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黄色の女

 とある場所での円卓会議。

 そこには六人の男女が声を潜めるように話し合っていた。

 黒いフードの男、聖天使が口を開いた。

「捜査の手から逃れた信者らの報告によると、日本では総選挙が始まるようだ。何時までも臨時政府のままでは国民の不安も増大している。それでなくても社会経済混乱している。性急に正式な日本政府を立ち上げ世界にアピールしなければならない、と臨時政府は焦っている」

 白いフードの正大師が続ける。

「国際的信用低下を恐れている。相対的にアフリカ勢が勢いを増している。日本政府としては手をこまねいているわけには行かない」

 枢機卿の女が言う。

「しかし現状、日本は混乱の渦中にある。選挙するほど暇か?」

 聖天使は枢機卿を見つめた。

「体面を守る意味でも、形だけでも選挙を行い、国会を開き、総理大臣を決めたいようだ。そうしないと世界に示しがつかないのだ」

 枢機卿は言う。

「そうは言っても最大与党の日本金満党の大半は生き残っているし、最大野党・社会勤勉党が危うい」

 聖天使は言う。

「そこだが、臨時政府は選挙を行うことにより、金満党の揺るぎない地位を確立したい思惑がある。だがこのことにより、苛立っている国民が次々と政党を創出している。そこでこの混乱に乗じて我々も便乗する」

 教祖が言う。

「武力闘争を止め言論闘争に変更するわけね。でも今から政党を作るだけの時間は無いだろう」

 黒フードの下から微笑むような唇だけが見えた。

「それは聖ハントスが駆けずり回っている。混乱している日本の脇は甘くなっている。その隙を突いて政党を起ち上げる」

 教祖は思い出す。

「聖ハントス? 川崎教会の事務長だった、あの男か」

「そうだ、信者と共に旨く立ち回っている。首謀者の一味としての面は割れていないようだが、無論、聖ハントスを党首に祭り上げるには危険が伴う。捜査の手が入らんとも限らない。日本警察は優秀だからな。それに国会に送り込むためにもさらなる信者の洗脳が必要だ。それにはこちらから幾人かの洗脳僧正を送り込む」

 黒いフードを被っている男が初めて顔を現した。五十代半ばと思われる坊主頭の日本人だ。

「さらに天誅教大神父は仰る。党首は我が六聖人の中から決めよ、と」

「とうとう乗り込むのか――」

 感慨深げに枢機卿が嘆息する。

「全員ではない。乗り込むのは一人だ」

 開祖が言う。

「ジークランドでは日本への直行便はないぞ。――そうだ、幸いオーストラリア便がある。オーストラリア経由でベトナム、台湾、そして日本。最短一日半でいけるぞ。だが選挙には間に合わないだろう?」

「大丈夫だ。総選挙を行うまでには最低二ヶ月必要だ。充分間に合う」

「しかしどんな手を使って乗り込んだにしても、密入国者扱いになればアウトだ。どうする聖天使」

「そうだ、失敗してはならんのだ。どうだ、諸君。そんな危険を犯してまで民主今平党みんしゅことひらとうの党首になりたいヤツ、いるか」

「ほお、もう、党名が出来上がっているのか。これは驚きだ」

「これも聖ハントスが作出した。目先の利く実に有能な男だ」

 暫くして黄色いフードの女が手を上げた。

「私、行こうか。偽装結婚でここに入国したが、日本国籍はある。里帰りという立派な名目で一時帰国者とする。うってつけだろう?」

 そう言いながら黄色いフードを脱いだ。四十代前半を思わせる青々と光る坊主姿の頭があった。

「たいした度胸だ。ここに帰ってこられる保証はない。密入国で捕まる恐れがある。それでも――いいか?」

 女は胸を張った。

「覚悟の上さ。都合の良いことに島根に実家がある」

 聖天使は片頬を上げた。

「いいぞ、その覚悟、気に入った。その方向で進める……。いいか、珠伊師和代たまいしかずよ、君は今から民主今平党の党首だ。威厳を持って事に当たれ」



 そして二日後。

 何一つ疑われることなく黄色いフードの女、民主今平党党首、珠伊師和代は日本の土を踏むこととなった。

 更に数名の洗脳僧侶も疑われることなく次々日本に入国することが出来た。



 昼休みのスケロク事務所。

 杉田、和道、黒川が思い思いに昼食を取りながらテレビを見ていた。

「この大変な時期に選挙とはなあ。政府は何を考えているんだ?」

 和道が愚痴ると杉田は言う。

「仕方ないだろうさ。世界中に注目が集まっているからね。早いところ国家として世界が認めないと国際社会の地位はだだ下がりだぜ。それになんだか、うじゃうじゃ政党が名乗りを上げているな。自由金満党もうかうかしてられないってワケだ」

