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追跡

警察の不断の努力により逃走している犯人の一人が捜査上に浮かんだ。

人工知能が作成した似顔に驚く重伝達だが、捜査上に犯人と思しき人物が国際空港ナリタから国外逃亡を図る情報がはいる。

宝来警察署合同捜査本部は重伝を中心とした複数のチームを千葉県警に応援という形で神崎とともに千葉へ向かわせる。

限られた時間の中、千葉県警の案内とともに潜伏先を探しまわる重伝チーム。

と、そこで……。


 民主今平党党首珠伊師和代の狙撃未遂事件から二日後の宝来警察署合同捜査本部にて

 ミウラ捜査一課長は全署員を見回した。

「島田班報告」

「は」

 指名された島田刑事が全体に話し始める。

「珠伊師和代の狙撃に使われた銃は製造番号から米国軍の設営基地から盗まれたものと判明しました。公安部に要請し在日米軍に調査依頼を願いましたが、駐留米軍にもなにかあるのか未だに返答はありません」

「二日も立つのに返答がないだと?」

 ミウラは疑問を呈した。

「は『判明次第回答するということです』」

 ミウラは言う。

「在日米軍は盗まれたことを認めたくないのか? 島田、外務省にも話を通せ。次、重伝班」

「はっ」

 重伝は立ち上がり簡潔に言う。

「妙な臭いをする男とすれ違った、顔は見ていないが茶髪だった、との証言を得ました」

「茶髪の男だと? かなり重要な証言だが、確かだろうな。重伝班、更に確認しろ。次、須藤班、坊カメの状況報告」

 須藤と呼ばれた女刑事が発言する。

「は。容疑者二人のうち、一人は黒髪ではない人物を特定しています」

「それは男か女か」

「男です」

「その男は?」

「関内駅から電車に乗り込むと見せかけ南口の駐輪場に向かい大型バイクに乗り込んでいます」

 須藤は立ち上がりリモコンを操作した。白い壁に映し出されたスライドを全員に見せた。画像は荒いがヘルメットを被る前の男の頭髪が映し出された。

 たしかに茶色い頭髪だ。

「カメラ位置関係で後ろしか写っていませんが重伝の言う男と照合します」

「前から写した画像はないのか」

「残念ながら荒れた画質の横顔しか写っていません」

 ミウラは言う。

「須藤、人工知能で犯人像を作成しろ。最新の“推定顔面再構成アルゴリズム”を使えば、後頭部と横顔から正面画像ができるはずだ。荒れた横顔でも似顔はできる。犯行の手口からすると犯人は二人はいるはずだ。島田、もう一人の容疑者の足取りは」

「もう一人はザキの通りを徒歩で逃走中ですが巧みに防犯カメラを避けているように見えます」

「容疑者の一人は写っているがもう一人は写っていないというのはなんだかおかしい動きだ。一人が囮になってもう一人を逃す手立てか?」

 ミウラは決断した。

「手がかりはこれだけだが、まず、なんとしても茶髪の男、洗い出せ」

「了解っ」

 全員は唱和し、立ち上がった。

ちょうどその頃、突貫工事のザキの現場では祖父江と願成寺が汗を流していた。

「そこの二人っ」

 現場監督の声が飛ぶ。「ビニ管、二階へもってけ。……そうだ四本とも上げろ、職人が待ってんださっさとやれっ。仕事てえぇもんはなあ先を読むんだ、うすのろ」

 祖父江と願成寺が太いパイプを担ぎながら二人で階段を上がる。

「社長は学んでこい、って言うけどさあ、これじゃあ人足だよ」

 ブツブツ言う願成寺に祖父江は汗を流しながら答える。

「サヤカ、今は耐えるしかないぜ」

 運び終えると監督が次の指示を出す。

「街灯工事の基礎だ。スコップもってここに来い。重機が入らない狭いとこなんで手掘りだ。生コンがくるんで一〇時までに一立米、真四角に掘んだぞ。仮枠は作ってあるんでそいつを設置するまでが作業だ」

「二時間しかありませんぜ」

 祖父江が言うと「口答えすんなっ黙ってやりゃあいいんだ」

 工事現場の向かいの狭い道路に一台の軽トラックが止まっている。その助手席に乗り込む男がいたが、祖父江たちは気がついていない――。

「よし行くぞ」

 軽トラックの運転手は近藤だ。サングラスを掛け、ウィッグで変装をしている。


 すると乗り込んだ男は?


