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大規模災害救助隊と珠伊師和代

選挙終盤戦の慌ただしさの中、民主今平党の中枢をなす地下一階二階建ての建物ができあがった。外には多数の花輪が彩りを醸し出している。これはすべて党員からだった。

 落成式ではコンクリ剥き出しの広い地下室で執り行われた。

 珠伊師は上機嫌だ。それはそうだろう。自分たちの居城が作られたのだから。

 珠伊師は党員の前で深々と頭を垂れた。

「党員皆様の貴重な財産で、こうして今平党党本部が出来上がりました。厚く感謝申し上げます。本日は党員皆様のご尽力に、立食でございますが、ささやかながら祝杯を上げたくここにご賛同いただきました」

 満面の笑みを称えながら珠伊師和代は乾杯の音頭を取った。

「今を平らかにする民主今平党のさらなる発展をめがけて――乾杯」

 部屋の四隅に覚醒僧侶が腕を組んでいる。取り憑かれている党員は盃を高く掲げた。

「直近の選挙状勢では、自由金満党、社会労働党の次に位置しています。これも皆様党員の努力と感じ入っております」

 全員が拍手する。しかしそれは虚ろな響きだった。

 それはそうだ。

 腕を組み四隅に陣取っている催眠僧侶が睨みを利かしているからだ。

 術が解けかかったのか、党員の一人が「思うんですがこれだけの党員でそこまで」と言いかけた際、岩洞が一歩進み出た。

 岩洞の目が光った。

 それを見つめた党員は術にはまり「民主今平党に幸あれ」と叫ぶ。

 これを合図するかのように全員が唱和した。

「民主今平党に幸あれっ」



 次の日の午前中。

 重伝と神崎が今平党党本部で珠伊師と面談していた。

「質実剛健な建物ですね」

 重伝は見回し、お世辞を言う。

「急ごしらえですし、装飾など必要ありませんから。どうぞお座りくださいませ」

「珠伊師党首を狙撃した犯人のことで経緯をお話したいと」

「それはそれはご苦労さまです。でも起きてしまったことは過去のこと。こうしていられるのも党首冥利に尽きるというものです。きっと神様が、お前は生きて日本を救え、と言うお告げでしょう」

 神崎は妙な自信だなと思った。神崎は続けた。

「容疑者二人のうち一人の潜伏先を洗い出し、接触することが出来ましたが、その場で服毒自殺を図りました」

 珠伊師は両手で口元を覆った。

「まあそんなことが」

「被疑者死亡でもう一人を追っています」

「まあそれそれはとんだ事になってしまいましたわねえ。残された家族も大変です」

「家族?」

 重伝の疑問に珠伊師は微笑んだ。

「わかりますわよ。犯罪を起こしたものとはいえ、きっと家族がいるはずです。考えても見てくださいな、いくら結婚しない若者が増えたと言っても、本当は結婚して子供を授かり平和に暮らす、これが自然なことです。それを今の政治家ときたら私腹を肥やすことばかり考え、本当に国民の幸せを考えていないのです。それを正すのが私たち民主今平党の使命です。そもそも我が党を立ち上げたきっかけも、この閉塞感漂う日本の将来を危惧して――」

 しばし歓談したあと重伝たちは建屋をあとにした。

「最後の方、今平党の宣伝みたいでしたね」

 神埼の問いに重伝も頷いた。

「あの熱弁は妙に説得力があって引きずり込まれるね」

 重伝はふと思い出した。

「ねえ、なんかおかしいと思わない? なんで家族がいると言ったんだろ。わかっていたのかな」

「家族って言ってました?」

「神崎」

「はい」

「君、刑事失格」

「え、そうなんですか」

「聞き込みもそうだが、相手の端々から出る言葉も注意しなければならない。それが感となり事件解決の糸口となる」

「分かりました、今後相手の言葉や表情を注意します」

「一瞬たりとも気を抜くんじゃないぞ」

「はい」

 神崎との受け答えの中、証拠はないが重伝は直感する。

『珠伊師和代……何かある……』

 だがよほどの確信がなければ、直感だけで警察は動くことは出来ない。

 更に容疑者・子門の一瞬の目の輝き――

『アレは一体何だったの?』


 

