない」

美月は淡々と答えたが、その声にはわずかに緊張が混じっていた。

静が柔らかく微笑む。

「じゃあ、神社に着いたらゆっくり聞くわ。あそこなら人も少ないし、落ち着いて話せるもの」

三人は住宅街を抜け、やがて古い石段の前に立った。石段の脇には苔むした灯籠が並び、夕暮れの光を受けて淡く輝いている。鳥居の向こうは木々が密に茂り、ひんやりとした空気が漂っていた。

進が息を整えながら言う。

「今日も参拝か。なんだか最近、神社に来るのが日課みたいになってきたな」

「悪いことじゃないわよ。心が落ち着くし」

静は軽やかに石段を上り始めた。長い黒髪が揺れ、夕陽を受けて深い藍色の光を帯びる。

美月も後に続く。小柄な体が影の中に吸い込まれるように進んでいく。

石段を登り切ると、境内には誰もいなかった。木々のざわめきと、遠くの車の音だけが微かに聞こえる。

静が振り返り、穏やかな声で促す。

「それで、美月。話って?」

美月は一度深呼吸し、二人を見つめた。薄い唇がわずかに震える。

「昨晩……予知夢を見た」

進と静が同時に息を呑む。

美月は続けた。

「夜中に地震が起きた後、北の山から火山ガスみたいなものが街に下りてきて……たくさんの人が死ぬ夢だった。二人とも、夜までに街を離れてほしい」

静の表情が固まる。進も言葉を失った。

「市役所に匿名で電話した。でも、いたずらだと思われた」

美月の声は淡々としていたが、その奥に焦りが滲んでいた。

静が眉を寄せる。

「そんな……どうにかならないの? 数千人が死ぬなんて、見過ごせるわけないわ」

進も頷く。

「SNSで信じてくれそうな人に拡散してもらうとか……それくらいしか思いつかないな」

「絶対に避難させたい人には、個別に伝えるしかないわね」

静は言いながら、ふと進を見る。

「進君は……家族は海外だったわね。友達は……」

「ほぼいないな。明人には世話になってるから伝えるけど」

美月は小さく首を振った。

「私は……伝える人はいない。父も母も、もういないから」

静が一瞬だけ目を伏せる。

「……そう」

沈黙が落ちたが、美月が顔を上げた。

「でも、どうにかしないといけないから……進氏が神社で授かる能力に賭けたい」

静は頷いた。

「そうね。ここで授かる力は、いつも私たちを助けてくれたもの。今回も、きっと」

三人は社殿の前に立ち、手を合わせた。

空気が張り詰め、風が止まる。

次の瞬間、境内に柔らかな光が満ちて、社殿の奥から浴衣姿の福の神が現れた。

「ふむ……また来おったか、小娘ども」

静が眉をひそめる。

「またって……私たち、そんなに頻繁に来ているかしら?」

「お主らのように、毎度毎度厄介ごとを持ってくる参拝客は珍しいわ。まあ、退屈しのぎにはなるがの」

進が頭を下げる。

「すみません、今回も助けてほしいんです」

「助けてほしい、とな? ほう……」

美月が無表情のまま、しかしどこか切迫した声で言う。

「夜中に地震が起きたあと、北の山から火山ガスが街に下りてきて……たくさんの人が死ぬ夢を見た。市役所に知らせても信じてもらえなかった。だから……どうにかしたい」

「予知夢か。お主のそれは、ただの夢ではないからのう。確かに放っておけば街は壊滅じゃな。よかろう。今回授けるのは、『命令の力』じゃ」

「命令……?」

進が思わず聞き返す。

福の神は得意げに胸を張った。

「心の底から信じて発した言葉を、聞いた者に信じ込ませ、その通りに動かす力じゃ。自分の言葉にも、他人の言葉にも、命令の呪いの力を持たせることができる。ただし、有効なのは次に発する一言だけ。疑い深い者には効き目が薄いし、効果が切れた後は、正気に戻った相手に恨まれることもある」

静が小さく息を呑む。

「……強力すぎるわね」

「うむ、強力じゃ。使えば使うほど、周囲との関係は壊れやすくなる。この力で身を滅ぼした者は数え切れぬが……それでも使うか?」

進は迷わず頷いた。

「使う。今の俺達には必要だ」

「覚悟はできておるようじゃな。では、授けよう」

神が手を振ると、淡い光が進の胸元へ吸い込まれた。

「さて。我にできるのはここまでじゃ。忘れるでないぞ。この力は救いにも破滅にもなる」

そう言い残し、福の神の姿は社殿の奥に消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