呪いの人形の力で人助け! ― 闇バイトと妹の嘘②
そして夕方、静と美月が進の家に訪ねてきた。
「え? どうしたんだ二人とも」
「進君が加賀谷さんを家に連れ込んでいないか、心配で来たのよ」
「そう。責任をとれないうちから、異性を連れ込むのはよくない」
テーブルを囲んで座り、静と美月は部屋の中を見回す。
「うん、どうやら女の子を連れ込んだ様子はないわね」
「進氏、あの後どうしたの? 親戚の人にご挨拶して、加賀谷さんと付き合うことになったの?」
進はためらわず答えた。
「あの荷物なら捨てて、すぐに帰ってきたよ。あんなもの、信用できるわけがない」
その返答に、静も美月も絶句した。
「捨てたって……プレゼントを? 確かに私たちも、あの子にはちょっと思うところがあるけれど、さすがにそれはどうなのかしら……」
「進氏、冷たすぎる。告白に対して、通常ではありえない、信じがたい反応」
「二人はそう言うけどな……」
進は眉をひそめ、強い口調で言い切った。
「紗良とその友人のすることだからな。絶対にろくでもないことを考えてるよ」
「正真正銘、進君に憧れていた子だったらどうするのよ? 申し訳ないことをしたと思わないの?」
「あり得ないことを考えても仕方ない。俺に好意を寄せる女の子なんて、いるわけがない」
「じゃあ、惜しいことをしたとは思わないの? あの子、とても綺麗だったけれど」
「思わない。俺は理想のお嫁さん一筋だからな」
「静と私はあの後、あの子がどんな子か少し調べた。優しくて、頭が良くて、いい子だって学校だと評判らしい」
「そんな子なら、ますます俺を好きになるわけがないだろう」
「進君、あなた一体、紗良さんと何が……」
その時、慌てた様子で紗良が帰ってきた。肩までの黒髪を乱し、息を切らしている。
「兄さん! 手土産、ちゃんと遥の親戚に渡した?」
進は冷静に答えた。
「捨てた」
紗良は顔を真っ赤にして叫んだ。
「どうしてそんなことしたの!? そのせいで遥がさらわれたんだよ!」
静と美月は息を呑む。
紗良は震える声で続けた。
「責任取ってよ! 遥を助けてよ!」
静が紗良の手を取り、部屋に入るよう促した。
「紗良さん、落ち着いて。進君がプレゼントと手土産を捨てたのは、ひどいことだと思うけれど、加賀谷さんがどうしてさらわれるの?」
「遥は昔からお世話になっている近所のお姉さんに誘われて、アルバイトをすることになったの。あの荷物を指定の場所で人に渡すことになっていたんだけど、実はそれが闇バイトで……」
「小荷物を運ぶだけで即日高給がもらえる、お得なアルバイトかと思ったら、中身は違法な薬物や盗品で、警察に捕まってしまった。そんなニュースをたまに見るな」
「うん。遥は直前で怪しいと気付いて、怖くなって私に相談してきたの。だから兄さんに荷物を代わりに届けてもらおうと考えたのに……」
進は黙って紗良を見つめた。
美月が低い声で呟いた。
「……進氏の直感が正しかった」
静は長い黒髪を揺らしながら、真剣な眼差しで進を見た。
「疑いすぎだと思ったけれど……結果的に、進君が正しかったわね。ごめんなさい。私たちが口を出してはいけなかったわ」
「いいんだ。二人が俺のことを考えて言ってくれているのはわかってる」
よほど急いできたのだろう、紗良の頬は赤く、息は荒い。
普段は快活な彼女の顔に、必死さだけが滲んでいた。
「兄さん!」
声は震え、目には涙が浮かんでいる。
「警察に行ったら、さらわれた遥がもっと危険な目に遭う。お願い、兄さんの力で紗良を助けて!」
「……どうしてそんなに必死なんだ?」
「大切な友達だからよ!」
「俺も危険な目に遭うかもしれないし、正直警察に相談した方がいいと思うぞ」
「でも……警察に行って、その報復で遥が傷つけられたりしたら……。お願い兄さん、助けて!」