 天馬はうなされていた。

 巨大な黒い手が天馬の命を狙うように襲ってくる。それも一つや二つではなく次々と天馬に襲いかかっている。真っ暗な天空から稲光が襲ってくる。

 天馬は振り払い逃げ惑う。

 突然黒い手のひらから瞬く赤い目が天馬を睨んだ。

 あまりの恐怖に天馬は身をかがめ立ち尽くすと、真っ赤な眼光から真っ黒な闇の炎が天馬を襲う。

 『俺達はお前の生きられなかった反面だっ!』

 様々な方向から黒光りする業火。

『止めてっ』

 天馬は両手を振りはらい、両足を動かし、炎から逃げ惑う。


 集中治療室のベッドで横たわっている天馬の姿は小刻みに震えている。

 三次元ディスプレイを見つめている担当技師が寺家に報告を入れる。

「血圧、二百に上昇、心拍数上昇、脳波に乱れ」

 寺家は集中治療室のガラス越しに後ろに手を組み、横たわっている天馬を見る。

「やるべき処置はすべてやった。これ以上の医療処置は無い。あとは本人の生きる希望にかかっている」

「ドクター、結果を見ているしかありませんか」

「そうだ」と寺家は首を振った。そういいながらも『負けないで、楓……』




 投票が終了し、二ヶ月に及ぶ長き選挙戦が終わった。

 過半数を取るほどの勢いが感じられてた自由金満党だったが、両議院の即日開票の結果、自由金満党は両院ともに過半数割れを起こした。

 野党第一党の社会勤勉党も思うように得票を伸ばせず、いわば、与野党ともに痛み分けといった形になった。

 これに両党の一部から民主今平党に票が流れ、予想に反し今平党が第三勢力として伸長したのだった。




 自由金満党党本部

 コの字型に机椅子が設えられて会議室では幹事長をはじめ主だった幹部が集まっていた。九十に近い金満党の副総裁がべらんめえ口調でまくし立てる。

「おめえらがたるんでるからこうなったんだっ」

 顔中、茶褐色なシミが浮き出て金満党の重鎮、老獪とも呼ばれる金満党を牛耳る黒幕と言ってよいほどの権力を持っていた。

「あらゆる手は尽くしましたが」と幹事長が頭をたれた。

「あと一息というところで、まさか今平党は首都圏で票を伸ばすことは事前調査でも予測できていませんでした」

 さらに老醜は激怒した。

「この脳無し野郎、重ねるがな、過半数取れないのはおめえらの不甲斐なさが原因だぞっ、どうするつもりじゃ? ええ?」

「過半数とれなかった以上、政局運営に支障をきたします」

「あったりめえなこと言うなっ! アホ面幹事長っ」

 カンカンに怒っている老獪はだんだんと激情し、とうとう出身地の関西訛で喋りだした。

「おんどれ、誰に向かって口きいとんねん! ええか、ワシにはな、へなちょこのおんどれらとは「知恵」の積み上げが違うんや! 修羅場の数だけくぐり抜けてきたワシをナメとったら、身ぐるみ剥いで路頭に迷わしたるからな!」

「はあ」

「ええか、脳みそに刻み込め。ワシラ金満党の進むべき道は野党と連立組むことや」

 幹事長は恐る恐る言葉を吐いた。

「……勤勉党とですか?……」

 妖怪はばんと机をたたくと幹事長はビクついた。

「おい、何さらしてくれとんねん、このボケがッ! 脳みそ腐り落ちたんか? 誰が「勤勉党」なんぞという、泥臭いだけで一文の得にもならんドブネズミ共と組む言うた? あいつらはな、ただの愚連隊や! あんなシケたツラ拝むだけで虫酸が走るわッ! ええか、よう聞け。ワシの「知恵」が弾き出したんは、こんぺい党や。あいつらがガタガタ抜かしとる「税率引き下げ」や「結婚祝い金」? そんな安い夢、ワシの金満党が丸呑みにして、奴らをワシの軍門に降らせたる!」

 幹部の一人が悲観する顔で言う。

「それでは財政が立ち行かななくなります」

 当然、妖怪は怒鳴った。

「ガタガタ抜かすなッ、このボケカスどもッ! ワシの目の前で、その腐りきったツラさらしてんじゃねえぞ。ええか、お前ら、一人五百円徴収「国民税」を忘れたんか? このボケカスがっ」