「なぜこんな悠長なことをしているのかね。我々の暮らしはどうでもいいと思っているのかね」

「まあなぁ、臨時政府と言ったってやることはあるんだろうけどよ、日本を動かすには力不足てぇモンさ」

「呑気だな、社長」

「ジタバタしたって我々じゃあどうにもならん。ま、なるようになるだけさ」

「民主今平党の党首が女性というのもなんだかな。どう思うかね、社長?」

「男だろうが女だろうが、い~んじゃな~い。既存政党にはっきりもの申しているようだし、国民の願いを聞き得られてくれるかもなァ。国民腹黒党党首も女性だしなァ」

 いきなり黒川が口を挟んだ。

「そういえば、的場さん、本間医院に転院出来たのですか」

「政治の話をしてんのに、出し抜けに何だよぉ」

「いや、気になったものですから」

 杉田にやりとしたが当然黒川には分からない。

「先月だったかな、転院したようだ」

「快方に向かっているようですね。寺家先生がいらっしゃるので心強いです」

 黒川安堵するような言葉に杉田は返事した。

「いやあ、寺家とは連絡が取れんとよ。何でも国家の秘密とかでドクターとは電話が使えなくてメールも制限がかけられているしねぇ直ぐに返事が来るでなし、どうもまどろっこしくてならんね」

 黒川は曇った顔をした。

「では本間医院ではどなたが的場さんを診ていらっしゃるのでしょうか」

 杉田は困った顔をしたが、黒川には表情を知るよしもない。

「院長先生自ら治療に当たっているようだナ」

 黒川は机をドン、と叩いた。

「貴重な社員です。そんないい加減でどうしますかっ。状況を聞くぐらいは可能でしょう」

 その勢いに杉田は慌てた。

「悪かった悪かった、昼休み過ぎたら本間医院に連絡取るよ」

 二人のやり取りの中、電話が鳴った。

「不渡土木営業部長から電話だよ、社長」

「昼休みに何だい」

 不満そうな顔をした杉田は、和道から電話を受け取ると相手は一方的にまくし立てた。

「明日六時、ダンプの運転手二人、ザキの通りの解体現場によこしてもらえんかな。そっちからだと近いだろ? こっちじゃどうしても手配がつかなくてなア、瓦礫を金沢区の産廃業者に運び入れるだけよ。積み込みはこっちでやるし、それを運び込むだけの全く簡単な仕事さ。ダンプは現場に用意してある。荷下ろしもダンプのリフト操作も直ぐに覚えられる」

 その言い方に杉田は面食らった。

「一人は大型を取ったばかりです。それに二人ともダンプ運転は未経験ですよ?」

 杉田の抵抗に構うことなくがなり声が響く。

「なんでもいい。運転出来りゃいいんだ運転出来りゃ。礼は弾むぞ。じゃあな、よろしく」

 営業部長は言うだけ言うと、さっさと電話を切った。

 杉田は憤慨した。

「何だよ、この言い方はよっ。礼を弾むたって、いくら払ってくれるんだか全くワケワカランッ」

「話しぶりからすると相当焦っているようですね」

 冷静にやり取りを聞いていた黒川は言う。

「ザキの解体現場って大型スーパーが入っていたビルか? ケンジとサヤカ、明日の予定はどうなってる?」

 和道はホワイトボードを眺めた。

「幸いと言うべきかな、二人とも明日は空いてるぞ、社長」

 杉田は舌打ちした。

「ちぇっ、土木事業部なんて起ち上げなきゃよかった」

 頭に両手をあげ古びたソファに身を任す杉田に、黒川がぴしりと言う。

「土木事業は社長の発案ですよ。それに私の記憶では我が社の一番の稼ぎ頭です」



 杉田がカリカリしている丁度その頃――横浜市関内駅前広場前。

 向かい側には手の届きそうな範囲に巨大なスタジアムがある。年間を通じプロ野球や野外コンサートなど多義に渡って利用されているが、ちょうどこの日はなんのイベントもなく、スタジアム全体は静かだ。