 あたりを警戒するかのように近藤は慎重に車を動かした。

「スベノフは」

「明日日本を経つ。お前は新横浜から関西空港に迎え」

 ハンドルを操作しながら近藤は懐から携帯端末を渡した。覗き込む男。

「搭乗手続きは完璧だ。お前はそれを提示するだけで香港、マカオ経由で本国に帰れる」

 揺れる道中、京急線黄金町駅を横目に藤棚浦舟通りをひた走り、県道十三号線に合流、新横浜絵を目指している。

「その紙袋の中を開けな」

 ややあって前方を確認しながら運転する近藤がいきなり言う。

「これか? ウィッグがある」

「今のカツラと取り替えろ――長髪から短髪に変身だ、それに付け顎髭も用意してある。そこの手鏡を使って端末と見比べてみな。同じでないと認証が通らんからな、へまするなよ」

「わかった」

 そういいながら男は器用に変装を始めた――。



 各班は犯罪歴操作装置に条件を入れ、膨大なデータの中から該当者がいないか探している。

「どうやら過去の犯罪歴からでは該当がないようですね」と神崎。

「そうだねえ」

 顎をつきながら検索している重伝が神埼に答えた。

 ドアがノックされ一枚の紙切れをもった須藤刑事が入ってきた。

「犯人像を作成できました」

「随分時間がかかったね」

 重伝は腕時計を見つめた。

「仕方ない、何しろ後ろ姿と荒れた画像の横顔しか確認できてないんだからね」

 二人は印刷された犯人像を覗き込んだ。

「あれ?」

 突如、重伝が小さく声を出した。

「どこかで見たような」

 須藤刑事が言う。

「そう。これが出来上がった時、あの世間を賑わせた爆走天使、ベーシスト、ワイルドウッド・子門にどことなく似ている、と言う声がでました」

「爆走天使って……たしか、ハワイに避暑に向かってそのまま行方不明になった音楽グループ?」

 神崎は捜査資料を呼び出すためにキーボードを叩いた。

「そうです、ハワイから行方をくらました爆走天使です。でももしこれが本人だとしたら、ワイルドウッド・子門、どうやって日本に来られたのでしょうか? 安々と日本に入国出来たのは不思議ですね」

 二人のぼやきに重伝が答える。

「神崎、まだそうだと決めつけるのは早い。日本の入国管は優秀よ。顔認証システムを通過するはずだから簡単に入国できるはずがない。もしそれを避けて入り込む事ができるなら、相当、子門がうまく立ち回れたか、機械のトラブルか何かで運よく通過できたか、あるいは裏で糸を引いている組織が手招きしたか……」

「組織犯罪の臭いがするね」と須藤。

「単なるベーシストが腕のたつ狙撃手になるんでしょうかねえ」

 神埼の声に重伝は資料に目を通しため息を付いた。

「爆走天使たちがハワイに行ったのは二年前……そしてハワイから忽然と居なく無った……ハワイ警察と警視庁国際課合同捜査でも足取りは掴めていない……それにこの似顔だけではワイルドウッド子門と断定できない。有名人になりすまして整形したかもしれない」

 女刑事須藤は言う。

「そもそも、二年ほどで腕利きの狙撃手はなりえないでしょう。警視庁の特殊急襲部隊(SAT)対テロ狙撃手でも相当厳しい訓練を長くこなしてようやく一人、二人しか合格できないと聞いていますよ」

