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確執

その日はスケロク商事の公休日だった。

 

 一階事務所ではソワソワしているスケロク商事の社員たちが揃っていた。

「二階会議室どうしておこうか?」

 願成寺に和道は腕時計を見た。

「社長の帰りを待ってからでも遅くない」

「的場さんを連れて帰るって社長は言ってたけど、なんで大型トラックのスケロク三号車が必要なのかしら。元気になったのならボロライトバン二号車でも良いと思うんだけれど」

 蔵前はなにか胸騒ぎがしてならなかった。

「先輩、無事なんでやんすか。ストレッチャーを乗せるためにスケロク三号車で向かった、なんて事はないでやんすか」

「越狩ぃ、変なこと言うなよナ」

 管弦が口を尖らせると御手洗は同調した。

「そうだわよぉ」

 盲目の黒川は伏せているグローリーを撫でながら言う。

「トラックと言われても私には分かりませんが、社長には何か考えがあって迎えに行ったのでしょう」


 的場が退院できると聞き、祖父江と杉田が乗った大型トラックスケロク三号車で本間医院に向かっていたのだった。

 午前十時半、杉田達は本間医院に到着した。

 患者が溢れる中、本間は杉田を迎え入れた。

「的場さんはこの通り」と病室から連れてきた。右腕に包帯が巻かれていたが的場はにこやかに出迎えた。

「久し振りでさぁ親方」

「元気そうだな」と祖父江。「だがその包帯は――」

「傷口の保護でさぁ」

 杉田も微笑んだ

「とんだ災難だったが、元気になって何よりだ」

 杉田は本間に頭を下げた。

「本間先生、ありがとうございました」

 後ろに手を組んでいる白衣姿の本間もこくりと頭を下げた。

「こちらも地家先生がお世話になってますしな……とは言え全国医師学会で防衛省や厚労省で優秀な人材を求めているという申し出があって、ドクター寺家を推薦したんだがな、なにやら大きな仕事が入ったと言われ、病院を抜けたままになっている。こっちから連絡しても『既読』が付くぐらいで、果たして本人からなのかもわからん状態だ。なにか知りませんかな?」

