呪いの人形の力で人助け! ― 闇バイトと妹の嘘①
冬の夕暮れ。境内は冷たい風に包まれ、木々の枝が細かく揺れていた。朱塗りの鳥居の影が石畳に長く伸び、社殿は薄暗い光に沈んでいる。進、静、美月の三人は祈りを捧げ、供え物を並べた。
やがて、社殿の奥から浴衣姿の福の神が現れる。年頃は三人と同じくらいに見えるが、相変わらずの尊大な声が空気を震わせた。
「よくぞ参ったな。今週授けるのは――呪いの人形の力じゃ。人形に与えられた痛みを、人形と結びつけられた、呪った相手に転嫁できる。人形を相手に似せたり、髪や爪を添えれば効果は増す。写真を貼ると人形と人間の結びつきがとんでもなく強くなり、特に効果大じゃ」
進は目を丸くし、思わず声を上げた。
「それって、丑の刻参りじゃないか」
「うむ、まさに丑の刻参りじゃ。ただし、時間は深夜じゃなくともよいし、人に見られるのも問題なしじゃ」
「好き勝手に呪って、人に痛みを与えられる力……?」
「そうなるな。結果として死に至ることもあるじゃろう」
福の神はにやりと笑い、社殿の奥へと消えていった。
神社を後にし、三人は石段を下り始めた。夕暮れの空は群青に染まり、街の灯りが遠くに瞬き始めていた。
進は腕を組み、考え込むように呟いた。
「呪いの人形の力って……どうして人間に影響するんだろうな。仕組みが気になる」
静は長い黒髪を揺らしながら、落ち着いた声で応じた。
「確かに。呪いの力を人助けに使うなら、理屈を知っておいた方がいいわ」
美月は少し首を傾げ、儚げな声で言った。
「詳しい人に聞いてみるのが一番。黒見氏なら、オカルトの知識があるはず」
三人は学校近くの公園に立ち寄り、ベンチに座ってノートを広げていた黒見明人に声をかけた。痩せ型で黒縁眼鏡をかけ、陰のある顔立ちだが知的な雰囲気を漂わせている。
進が切り出す。
「黒見、突然すまん。丑の刻参りで人形に釘を打つ呪いってどういう仕組みなんだ?」
明人は眼鏡の奥で目を光らせ、淡々と答えた。
「丑の刻参りの人形の呪いには、二つの原理がある。一つは類感呪術。似ているものは互いに影響し合う。人間の姿に似た藁人形は、その人の代わりとして痛みや災厄を背負う。もう一つは感染呪術。一度接触したものは永遠に結びつく。髪や爪を藁人形に入れると、その人と人形は強く結びつく。これらの働きで、人形と人間は運命を共にすることになり、人形の痛みが人間に伝わるようになるんだ」
進は真剣な顔で問いかけた。
「人形が人間と運命を共にするなら……人形の痛みが人間に届くだけじゃなくて、その逆に人間の痛みを人形が負うこともあるのか?」
「あり得る。日本では昔から、人形は人間の代わりに厄を背負う存在だと考えられてきた。ひな人形は子供の厄を人形に移して川に流す習俗だ。古代には人柱や人身御供で人間が災厄を引き受けたけれど、いつしか人形がその役割を担うようになったんだよ」
「そんな歴史があったのか……。じゃあ、人形に全部病気や怪我を引き受けてもらえば、長生きできるのか?」
「人形だとやっぱり限界があるんじゃないかな。ひな祭りのひな人形の文化は今も残っているけど、みんな病気になったり怪我もするし。人間に比べて、小さくて弱いから、全部の災厄を受けきれないんだと思うよ」
「むむ、そうか。古代は人間が災厄を引き受けたとのことだけど、現代でもそんな呪術はあるのか? 昔みたいに人間が災厄を引き受けることで、誰か別の人を助けたりとか」
「日本では無いんじゃないかな。生贄なんて犯罪だしね。でも、人形が人間と結びつくことで身代わりになってくれるんだから、人間同士でも強く結びつけば、災厄を受けられるのかもしれないね」
「なるほど……。わかった、ありがとう!」
進は黒見の説明を胸に刻み、深く頷いた。
三人は公園を後にし、住宅街へと歩を進めた。冷たい風が頬を刺し、街灯がぽつぽつと灯り始めていた。
静がふと口を開く。
「……叔父様の判断で、母も遠瀬病院の閉鎖病棟に入院することになったの。花と一緒に。これから少なくとも一年間は家には戻れないし、その後も叔父様の許可がない限り外には出られないわ」
「まあ、信二さんや遠瀬先輩の立場だと、やっぱりそうするよな……」
先週の閉鎖病棟での出来事を思い出す。
「叔父様の支援で、私は一人暮らしを始めることになったの。家にいるより、その方が安全だと判断されたみたい」
進は少し歩調を緩め、静を振り返った。
「静さん、俺の家に来ないか?」