「それよりもう一人の方、何としても足取りを掴まなければならない」

「それについては」と須藤。「瀬川班から湘南方面に向かった大型バイクを発見したと報告が出ると思いますが、途中で映像が切れているようです」

「歩いて逃走しているわけじゃないんだな。陽動作戦か。うまく巻きやがって」

 神崎が息巻く。

 事務所内の時計を見ながら重伝は二人に言う。

「そろそろ昼だね。早めに済ませて取り掛かろう」

 重伝と神崎二人は腰を上げ会議室を出ると廊下の先から加藤がゆったりとした足取りでやって来るのがわかった。二人は敬礼する。

「ご苦労さん」

 何故か加藤の言葉が弱々しく聞こえた。

「なんか、覇気がないですね。今回の事件で副署長も相当心労があるんでしょうねえ」

 神崎が加藤の後ろ姿を振り返りつつ言うと重伝は「それは――」といいかけ口をつぐんだ。

「それって?」

 不思議そうな神崎に「副署長を安心させるにも私たちが頑張らないということね」と重伝は誤魔化した。

『おそらく天馬のことも気になってるんでしょうね……』


 宝来警察合同本部午後一時

 リレー捜査が威力を発揮し容疑者二人のうち一人の逃走先が明らかになりつつあった。

「防カメ第二班が容疑者の行動を捉えた瀬川班、報告」

「は。容疑者は千葉県の道の駅『浦成』で給油を済ませるとナリタ方面に向かっています」

「そうすると容疑者は国際空港ナリタに? 国外に高跳びするつもりか、千葉県警に連絡。重伝班、外山班、立川班、至急千葉県警に応援に向かえ」

「了解」

 指名された各班は立ち上がった。

「残りは湘南方面に逃げている片割れを追え」


 しかし、変装した容疑者ははすでに関西国際空港から機上の人になっているのをミウラはしらない。


 連絡を受けた千葉県警の捜査班の動きは素早かった。国際空港ナリタに直行し搭乗者を虱潰しに探した。

 そして――

 午後二時半千葉県警捜査本部

「容疑者らしき人物がネットで明日八時にハワイ便六三◯に搭乗手続きを行っているとの証言をサンドバック航空会社から得た。県警は先回りし空港で明日容疑者を確保する。まもなく神奈川県警から応援部隊が来る。合流し近辺のホテルなど案内しろ。グズグズしている暇はない。潜伏先を洗うのだ」


 国際空港ナリタ近くのホテル「パパン・ドレール」は海外渡航向けビジネスマンが利用するワンルームホテルだ。格安の宿泊費と各部屋からの眺望、ロビーから見渡す景観を売りにしている。

