天馬楓とB計画
元旦午前七時スケロク商事二階倉庫兼会議室。
会議用長机の上には、粗末ながらも煮物などの入った器に各人の前に雑煮が入っている丼が並べられている。
長机の向こう側に杉田と和道が座っており、その反対側には従業員が座っている。
杉田がはっきりとした口調で口上を述べた。
「諸君、明けましておめでとう」
そう言う従業員達は一斉に唱和する。
「明けましておめでとうございます」
「新年の言祝ぎを、今年もこうして諸君と新年を迎える事が出来、誠に喜ばしい。今年の抱負について語ろうではないか」
威厳のある杉田の言葉だが――瑠那は声をあげた。
「何いってんのさあ、なんでもいいから早くしようよ」
杉田は口をとがらせた。
「何だよ、せっかく新年を迎えたというのに、これじゃあ台無しだぜ」
和道が言う。
「まあせっかくの新年だし、まず、お屠蘇を回すよ」
和道は立ち上がり、まず杉田の湯呑みにすこしお屠蘇を注いだ。次に端にいる祖父江から順番にお屠蘇を注いでいった。
「お屠蘇は盃じゃないのかさ」
和道は手を止めた。
「いちいちケチを付けるのかね、君は。会社の経営状態を考えるとそんなこと出来るわけはない、それで我慢しなさい」
「実家じゃ盃だったけど」
「なら実家に帰りたまえ」
和道の言葉に瑠那はぷいと横を向いた。
「フン、今更帰れるわけ無いじゃん」
越狩が取りなす。
「マアマア新年だし仲良くするでやんす」
「そだ」
珍しく銀次も言う。サヤカは話題を変えた。
「瑠那ちゃん、今年は二十歳になるんだよねえ」
「お酒が飲める歳になったんだな」
ケンジの問いかけに瑠那は軽く笑った。
「そうさ、今月で大人の仲間入り。堂々と酒が呑めるんだ~」
杉田は全員を見回す。
「全員に回ったか? ならば乾杯だ」
間髪をおかず黒川が口を挟む。
「お言葉ですが社長。お酒ではないので、乾杯、は如何なものでしょう。本来、お屠蘇というものは……」
黒川が説教を始めると杉田は眉毛をへの字に曲げる。
「黒川君の言うとおりかもしれないが、スケロク商事のしきたりもあるんだよこれが。では諸君にはこれを捧げよう」
杉田は立ち上がり、部屋の隅に置いてあった一升瓶を手に取った。
サヤカはゴクリと喉を鳴らした。
「御神酒じゃないの?」
杉田がウィンクすると瑠那は目を輝かした。
「神棚には捧げたし有り難く頂くことにするが、その前に雑煮を食おうぜ。酒盛りはそれからだ」
全員雑煮に口を付ける。一口啜った越狩が開口一番「汁が旨いでやんす」
地家優子が同調した。
「ホント美味しいわ、これ蔵前さんが作ったんでしょ?」
餅を食いちぎりながら直美は言った。
「これ、黒川さんが作ったの。私はそのお手伝いしただけ」
雄馬は目を丸くした。
「目が見えないのにどうしてぇ?」
さらに直美が続けた。
「黒川さん、寸胴鍋を触って温度を確かめるのね」
「火傷しないのか」
ケンジの言葉に黒川はふっと微笑んだ。
「いくら何でも沸騰していたら火傷を負います。私は材料の投入時期を確かめるために触るのです」
「男子禁制の二階女子寮に黒川君が入ってもよかったのかね」と和道。
「悪さする人ではありませんから」
越狩が羨ましそうな顔をした。
「女子寮に入れるなんて最高でやんす」
「黒川さんは特別です。何しろ料理が出来るんです」
直美がむきになって言うと杉田は茶化した。
「ムキになるのは怪しいなあ」
直美の顔が赤くなった。
「黒川さんのお手伝いしただけです。昆布を鍋底に敷いて、暖かくなったら鰹だしを渡して……」
黒川が後を継ぐ。
「蔵前さんは、醤油と言うとさっと出してくれ、みりんや料理酒も手渡してくれて助かりました」
雄馬は感心した。
「まるで夫婦のようだわ」
直美の顔はさらに赤くなった。
「雄馬、冗談止して」
和道は言う。
「連携でこの旨さを出したんだね」
「お汁たしてちょうだいよ」と御手洗が言う。
そんな中、直美が杉田に漏らした言葉――「的場さんまだ退院出来ないの?」
杉田は返答する。
「そうだね、もう少し時間がかかる」