 寒風吹きすさむ中、民主今平党党首珠伊師がマイク片手に車上から拳を振り上げ、聴衆に熱弁を振るっている。

「今こそ、危機に瀕している日本を変える時です。変えるには既成政党では出来ません。それを出来るのは民主今平党しかありませんッ」

 取り囲んでいる民衆からヤジが飛ぶ。

「いいぞぅ、こんぺいとうっ」

 このヤジに党首はきっとした顔をしマイクに向かって叫んだ。

「こんぺいとうではありません! ことひらとう、ですっ! 今、すさんだ世の中を平らかにする政党ですっ。泡沫と言われようとも、我が政党に迷いはありませんッ!」

 勢い込む党首に聴衆は気がなさそうに、ぱらぱらと拍手した。

 と、その時――乾いた銃声が数発、広場に響いた。

 一発は演説台を貫き、もう一発は党首の顔面を襲った。

 崩れ落ちる珠伊師和代……。

 何が起きたのか咄嗟には理解出来なかった群衆だが、珠伊師党首が崩れ落ちるのを見て、あちこちから悲鳴が上がった。

「銃撃だっ」

「党首が撃たれたぞっ」

 蜘蛛の子を散らすように群衆が散り散りになっていった。

 しかし――取り囲んだ関係者を押しのけるようにしてゆらゆらと気丈に党首が立ち上がった。右側頭部は真っ赤に染まっている。

 掌で出血を抑えながら叫ぶ。

「どんな暴力があろうとも屈しません。私たちは立ち上がりますっ!」



 宝来警察署では直ぐさま対策本部が置かれた。

 加藤は会議室で述べた。

「群衆に紛れ込んでの複数犯による襲撃だ。ミウラ捜査一課長、捜査本部長を担当せよ。ワシは本店に応援を要請する」

 続けて捜査一課長ミウラの号令がかかった。

「五十人体制で捜査する。三階第四会議室に対策本部を儲ける。防災課、交通課、生活安全課とも手の空いている者は至急集合せよ」

 そのアナウンスを聞いていた神崎がため息をついた。

「よりによって所轄管内で事件が起きるとはねえ」

 重伝は神崎の尻を叩いた。

「愚痴ってても仕方ないよ。手は空いているんだ。捜査本部に集合だ」


 捜査では誰もいないスタジアムの屋上観覧席から狙われたことが判明した。そこは格好の狙撃場所だ。当然犯人の姿は無く、四発の空薬莢と二丁のライフルが放置されていただけだった。