「いや、私も心配しておりますがねぇ。数回短いメールが時折送られるくらいで、それ以外の連絡はありません」

「何やら、犯罪に巻き込まれているとか無いのかな?」

「それはないと思いますよ、はっきりしているのは厚労省の病院にいる、心配しないでほしい、と言う事だけです」

「厚労省の病院とな? はて、聞いたことがない。――それを手がかかりに調べてみよう」

 杉田はニコっと笑った。

「実は本間先生、お願いがあります」

「何かな」

 杉田と本間はひそひそ話を繰り広げた。

 眉をひそめる本間に杉田はニコニコしている。

「いい話ではないな……人を騙すような悪い冗談ではないかな?」

 本間は顔をしかめた。

「社員の絆をより深めるためです。みんなわかってくれるはずですよ」




「只今」

 杉田の声とともに祖父江が事務所に車椅子を押ながら入ってきた。それを見た全員が息を呑む。

「そんな……」

 蔵前と願成寺が口に手を当てる。

 入ってきたのは全身包帯を巻かれ、いわばミイラのような的場の姿だ。がっくりと頭を落とし車椅子の振動に身を任せるまま、身動きしない。

「こんな酷い姿なんて、なんて事サ」

 あっけにとられ口をあんぐりと開ける管弦。

 和道も伊東銀次も口を開いたままだ。

「先輩っ、なんて姿でやんすか!」

「的場さんミイラになって帰ってきたのぉ? 酷いわぁ、ホント? 生きてるのぉ」

「的場さんっ」

 蔵前が車椅子にすがりつくように身を寄せると、両目から涙が溢れた。「なんて姿……」

「本間先生ってヤブ医者じゃないの?」

 願乗寺は呆れたように言う。

 皆、口々に驚くように騒ぎ出した。

 しかし――

 ミイラ男はゲホゲホと咳をし始める。

「苦しいの? 的場さん」

 一同が車椅子を取り囲むと心配そうに包帯姿の的場の顔を見ようとする。

 突然ミイラ男が口を開いた。

「息苦しいったらありゃしませんぜ」

 そしていきなりグルグル巻の包帯を毟り取る的場。そして的場の顔が現れた。

「このとおり元気になりやしたぜ」

 そして車椅子から元気よく立ち上がった。

「親方の意見で痛々しい姿を見せつけろって」

 蔵前は憤慨した。

「何やってんのよッ!」

 蔵前は的場の肩を叩きながら「心配だったから」

「イテ、イテ……」

 冷静な黒川が言う。

「社長、冗談にもほどがあります。見えなくても状況は分かりました」

 杉田は笑う。

「そっか~」

「このクソ社長~っ」

 管弦の袖口からシュッという音ともにナイフを取り出した。右手にナイフが光る。

 凄みのある管弦の声に杉田はびっくりだ。

「そうよ、私の涙、返して」蔵前も安堵しながらも不満げだった。

 車椅子に手を添えている祖父江が呆れたような顔をした。

「だからボス、言ったでしょう、こんなことになるって」

 杉田は平謝りだ。

「まあまあ、みんな、そう怒るなって……悪かった悪かった悪かったよ、金輪際たちの悪い冗談は止める」

「決まってるでしょっ」と願成寺。

「でもまあ最初は吃驚仰天でやんしたが、先輩の元気な姿見て安心したでやんす」

 越狩の言葉にみんなは納得したように落ち着いていった。

 管弦はナイフをしまったが「今度こんなことしたら次は切り刻んでやるからな」

「瑠那、なんてことを言うんだ」

 和道が諭す。

「お詫びの印だ。退院祝いを行おう。もちろん費用は俺のポケットマネーだ。それで勘弁してくれ」

 杉田の言葉に「聞いたか、みんな、退院祝いだ」と祖父江。

「中華街の俵編楼に連絡してみる。電話借りるよ」

 勢い込んだ願成寺だ。

 いそいそと電話をかけたが、がっかりした表情で受話器をおいた。

「昨今の事情で三人以上の団体さんは断ってるってさ」

 杉田はむっつり顔だ。

「じゃあ、二階の会議室で退院祝いだ」

 切り替えの早い願成寺だ。

「酒、買う」と伊東は言うと杉田に手を出した。

「つまみだつまみ」と管弦。

「卵焼きつくるんでお金」と願成寺。

 全員が手を出し、たちまち杉田の財布から札が飛んでいくのだった。「待て待て」と泡を食う杉田。

「和道、後で補填するから金庫から五万円出してくれ」

「五万じゃ足りないよ」と管弦。

「わかったよ、十万だ」

 現金を受け取った一同はいそいそと酒やツマミの買い出しにに散り散りになった。

「とんだ出費だな、社長」と和道。

 成り行きに的場は戸惑う。

「こんなわっちに申し訳ねえ親方」

「こんなときは全員の団結は早いな。仕事でも発揮してほしいもんだぜ。的場は今日の主賓だ。何もしなくてもいい。そうだな……包帯を全部取ろっか」



同時刻。

 とある会議室で十数人の人間が集まり会議が催されていた。そこには和田をはじめ朝倉、寺家と担当技師が集められている。

「では時間になりました。今から会議を始めます」と司会の女性が宣言した。

 和田が発言する。

「今や我が日本でも少子高齢化が進み、血液不足は喫緊の課題だ。我々は官民一体となり人工血液の開発に取り組んできた。B計画では大量の血清剤が必要だ」

 一同は聞き入り咳きさえ無い。

「人工血液開発総合責任者、番匠から説明がある」

 小柄な番匠と呼ばれた男が立ち上がった。

「ようやく実行できる段階まで来ました来た。これが人工血液のサンプルです」

 そして番匠は紫色した液体の輸液用瓶をかざした。

「人工血液は血液型を特定しません。血液の九十%をカバーできる夢の血液です。私たちは動物実験を繰り返し改良を重ねながら、ついに成功したのであります。ちろん、すべて人工血液で賄える、とは思っておりません。あくまでも補助としての血液です」