越狩は言う。
「先輩がいないなんて悲しいでやんす。いろんな事教えてくれますしホントに空き巣泥棒だったんでやんすか」
地家が言う。
「じきに本間医院に転院になる予定よ。後は任せて」
「それは安心でやんす」
和道は煮染めのがんもを口にする。
「しかし在日米軍、いつまで居座るのだろう。大昔の占領下時代もこうだったのだろうか」
「なんかぁ、教科書で習ったぐらいで実感が湧かないわぁ」
「属国扱いじゃ無いかさ?」
「その影響でスーパーでも食材少ないわね」
口々にやるせない時代に愚痴るなか、杉田が宣言した。
「結局、これから先も日本は米国の言いなりになるだろうよ。それはそれとして、だ。本年度から当社は組織改革をおこなう」
「組織改革ぅ?」
訝しげな表情をするサヤカ。
「いまでも何でも屋だが、より専門性を持つようにする。かかる費用は全て会社持ちだ。我が社が発展するための先行投資だ」
雄馬が素っ頓狂の声を上げた。
「専門性ぇ?」
杉田は続けた。
「まず医療部門を設ける。医療部長は地家優子。その手伝いとして蔵前直美を充てる。蔵前は手元を担いつつ各種医療業務を学んでほしい」
「次に建設部だ。祖父江と願成寺を充てる。ケンジは大型免許取得。サヤカにはユンボなど重機械の操作を取得してもらう。これは不渡土木に話を付けてある。建設部の部長は当分俺が兼任する」
「さらに設備部門を立ち上げる。これは的場と越狩、伊東だ。電気工事、配管工事、設備工事一般を学んでくれ。これは取引先に出向してもらうようになるな」
「最後に情報処理関係。部長には和道、君だ。適任だが当社の管理運営もこなして貰う。忙しいぞ、和道君。――助手として御手洗、おまえが担え」
「経理部に管弦を当てるが、君は自動車免許取得しろ。現場と事務処理掛け持ちとなるが、若いしこなせるだろう。営業車両も増車する」
「そして営業部は俺が仕切る。黒川は俺の補助とする」
雄馬は無邪気に言う。
「だったらぁ黒川さん指圧なんかどうよぉ? 指圧部を作って部屋の一室借りて、押せば命の泉湧く、とかなんとか」
「何処の言葉ですかね。簡単に言われるけど、国家試験に合格しないとなれないんですよ」
「そうなのぉ? あ、天馬さんも営業事務ぅ?」
「天馬か……」
雄馬の言葉に杉田は数秒間沈黙した。そして厳めしい顔つきになった。
「しばらくしたら話そうと思っていたが、天馬は近く入院する」
「なんでさ」と瑠那。
「政府が障害者を公募していて、それに天馬が首尾よく合格したんだ。近代医療を駆使した最先端の義手義足を取り付ける手術……というような話だよな?」
天馬は頷いた。
「暫くお別れか?」
ケンジの言葉に不安を隠すかのよに楓は押し黙った。
一通り雑煮と祝い膳が無くなると酒盛りが始まった。
瑠那がコップを差し出す。
「あたしも、おちゃけ、欲しい」
ケンジがたしなめる。
「まだ二十歳じゃ無いだろ」
瑠那は口を尖らす。
「あと二十日ほどだけど良いじゃんかさあ」
「どうしますボス」
「フライングだけどなあ、ま、良いだろう、だが内緒だぞ」
「おちゃけ♪おちゃけ♪」
湯飲みに日本酒がなみなみと注がれ瑠那は口をつける。
「ぷっは~……旨め~」
いい気分の瑠那に無言で見ていた楓が口を開いた。
「瑠那さん、ナイフ、持ち歩かないほうがいいよ」
「なんでさ?」
「職質されたら検挙されるよ。言い訳できないでしょう?」
酔いの回った瑠那が噛みつく。
「身を守るためだよ」
「身を守るためなら――鍵で抵抗しても充分じゃ無い?」
楓の言い方に瑠那はカチンときた。
「どんな男が襲ってくるか分からんじゃんかッ、アンタ、指図すんのかさっ」
「あなたのために言っているの」
酔いも回って瑠那はいきり立ち、天馬を睨んだ。
確かに管弦は複数の男に凌辱された過去がある。しかしそのことは天馬には知らされていない。
一種即発の二人の言い合いに杉田が割って入った。
「止せよ二人とも」
しかし瑠那は興奮していた。
「コイツが喧嘩売ったんだよッ」