 科捜研ヨコハマでは米国製単発式狙撃銃と結論した。

 いずれにも指紋など検出できなかったが、高度な腕を持つ狙撃手なら一キロ先の獲物を倒す事も簡単な高精度な単発式狙撃銃だ。

 単発とはいえ二発発射できるのは並大抵の力量ではない。鑑識でも犯人たちは相当な腕前、と判断した。

 重伝と神崎は駅前付近の聞き込みに狂奔し情報を集めた。

 犯人を見た人間もなく、狙撃場所が場所だけに誰にも有用な証言は得られないでいたが、その中で重伝の前に妙な臭いを感じたと証言する中年の男性が現れた。

「何というか焦げた薬品のような……酸っぱいような……」

「いつ頃、どんな人間からでした?」

「銃撃騒ぎの後だから……午後四時頃だったかなぁ。男一人で妙な臭いで振り返ったンだけンど、関内駅方向に向かっているような」

 硝煙残渣だ、と重伝はピンときたが、確証は無い。

「年齢や服装など、なにか特徴はありましたか」

「うーん、顔は見てないですからねえ、そうそう、髪の毛が茶色いような感じ? かなあ。あとはわかりませんねえ」

「背の高さは?」

「僕より背は低いような感じ。ちょうど刑事さんぐらいかなあ」

「貴重な証言感謝します。お名前と連絡先教えていただけませんか」

「ええっ、教えてくれって? 大田区南糀谷の今北造、電話番号は……」

 にこりともせず書き留める重伝だった。



 宝来警察署第四会議室。

 別の捜査班も路上で独特な匂いを感じた、との証言を得ていた。刑事達は喚く。

「本件は計画的な犯行であるのは間違いないからして逃走用の車を用意するはずだ。徒歩で逃げるはずはない。更に証言を集めろ」

「防犯カメラ意識していなかったのか? 防カメ班からの報告はまだか」

 防犯カメラ担当の刑事六人が人工知能の助けも借りながら、無言で映像を繰り返し追いかけている。数十分後――大型バイクに乗り込む男の姿を見つけた。

「この男……」

 一人の刑事が長年の経験と感でピンときたようだ。

「怪しいぞ」

 他の刑事が映像を取り囲む。

「良し、次っ」

「こっちにはいない、そっちはどうだ」

「商店街防カメ確認中――お、人工知能が逃走バイクを発見したぞッ」

「繋げ繋げっ」

 次々と映像が切り出され、つなぎ合わせていゆく捜査班――。


『疲れた……』

 重伝はマンションに帰ってきた。

 ドアをあけ思わず「ただいまー」と声をかけた。もちろん、がらんとした空間からは返事があるはずも無い。

『楓、どこにいるんだ……連絡がないなんておかしいよ……』

 頭では理解しているつもりだが、本来いる人間がいないと言うことはこんなに辛い、とは思ってもいなかった。

 気を取り直し、買い求めた弁当とビール『昇天』を交互に飲み食いしながら、反芻した。

『射殺されなかっただけでも幸いだった。……犯人の動機は党首の過激な発言に反応したせんが高いな。……入手経路はどこからだ? いくら在日米軍が駐留していると言っても、そんな簡単に手に入るシロモノではない。さらに高精細なスコープを装着していたにも関わらず、的を外した。これは党首の運が良かっただけなのか、犯人の腕が鈍かったのか?』

 さらに独り言が激しくなる重伝だった……。


 深夜午前零時。

 天馬は誰もいない相談室でテレビを見ていた。

「党首の銃撃ってなんてこと?」

 突然背後から声がかかった。振り返ると葛田だった。

「ここにいたのですね。病室にいないから慌てましたよ。明日も、いいえ、今日も検査ありますのでお休みになってください」

 葛田の声は優しそうな声だが、どこかトゲのある言い方だ。

「スミマセン……眠れなくて……」

「不安なのは分かります。でも今は大事な身体です」



 この騒ぎで民主今平党の注目度が上がり応援する民衆も出始めた。

「国家存亡の危機を解決するのはいまや民主今平党だ。金券塗れの自由金満党には投票出来ない」

 ネット上ではそのような声が散見する。


 しかし自由金満党の建屋では、顔面にぼつぼつと醜悪な黒いシミが浮き出ている老獪の声が響いていた。

「何が民主こんぺい党じゃ。そんな巫山戯た党なんぞに国政を任せられるかっ」

「こんぺい党ではありませんことひら党です」

老獪は喚いた。

「我が自由金満党は得体の知れぬ政党に負けてはならんッ。我が党は不滅じゃ。叩き潰すのじゃ。それになんとしても税収を上げねばならん」

「しかしですね……民主今平党の勢いはあがっています。我が党の第一党は揺るぎませんが、危惧する事態に発展するやもしれません」

「場合によっては社会勤勉党を喰ってしまいそうな勢いです。さらに我が党にとってもかなりの驚異、都市部では接戦が見込まれております」

「先日の襲撃事件で、民衆の判官びいきがあります。さらに税率の廃止あるいは低減など庶民に口当たりの良いことばかり公約に挙げています」

 老獪はますます言葉を荒らげた。

「何を馬鹿げたこと。我が党は不滅じゃ。日本の政治を百年以上牛耳っておる我が党、負けるわけは無い」

 派閥に属する議員達は会議中にもかかわらず、口々に危機を話す。

「では諸君に問う。我が党はどのようにすれば良いというのじゃ。諸君の意見をワシは聞きたい。ええ? どうなんじゃ、答えてみよ」

 所属する議員連中はたじろぐようだがその中で議員の一人が決心したように発言をした。

「……この予測では将来連立内閣を組閣しなければならない気がします」

 老獪は怒鳴った。

「黙れ黙れっ貴様、ワシにたてつくつもりかっ、今後自由金満党の敷居をまたんではならぬっ、この愚か者ッ」

 老獪は所持していた扇子を投げつけた。扇子は議員の額に当たり、衝撃で額が赤く腫れた。

 重鎮は唸る。

「税率廃止など実現できると思うかね君等は。それはとんでもないことじゃ。首相官邸や国会議事堂の建替えは急務じゃ。増収じゃ、国債の発行ばかりに頼ってはいられん。増税せねば間に合わんぞ。世界に顔向けが出来ぬ。ひいては我が日本は滅びる」