「わかった。このアパートは壁が厚くない。これ以上騒がれて近所から苦情が来たら困る」
進の声は低く、冷静さを保っていた。
「紗良、加賀谷さんの写真を送ってくれ。普段身に着けているものが写っている写真だ」
「うん、送る。すぐに送る」
紗良から送られてきた写真は、制服姿の遥のもので、その手首には綺麗な銀色の腕時計が写っていた。
「この腕時計をいつも身に着けているのか? 今日も?」
「うん。今日も着けてた」
「妹の涙に免じて、今回は警察には行かずに探してみるよ」
その言葉に紗良は目を見開き、安堵からついに声をつまらせて泣き出してしまった。
進は部屋の机の引き出しから、包みを二つ取り出して、静と美月に渡した。
「これは……?」
「寒くなってきたから、プレゼントだ。俺の写真が印刷されたトレーナーだよ。一日で用意してもらうのは大変だった」
「トレーナー? なぜ進氏の写真が?」
「唯一無二のものの方が、あの力で探し出せるだろ。これから危ないかもしれないから、この件が片付くまでは着ていてほしい」
二人は両手でトレーナーを受け取り、真剣な眼差しで進を見つめた。
「……進君、必ず戻ってきてね」
「進氏、準備がいいね。信じて待つ」
進は二人の反応に小さく頷き、紗良の方へ振り返った。
「俺のことはいいけど、この二人に何かをしたら許さない。わかったな」
「うん。ごめんなさい、兄さん……」
進は家の外へ出た。
夜気は冷たく、街灯の下で彼の影が長く伸びる。
写真に写った腕時計を思い浮かべながら、進は先日与えられた失せ物探しの力を行使した。
淡い煙が夜の街に漂い、ゆらゆらと揺れながら一方向へと伸びていく。
進は煙を追い、静かに歩みを進めた。
進が夜の街へと消えた後、部屋には静、美月、そして紗良が残っていた。
静も美月も、貰ったトレーナーを早速着込んでいる。
「唯一無二がいいのはわかるけれど、進君の写真のプリントだなんて……人前でコートが脱げないわね」
「暖かい。女の子へのプレゼントとしてはどうかしてるけど」
苦笑する静と美月。
やがて二人は、紗良に厳しい視線を向けた。
「さて、紗良さん。あなたたち兄妹のことに私たちが口を出すべきではないのかもしれないけれど、私と美月は進君とはただならぬ仲だと自負しているから、事情を知っておきたいと思っているの。お兄さんを犯罪に巻き込もうとしたのはなぜかしら?」
「それは……他にどうしようもなかったから。遥が報復を怖がって警察に行きたがらないし、私が代わりに荷物を持っていくのも怖いし、あとは兄さんしか頼れる人がいなくて」
「頼ったのではなく騙そうとしたのでしょう。我が身可愛さに。許されることではないわ」
「仕方ないじゃない。あんな状況になったら……実際に自分が巻き込まれたら、誰だってああするよ。静さんだって……!」
緊張が張り詰める中、突然、紗良のスマートフォンが震えた。
表示された番号は非通知。紗良は一瞬ためらったが、意を決して応答した。
受話口から聞こえてきたのは、湿った女の声だった。
「私は佐藤由美。遥の近所のお姉さんと言えばわかるかしら? 遥を助けたいなら、これから言う場所に来なさい。全員来るように」
紗良は息を呑み、静を振り返った。
「……遥を闇バイトに誘った近所のお姉さんだ。遥を助けられるって……。全員で来なさいって」
「なるほど。……紗良さん、あなたはどうしたい?」
「行きたい。遥を助けたい」
「そう。じゃあ私も行くわ。全員で、とのことだけど、美月は残っていてちょうだい」
美月が首を横に振る。
「危険すぎる。二人だけで行くなんて」
静は美月の肩に手を置いた。
「美月、もし私たちが戻らなかったら警察に連絡してほしいの。だから、あなたはここで待っていて」
「……わかった。静も必ず戻ってきて」




