サイコメトリーの力で人助け! ― 美月の予言と炎の疑惑②
火災の翌日、校舎は落ち着きを取り戻すどころか、むしろ不穏な空気に包まれていた。
廊下や教室では「白鳥美月の予言が当たった」という賞賛と、「火事や消火器の故障を仕組んだのではないか」という疑念が入り混じり、噂は雪だるまのように膨らんでいった。
特に大会を控えた運動部員たちは苛立ちを隠せず、女子生徒たちの嫉妬混じりの批判に煽られる形で声を荒げていた。
「自分で火事を起こしたんだとしたら、不思議ちゃんどころか、危ない奴だろ」
「許せないし、怖すぎて学校に来てほしくないよ」
その騒ぎはやがて教師たちの耳にも届き、美月は学校側に呼び出された。
応接室の空気は重く、窓から差し込む冬の光さえ冷たく感じられる。教頭と生徒指導の教師は淡々と告げた。
「こんな様子だと学校に居づらいだろうし、しばらく休んだり、この学校をやめて別の学校でやり直す方がいいと思うが、どうだろう」
「はあ……どうでしょう」
「他の生徒たちの話を聞いて、最終的には学校が決めるからね」
「はあ……」
その言葉に、美月は小さく頷いた。
進と静は廊下で待っていたが、応接室から出てきた美月の話を聞いて、学校が美月の停学か退学を検討していると察し、憤りを覚えた。
「どうして、みんなを助けた美月さんがそんなことになるんだよ。おかしいだろ」
「怒らないで。私は気にしてない。こういうことはこれまでも何度もあったし、慣れてる。伝え方を工夫できなかった私がダメだった」
美月は困惑したように微笑みながらも、淡々とそう言った。
進は拳を握りしめ、強い声で応じた。
「俺たちは美月さんがこうやって疑われることが許せない。何としても解決する」
静も真剣な眼差しで美月を見つめた。
「以前、美月さんが私に言ってくれたように……悪意に慣れて諦めないでほしい。あなたには、もっと自分を大切にしてほしい」
美月は二人の言葉に目を細め、やがて小さく息を吐いた。
「……ありがとう。嬉しい。二人に甘えて、今日は帰って家で寝て過ごすことにする」
校舎の外では、依然として疑念の声が広がり続けているのだろうが、美月はこれまでにない安心感に包まれていた。
その放課後の喫茶店。窓際の席に座った進と静は、冷めかけたカップを前にして真剣な顔をしていた。
「美月さんの疑いを晴らすには、火事の原因をはっきりさせないといけない」
進の声は低く、だが決意に満ちていた。
「消火器が無くなっていたり壊れていた理由もだ。全部明らかにしないと、学校は美月さんを犯人扱いしたままだ」
静は頷き、長い黒髪を指で整えながら言った。
「次に福の神様から授かる能力は、過去に何があったのかわかる力にすべきね。そうすれば火事の真相を掴めるはず」
「でも、そのためには神様に喜ばれるお供え物が必要だ。これまでの経験から、供え物は効果があるみたいだから」
「だからこそ、神社創立の理由をきちんと調べる必要があるわ。福の神様の好みに完全に合ったものを用意するために」
進は深く息を吸い、拳を握った。
「……よし。まずは神社を建てた人たちの話を聞こう。中心人物は稲穂葵さんの親だって黒見から聞いた。葵さんに会って、理由を確かめよう」
二人は方針を固め、病院へ向かうことを決めた。
病院の廊下には消毒液の匂いが漂い、窓の外では冬の夕暮れが街を赤く染めていた。進と静は足早に歩き、稲穂葵の病室へと向かった。
扉を開けると、ベッドに横たわる葵が弱々しくも目を開けていた。小柄な体は煙を吸った影響で力なく沈み、頬は青白い。だが大きな瞳は二人を捉え、かすかに笑みを浮かべた。
「……来てくれたんだね」
静がベッドの傍らに座り、優しく手を握る。
「無事で何よりだわ。助け出すのが遅くなってごめんなさい」
「ううん。ありがとう。波風君や角間さんが来なかったら、死んでいたかも。波風君、これまでごめんね。私、君のこと誤解して、避けてて……」
「稲穂さんは色々あったし、自衛のためには当然のことだ。気にしないでくれ」
「……何かお礼がしたいんだけど、私にできること、ある?」
「体を休めて元気になって、学校に来てくれるのが一番だとは思うけど……そうね、最近郷土史に興味があって、ちょっと教えてほしいことがあるの」