「しかし重鎮、国民感情を蔑ろにするわけにはいかないでしょう」

 重鎮は一同を睨みつける。

「ワシには考えがある」

「重鎮のお考えとはなんです?」

「野党連中が提案する国防費縮減を呑むことにする」

 老獪の声に集まっている議員から驚きの声があがった。

「重鎮、それにはあまりにも無謀です。現在置かれた日本の現実を鑑みますと、対外的にも――特に米国には日本に不信感を与えるようなもの。さらに現在、我が国の領土は米国にいいようにされています。縮減など反対です」

 ざわめく議員連中に活を入れるように重鎮が言い放った。

「騒ぐなッ。代わりに環境抑止税を導入する」

「なんですと? 重鎮」

「中学生以上の国民を対象に一人あたり五百円を徴収する」

 更に声が響いた。

「重鎮――いくらなんでも国防費縮小の方が影響は大きい。防衛産業に与える影響も無視出来ません」

 反対する議員の声に重鎮は怒る。

「愚か者、良く聞けッ。八千万人から五百円でも相当な税収になるのは小学生でも計算できるあろう。さらに五年後八百円、十年後には千円とする。いや二千円でもよかろう。兎にも角にも税収、税収じゃ」

「お待ち下さい。それでは有識者やマスコミなど騒ぎ立てるのは必定です」

 重鎮の無茶に議員の一人が抵抗するように言ったが、重鎮には響くことはなかった。

「我党には子飼いのマスコミがいるのを忘れておるのか。場合によっては公的権力を動かすこともできるんじゃぞ。いずれにせよ、尾川君、君は正式に総理大臣になるのじゃ。うまく国民を丸め込むのじゃ。いいな、わかったな?」

 指名された尾川は身震いを感じざるを得なかった。

『いくら我が政党の方向性を担うご意見番だが、私は人身御供か――』



 最大与党を標榜する自由金満党だが、果たして泡沫政党を潰すことができるのだろうか……。



「見事な采配だった」

 革張りの豪華な椅子に腰を掛け、頭に包帯を巻き痛々しい姿の珠伊師和代は傅いている近藤に言った。

「風向きが一番難儀でした。発射した瞬間は気が気ではありませんでした。しかし下人キャメロ、下人スベノフ、両者、見事な仕事をこなしました」

「狙撃手にも礼を述べよう。優秀な部下を持ったものだ。聖ハントス」

「はっ光栄に存じます」

「オマエは近いうちに聖職者となるぞえ」

 珠伊師の足元にかしずく近藤は言う。

「もったいないお言葉、教祖様」

「教祖ではないっ」

 突如、珠伊師は声を荒げた。

「民主今平党党首珠伊師なるぞ。それにこれからは教祖、と言う言葉は禁句じゃ。分かったか」

「了解であります、珠伊師党首」

「うむよろしい。しかして党本部の建屋は進展しておるのか」

「只今横浜伊勢佐木の通りに建設する所存です。明日中には瓦礫も撤去され更地状態になります」

「早うせえ。何時までもこんな小汚いビルに間借りしているわけにもいかぬ。突貫で仕上げるのじゃぞ」

「御意にございます」

 