 和田は発言した。

「そこで今回お集まりいただいたのは、実験体八号で人工血液の実験及び効果を検証する」

「わたしは反対です」

 寺家が発言した。

「いきなり人間に使うなんて無謀です」

 番匠が反論する。

「パッチテストは繰り返し行っており、特段異常は見つかっておりません」

「だからといって安心できるとは思えません。パッチテストはどれくらいの分量で行いましたか」

「0.02単位です」

 番匠の発言に対し寺家は否定するように首を振った。

「そんな少量で何がわかるのですか」

「八号には繰り返し実験しております。今まで何も問題は発生しておりません。安全、と考えておりますし、万が一に備え八号から血液採取、培養しており、目処がたった状態であります」

臨床技師の女が手を上げた。

「私も安全性に疑問を持ちます。動物実験で成功したからと言ってそのまま人間に当てはめるのはいかがなものでしょうか」

 和田はあたりを見回す。

「その他反対するものいるか、手を上げろ」

 更に四名が手を上げた。

「それ以外のものは賛成でいいんだな?」

「待ってください」

 寺家は大声を上げた。

「もっと充分研鑽しないとっ」

 和田は、つまみ出せ、と言いたげに警護員に目配せした。

「賛成多数。よってこの議案は承認された。本日十六時、八号に対し人工血液の使用及び交換手術を行う」

 見回した和田に司会者が宣言した。

「これにて閉幕します」


 全員が退出し静まり返った会議室に和田と朝倉だけが残っていた。

 和田は腕時計を見た。

「あと十分で次の九号に関する会議が始まるな」

「こういっては何だが」と朝倉。「九号にも人工血液の使用をするかね」

「そうだ。人工血液は厚労省の願いでもある。ただ同時に施術はしない。八号の結果報告を受けてからだ」

「やはり総括も効果を疑問視するのか?」

「ばか言え」

 和田は急に怒り出した。

「官民一体となったプロジェクトだ。成功するに決まっているっ。G計画と違いB計画は輸血を必要としているのは青前だってわかってるだろ。人工血液はB計画の表裏一体だ」

 そういう和田はこう付け加えるのを忘れなかった。

「無事成功すれば、だが」

 話し合っている最中にぞろぞろと九号計画の責任者たちが会議室に集まりだした。



 天馬の危機的状況を知る由もなく、スケロク事務所二階倉庫兼会議室では的場の退院祝いと称し酒盛りが始まっていた。

 ホワイトボードには燦々と輝く太陽のイラストとともに『祝 退院 的場喜一』とデカデカと書かれている。作成したのは蔵前だった。

「イイじゃん、祝いムードたっぷりじゃん」

 願乗寺は笑う。

「イラストも素敵。蔵前さん、書いたのぉ~? 才能あるわぁ~」

 喜ぶ御手洗。

 長テーブルの上にはかき集められた酒やツマミ、お手製の塩おにぎりやサンドイッチが並べられている。

「コメも手に入りにくいのに、よく握ったもんだな」と和道。

「塩おにぎりやサンドイッチは黒川さんが作ったのよ」

 蔵前が話した。

「ってことは直美も手伝ったんだろ?」

 黒川は後を継ぐ。

「サンドイッチのパンや具材、を手早く設え渡してくれました」

「切ったのは直美かさ」

 管弦の問いかけに蔵前は言う。