 重伝は刑事とともにホテルの受付にいた。受付にはディスプレイが置かれ旅客と思しき男女数名がめいめいその画面に向かって話をしている。

 空いている画面前に立つと「いらっしゃませ」と女性の合成音が響き画面に微笑を含んだ若い女性アバターが浮き出た。

「ここも受付はアバターか」

 神崎の言葉に千葉県警の一人が言う。

「仕方ないですよ、どこも人材不足ですから」

「今までの四件とも人工知能だし、いちいち支配人を呼び出すにも時間と手間がかかる。こっちは手早くやりたいんだよ」

「同感です神崎刑事」

 千葉県警の刑事も同調する。

「焦ってしくじったら元も子もない」

 たしなめるように言う重伝が受付の機械に向かって話した。

「警察です。宿泊予定者を調べているので捜査協力してほしいのですが」

 画面の女はそっけなかった。

「申し訳ございません。プライバシー保護のため開示の権限はございません」

 神崎が横から声を荒らげた。

「こっちは警察だぞ、アンタじゃ話にならん、責任者をだせ」

 怒り声に重伝は神埼を制した。

「神埼、そうカリカリしてもダメよ――えっと、責任者とお話したいのですが、よろしくて?」

「重伝警部補、機械に向かってそんな丁寧な言い方って……」

「黙ってて」

 画面の若い女性が少し沈黙したあと、左方向に手のひらを向けた。

「あいにく総支配人は不在ですが代わりに副支配人がお話を伺います。左横の談話室へどうぞ」

 談話室と書かれているプレートを見て捜査員全員が入室した。がらんとした空間だがソファや長机などきれいに整っている。

 ものの数分で横の扉が開くと初老の物腰が柔らかそうな男性が出てきた。

「副支配人の知多でございます。受付から警察の方が見えたと報告を受けまして、どうぞお座りください」

 重伝は警察身分書を提示した。

「いや結構です。この男が投宿していないか調べています」

 重伝は茶髪の男の顔写真を見せた。

「少々お待ち下さい」

 副支配人が席を外し扉の向こうに消えていった。

「待たせやがって。あと十件は回らないと」

 リストを見ながらブツブツ言う神崎に重伝は諭す。

「こうしている間でも他から、容疑者発見、と報告があるかもしれないよ。焦っちゃダメだよ」

 そうこうしているうちに知多が現れた。

「遅くなりました。本社に連絡を取りましたところ風評被害のおそれがありますので慎重に扱え、とのことです。――まず、お尋ねしますが、この男性はなにか?」

 重伝は決然と言う。

「民主今平党党首珠伊師を狙撃した容疑者ともくされている人物です」

 知多は予期しない返答に目を丸くした。

「少々お待ちください」と言い残しまたも扉を開け消えていった。

「いちいち、本社に報告か。早くしてもらいたいもんだ」神崎は愚痴った。

 しばらく重伝班と千葉県警の一行は待たされしびれを切らすころ、知多は戻ってきた。

「本社と協議した結果、重大事件発生に伴い警察に協力せよとの指示をいただきました。個人情報保護の観点からは申し上げにくいのですが本社指示によりここに開示いたします。――本日午後八時頃投宿する名簿にトオヤママサカズ様名義での記載があります。何度も照合しましたが、トオヤママサカズ様に非常に似ております」

 副支配人の言葉に捜査員全員に緊張が走った。

「本人がここに来たんですか」

 重伝の問いかけに知多は首を横に振った。

「いいえ、ネット上での予約でございます」

「トオヤママサカズと判明した理由は?」

「間違えないように、予約の際には必ず顔写真の添付をお願いしております」

「どこから予約してますか」

「予約センター経由ですのでここではわかりかねます」

「では本人以外でも申込みは可能ですか」

「さようでございます」

 重伝は神崎を見た。

「なりすましている人物がいるということもある」

「そうですね。やはり組織的犯罪が臭いますね」

 重伝は知多を見返した。

「知多副支配人、そのトオヤママサカズに事情を伺います。それに伴い、貴ホテルに署員を配置しますがよろしいですね」

 重伝の言葉は有無を言わせない迫力があった。

「貴ホテルには迷惑が被らないよう充分に配慮します。物損には警察が責任を負います。午後八時頃、というと夕食は取らないことですね」

「そのように伺っております」

 重伝は振り向き全員に命令した。

「私と神崎はここで知多副支配人と話をする。以下は県警に戻り報告と逮捕方針を決めろ」「了解」

 刑事たちが慌ただしく出ていった。

「夕食をここで摂らないのは指紋や唾液を恐れているからに違いない」

「用意周到ですね」

 重伝は知多を見る。

「宿泊者には外に出ないよう配慮願います。従業員も顔を出さないように」

 知多は返答した。

「本社に確認をいれますが従業員は私を含め四人、それ以外のフロント、調理、配膳は全てロボットです。その心配は無用でございますが、宿泊者様には難しいです。先程も申し上げた通り風評被害が出ては当ホテルの存続にも関わります」

「自由にしてもらっても相手は何をしでかすかわからないし凶器を持っている可能性もあります。客室から出ないようにする方法を考えないと。本日の宿泊者はどれくらいですか」