 翌朝。

 病室にいる天馬の心は不安に満ちていた。

『今更逃げられないし……なんてこんな決断したんだろう……』

 天馬は自分の決定を呪った。

「失礼します。担当医入ります」

 葛田の声とともに個室のカーテンが開かれた。天馬は来たか、と思い小刻みに震え、心臓はバクバクし最高潮に達した。

 白衣を着た数名の医師の姿に激しい動悸に耐えられない天馬だったが――。

「主治医の寺家ドクターを紹介します」

 葛田の声に天馬は目を見開いた。やはりまごうことなくそこに地家優子が立っていたからだ。

『嘘、何で?』

 しかし天馬の心を他所に平然と寺家は言う。

「外科担当及び主治医の寺家優子です」

 葛田は続ける。

「ドクター寺家を中心に技師を紹介します……」

 天馬は寺家を見続け、耳には葛田の声が入らない。


 なぜここに寺家がいるのか……。


 葛田が締めの言葉を発して、ようやく正気になった。

「医師団の紹介は以上です。天馬さん、不安でしょうがこの医師団に任せて下されば大丈夫です」

「……分かりました」と天馬は答えた。

 寺家は言う。

「不安を取り除くため天馬さんと少し二人で話をしたいと思いますがいかがでしょう」

「どうぞ」

 医師団も病室から立ち去ると、ぱっと天馬の顔が明るくなった。

「ビックリ、ビックリよ地家先生ッ!」

「あまり大きな声を出さないように」と寺家は指を立てる。

 天馬は静かに言う。「地家先生で、とっても安心です」

「ありがとね」

「でも、何故ここに?」

 寺家はあたり振り返る。

「本間先生の推薦が通ってここに来たの。神経回路の修復と筋電義手や義足を結びつける手術をするのね。かなり難易度が高いけど任せて」

「手術したらすぐに出られますか? 社長や栞に連絡が取れなくておかしくなりそうです」

 地家は首を振った。

「アレルギーや拒絶反応対策のために数ヶ月は一緒。状態によっては一年……二年はかかるかもしれない」

 天馬は目を丸くした。

「そんなに?」

「拒絶反応の具合によってはね。でも信じて。必ず治すから」

 寺家の言葉に天馬は微笑んだが……。

「地家先生と一緒なら怖くはありません。今回修復手術が成功すれば今後肢体不自由者の福音になる、と説明を受けました。ただ、素人ながら考えても何億もかかるんじゃないかしら。それを全て政府が負担するなんて、なにかおかしいような気がします」

 寺家は天馬を見つめる。それは冷ややかな目つきのように天馬は感じた。

「あなたは実験体八号と呼ばれているのよ」

 天馬は目を見開いた。

「え……?」

「言い方は悪いけどあなたは実験体なの」

 寺家の言い方に天馬は青ざめた。

「そんな――!」

 そんな天馬の気持ちを意識して寺家は励ますように言った。

「ただ安心して。今までに四人施術して全員成功している、と報告があるわ。その成功例を参考に安定的に生み出すための実験ね」

 天馬は顔を曇らせた。

「四人……ホントでしょうか」

 逆に寺家は安心させるかのように言う。

「二人には会ってきた。両手足を換装した男女だけど全く生身と変わらない動きを見せてくれたし、触っても普通の肉体となんら変わらない出来よ」

「その方たちは、今どうしてますか」

「どんな経緯で施術を受けたのかわからないけど、今は自治省の職員として働いているようね」

「では私も?」

「さあ……それはわからないけど」

「私としてはスケロク商事に戻りたいわ」

 寺家は励ますように言う。

「まずは元の体になることよ」

 天馬は話題を変えた。

「先程申し上げた通り、ここでは外部との連絡が一切出来ません。頭がおかしくなりそうです。先生もそうですか?」

「あたしンとこは他の案件もあるから、比較的自由かも。ただ外部からの連絡は病院からの呼び出しがあってそれに答えるだけ。スケロク商事からもメールだけで、しかも返信しようにも時間帯も文字数にも制限がかけられていて……もどかしいこともあるわね」

「そうまでして秘密にする理由が私には分かりません」

 二人が話している最中、看護士が近づいてきた。

「寺家先生、まもなく会議が始まります。お集まりください」

「分かりました。じゃ、天馬さんまた後で」

 手を振り別れた後、寺家は医療センター一階の会議室に向かった。そこにはB計画の朝倉と西村も同席していた。

 地家の目の間には大型スクリーンが設置され天馬の左脚部レントゲン、CTスキャン等の三次元映像が映し出されている。更にマウスを使い様々な角度に動かすことが出来、詳細な検討が出来るようになっていた。

 朝倉は寺家を認めた。

「ドクターも集まったので、説明をする。これが実験体八号の検査資料及び各種データだ。この部分――神経組織を下部ユニットのここに接続する。腕も脚も同様だ。得られた微弱電気信号を筋電義手、義足が検知、増幅、判断し動くようになる。義足部は問題は少ないが、上腕部筋電義手は少々手こずる。特に掴む際の圧力判断が鈍いと、ガラスコップを掴んだ途端コップが粉々になる」