「あたしは包丁を黒川さんに渡しただけ。見えないのにまるで見えてるように切るのよ」

「やっぱり、お前たちは怪しいな」

 杉田が意地悪そうな目つきをすると、たちまち蔵前の顔が赤くなった。

「社長変なこと言わないで。あたしは手伝っただけ」

「おでん作ったでやんす」

「オラ、旨い酒、用意した」

 越狩と伊東に対抗するように願成寺。

「あたしだって卵焼き作ったんだよ」

 確かに、ところどころ焦げた、およそ卵焼きには見えないシロモノが、ドン、とお皿に大量に盛られている。

 それを見た祖父江は願成寺に声を掛ける。

「サヤカの娘さん、なんて言ったっけ?」

「穂乃香よ。なんで?」

「いやなんでもねえ……」

 祖父江は無精髭を撫でながら思った。『こんなもん食わされる娘さんも大変だぜ』

「さて、的場君の退院を祝って乾杯だ。音頭は和道、頼む。まずビール」

 杉田の言葉にめいめい缶ビールを手に取ると、和道が一同の前に進み出た。

「的場くん退院おめでとう、乾杯」

 全員が缶ビールを掲げ、口をつける。拍手が鳴り立食パーテイがスタートした。

 酒が苦手の的場と御手洗はビールを傍らに置くと早速塩おにぎりに食らいついた。

「うめ~」

 越狩は飲みながらつまみのチーズを手にする。

 伊東は無言で日本酒を手繰り寄せカップに注ぐ。

「あたしにもついでよ」

 願成寺は伊東の前にコップを差し出す。伊東が黙って注ぐとたちまち溢れかえった。

 願成寺の口が出た。

「おっと。……この日本酒、旨んまいねえー、誰、買ったのさ」

 伊東が手を上げた。

「ワシ。ザキの酒屋で」

「あたしもほしぃ~」

 駄々をこねるように管弦が言うと伊東は差し出されたコップに注ぎながら小さく声を出す。

「未成年だべ?」

「硬いこと言うなよな~今日はお祝いサ」

 主役の的場はちょっと口を付けただけで、隅で寝転がっていた。

「的場さんよ、そんなとこで寝てたら風邪引くぞー」

 祖父江の陽気な声が飛んだ。

「誰か的場さん、自室につれてけないかー?」

 無言で伊東が抱き上げ御手洗が後を押す。

「階段、転ぶなよー」

 願成寺も陽気に言うと足を引きずりながら蔵前も付いていった。

 酔っぱらい同士では難しい。あー、と言う蔵前の声に階段から派手な音が響いた。

「おい、大丈夫かね」

 和道が階段下を見ると的場と伊藤、御手洗が転がっている。蔵前は口に手を当てオロオロと立っている。

「先輩~また入院でやんすかあ?」

 騒動を見て和道とともに越狩が引き起こしに駆けつけていったのだった。



 ちょうどその頃。

 手術台で眠りについている天馬を心電図、脳波計、血圧計など複数の機器類がかすかな音を立てながら寺家を始め複数の技師が手術台を囲んでいる。シーツの左では天馬の左太ももがあらわにされ、切り取る箇所には青いマーカーが引かれている。

 点滴台には輸液と紫色の人工血液が無影灯の下、鈍く光っている。

 じっと眺めていた寺家だったが、振り返ると手術内容を説明をする。

「これより左大腿部切除、動脈迂回処置、人工カプラと神経節の接合、左筋電義足着装を行う。大量出血に際し人工血液を使用するが、異常事態にたいして血清剤も手元に用意。長時間に及ぶが全員しっかりと取り掛かってくれ」