「平日ですのでほとんどがビジネス関係で単身者です。トオヤママサカズ様含めて二十三人。家族での投宿はありません」

「客室から出ないようにするとかえってパニックになるでしょうね」と神崎。

 知多は眉間にシワを寄せた。

「事情を説明するわけにも参りません。難しい商談をこなすビジネスマンには当ホテルのやすらぎが必要でございます。当ホテルは宿泊費が安いですがゆったりとくつろげるサロンバーで心を癒やし、またロビーから見える山々からの朝焼けなどは見事でございます。当ホテルは自然の景観も売り物にしておりますので」

「と言って自由にさせるわけには行かないし」

 神埼の携帯がなった。

「重伝刑事、千葉県警では室内確保も想定して強襲チームを組みました」

 万が一、室内に逃げ込むことを想定し二◯三号室外部窓辺に強襲チームを配置、窓を割ると同時に閃光弾を投げ込む計画だ。

「それならホテル前で職質したほうが良いのでは?」

 神埼の提案に重伝は首を振った。

「ホテル外だと、相手はバイク乗りだ。凶器を振り回すなどして逃亡する危険性が高い。職質はホテルに入ってからだ。宿泊客には内密にして署員一同で取り押さえるしかない。受付に来たときが勝負だ」

「了解です」 

 重伝は腕時計を見た。

「午後四時半か……。宝来警察の加藤副署長から両県警本部長に拳銃所持の許可をもらうようお願いしようにも時間がないな」

 神崎は渋い顔をした。

「こうなるとは予想外でしたからね」

「わかった」

 重伝は決断した。

「そもそも応援という形でここにきている。武器貸与の手続きに手間取って容疑者を逃がすわけにはいかない。我々応援部隊は丸腰で対応する。神崎、覚悟はいいか」

「了解です」


 夕食が終わり、浴衣姿の初老の男性が一杯引っ掛けに一階のバーにやってきた。

「なんだか、妙にロビー寒いな」

 男はブルっと体を震わす。

「なんだって? サーバーの故障?」

 一階にあるバーサロンで「サーバー故障により地下一階の宴会場横にバーを儲けました。どうぞご利用下さい」との張り紙を見つめた。

「仕方ねえか。ここの夜景を見ながら一杯やるのが楽しみのだったんだけどなあ。契約も取れなかったし今日はついてないぜ」

 男は受付の機械に向かった。

 沈黙している画面が光り、女性アバターが微笑んだ。

「アンドウ様いかがされましたか」

「ロビーが嫌に寒いんだけど」

 受付嬢は頭を下げた。

「申し訳ございません。ロビーの空調が突然故障してしまいまして、ご迷惑をおかけします。お部屋の空調には異常はございませんので、お部屋でどうぞおくつろぎください」

「ちぇ、何だよ。バーも使えないし踏んだり蹴ったりだよ。地下のバーテンダーは誰だい」

「アンドウ様ご贔屓のいつものバーテンダーでございます」

 アバターが微笑むと、ならいいか……と男性客アンドウはブツブツいいながら階段を降りていった。



 午後八時過ぎ、ホテルパパン・ドレール近くの藪の中、大型バイクが音を消すように静かにやってきた。

 エンジンを止めた人物はフルフェイスのヘルメットを脱いだ。ヘルメットの下から赤茶けたモジャモジャした頭髪が現れた。

「ここに隠せって指示だったよな」

 そう呟きながら容疑者は暗闇を警戒するようにキョロキョロと見回す。一陣の風が頬を撫でる。

 誰もいないようだ……と思った時、暗闇から坊主頭の男が現れた。

「待っていたぞ下人スベノフ」

 予想もしなかった場所からぬっと現れた男にぎょっとした。

「岩洞法師か? びっくりさせんなよ。警察かと思ったぜ」

 闇に紛れ込むように黒い法衣を纏った岩洞が言う。

「うまくまいているようだな」

 男は頭を掻く。