「しかし連立を組む方から国民税に難色を示すかもしれません」


「考えもおぼつかんか、この脳無し野郎っ。その間に無所属議員を引っこ抜くんや。いいか、札束で横っ面を叩けっ!」

「はあ……」

 憤懣やる方ない表情の老獪は感情を押し込んだ。

「ちんぴら党は使うだけ使ったらほっぽり出す。あんなもん、二十人そこらの烏合の衆やないか。吹けば飛ぶような泡沫政党、集まっては揉め、離れては喚き、いずれは雲散霧消する。ワシはそんな奴ら、いっぱい見てきたんや」

 幹事長が頭を抱える。

「ほっぽりだすって……ハリハリ老、そんな無茶な」

「議員になっていくたの修羅場を見てきたことか。どんだけ有象無象が湧いては消える連中を見てきたと思うとんねん」

 そのやり取りを無言で聞いていた尾川はため息を付いていた。

『ちんぴらだのこんぴらだの感情に任せてのいい加減な発言にはいつも振り回される……我が党はいつからこんな妖怪にふりまわされるようになったんだろう』


 そのようなやり取りを知るはずもなく民主今平党党本部地下室では近藤、岩洞が、珠伊師を交えた秘密会議をがなされていた――。

 近藤と岩洞は珠伊師の前で跪いている。

「ふたりとも面を上げい」

 珠伊師の声にふたりは頭を上げた。

 珠伊師はほくそ笑んだ。

「そちらの働きにより、ひとまず党の足ががりが出来たぞえ。礼を申す。近い内に金満党は我が党にすり寄ってくるであろう。誠に愉快、愉快なり。これを機にじわじわ金満党を追い込み我が党の言いなりにするのじゃ」

 近藤は言う。

「しかし珠伊師党首、まだほんの一握りでございます」

 珠伊師はにこりとした。

「これからも助成金を使わない党員の浄財で運営する清廉潔白な政党、と国民に植え付けていくぞよ」

 静かに反論する近藤。

「党首様、仰せながら申し上げます。このやり方は信者か党員か、の違いだけで天誅教と同じでは――」

「そうぞえ」

 珠伊師はあっさりと認めた。

「党員の貴重な財産を供出させるのだから根は同じぞよ。金満党のように大企業から献金とは違う存在とならねばならん。党員の生命財産はわが民主今平党の手の中じゃ。さらに党員と議員候補を確保せえ。岩洞法師、いや岩洞大僧正、これからも頑張ってくれたまえ」

 岩洞は言う。

「しかし党首殿、それにはもっと催眠法師が必要でございます。バイアスとて、万能ではありません。爆走天使と違い固着するまで常に術をかけ続けておかねばなりません。とてもではありませんが我々四人衆だけではこれで精一杯です。本国から洗脳装置を取り寄せるなり催眠法師の派遣を願う」

 岩洞の言い分に珠伊師は腕を組んだ。

「本国から洗脳装置を取り寄せるのも催眠法師の派遣を要請するにもな。わらわのときは入国審査は甘かったが今回の事件で入国手続が厳しゅうなっとる。うむ、そうじゃな――出入国管理局に動向を探れるような信者や党員、協力者を潜り込ませる訳にはいかんものじゃろうか。警察や公安にもわらわらの動きを監視させるような党員信者が必要じゃぞえ。両名、どう思うかの?」

 近藤はかしこまる。

「本国からの送り込みが難しいとおっしゃられるなら――いかがなものでございましょう。時間が必要ではございましょうが岩洞大僧正が中心となり信者党員を密かに集め、その中から抜擢、養成する方法をお考えになっては」