「了解です」

「では始める、超音波メス」

 助手がメスを渡す。

 ジジジ……という音とともに白煙が立ち上り、肉が焼ける匂いがあたりを包む。

 寺家は素早い手つきで太ももを切り裂いていく。レーザー光線で焼かれるためか出血はほぼ見られない。鮮やかな手さばきに驚嘆の声があがる。

「早い」「凄い」

「これから先、出血に十分注意」

 寺家はノコギリに持ち替えゴリゴリと切ってゆく。

 突然、血が勢いよく噴出した。

「ピンセット」「鉗子」「クリップ」

 表情を変えず寺家は動脈の止血処置を始めた。

「血圧徐々に降下――まもなく百切ります」

 機器類を見つめている技師が寺家に報告する。

 その中のひとりが宣言した。

「ドクターこれより人工血液を注入します」

 寺家は無言だ。

「血圧以外心電図、脳波、呼吸数、すべて正常」

 医師が厳かに報告を上げる。

「止血処置終了、左下部抜去」

 寺家の言葉と同時に「人工血液B、一単位注入開始」

 天馬の右腕上腕部から紫色の人工血液が注入され始めた。

 寺家は太ももを掴み引き上げると、傍らの助手に肉塊を渡す。渡された助手は無言でバケツの中に落とし込んだ。 止血された動脈でも周りから血液がにじみ出る。

「これより神経回路接合する」

「二分経過。十……二十……」

 モニタを見ながら臨床技師が読み上げる。

「順調です、各種乱れありません」

 寺家はピンセットを使いながら神経回路をつまみ出し、カプラと接合を繰り返す。

「五十突破。人工血清剤脳内に流入します」

 突然、天馬の体が小刻みに震えだし、呼吸が荒くなった。

 脳内の透視画像をモニタリングしていた技師が「あ」と鋭い声をあげた。同時に生命体に危険を知らせる警報が鳴り響き出した。

「血中酸素濃度低下」

「脳波計異常検知」

「血圧降下、百切りました。まだ下がりつつあります」

「心電図波形異常。心房細動発症」

 様々な報告に手を止めた寺家の顔色が変わった。

「注入停止、輸血に切り替えろ。手術、中断」

 騒然とする手術室の中、天馬は酸素を求めるかのように大きく喘ぎだした。

「呼吸数低下、危険です」

 さらに怒鳴る。

「AEDっ」



 そのまま永久に眠り続けるのだろうか?



 院内地下一階会議室。

 和田は朝倉と西村、人工血液開発責任者番匠の前で話し込んでいた。

「原因は拒絶反応かアレルギーか」

 番匠は腕を組む。

「はっきりとした原因はこれからですが、人工血液が予期しない事態を引き起こしたとしか思えません」

 和田は番匠の顔を見る。

「おい、番匠。よく他人事のように言えるな。お前はそれでも責任者だろ。予見できなかったのか? 責任重大だぞ」

「はい、動物実験では安定しておりましたので、今回提案したのですが、改良の余地あり、です」

「全く他人事のように言うやつだな。仕方ない。今回も内密に処理する」

「親御さんや関係者にはいつもの説明で遺体を返すかね」

 朝倉の問いかけに和田は当たり前のように言う。

「当たり前だ」

 「またですか……何人殺せばよいのですか」

 和田は西村を睨む。

「B計画発展のためだ。それに死んでいった実験体は貴重なデータを残していった。それが人工血液の発展に寄与したんだ、決して無駄死にじゃない。それより、何故実験では成功したが人間じゃダメなんだ。朝倉、アンタの意見は?」

