惚れさせる力で人助け! ― 稲穂葵とストーカーの影②
翌日は休み時間になる度に、波風進は稲穂葵の姿を探しては、目を合わそうとした。
「……よし、目を合わせるだけだ。十秒間、しっかり見つめれば……」
それとなく近付くも、葵は進の視線に気づいた瞬間、びくりと肩を震わせ、すぐに顔を背けてしまった。
「……なんだか、見られてる気がする……」
怯えたような声が、進の耳に届いた。彼女の表情は、警戒と不安に満ちていた。
進は席に戻り、静と美月に小声で報告した。
「駄目だ。目を合わせようとすると、すぐに逸らされる。怖がられてるみたいだ」
静は、鞄の中から何かを取り出した。それは、稲穂葵が大好きだと噂されているキャラクター「トロニャン」のお面と、ふわふわの着ぐるみだった。
「こんなこともあろうかと、用意しておいてよかったわ」
「マジかよ……」
昼休み、進はトロニャンの姿で校舎の廊下に立ち、葵の前に現れた。彼女は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに進の瞳を見つめた。
十秒間。進はじっと目を合わせ続けた。
その瞬間、葵の頬がぱっと紅潮し、瞳が潤んだ。
「大好き! もう離さない……!」
進に抱き着いた葵は、腕をぎゅっと回して離れようとしなかった。
「……効いた……!」
進と静と美月は、驚きと困惑の入り混じった表情で見守った。
葵は進にしがみついたまま、昼休みの間ずっと離れようとしなかった。スマホが何度も鳴ったが、彼女はそれを無視していた。
「スマホ、鳴ってるよ?」
「いいの。あんなの無視して。昼休みが終わったら波風君に抱き着けなくなっちゃうもん」
静が、優しく問いかける。
「稲穂さん、大好きな波風君に教えてあげて。その着信は誰からなの?」
「波風君は知る必要ないよ」
「そう、大好きな波風君に言えないということは、他の男ね?」
「そ、それは……」
葵は青ざめた顔で、スマホを見つめた。
「男の人……だと思う」
彼女は、SNSで知り合った同じ学校の男子生徒だという人物と交流を深めていたことを語り始めた。顔を合わせたことはなかったが、言葉のやり取りだけで惹かれていったという。
「最初は優しかったの。でも、だんだん……学校で誰かと話したことに嫉妬して、責めてくるようになったの。『同じ人と一日に何度も話してはいけない』『男のたくさんいるところに近づいてはいけない』って……」
「それって……」
「うっかり約束を破ると、電話やメールで責められるの。今みたいに……」
「ストーカーね、どう考えても」
進が周囲を見回すが、怪しい人物の姿は見えない。
「誰かに話したら、その人や家族を傷つけるって言われて……怖くて、誰にも相談できなかったの……」
静は、そっと進の背中を押した。
「ありがとう、話してくれて。進君のおかげね」
葵は頷いて、進の胸に顔を埋めた。その姿は、怯えた少女ではなく、安心を求める子供のようだった。
昼休みが終わる頃、進はそっと声をかけた。
「また話そう。何かあったら、俺たちがいるから」
そして放課後。帰り際に進が声をかけると、葵は顔を背けて、足早に去っていった。
「……あれだけ抱き着いてたのに、今はもう……」
静が肩をすくめる。
「効果時間はそこまで長くないようね」
「効果が切れた後は、もとよりも更に嫌われるんじゃ、いいことなしじゃないか……」
進は、神社の鳥居を見上げながら、ため息をついた。
「でも……稲穂さん、進君と話したことで吹っ切れたのか、昼休みの後はクラスで普通に話して、笑ってたわよ。あなたのおかげよ」
静の言葉に、進は少しだけ顔を上げた。
「じゃあ、能力をもらえるか聞きに行ってみるか」
夕暮れの空が、朱に染まり始めていた。三人は神社へ向かって歩き出した。