「え……?」
「うわ、家族との関係で傷心の静に、欲望丸出しの進氏の露骨な誘い。これは引く……」
「いやいや、違う! 一人暮らしを始めるなら、一人暮らしの先輩の俺の部屋を見ておいたらどうかと思って。生活用品とか参考になるかもしれないだろう」
静は小さく微笑んだ。
「そうね。見せてもらうわ」
商店街を抜けると、住宅街は静まり返り、冬の冷気が肌を刺した。進の家は二階建てのアパートの一室。外壁は淡いクリーム色で、玄関前には小さな植木鉢が並んでいる。
「ここだよ。狭いけど、まあ住みやすいんだ」
進が鍵を取り出し、ドアを開ける。すると――
部屋の中で少女が一人、待ち構えていた。
肩までの黒髪を軽く揺らし、快活な笑みを浮かべる。
「兄さん! 待ってたよ!」
進は驚いたように立ち止まった。
「紗良!? 帰国したのか?」
紗良は胸を張り、明るい声で言った。
「そう。兄さんに紹介したい人がいるの。昔の同級生で、兄さんに想いを寄せてる人なんだ」
静と美月が目を丸くする。
「……進君に、想いを寄せている人がいるの?」
「進氏に……そんな人が? ちょっと信じられない」
進は眉をひそめ、半ば呆れたように妹を見た。
「おい紗良、からかうな。俺に好意を寄せるなんて、ありえないだろ」
「違うよ。本気なんだって。だから、兄さんに会わせるために急いで帰国したんだ」
静は少し落ち着きを取り戻し、紗良に向き直った。
「……初めまして。私は角間静。進君の同級生です」
美月も柔らかく微笑み、自己紹介を添えた。
「白鳥美月です。進氏とは学校で知り合って、今は一緒に行動しています」
紗良はぱっと笑顔を広げ、軽く頭を下げた。
「私は紗良。兄さんの妹だよ。二人とも、兄さんと仲良くしてくれてありがとう」
目元は鋭さがありながらも、全体的に明るく人懐っこい雰囲気を漂わせている。
静は少し微笑みながら答えた。
「こちらこそ。進君にはいつも助けてもらっているわ」
「進氏は頼りになるところがあるからね。……でも、想いを寄せる人がいるなんて話は初耳」
進は肩をすくめ、ため息をついた。
「また何かの冗談を言ってるんだろ……」
紗良は両手を腰に当て、明るい声で言った。
「冗談なんかじゃない、真剣なんだから! とにかく、兄さんに会わせたい人がいるの!」
翌日、駅前の喫茶店は柔らかな照明に包まれ、窓際の席からは人通りの多い休日の通りが見下ろせた。
進、静、美月の三人が入ると、厚手のカーディガンを羽織った少女が立ち上がった。
長い髪を後ろで束ね、真面目そうな眼差しを持つ。緊張した面持ちで、両手に小さな包みを抱えていた。
紗良がその隣で笑顔を見せる。
「兄さん、この子が加賀谷遥ちゃん。私の同級生で、兄さんに想いを寄せてるんだよ」
遥は深く頭を下げ、震える声で言った。
「……誕生日には少し早いけれど、渡す勇気のあるうちに渡しておきたくて。これは進さんへのプレゼントです」
遥は綺麗に包装された贈り物と、さらに小さな袋を差し出した。
「それと……こちらは私の親戚への手土産です。私の想い人である進さんの顔を見ておきたいと、その親戚が言っていて……挨拶をして、渡していただけませんか?」
「ええ!? どんな状況なんだ?」
「兄さん、遥はね、こう見えてすごくいいところのお嬢様なのよ。変な男が寄り付かないか心配している親戚がいても全然不思議じゃないんだから」
「そうは言ってもな……」
「ね、遥のお願いを聞いてあげてよ。こんな可愛い子といい仲になれるんだから。嘘告白だけの悲しい青春で終わらせたくないでしょ?」
「紗良、お前は……! ここでそんなことを言うな!」
遥が再度、深く頭を下げた。
「どうかお願いします。私ずっと進さんに憧れていて、お近づきになりたかったんです。でも、親戚に認めてもらわないと片想いも許してもらえなくて……。今日お願いを聞いてもらえたら、今度は私が何でも進さんの言うことを聞きます!」
進は戸惑いつつも、笑みを作って受け取った。
「……わかった。預かっておくよ」
静と美月は、何も言わずに、その様子を見ていた。
「じゃあ兄さんは、行ってらっしゃい。遥の親戚に失礼の無いようにね。一生に一度のチャンスなんだから。私たちはここでお茶をしていくから」
「ああ、暗くなる前に帰るんだぞ」
喫茶店を出てしばらく歩いた後、進は街角のごみ箱の前で足を止め、持っていたプレゼントと手土産をまとめてごみ箱に投げ入れた。