「私は人工工学開発者だよ。血液は素人だ」

 朝倉はそっけない返事をした。

 西村も口を開いた。「僕も朝倉博士と同じです」

「クソ、どいうともこいつも……。番匠、もっとしっかり原因を究明しろっ。実験体八号からデータを引き出せ」

「了解であります」

 番匠の言葉に和田は朝倉を見た。

「八号の状態は?」

 朝倉は困ったかのように肩を上げる。

「先程入った報告では、ドクター寺家が心臓マッサージを施しているが、まず無理だろう。医療チームもそう判断している」

「九号はどうなんだ」

「八号の異常事態で中断している」

 いきなり和田は怒鳴った。

「止めるなっ! それでなくてもB計画は滞っているッ、続行だっ! B計画には血液が必要だ。人工血液導入はB計画の表裏一体だ」

 おずおずとした表情で番匠が言った。

「お言葉ですが、原因不明により九号に関しては人工血液投入は中止いたします」

 番匠の進言に和田は唇を噛んだ。

「死因が特定できない以上は……仕方ないか――いいか番匠、八号は解剖に回す。データを取れ」

 しかし西村は言い出した。

「まだ、死んだ、との報告は上がってません」


『楓……死ぬな』

 寺家は汗だくだ。

 輸血の傍ら必死の形相で寺家は胸骨圧迫を施している。

「ドクター、諦めましょうよ」

 一人の医師が言う。

「諦める?」

 寺家は手を止めることなく睨んだ。

「AEDで蘇生しないんですからねぇ、無駄でしょうよ」

 その声に寺家は反発した。

「死んではいないっ。見なさい、脳波はまだ生きている。各臓器も生体反応があるっ」

 検査技師が各種三次元測定装置の動きを確認している。

「ですが結構微弱です。このまま安らかにすれば八号も苦しまなくてもすみますよ。それとも何か他に方法でもあるんですかね」

 その声にきっとした目つきで言い放った。

「胸部切開し直接心臓をマッサージを行う」

「なんですとドクター」

 一同はびっくりした。

「それは無謀です。今から準備するにも時間、ありません。このまま安らかに死なせるのも慈悲というものではありませんか」

 寺家は全員を睨んだ。

「それでもあなた方は医者ですか? 蘇生させるのに全力を尽くすのが医者の使命ですっ」

「ドクター、それこそ時間の無駄、というものですよ」

「言い合っている暇はない」

 ムキになる寺家に心電計が微かに反応したのを臨床医師は見逃さなかった。

「ドクターッ、心電計が……」

 その声に一同は計器類を見回した。

「蘇生した?」

 見つめていた医師が驚きの声を上げた。

「人工血液が消滅したのか……いや、こんな奇跡のようなことが起きるのか?」

 三次元画像を観察している検査技師が報告する。

「腎臓、動き始めました」

 寺家にはかすかな希望が湧いた。

 だが――諦めろ、といいたげな言葉を発した医師がいた。

「だからといって八号が正常に蘇生するとは思えませんがねえ」


 別の病棟では九号の処置が再開され始めた。

 無菌室で九号は昏昏と眠っている。ぞろぞろと手術着姿の医療チームが入室してきた。

「藤本先生、どうやら八号が蘇生したようですよ」と囁く声がする。

「上層部は人工血液の使用中止を決定しました」と別の声が飛ぶ。

「やっぱりやるか。患者の容態は?」

「心拍、脳波そのた安定しています。ですがドクター、確保した血清剤、ギリギリです。それでもやりますか」

 藤本は八号が危機的状態から脱したかもしれない状況ではあるが、もし九号も失敗となったらB計画そのものが頓挫すると朝倉から聞かされている。

 藤本は、わざと陽気に振る舞った。

「まあ、僕の腕の見せ所さ。さあ諸君、よろしくな。術式は、右足筋電義手着装手術。音波メスで患部切除、アタッチメントに神経縫合のち右足筋電義手を接続する。各計測機器、注意を怠らないようにな。なにか異常があれば、手術中止するぞ、いいかな諸君」

「了解」

 そして人工血液に頼らない九号の手術が開始されたのだった。



 翌朝、スケロク商事一階午前七時。

「諸君、おはよう。気分はどうだ?」

 杉田の声に全員の声をまとめるかのように祖父江が返事する。

「全員、シャキッとしてますよ」

 杉田は一気に喋った。

「そうか、では今日の仕事だ。ケンジとサヤカは引き続きザキの工事現場。銀次と武春は電気工事手伝い。元請けの手元よく見て学んでくれよ。それ以外の者はスズキ邸の樹木伐採、搬出。一軒家だがかなり庭が広い豪邸だ。チェーンソー、ノコギリその他忘れるな。それで手が空いたらザキ中心にチラシ配布だ」

「植木の選定なんてやったこと無いわぁ」と御手洗。

「選定じゃないぞ。根本から切り倒すんだ。根っこも掘り起こすんだぞ」

「ひえぇ~、朝から力仕事ぉ?」

 御手洗はびっくり顔をした。

「的場は退院したばかりだから今日は休みにしてくれ。有馬、頼んだぞ、男はオマエだけだからな。ケンジと直美は携帯持ってけ。連絡は蜜にな」

「てか、社長」と管弦。

「直美も有馬も運転できないじゃん。二人どうやって現場に送るんかサ」

「あ、そうか」

 その言葉に杉田は気がついた。

「ケンジ、一号車で直美と有馬を現場へ送ってくれ終わり次第現場へ。二号車にはサヤカ。銀次と武春。スズキ亭が完了すれば直美、こっちに連絡。ケンジ、二人の回収に迎えてくれ」