 珠伊師は手を叩いた。

「よくぞ申した聖ハントス、その手もあるぞえ」

「お褒めいただき光栄に存じます」

「早速信者リストを作成し岩洞大僧正と打ち合わせをせえ。ただし聖ハントス」

「は」

「あまり表立っての動きは控えおろう。警察その他に嗅ぎ回られては計画にも支障が出るぞえ。お前はあくまでも黒子じゃ」

「御意」


 武力で日本を支配しようとして敗れた経緯を鑑みた天誅教が、政治的支配に方向転換しはじめている瞬間だった。


 自由金満党の老獪副総裁がマスコミの前に笑みを称えながら座った。

「このたび自由金満党が過半数を取れなかったことは、もっと頑張れ、という国民の総意に基づくものだと解釈しております。我が党は傲慢だった」

「社会勤勉党も国民の意見を取り入れることが出来なかった」

 党首はそういいながら俯いた。

「次に大躍進した民主今平党に伺います。今回、躍進した原因は」

「我が党は大企業に擦り寄ることなく独自の路線を貫いたのが良かったと思います」

「狙撃未遂事件が発生しましたね。そのことが国民の判官びいきを起こしたとは思いませんか」

「判官びいきなんてそんなこと微塵も思いません。ただひたすらに実直に申し上げた通り国民に支持されたと思います」


 自由金満党の首班指名には尾川に決定だが、首相指名選では過半数に届かない自由金満党では尾川が首相になるとは限らない状況であった。

 そこで老獪の命により数日後、修理半ばの会議場で自由金満党と珠伊師との話し合いが設けられた。これもまた珠伊師の策略通りだ。

 ここからきつねとたぬきの化かし合いが始まる。

 自由金満党の副幹事が椅子の肘掛けを掴みながら言う。

「我が党は尾川を首相にするが両議院とも過半数に届いていないのはおわかりかと思います。我が党の意向として民主今平党の協力をお願いしたい」

 もちろん珠伊師は冷ややかな態度だ。

「それは我が党と連立を組みたいと、おっしゃっているのですか」

 副幹事が言う。

「読みが深いですな。そのとおり。我が党は今平党の政策は非常に重要だと考えている」

 珠伊師は首を振る。

「だからといって、はい、そうですか、というわけには参りません」

 その返事に対し副暗示が言う。

「もちろん連立を組んでいただけるなら、ただと言う訳にもいかない。重要ポストを用意している」

「それはどのようなポストでしょう」

 珠伊師の声に副幹事は声を潜める。

「昨今の大規模な自然災害、巨大地震や森林火災など頻繁に起きているのはご存知のとおり。従来の消防、警察、そして自衛隊ではお互いの法律で縛られ、一貫した指揮命令系統は出来ないに等しい。そこで政府は大規模災害救助隊と言う組織を内密に作り上げ、幾多の実戦形式で実績を上げた。そして国内外に知らしめるタイミングを狙っていた矢先、革命軍が破壊活動を行った。この事件により現場は混乱し消防と警察の間で機能不全に陥った。そこでなし崩しに大規模災害救助隊が投入され、それがうまく機能したのだ。政府はこれを機会に大規模災害庁と格上げし設立する。その初代庁長官に珠伊師さん、あなたを指名する」