「いやあ、追っ手をうまくまけるかどうか自信がなく冷や汗もんだ」

 明らかに岩洞を見てホッとしたような赤毛の男だ。

 それを無視するかのように法師と呼ばれた男が懐から携帯端末を取り出した。

「この端末を渡す。ここにはトオヤママサカズ名義のホテルパパン・ドレールに宿泊と国際空港ナリタの搭乗手続きが載っている。明日午前八時ハワイ便六三◯に乗れ。いいか乗り遅れるな。搭乗できないと組織の努力は水泡と化す。重要だぞ。ホテルに入ったらすぐに確認しておけ」

 岩洞法師は操作説明をする。

「わかったわかった。逃げ回ってくたびれたんだ、ようやく寝られるぜ」

 黒い法衣を纏い岩洞と呼ばれた男は知らしめるように言う。

「安心するな。休めるのは本国に帰ってからだ」

 さらにポケットから小瓶をわたした。

「これは?」

 怪訝な表情で子門は岩洞を見た。

「万が一事が起きると組織は崩壊の危機に瀕する。これは秘密を守るためだ」

 そして、いきなり岩洞法師の両目が子門を見つめる。

 凄い眼力だ。

 ワイルドウッド子門には岩洞法師の両目が黄金色に光った、と感じた――。それは視覚誘導型神経暗示デバイス特有の反応だ。かなり強力な、いわば催眠効果だ。

 子門は目を見開き呟いた。

「……わかった……」


 何がわかったのか?


「バイクは我々が処理する。下人スベノフ、ホテルに向かえ」

 岩洞法師の声に答えもせずに子門は踵を返した。


「お客様に申し上げます」

 各階の天井スピーカら副支配人の声が響いた。

「お客様に申し上げます。おくつろぎのところ、誠に申し訳ありません。ただいま一階ロビーの空調設備に不具合が発生し暖房が切れております。今のところ原因不明でございます。復旧に向けておりますが、一階ロビーにおかれましては気温が下がり かなり寒くなってまいりました。幸いなことに各部屋の暖房は異常がありませんのでロビーのお客様におかれましては客室での暖をお願い申し上げるしだいです」

 ロビーでくつろいでいた男女数名は徐々に室温が下がり始めている理由がわかり、そのアナウンスに従い三々五々部屋に戻っていった。

 アナウンスした副支配人がロビーに出て見回した。

『警察の指示に従ったが、これで良かったのだろうか。変に噂になったら警察はどう責任を取るつもりだろう』

 知多にとっても一抹の不安は隠せないのだった。

 アナウンスをよそにロビーで新聞を広げている男と、隅で佇みながら電話をかけている中年男性、若そうな男女がソファを囲み話し込んでいる。

 しかし新聞を広げているように装う男も電話の男も全ては警察官だ。ソファで話し込んでいるのは重伝と神崎だ。

 その他数名の警察官が物陰で息を潜め、はしごを用意した強襲チームも建屋裏で待機している。

『寒くなる中、警察も大変だ』

 知多はそう思ったがその中で窓側のソファに座っている女性を認めた。明らかに警察関係者ではない。直感した知多はその女性に近づいていった。

「お客様、お寒うございます。お部屋に戻られてはいかがでしょう」

 ソファの女は知多を見ようともせず星降るような夜空に手をかざした。

「あの星空を見てご覧なさいな。素敵だわ。ホテルの従業員はこのような光景を見られて幸せね。この光景に満足したら戻ります。それまでしばらくいるわ。まだ大丈夫ですわ」

 そう言われてしまうと副支配人も下がらざるを得ない。

 知多は重伝に向かい耳打ちした。

「しばらく夜景を楽しみたい、と」

 重伝は顔を曇らす。

「仕方ないわね。事情を説明するわけには行かないし、束縛するわけにもいかない。戻ることに期待するか。容疑者がきたら女性に危害が及ばないように捜査員の再配置するしかない」