「ボス、了解だ」

「電話番は黒川、瑠那は電話の他に書類整理。和道は至急の見積もり作成だ。さ、今日も一日頑張ろうぜ」

「おう」

 和道と黒川、管弦だけ残ると、社内は急に静かになった。

「う~ん」

 静かな中、杉田は唸ると頭を抱えた。

「どうした、社長。具合が悪いのかな? 飲み過ぎかね」

「いやあ、今月の資金繰りを考えるとねえ。またぞろ傘内信用金庫に追加融資、お願いするっきゃないなあ」

「そうそう追加もできないんじゃないかな、あそこはしぶちん信金と影で言われているぞ、社長」

「傘内だけにな。でも当社の筆頭銀行だし無理でも拝み倒すしかないだろうねえ」

「記憶では」と黒川の黒メガネが光った。

「不渡土木の契約書はまだ担保されてないと思いますが」

 杉田は手を叩いた。

「そうだその手があったな、黒川くんありがとな。瑠那探してくれ」

 そうこうするうちに電話がなった。

「心に寄り添うスケロク商事でございます……」

 管弦が受話器を置くと杉田に言った。

「宝来警察署の加藤さんだけど、どうするさ?」

「おう、出よう、瑠那探し出しておいてくれよ」

「そんなに大事なら手元においておけって」と管弦は愚痴った。



 宝来警察署応接室。

 杉田と加藤が対面している。

「お呼びだてして悪かったな」

 加藤はタバコを勧める。受け取った杉田はタバコに火をつけ、紫煙を吐き出す。

「で、御用は?」

 加藤も火をつけ煙を吐き出す。一瞬の沈黙のあと加藤が話し始めた。

「厚労省専用の病院に行くと言ったきり楓から連絡がないんだよ。君んとこに、なにか連絡ないか?」

「ふん」と杉田。「あいにく、こちらにもないなあ」

「一ヶ月以上、連絡がないというのはどうも気になってな」

「便りがないのは無事な証拠、だろ」

「アンタんとこの社員だろう。気にならんか」

 杉田は紫煙を履きながら他人事のように言った。

「そりゃ、俺だって気にはしているさ。でも今回の一件は、もとはといえば加藤副署長、アンタだぜ。防衛省だかどっかで口の固い人材を求めているからって、副署長が天馬を推薦したんだろ?」

「それはそうだがな……」

 煙を吐き出した加藤は、タバコをもみ消したが、もう一本取り出し火をつけた。

「楓のためにと思って応募したんだがな……どうも不安になんだ。それに募集は防衛省、入院先が厚生省というのもどんな絡みがるのか、情報が錯綜しておる」

「副署長に取っては大事な姪御さんだからなア」

「そこで相談なんだが――」

「相談?」

 加藤はいきなり頭を下げた。

「捜索願を出してくれんか」

「なんだよ、出し抜けに?」

「社員が失踪したんで探してくれ、といえば警察は動く」

「いやあ、それは親御さんの役目だろ? ……なんで俺が?」

「妹夫婦は港南区だ。港南警察署管内になる。宝来警察が動くには君の助けが必要なんだよ」

 杉田は呆れた。

「表向きは失踪事件でも裏ではアンタが糸引こうってわけかい。姪御さんとはいえ、いくらなんでも天下の公僕が、だよ、私情で動くなんてのはもってのほかだぜ――断る」

 しかし加藤は執拗に迫った。

「頼むよ」

「いくら加藤副署長の頼みでも、世間にしれたら、それこそアンタの首が飛ぶぞ。晩節を汚すなんてことしたくないだろ。それに俺だってどうなるかわからん。断ると言ったら断る」