 それに対し興味なさげに珠伊師は言う。

「大規模災害庁? 聞き慣れない庁ですね。で、そこの庁長のポストを与えてくださるというのですか」

「将来は庁から省へシフトする。そうなれば大幅な予算もつけられるし庁長自らの判断で組織を動かすことができる」

 珠伊師な興味なさげに言う。

「そうですか。どらちにしろその組織の全容が知りたいですし、それを党内に持ち込み検討したします。それに他党にもこのお話をするのでございましょ?」

 副幹事は言う。

「まず最初に貴党に相談せよ、との副総裁が強く申し上げたのだ。他党には貴党との連立がご破算になった場合だ。ぜひともお力を」

「ハリハリ副総裁がそうお話したのですね」

「そうだ」

 そう言って副幹事は珠伊師をじっと見つめた。




 夕方、スケロク商事事務所に社員が帰社してきた。

 ドアを開けるなり憤懣やる方ないというような表情の御手洗。

「なによぉ下水のドブさらいってえ。臭ッくってやってられないわよぉ。舞台俳優にナニさせんのさぁ俳優人生、台無しよぉ」

 その咎めるような御手洗の口調を普段温厚な蔵前は言い返した。

「何ぶつくさたれんのよ。一緒にやったじゃない」

 そういう蔵前の作業服もドロドロだ。

「下水管に入れる身体はあなただけよ。足が不自由なわたしに入れというの?」

 杉田はなだめる。

「まあそういうな、小柄な有馬だからできたんだ」

 御手洗は汚れた作業服を脱ぐと床に叩きつけた。

「やってられないわっムカツクー。この前の木の伐採なんかもなによぉ、肉体労働者じゃないわ、あたしは俳優よ俳優っ、こんな酷い会社やめてやるぅ」

 自尊心を傷つけられ激しい表情で喚く御手洗の前に杉田は無言でパンフレットを差し出した。

「なにこれ? え、舞台俳優募集中?」

 御手洗の不満が一気に消し飛んだ瞬間だった。目を輝かす御手洗。

「応募するかい?」

 御手洗はパンフレットを奪うように掴んだ。

「するする~」

「おい、御手洗くん、作業服片付けなさい」

 和道の声が飛ぶがお構い無しに自室に入っていった。

 杉田は古ぼけた革張りの椅子にドスンと言う音とともに身を任せた。

「ま、無理だろうな」

「そうだな、社長」

 蔵前は同情する。

「二人してなんてこと。可哀想じゃありません?」

 杉田は冷静だ。「あんな態度じゃお里が知れるってもんだぜ」

 続いて祖父江が帰ってきた。

「お、玉掛け講習どうだった?」

「講習自体は聞いてるだけだったけど、いざ実習となるとねえ」

 願成寺は塞ぎ込むような口ぶりだ。

 杉田は顔を曇らした。

「まさか不合格か?」

 きゅうに願成寺の顔が明るくなった。

「ふたりとも合格したよ。クレーン操縦者と息ぴったり。後日許可証発行されるんで――」

「ケンジそうなのか?」

「二日間、無駄に過ごしたわけじゃありません、ボス」

「そりゃあ良かった」

 杉田の顔がほころんだ。

 さらに腰道具を肩に担いで的場と伊東、越狩が「ただいま」といいながら帰ってきた。

「三人ともご苦労さん。水道、ガスの知識学べたか?」

 的場は古びた応接ソファにふんぞり返るように座った。

「講習もそこそこに実践でがす」

 祖父江がふと思った。

「ボス、スケロク商事は建築業に鞍替えするんですか?」

 杉田は改まった。

「いやいや、柔軟に何でも屋をこなすなら知識はあったほうがいいと思ってね」

 そこへ御手洗がドタバタとやってきた。

「どうしたんだね」と和道。

「募集要項なんだけどさぁネットだけなんだって。どうしよう……」

 心細く言う御手洗に和道はニヒルに笑う。

「だから言ってるじゃないか。コンピュータの操作はこれから生きていく上にも絶対条件だよ。理解したなら、じっくりと腰を据えて教えようじゃないか、御手洗くん」



 数日後金満党と今平党の連立政権が発表され、首班指名で尾川が指名された。数日うちに新しい組織図が発表される予定であり、予想を覆された社会勤勉党党首が喚くが、どうにもならない、いわば出来レースだった。


「ようやくニッポンも正常化していく道筋がついたな」

 在日米軍司令官スタンレーは呟いた。

 ライス副官は言う。

「中央漢エイジア国や辺境連邦はどうでるかな。混乱に乗じ日本を征服しようとする目論見だったが、我が在来米軍が先手を打ってアイツラの言いなりにならなかったのが、幸いだ。ニッポンが乗っ取られたりしたら東洋圏の防衛網がずたずたになるところだった。ニッポンの領土は我が米国にある」

「さて、ニッポン政府がどこまで主張してくるか。緊急事態でニッポンを抑え込んだが、主権を唱え始めたら欧州各国とも主権侵害、と言い出すだろう。こちらは徐々に手を引いていくしかないだろう。大統領はニッポンの植民地化にそうとう熱を上げているが、ニッポンの情勢はまだまだ流動的だ。国内でもまだテロが発生する可能性もある。ニッポン国土を守るためには、まだしっかり支配していかないとならない」

