嘘を見抜く力で人助け! ― 遠瀬先輩と家族の秘密③
翌日、午後の陽射しが傾き始めた頃、美月は進と静を呼び止めた。校舎裏のベンチに三人が並ぶと、美月は真剣な表情で口を開いた。
「……予知夢を見たの。夕刻の病室で、遠瀬先輩が血を流して倒れていた。病室の番号も覚えてる。遠瀬病院の西棟、三階の305号室」
静は顔色を変え、すぐにスマホを取り出した。
「叔父様に連絡する。誠一郎さんが危ないかもしれない」
信二の病院に連絡を入れると、三人は急ぎ病院へ向かった。夕陽が街を赤く染める中、タクシーの車窓から見える景色が、どこか遠く感じられた。
病院に着くと、受付を通らず、信二の許可のもとで305号室へと駆け込む。
病室の扉を開けた瞬間、進は息を呑んだ。
誠一郎が、涙を流しながらベッドの傍らに立っていた。ベッドには、何本ものチューブに繋がれた女性が横たわっている。顔色は青白く、目は閉じられたまま。だが、表情にはどこか穏やかな気配があった。
「……母さんだよ」
誠一郎がぽつりと呟いた。
「僕、昨日のことを、今の母さんに話したんだ。どうしても、本当の母さんのことを知りたくて。そうしたら、教えてくれたんだ。本当の母さんは、毒を飲んで僕と心中しようとして、ずっと意識が戻らないまま入院しているって。世間的にはそうなっているから、後はこれを読みなさいって……」
誠一郎は、日記帳を取り出した。
「僕の日記。小学生の頃の。そこに書いてあったんだ。『公園で会った女の子が、おいしいお菓子をくれて、ご飯をもっとおいしくする魔法の粉をくれた』って」
静の顔がさっと青ざめ、進と美月が顔を見合わせる。
「それって……」
「僕は、母さんを喜ばせたくて、その調味料を料理に入れた。毒だなんて知らなかった。あの日、二人とも倒れて、救急搬送された。僕は助かったけど、母さんは……」
誠一郎の声が震えた。
「僕が……母さんの人生を終わらせたんだ。知らなかったとはいえ、僕が原因だった。だから、償わなきゃいけない。母さんに、謝って、命を返すしかない」
ナイフの握られた誠一郎の腕を静が掴んだ。
「誠一郎さん、待って。先日十分に体感してくれたと思うけれど、美月の占いは人の嘘がわかるの。お母様があなたを恨んでいるかどうか、聞いてみましょう」
「でも、もうずっと寝たきりだって……」
「意識不明の人にしゃべりかけ続けて、意識が戻った例もあるわ。試す価値はあるはずよ。美月、やってくれる?」
美月は頷いた。
「準備があるから、少しだけ時間が必要。進氏、静、ちょっと外に出よう」
三人は病室を出て、廊下の端に移動した。
「静さん、どうするつもりなんだ? 遠瀬先輩はかなり追い詰められているぞ」
「あなたには透明になる力があるでしょう。誠一郎さんのお母様のふりをして答えるのよ」
「いや、男の声だと、絶対変だろう!」
「透明化は、持っていたものや身に着けていたものも、一緒に透明になったわ。だから……」
静が進の背後から抱き着くようにして、覆いかぶさる。
「……これで透明になって、一緒に病室に向かうのよ。私が答えるから、進君はお母様の唇をそれっぽく動かしてちょうだい」
「あ、ああ……。静さん、なんだか柔らかくて……」
静と美月が同時に進の頭を叩いた。
「今はそういうこと考えてる場合じゃないでしょう!」
「はい……」
進は掌に力を込め、二人の姿がふっと消えた。
誰にも見られないまま、誠一郎が一人佇む病室に戻り、ベッドの傍らに静かに潜む。
数分後、美月が病室に入ってきて、誠一郎と並んでベッドに横たわる女性を見た。
「遠瀬先輩、お母さんに話しかけて。答えが返ってきたら、私が嘘かどうかを判定するから」
誠一郎はベッドに向かって、震える声で問いかけた。
「母さん……ごめん。僕のこと、恨んでるよね」
ベッドの女性の唇が、かすかに動いた。
「……恨んでないよ」
小さくか細い、震えるような声が、確かに聞こえた。
「今の言葉は、嘘じゃなかった」
美月が頷く。
誠一郎は目を見開いた。
「もうずっと寝たきりだって……」
美月が静かに言う。
「静も言ってたけど、意識不明の人にも言葉は届いてるって聞いたことある。続けて」
誠一郎は涙をこらえながら、問いかけを続けた。
「母さん……ごめん、僕、母さんと一緒にいた時のこと、ずっと忘れていて。父さんのこと、好きだった……?」
「好き」
「母さん、いつ戻ってくる? また一緒に暮らせる?」
「いつか帰るから……だから……元気でいてね」
誠一郎は、声を上げて泣いた。肩を震わせ、ベッドにすがるようにして涙を流す。
美月はそっと彼の背中に手を置いた。
「今の言葉、全部本当だった。私が保証する。疑うなら、遠瀬先輩の学年の次の試験問題、全部予知して教えてあげてもいい」