「どうだ、もう一本」

「加藤副署長、これって買収だろ?」と言いながら杉田は意地汚く手を伸ばし、紫煙を吐き出した。

「……わかったよ、考えさせてくれ」

「早いとこ、頼むぞ杉田。いや杉田さん、いやいや杉田様」

 加藤は頭を下げた。


 弱々しい態度を見せる加藤には同情するが、寺家からの連絡も一切ない状況で、しかも天馬の主治医が寺家とは、如何に優秀な杉田でも想像していない。


 事務所に着くと和道が声をかけた。

「お客さんがお待ちかねだ、社長」

「お客さん?」

 上着を脱ぎながら応接場を覗くとそこには重伝がいた。

「おかえりなさい、社長」と重伝は声を掛けた。「今日は非番なのでお邪魔しました」

『何でまた? ははあ……』

 杉田は感づいたのだった。


 横浜市中区伊勢佐木町通り喫茶店『そぞろあるき』

 杉田と重伝はもうもうと煙の立ち上がる喫煙室にいた。あまりの煙たさに重伝は目を瞬かせる。

「目が痛い」

「以前に比べると狭くなったもんだぜ。ますますタバコ愛好家に取っちゃあ肩身が狭くなったなあ」

 杉田がタバコを吹かし始めると重伝は嫌な顔をし煙を追い払うように手を振った。

「何だよ、その態度は。事務所じゃ話せないって言うから、ここにきたんだぜ」

「だってあそこ、話が筒抜けでしょ」

「仕切りがないからな」

「とてもプライベートな話ができる場所じゃないんだもの」

「で……話というのは?」

 重伝は思い切った顔をして話しだした。

「天馬からなんの連絡がなくって、社長さんなにか知りません?」

 杉田はやっぱりな、といいたげな顔をし、笑った。

「何が可笑しいんですっ?」

 重伝は口を尖らした。

「やあ、失礼。ところで君は宝来警察勤務だよな」

「そうですが」

 杉田は顎を撫でながら言う。

「先程まで宝来警察にいたんだ」

「え?」

 びっくり顔の重伝だ。

「君んとこの加藤副署長と面会しててな、同じこと聞かれたんだんだよな」

「副署長が? 何でまた……」

「ま、細かいことは抜きにして、だ」

 手短に経緯を話す杉田の声に更に驚いた重伝だった。

「加藤副所長も楓のこと知ってたんだ……」

「いいか、これは内緒だぞ。他言無用だ。約束できるか?」

「わかりました。決して口外しません」

 そういいながら重伝は俯いた。そして……。

「お願いがあります」

 重伝が頭を下げると同時に 杉田は両手を広げた。

「おっと、言われなくてもわかってる。捜索願を出してほしいんだろう?」

 重伝はさらにびっくりした顔をした。

「なんでそこまでわかります? 実は楓とは同期なんです。彼女は不慮の事故で警察を去りましたが、ひょんなことから同居することになって……だから余計に心配なんです」

 机越しに重伝はいきなり杉田の袖を引っ張った。

「お願いです」

 真剣な目で杉田を見つめる重伝……。

 杉田は鼻の下を伸ばす。

「じゃあー条件としてだ、キミのカラダ、いただこっかな~、どう、今夜~」

 重伝はぎょっとして引っ張っていた杉田の袖から手を放した。

 杉田は笑った。

「冗談だよ冗談。訴えられたら俺の人生、真っ暗だ。棒に振りたかぁないぜ」

 重伝は憤慨した。そして静かに言った。

「警察官としてではなく、一人の女として言います」

「はい?」

 重伝は一つ咳払いをしたあと大声を上げた。

「この、バカ社長っ」




 深夜午前三時。

 珠伊師和代は近藤をどやしていた。

「聖ハントス、選挙も中盤を迎えたぞえ、今平党の建屋、早くせえ」

「は」

 珠伊師の前にかしずく近藤が返事する。

「建屋はすでに建築済みです。内装と外構が終えると同時に消防検査が完了すれば引き渡し可能です」

「内装なんぞどうでもええ」

「来週中には」

 珠伊師は激怒した。

「今日明日中に引き渡し完了せえ!」

「御意」

 近藤は俯き手を胸に当てた。

「しかして、選挙戦終盤戦の状況はどうじゃ?」

「はっ、自由金満党の優位には変化ありません。半数を超える勢いです」

 珠伊師はすべてお見通しと言いた気げな顔をした。

「そうじゃろうな、大企業や地元に現金をばらまくだけじゃからの。それで人民の心を掴んだと思っているのが嘆かわしや」

「第二は社会勤勉党であります。ただ議席を落とす可能性があります」

「これも金満党の策略に違いないぞえ。とは言え、最大野党には違いあるまいて。聖ハントス、わが政党は党員の寄付から賄っている、と強くアピールするんじゃぞ。清廉潔白な政党なのじゃ。しかして我が党の状勢はどうじゃ」

近藤は俯いたまま「恐れながら……第四位でございます」

「生ぬるいっ」

「はっ」

「今一度、活を入れる。明日から首都圏を徹底的にまわるぞえ、よいなっ!」

「御意」


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