「そういう事はありえるな」としたり顔で一人の男性医師が頷いた。

「もっとも痛点及び温点は感じない仕組みになっている」

「なぜ?」

 朝倉の代わりに西村がはっきりと返事をした。

「必要ないからです」

 寺家は西村の顔を見た。三十代後半と思える男だが表情は暗い――朝倉は続けた。

「西村君は私と協議しながらバイオ技術の設計、研究を続けている技術者だ。特に高出力で静音性の高いマイクロモーター開発の第一人者だ」

 西村は机の下から大きめの黒光りするかなり重そうなカバンを引き上げ、机の上においた。カバンを開けるとそこには『左足』が入っていた。

 寺家は左足を見つめる。

 生身の肉体から切り取ったのではないかと錯覚しそうな艶めかしい足。それも大腿部からしたを形成している。

「八号に合わせ作り込んでいます」

 しかし寺家には釈然としないことがあった。膝から先がない天馬だ。膝下を手術すればよいと思っていたのだ。

「八号は膝から先を失っています。それを大腿部からそっくり交換ですか」

 寺家の疑問に朝倉は平然と話す。

「残っている部分を切除し左足全体を換装するのが今回の術式だ。もちろん左腕もそのように処置する」

 寺家は患者を思い抗議した。

「それではあまりにも……残せる部分は残したほうが良いと思います。今まで幾多の外科手術を執刀しましたが、残せるものは残したほうが身体の負担が違います」

 朝倉は首を横に振った。

「これは私の方針ではない。B計画総括部長の決定だ。ここまで出来上がっているのだ。今更変更はできない。さらにパッチテストの結果、実験体八号には人工血液を使う」

 これにも寺家は反論した。

「人工血液の安全性は充分検討されておりません。それでも使用を?」

 朝倉は噛み締めるように言う。

「我が国においての少子化は深刻だ。輸血用血液も決定的に不足している現在、使わざるを得ない。数回のテストでは実験体八号には良好、という結果がなされている」


 日本では少子高齢化問題及び社会的混乱により必要な血液手に入りにくい状況であり、人工血液開発は喫緊の課題だ。また日本に限らず人工血液の開発は世界各国でしのぎを削っている。



「それに人工血液に全て頼るわではない。動物実験では二日生存した記録があるが、あくまでもつなぎだ。その間に必要な血液を集める」

しかし寺家は反論した。

「逆です。必要量を確保してからです」

 朝倉はなだめる。

「現状では難しい問題だ、ドクター、わかってもらいたい」

 二人のやり取りだけで他の職員全員、無言で成り行きを見守っている。

 人工血液に不安を感る寺家はきっぱりと宣言した。

「輸血用血液が揃わなければ、私は施術しません」

「ドクターそれは術式を放棄するというのか」

「命を預かる医師です」

 朝倉は同じ医者としての寺家の矜持を見た。

 失敗は許されない……寺家は手術の手順を思い描いた。それはまるでプロ棋士が長考するのに似ていた。その決断に朝倉が折れた。

「……分かった。上長と相談する」





 地下一階医務室。

「人工血液は使わないだと?」

 朝倉の報告に和田は朝倉を睨んだ。

「日本血液学会を中心に、大学、企業の垣根を越えて開発した人工血液だ。血液型にとらわれることなく利用できる。ここで成功すれば血液問題も一気に解決だ。朝倉、何としても説得しろ」

 朝倉は首を振る。

「たしかにそうだが、私も医者の端くれ。ドクターの言い分にも一理ある」

「お前、人工血液は実験体八号だけの問題ではないぞっ」

「それは充分承知している。だが緊急時に対して輸血用血液も確保してからのほうがよい」

「あの女外科医、信用できるのか?」

「それを決めたのは和田総括じゃなかったか?」

 和田は朝倉を罵しった。

「キサマッ、首だっ」

 売り言葉に買い言葉だ。

「いいだろう、和田総括。だが私が去ればB計画は確実に頓挫するぞ。それでも良いのか?」

 その言葉に和田は何故か急に冷静になった。

「緊急事態に備え、実験体八号から血液を少し抜くように医師団に言え」

「だが、今からではどれだけの血清剤ができるか……」

「なんとしても間に合わせろ。クソッあの女外科医め」

「しかし間に合うのか。執刀予定が近いだろ」

「なんだと……」



 二人の言い合いは深夜まで及んだ……。



 帝国日々新聞社。

 喧噪感漂う広間の片隅で不機嫌そうにタバコを吹かし、椅子にふんぞり返っている佐野がいた。その姿はまるでやる気がない感じだ。

 見かけた同期がからかうように佐野に声をかける。

「おけいちゃんよぅ、そんなしけたツラぁしてると、いいもんだって書けないゼェ。それにここ禁煙だぁよ」

 言われた佐野は不満そうに携帯灰皿にタバコを押しつけた。

「俺は政治班じゃない、スクープ班だ」

「人手がたんねぇンだから、協力してくれなきゃよぉ。選挙が終わりゃあ元に戻れるんだから、いっときの我慢だ。今回の選挙は与党の自由金満党に小粒ぞろいの野党が群がっている図が、いつになく面白いと思うぜぇ。特に民主今平党の党首、けっこう物言うえげつない女だよな」

