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惚れさせる力で人助け! ― 稲穂葵とストーカーの影①

昼下がりの教室には、試験返却のざわめきが満ちていた。窓から差し込む陽光が、机の上の答案用紙を照らし、赤ペンの数字がやけに鮮やかに浮かび上がる。

波風進は、手元の答案を見つめていた。数学、国語、英語……どれも前回より点数が上がっている。特に英語は、静に教わった文法問題がそのまま出題されていた。

「……やった。二十点アップ……!」

小さくガッツポーズを取った進に、隣の席から黒縁眼鏡の男子が顔を覗かせた。黒見明人。痩せ型で無表情、だがどこか品のある佇まいを持つ、進の数少ない友人だ。

「おめでとう。努力の成果だね」

「黒見の成績は……って、学年十位以内!? すげえな!」

「オカルティストは、自然現象と超常現象を区別できなきゃいけないからね。数学と理科は必須。神秘学の文献は英語が多いし、心霊スポットを探すには歴史も重要だ」

「……なんか、説得力あるな」

進が感心していると、黒見がふと窓の外を見ながら呟いた。

「そういえば、あの神社のことだけど」

「由来らしい由来はなくて、地元の有志が創立したんだろ?」

「ああ、その有志の中心人物が……あそこにいる、稲穂葵いなほ あおいの親だって聞いた」

進が視線を向けると、教室の隅で、肩までの栗色の髪を揺らす少女が立ち上がるところだった。稲穂葵。小柄で華奢な体つきに、大きな瞳が印象的な少女だ。だがその表情はどこか怯えていて、ちょうど角間静が話しかけた瞬間、ふいと顔を背けて教室の外へと駆け出していった。

「……なんだ、今の?」

「最近、私が話しかけると、ああやって逃げちゃうのよね」

進の視線に気づいた静が、近づいてきて隣に立つ。長い黒髪を揺らして、進の答案を覗き込んだ。

「進君、どうだったの、成績。あれだけ見てあげたんだから、上がってくれないと悲しいのだけれど」

「か、角間さん! 教室でそんな風に俺に話しかけると……!」

進が慌てて周囲を見回すと、クラスの空気がざわついているのがわかった。色々な噂はあっても人気の静が、目立たない進に親しげに話しかけている。それだけで、周囲の視線が突き刺さるようだった。

「角間さん、波風君と仲良かったの……?」

他の女子生徒が静に話しかけるも、進の視線に気づくと怯えて離れていく。

「どうしたのかしら?」

「普通の反応だぞ。俺みたいな何もない空っぽの男は、女子生徒からすると近付くのもためらわれる、気味の悪い存在だ。だからこそ……神様にお願いして、可愛くて、優しくて、聡明で、支えてくれる、理想のお嫁さんを手に入れるんだ!」

進の言葉に、静と黒見が同時に吹き出した。

「相変わらずね」

「ところで、さっきの稲穂さん、何かあったのか?」

「うーん、特に喧嘩した覚えはないんだけど……最近、私だけじゃなくて、他の子が話しかけても、あんな風に逃げちゃうのよね」

静が首を傾げる。

進はクラスの人間関係に詳しいわけではないが、葵と静が喧嘩をした様子はなかったはずで、理由はわからなかった。

その日の放課後、神社の石段を登る三人の姿があった。進、静、そして白鳥美月。

夕方の光が差し込む境内は、どこか幻想的な静けさに包まれていた。

「今週の能力、何が来るかな……」

進が手を合わせると、社殿の奥から浴衣姿の少女――福の神が現れた。

「今週授けるのは、十秒間目を合わせた相手の好意を急上昇させて、惚れさせる力じゃ」

「それ、モテモテになれるってことか!? 二人とも、今までありがとう! 夢がかなったよ!!」

進は歓喜の声を上げたが、隣の静と美月は冷ややかな目で見ていた。

視線を合わせること十秒以上。

「……でも、こうしていても私たちには何の変化もないわね」

「うん。進氏の真っ直ぐな欲望に、ただ呆れてる」

「あれ……? どういうことだ? 欠陥能力か? 待ってくれ、福の神様! 効果がないぞ! 別の能力と取り換えてくれ!」

「効果はある。お主の言う『モテモテになる力』じゃ」

そう言い残し、福の神は社殿の奥へと消えていった。

「……進君、明日、稲穂葵さんにその力を使ってみてくれない?」

静の言葉に、進は目を丸くした。

「えっ、なんで?」

「なんとなく……彼女、最近ずっと怯えているように見えるの。もしかしたら、助けが必要なのかもしれないわ」

進は、静の真剣な眼差しを見つめながら、ゆっくりと頷いた。

「……わかった。やってみるよ」

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