 懐に隠し持っている無線機に状況を報告した。

「了解」と言う声がかすかに響く。



 八時三十分、玄関ドアが自動に開き下人スベノフ、つまりワイルドウッド子門がやってきた。

 赤茶色の頭髪の子門はホテル内を見わす。

 違和感を感じないような振る舞いで子門はフロントに向かった。

 全員のインカムに密やかに声が響く。

『容疑者来訪』

『来たか』

 重伝を始め全捜査員に緊張感が走った。

 子門はフロントの液晶画面に向かって液晶画面を見せる。

「予約していたトオヤママサカズだが」

 予約表を確認した人工知能は男に微笑んだ。

「ようこそ、当ホテルにお越しいただきありがとうございます。トオヤママサカズ様、承っております。お部屋は二◯三号室をご用意いたしております」

 受付前の横開きの扉がゆっくりと開き、中から小皿に置かれた鍵が出現した。

「いまだっ」

 鍵に手を伸ばした瞬間、重伝を始め数人の刑事が取り囲んだ。夜景を楽しんでいる女のもとにも刑事が迫る。

「何事です?」

 女は腰を浮かせた。

「警察です。しばらくそのままでいてください」

 刑事たちは有無を言わせない口調で取り囲んだ。

 重伝は身分書を提示した。

「トオヤママサカズさんですね、警察です」

 予期しない成り行きにぎょっとした子門。

「お話を聞きたいのですがね」

 有無を言わせない重伝の問いかけに子門は咄嗟にポケットに手を突っ込んだ。そして無言で茶色の小瓶を取り出し、液体をぐっと飲み込んだ。

「よせっ」

 異変を感じ取った重伝が咄嗟に叫ぶと同時に左手がとんだ。

 はたき落とすが時すでに遅し。

 勢いよく宙を飛んだ小瓶が受付端末に当たる。ヒビが入ったにも関わらず画面のアバターは平然と正面を向いている。

 飲み干した子門は喉をかきむしるように苦しみ崩れ落ちる。と、その場でガクガクと痙攣を始めた。

 空気を求めるかのように口を大きく開らいた子門の顔色が赤みがかった顔色に変色していく。崩れる子門の瞳が一瞬、黄金色に光ったのを重伝は見逃さなかったが――

「薬物を飲んだかっ。近づくなっ、現場確保、検察を呼べっ」

 場内は騒然とした雰囲気に包まれ、飛び出してきた警官たちは子門を取り囲み成り行きを見守るしかなかった。

 


 その頃――

「ホテルの信者から報告が来たが、間に合わなかったようじゃな」

「はっ」

 近藤は一人、珠伊師の前に跪いていた。

「本国に帰せなかったのは残念じゃ。それにしてもそなたの先を読む力は相当じゃの」

 近藤はかしこまった。

「党首様からお褒めの言葉をいただき光栄に存じます。しかしですが、毒薬を飲ませる暗示デバイスをかけた催眠法師の力があってこそ。褒めるべきは催眠法師岩洞でございます」

 珠伊師はため息を漏らす。

「本来ならふたりとも本国に送り込む算段だったがの、一人は無事日本を離れた。下人スベトフが本国に帰れたなら妻子が待ち受けていたと聞いておる。可哀想なことになったの。本国には家族を手厚く扱うようにと申し添えるぞよ」

「誠に……誠に心優しき党首でございます。これで下人スベトフも浮かばれようと」

「よろしい、次の算段じゃ」

「御意」


 あまり書き込むと散漫になりそうなので、今回は多少の緊迫感を演出するため警察の攻防だけに絞り込みました。

 次の展開は選挙の成り行きで金満党と今平党の攻防、大規模災害救助隊の成り立ち、天馬の展開など予定しております。

 時間の経過が不明瞭、と申しますか、至らない点が多々あると思いますが、よろしくお願いいたします。


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