「組閣人事が発表されるとすぐに大規模災害救助庁をつくる法案が出されるようだが、これは一体何を意味しているのだろうか」

 ライスの声にスタンレーは持っているコーヒーを啜り上げた。

「自然災害など多い国だ。ニッポンの警察や消防、自衛隊だけでは対応が難しくなってきたので新しい組織を作るのだ。事務級クラスの申し出が各大使館などに出ている」

「根回しか……ニッポンらしいな」とライスはニヤリとした。「何であっても我が米軍には勝てないさ」



 民主今平党党本部、珠伊師の自室

 珠伊師は一人ほくそ笑んでいた。

「愉快だわ。思い通りにことが運んでる」

 上機嫌な珠伊師が卓上端末にスイッチを入れると紫のフードを被った人物が浮かび上がった。

「うまくいっているようだな」

「大神父様の言う通り進んでいる。催眠法師の手配はどう?」

 紫のフードが言う。

「入国に手こずっている。最悪派遣できぬかもしれん。で、これからの計画は?」

「我が民主今平党が先陣を切って日本を取り巻く外圧を払拭するよう、各党に声掛けし総理に申し入れる。主体は我が党だ」

「大規模災害救助法が審議入りしたようだな、こっちにも情報が入っている」

 珠伊師は「ふふふ……」と笑う。

「法案が通れば、いや通る。そして大規模災害救助隊初代庁長に任命される。組織の概要もわかったし、これを使ってひと暴れ、といきたいところね」

「災害救助にかこつけてなにかやらかすつもりだな?」

 紫の声に珠伊師は言う。

「じっくり策を練る。せいては事を仕損じるっていうでしょ?」


 その頃、神室と法源は与えられた仮庁舎で愚痴っている。

「大規模災害救助法、か――どうせGドロイドが活躍すんだろう。俺達は刺身のツマだよ」

「そうね横取博士がトップに座るでしょう」と神室は答えた。

「和田総括部長のポストはどうなるんだろ」

「昇格するけど、立場的には弱いんじゃない? 何しろ期待を寄せていた人工血液があんな状態じゃねえ」

 法源は愚痴った。

「いずれにしろ俺達バイオボーグの出番はあとになるだろうな。それにアレだけの騒ぎを起こした野来下の処遇はどうなるんだ」

 神室は首を振る。

「現場に復帰するのは無理だろうね。収監されてるから詳しい情報も入らないし、どうなるか、ね」

 法源は椅子の上で伸びをする。

「罪を償い現場に出るか、犯罪者となって無期懲役か。パワーダウンしているから、牢屋をぶち破る、なんてことは出来ないよな」

「気の良い仲間になれると思ったんだけどな、仕方ないわね」と神室は返事をする。

 法源が指を折る。

「ひい、ふう、みい……今まで十三人の候補がいたが、手術に失敗して絶命した者もいたし、結局サマになっているは隊長と俺と――野来下入れてもやっと三人か。そういえば九号は我が一員になるため訓練を重ねているようだけど、八号は?」

 神室はあっさりしていた。

「危機は脱した。けど、片手片足の中途半端な身体では大規模災害救助隊隊員としては、無理ね。後方支援編成員の退役隊員扱いぐらいじゃない?」

 神室の声を聞いて法源はため息を付いた。

「つくづくB計画はついてないな。呪われてるなあ」

「私たちは呪われたバイオボーグってこと? Gドロイドの先見性とバイオボーグの人間性と――まだ勝負はこれからよ、これから。どっちが有利不利じゃない。双方が高みを目指すのさ」

 法源は言う。

「やっぱり隊長はえらい。俺にはそんな考え、及びもつかないぜ」


 その八号――天馬楓は研修室にいた。

「長かったわね」と寺家が言う。

「これも先生のおかげです。感謝しかありません」

 すっかり元気そうな天馬だが「でもまだ先があるのよ。そして天馬さん」

 寺家はちょっと暗い顔つきになった。

「明日で私の役目は終わり」

「ええっ? なんで突然――聞いてないわ」

 突然の寺家の言葉に戸惑う天馬。

「後はリハビリの先生方が面倒を見るようになるわ」

 あっさりと言われた天馬は急に不安になった。

「でも、あの……拒絶反応が出たら先生でないと……」

 寺家が説明した。

「当初はそういう契約だったけど、人工血液問題でかなり巨額な経費がかかったらしく予算との折り合いがつかなくなったようね。だからお払い箱ってわけね。特に人工血液問題は今後も尾を引きそうだよ」

 天馬はブルッと身振した。

「嫌だわ、またあんな恐ろしいことされたくないわ」

「それにこの計画は横のつながりが全く無いので、どれだけの実験材料が揃っているのかもわからないし、この計画は頓挫するかもね。もしかしたら天馬さんが最後かも」

 天馬は泣くように肩を震わせた。

「あたしが最終って……世の中の肢体不自由者を救うためって説明は結局、嘘だったの? そんなことってあるの?」

 寺家は天馬の方にそっと手を添えた。

「そんなことはない。天馬の体はきっと世の役に立つ。何しろ私が執刀したんだから、わかるよ。きっと続く、いや、続けるべきよ。困難を克服し先に進むのよ」

「寺家先生の言葉、勇気を与えてくれますね」

 涙声の天馬に寺家は微笑む。

「ここで別れてもスケロク商事で会えるから、元気だして」

「分かりました」


 後半、ちょっと急ぎ過ぎの感ではありますが、難産の末、大規模災害救助法が成立し大規模災害庁が発足しました。

 しかしその初代に珠伊師和代が任命されることによって、悪魔の計画を練る珠伊師和代でありますが、ここでいっとき大規模災害救助隊の話を離れます。次回はスケロク商事の誕生、各社員の生き様など書き綴る予定です。

 杉田の過去が暴かれる……かも? それはそれで。


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