「俺も」と言いながら携帯灰皿をジャケットの内ポケットにしまいながら「そう思うぜ」

 同僚が、ガハガハと笑う。

「突如、彗星の如く出現した女悪魔ってぇ感じだぜぇ。週刊日々で取り上げてくんないか、ガハハ」

 その下卑た笑い声に佐野はふと思った。

『そうだな、今回、雨後の竹の子のように泡沫政党が目白押しだ。とくに珠伊師和代党代表の経歴は表面的で裏が取れていない気がする……』

「取材に出かける」

 同期にそういうと佐野は背広を肩にかけ出ていった。

「やっとやる気が出たか」


 何故か佐野はスケロク商事に向かっていた。

「ごめんくださいよ」

 そう言いながら佐野はいきなりスケロク商事のドアを開けた。

「佐野さんかい、驚かすなよ」

 佐野を認めた杉田は口を尖らす。

「いつぞやは大変お世話になりました」

 杉田に向かってにやけた顔の佐野はペコリと頭を下げた。

「お陰様で週刊日々はすっかり評判になりまして」

 杉田は言う。

「何しに来たんだよ、おべっか使いにたんじゃないんだろ」

 佐野は愛想笑いをしながら頭を掻いた。

「へへへ……また御社のお力を借りたいと思いましてねえ」

 佐野の本心が分からない杉田は、仕切りで区切られただけのほこりっぽい応接室に招いた。

「瑠那、お茶を」

 管弦は立ち上がり給湯室に向かう。

「で、弊社に何を依頼するんだい?」

 佐野は出されたお茶を啜る。

「今回の頼み事は、銃撃事件で騒がれている民主今平党のことでして」

「大騒ぎになったなア」

「あの一件で民主今平党の支持が上がってましてね」

「ふん、それで?」

「珠伊師党首に関して経歴など調べたくって」

「経歴? それはあんたらが得意だろう?」

 ものの挟まった言い方の佐野に杉田はイラついた。

「で、弊社に何をしろと」

「御社の調査力はたいしたものです。そこでお願いですが、党首の経歴を調べて貰いたいと思いまして」

 怒鳴るような言い方をする杉田。

「君はジャーナリストだろ? それを当社に委託するってえのはよぉ、お門違いじゃないのかいよ?」

 佐野を前にして杉田は言う。

「いやあ僕も取材をしますが、なにせスクープ班も人手不足なもんで。御社にもぜひ手伝ってもらえればと」

「そりゃそっちの言い分だろ。当社に関係はないぜ」

「礼は弾みます。専務取締役には話を通しまして、あのスケロク商事なら、と快諾を得ておりますんで」

 とうとう杉田は怒った。

「何いってんだ帰れ帰れっ。瑠那、塩だ塩っ、塩ぶちまけろっ」

 言われるまま管弦は給湯室に向かったが、肝心の塩が切れている。塩ないよ、と言いかけたが……。

「わかりましたわかりました」

 佐野は両手を振る。

「今日は退散しますよ。でも考えてくださいよ」

 佐野が立ち去ると杉田は和道にベロを出した。

「なんだね、社長」

「いやア面白い話だと思ってね。あの珠医師党首、なんとなくなにか企んでいる気がするぜ」

 和道は驚いた顔をした。

「まさか……やる気かね社長」

「いや」

 杉田は首を横に振った。

「資金が潤沢にあるんならともかく、だ、売上が先細っているんだ。君もわかるだろ? 我が社の存続の危機を踏み躙るわけにも行かん」

「そうだな、ホッとしたよ」

「というようなわけで――」杉田は和道を拝んだ。

「我が社に、金、貸してくれんか」


 今後の展開は、天馬のバイオ手術と寺家の決断、帝国日々新聞社の佐野が民主今平党の陰謀を徐々に明らかにしてゆく。

 その中で 資金繰りが悪化してくるスケロク商事にはどのような運命が待ち受けているのか?

 未来の話と現実問題がないまぜになり、更に混沌となっていきます。


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