「いいよ、わかることなら」
「学校近くの小さな山の上にある神社のことを教えてほしいの。あなたのお父様が中心になって建てたって聞いたわ」
葵は少し驚いたように目を瞬かせたが、やがて静かに語り始めた。
「……あの神社はね、昔の事故で亡くなった人を弔うために建てられたの。父が有志を集めて、鳥居や社殿もみんなで寄付して建てたの」
進は身を乗り出した。
「どんな事故だったんだ?」
葵は目を伏せ、記憶を辿るように言葉を紡いだ。
「商業施設の中の飲食店で火事があったの。煙が広がって、逃げ遅れた人がいた……亡くなったのは足の悪いご老人だったの。父はその方のことを忘れないようにって、神社を建てることを決めたの」
「稲穂さんのお父さんは、お店の人だったのか?」
「その商業施設に関係があったの。結局、飲食店に納入された暖房器具が、電機業者の費用削減のために用意された中古の不良品だったことが火事の原因だったとわかって……『上山電機』だったかな。街の真ん中にまあまあ大きいビルがある」
「じゃあ、お父さんには火事の直接の責任がないにも関わらず、神社を建てたのか」
「施設内のテナントに入れる暖房器具の納入業者として、その業者を選んだ一人は自分だからって。上山電機は……当時の被害者や家族と、まだ裁判をしているって聞いたよ」
静は真剣な眼差しで頷いた。
「……ありがとう、教えてくれて。今も昔も、火事は怖いわね」
「うん、身をもって知ったよ」
二人は病室を後にし、夕暮れの街へと歩き出した。
商業施設の中にあるその飲食店は、今も営業を続けており、火事の記憶を抱えながらも人々に親しまれていた。
店頭には、昔から人気のある有名なデザートが並んでいる。
「このデザートなら、亡くなった方は喜んでくれかしら」
静が手に取ると、進は深く頷いた。
「福の神が事故に関係ある人物なら、慰霊にふさわしい供え物になるはずだ」
二人はそのデザートを包んでもらった。
家で寝ていた美月に連絡をとり、合流して神社に向かう。
「休んでいたのに起こしてしまってごめんなさい。私たちだけであの福の神に会うと、おかしな条件を付けられたり、また役に立たない能力を授けられそうで不安だったの」
「美月さんはいつも冷静で、機転が利くからな。頼りにしてる」
「ありがとう、呼んでくれて。むしろ私が二人を頼ってるから。夢見はよかった気がする」
夕暮れの神社の境内には冷たい風が吹き抜け、木々の枝がざわめきを立てている。
進と静、そして美月の三人は、手にした包みを抱えて社殿の前に立った。
進が深呼吸をして、先ほど買ってきた包みを開く。火災で亡くなった人物を弔うための供え物だった。
「神様がその火事に関係があるなら……きっとこれで喜んでくれるはずだ」
静は頷き、慎重に供え物を社殿の前に並べた。美月も手を合わせ、目を閉じる。
三人が祈りを捧げると、社殿の奥から浴衣姿の少女――福の神が音もなく現れた。夕陽に照らされたその姿は、どこか厳かな気配を帯びていた。
「よくぞ参ったな、進、静、美月。供え物は……うむ、これはなかなかの品じゃな」
進は一歩前に出て、頭を下げた。
「福の神様。俺たちは美月さんの疑いを晴らしたい。火事の原因や消火器が壊れていた理由を知るために、過去を調べられる力をください」
福の神はしばらく三人を見つめ、やがて頷いた。
「よかろう。今週授けるのは、サイコメトリーの力じゃ。物に触れることで、その過去の断片を読み取れる。だが完全ではない。使えるのは一日に一回。断片を繋ぎ合わせるのは、お主らの知恵次第じゃ」
進の掌に冷たい感覚が流れ込み、視界が一瞬揺らいだ。脳裏に、かすかな声や映像が走り抜ける。
「……この感覚が、サイコメトリー……」
福の神は厳しい声で続けた。
「この力を使い、真実を掴むがよい。人を救うために用いるならば、永久に授けることも考えよう」
そう言い残し、福の神は社殿の奥へと消えていった。
進は拳を握りしめ、静と美月を見つめた。
「……これで、火事の原因を突き止められる。美月さんの疑いも必ず晴らす」
静は真剣な眼差しで頷き、美月は小さく微笑んだ。
「ありがとう。二人がそうやって言ってくれたから、諦めないことにした」




