砂金を生み出す力で人助け! ― 鈴本千絵と恐喝事件②
夕刻の神社では、朱塗りの鳥居は西日を受けて赤く染まり、石段の影は長く伸びていた。木々の間から差し込む光が、社殿の屋根を金色に照らし、風が木の葉を揺らすたびに、ささやくような音が境内に広がる。
波風進は、その静けさの中で福の神に報告していた。
「さっき鈴本千絵を助けた。だから、能力を永久にくれよ」
だが、福の神は首を横に振った。
「条件を満たしていない。まだ力を与えることはできぬ」
「どうして!? 救われたと言ってくれたし、条件は満たしてるだろ?」
「条件を満たしておらんのだ」
「他人に知られず、という条件か? 角間さんはなぜか俺の名前を口にしていたけれど、ちゃんと顔を隠していたし、確信はないはずだ」
「今回は駄目だ」
その言葉に進が食い下がろうとした瞬間、社殿の戸が勢いよく開いた。
「話は聞かせてもらったわ!」
角間静が、夕陽を背にして立っていた。長い黒髪が光を受けて揺れ、制服のスカートが風に翻る。彼女の瞳は鋭く、福の神をまっすぐに見据えていた。
「確かに私は助けてくれたのは波風君だろうと気づいていたわ。でも、私は全くの他人じゃない、助けられた当人よ。正体がばれやすい身近な人なら、助けずに見捨てた方がいい条件を付けるなんて、世を救おうとする神様としてどうなのかしら。助けられた当人に知られるのは問題ないように、条件変更すべきよ。そうでないと……」
静は社殿の柱を両手で掴んだ。
「助けてくれた人の正体が記憶から消えて、波風君が報酬を得られるまで、私はこの柱に頭を打ち付け続けるわ!」
「待て待て! 落ち着くのじゃ! 社殿を血で汚すな! わかった、助けられた当人に正体が知られるのは問題なしにする! 今回はそれだけではないのじゃ!」
福の神は慌てて静を止めた。
「お主に免じて手掛かりをやろう。本当の意味では救っていない、というのが理由だ」
福の神はそう言い残し、社殿の奥へと消えていった。
進と静は神社の石段に腰を下ろし、作戦会議を始めた。
「福の神の言う、本当の意味で救うって何かしら」
「鈴本さんが自分で立ち向かえるようにならないといけないのか、それとも相模剛男の性格を変えないといけないのか……」
進は砂金を手のひらに乗せて眺めながら、ぼんやりとつぶやいた。
「見事なものね。欲しい時に欲しいだけ砂金を作り出せるのかしら?」
「いや、相模に渡した分と、今作り出したこの山で、今日は打ち止めみたいだ。念じても出てこなくなった」
「神様が与えてくれた力、か……。不思議ね。どんな原理なのかしら。今日は本当に助かったけれど、出せる量に限りがあるのなら、そんな高価そうなものを相模剛男みたいな男に渡して惜しくなかった?」
「まあ、あれで済むなら全然。そういえば、結局砂金の価値ってどれくらいなんだろう」
「調べてみるわね」
静はスマホを取り出し、砂金の価値を調べた。画面に表示された情報に、二人は言葉を失った。
「一グラム一円……? しかも不純物が多くて買い取ってもらえないこともある……」
進は頭を抱えた。
「俺、苦労せずに金を稼いで、理想のお嫁さんと暮らすはずだったのに……」
静は苦笑しながら、進の横顔を見つめた。
「理想のお嫁さんって、どんな人?」
「可愛くて、優しくて、聡明で、支えてくれる子」
「今までカッコいいって言われたことは?」
「ない」
「千絵を助けたのは優しさから?」
「助ければ金に困らないと思った。条件を満たすなら誰でもよかった」
「成績は?」
「平均かな。先日のテストは150位だった」
「私たちの学年は250人だから、平均より下かしらね。もう一度聞くけど、理想のお嫁さんは?」
「可愛くて、優しくて、聡明で、支えてくれる子」
静はため息をついた。
「道は険しいわね。少しでも力になれるかもしれないと考えた私が愚かだったわ……」
そのとき、静のスマホが鳴った。表示された番号は千絵のものだったが、聞こえてきたのは剛男の声だった。
「騙しやがって……公園に来い!」
それだけ言って、通話は切れた。
進は立ち上がった。
「砂金を換金に行って、価値がないと知って逆上したんだ! 早く行かないと!」
「助けに行くの? その能力で出せる砂金に価値は無いんでしょう?」
「価値はない。見た目は綺麗だから、何も知らない相手を騙せるくらいだ」
「だとしたら、そんな能力は役に立たないと思うけど、本当に行くの?」
「確かに相模相手には役に立たなくなったけど、お金目当ての誰かを一回は騙せるわけだし、それでどうにか解決する方法を考えよう」
静は進の言葉に驚いた表情を見せ、そして笑った。
「……よくわかったわ。ありがとう。さすがは正体不明の仮面のヒーローね」
「しかし、どうすればいいだろう。前に奴が言っていたように、四六時中誰かが鈴本さんを守れるわけじゃない。警察に伝えようにも、あの様子だと奴自身や仲間の手による報復がありそうだ」
静はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「相模はあんな男だけど、彼の仲間からは男女ともに信頼されているのよね」
「ああ。兄貴分のように振舞っているな。ああやって巻き上げたお金で、後輩の面倒を見たりしているとか」
「その面倒見のよい兄貴分のままでいたいから、お金が必要なのかもね。彼の仲間たちが彼のやっていることを知ったらどうなると思う?」
「類は友を呼ぶって言うし、ますます相模を敬うようになりそうな気がする」
「恐喝は立派な犯罪よ。彼一人ならどんな残酷なことをしても口封じをするという覚悟ができているんでしょうけど、他の生徒たちはどうかしら。警察に捕まるか、相模剛男と離れるかなら……」
「なるほど、離れる方を選ぶかもな。兄貴分としての立場を失うことを恐れて、相模も無茶な真似はしなくなるかもしれない」
静は頷いた。
「相模の仲間に、相模の犯罪行為の共犯か否か問うのよ。砂金を餌にして、相模の仲間を呼び出すの。『相模剛男の父親から剛男を止めるように頼まれた。父親はこうやって金を払うから、仲間の皆に剛男を止めてほしいと言っている』って。彼らのうちで、警察に通報してくれた生徒は、恐喝の共犯とはみなさないし罪には問わないとも伝えましょう」
「それ、いいね。でも、俺は友人が少なくて、相模の仲間たちの連絡先がわからないんだ」
「そこは任せて。伝手を頼るわ。砂金の山の写真、相模の父親からの報酬として添付するから、撮らせてもらうわね」
二人は神社を後にし、夕暮れの街を駆け出した。西の空は赤く染まり、風が冷たくなり始めていた。
公園では、千絵が再び剛男に迫られているはずだった。
「急ごう。あいつが何をするか分からない」
「私も行く。千絵は妹に似てるの。絶対に助けたい」
静の瞳には、強い決意が宿っていた。
進はその姿を見て、ふと静にまつわる噂を思い出した。
静は幼い頃に妹と二人で遊びに行った際に妹が行方不明になって見つかっておらず、家族をはじめ周囲から長期間強く責められていたという。
今でこそ静は全校生徒の憧れだが、当時は静の妹の方がずっと可愛がられており、それを妬んだ静が妹を川に突き落としたという話。
だが今の静の姿は、そんな噂とはかけ離れていた。