「疑わないよ、十分だ……ありがとう」
「看護師さんを呼びに行って。私は静たちと合流して帰るから」
誠一郎は頷いて病室を出て行き、進と静がそっと姿を現す。
病室を後にして三人で病院の廊下を歩いていると、看護師を連れた誠一郎が戻ってきた。目元は赤く、だがどこか晴れやかな表情をしていた。
「静、白鳥さん、波風君、ありがとう。君たちがいなかったら、僕は……母さんの本当の気持ちを知らずに、取り返しのつかないことをしていたかもしれない」
「どういたしまして。誠一郎さんなら大丈夫だったとは思うけれど」
「いや、本当に静たちのおかげだ。これから頑張れるよ。小さい時の、父さんと母さんと一緒に過ごした、すごく幸せな記憶も戻ってきて……。やっぱり父さんは、素晴らしい父親だったよ。父さんのような立派な医者になって、いつか僕が母さんを目覚めさせるんだ」
誠一郎は静の手を握った。
「この恩は、どうやっても返しきれないかもしれない。でも、僕にできることなら何でもするから、困ったことがあったら言ってほしい」
「そうね、いずれにせよ、私が高校を卒業するまでに、婚約を解消してもらえると助かるわ」
「手厳しいな……でも、今回は情けない姿を見せてしまったしね。わかったよ」
誠一郎は曖昧に笑った。
「静は、妹の、花ちゃんとの記憶、まだ戻っていないんだろ? 僕みたいに記憶を取り戻すことで前に進めると思うから……花ちゃんとのこと、思い出せるといいね」
「そうね。ありがとう、誠一郎さん」
頭を何度も下げて、誠一郎は病室に向かった。
「素晴らしい父さんと、母さん、ね……」
静が呟いた。
「遠瀬先輩に当時の日記を渡した、英子叔母様、どういう気持ちだったのかしら」
「進氏は、あの時……英子叔母さんは納得してるって信二叔父さんが言った時と、英子叔母さんも遠瀬先輩を可愛く思っているって言った時、嘘か本当か合図をくれなかったから……私は適当にごまかした」
「そう……進君は理想のお嫁さんだけでなく、男の人にも優しいのね」
「いや、あの時は必死で、会話についていけていなかったというか……」
「暴かない方がいい嘘もあるものね。この能力を授かったのが、進君のような人でよかったわ。私からも、お礼を言わせてほしい。本当にありがとう」
静と進の目が、ぱちりと合った。
「でも、あなたが必要だと思ったら、どんな嘘でも明らかにしてほしい。私にはその覚悟があるから」
「何? 進氏は他にも隠していることがあるの?」
「いや、ない! 何もないよ!」
美月の問いに、進は慌てて否定する。
しかしつい先ほど、誠一郎が静に話しかけた時の静の返事。
「そうね。ありがとう、誠一郎さん」
そのごく短い言葉の中に、確かに嘘があったのを進は感じていた。
夕暮れの神社。朱に染まる空の下、進と静と美月の三人は、いつものように石段を登っていた。
「今週は、さすがに能力もらえるよな」
進が言うと、美月が肩をすくめた。
「どうかしらね。あの神様、意外と理屈っぽいし」
「でも、今回はちゃんと人を救ったって言えるでしょ? 遠瀬先輩、助けられたんだし」
「そうね。あの人の心を救えたのは、間違いないわ」
静が微笑んだ。
三人が手を合わせると、社殿の奥から、いつものように福の神が現れた。
「よくぞ参ったな、進、静、美月。さて、今週の報告を聞こうかの」
進が一歩前に出て、胸を張る。
「はい! 今週は遠瀬先輩を救いました! 先輩は父親と向き合い、母親の気持ちを知って、生きる決意を取り戻しました!」
「ふむ……それは見事な働きじゃな。で、進よ。お主の嘘を見抜く力は、どのように役立ったのじゃ?」
進は一瞬、言葉に詰まった。
「えっと……その……嘘を見抜く力で、遠瀬先輩の心の奥を読み取って……」
「ふむ。だが、決定打となったのは、透明になる力を使って、誠一郎の母親のふりをしたことではなかったかの?」
「うっ……まあ、確かに……」
「つまり、今回の救済は、すでに授けた能力の応用によるもの。新たな能力によるものではない」
「ええっ、そんな……! じゃあ、今週も永久には与えられない……?」
「与えられぬ。そもそも、あの力はお主のような未熟者には危険すぎる」
福の神はきっぱりと言い放ち、くるりと背を向けると、社殿の奥へと消えていった。
進はその場にへたり込んだ。
「二人とも、協力してくれたのにごめん。また駄目だった。俺が未熟なばかりに……」
「謝らないで。透明になって答えるのを提案したのは私なんだから。次も協力させてちょうだいね」
「進氏は神様が言うほど未熟でもないと思う。他人を思いやってあの力を使ってた。元気出して」
その帰り道、喫茶店で静と美月からケーキセットをおごってもらい、試験範囲の勉強もしっかり教えてもらい、進は来週も頑張ろうと心に誓った。