「今度はコイツ呼ばわりね……」
天馬はため息を付いた。
「瑠那やめろ」とケンジ。
「正月早々揉め事は止めなさい」
和道も割って入り、願成寺が瑠那を抱き込む。がっしりと捉えられている瑠那は身悶えしながら喚く。
「オマエなんかっオマエなんかっ死じまえっ」
「ちょっと瑠那――」
直美はなだめながらサヤカと共に瑠那を自室に連れて行った。
急にむさ苦しい倉庫兼事務所が静まり返った。
「ああやって激情するが、悪気はないんだよ」と杉田は天馬に詫びた。
「わかります」と楓。
「飲み直しだな」とケンジ。
「そだ」
銀次も同調した。
正月三日、午前九時。
事務所は休業中だが、回り持ち当番で事務所にいた願成寺は古びたソファを倒しふんぞり返っていた。
『電話もないし暇なんだけどなあ、呑むわけにはいかねえし……五時になったら事務所閉めて、早めに飯喰うって銀次とケンジを誘って会議室で飲み会すんかあ』
両手を頭の後ろに回しながら呟いていた矢先、事務所脇のインターホンが鳴った。
『誰よ?』
願成寺はモニタを見つめると男女二人がたっている。不審に思った願成寺だが「はい、スケロク事務所です。営業は五日からですが何か?」
女がインターホンカメラに身分書を提示していった。
「宝来警察署安全課の重伝、こちらは同じく安全課の神崎です。ちょっと事情をお聞きしたく参りました」
何でこんな日に、とビックリした願成寺は内線を入れたが、この時、杉田の自室で寺家優子とねんごろになっていた。
「何よ、これからって時に」
「当直の願成寺からだ。刑事が二人来ているとさ」
不満げな寺家に杉田は内線に答える。
「入ってもらえ。ちょっとしたら事務所に行く」
ベッドから上半身を起こすと毛布から寺家の乳房が露わになった。
杉田はバスローブを羽織った。
「優子ちゃ~ん直ぐ戻るから、待っててなー」
目尻を下げた杉田はさっと手を伸ばし寺家の乳房を触った。
「止めてよ、このスケベ」
杉田を待つ間、願成寺が粗末なソファに座った二人にお茶を出す。
「お構いなく。本日お伺いしたのは天誅教横須賀教会から脱出した経緯をもう一度確認したいと思いまして」
傍らの神崎は無言で書類に目を通していた。
「でもあの……事情聴取は受たけど……あの……正直に話したんだけど……」
神崎はしどろもどろになっている願成寺を見た。
「あなた、願成寺サヤカさんですね?」
「あ……は……はい……」
「ドローンを目撃したと話していますが、何か他に見ませんでしたか」
何が知りたいのかなあ? 願成寺は躊躇した。
「逃げ出すのが精一杯で他になんか、目が行かないですよ」
ぶん殴った信者が障害請求でも? 願成寺の頭がグルグル回る。
そうこうしているうち、バスローブ姿の杉田が階段を降りてきた。重伝の隣の刑事は初見だ、何かある、と感じた杉田は平静に振る舞い、重伝も素知らぬ顔をする。
「こんな格好で失礼。弊社代表の杉田です。また正月というのに警察は大変ですな」
神崎が言う。
「警察に盆暮れ正月などありません。本日は横須賀教会から脱出した人たちと再度お話を聞きたいと思い伺ったのです」
「調書に不備でも?」
「それはありません」
「分かりました。本日は休業日なので当時の人間はいるはずです。呼んでみましょう」
傍らの内線電話を取り上げ一斉放送すると祖父江、管弦などわらわらと事務所に集まってきた。
神崎は確認した。
「的場さん以外おそろいですね」
瑠那は胡散臭そうな目つきをした。
「今更、何聞きたいのさ?」
「今回、聞き込みに来たのは教会が大規模な火災を起こした原因調査です」
ケンジは不満げに鼻を鳴らした。
「火災の原因だって? 逃げるので必死だったんだぜ、解るはずないだろ」
神崎は重伝を見た。重伝は微かに首を立てに振る。それは話していいだろうという合図だ。
「はっきり申しますと何か大きな爆発物を見なかったか、と言うことです。それとあなた、祖父江ケンジさんですね――あなたの証言では端末に向かって誰かと喋っていた、と。間違いないですね」
「おう、そうさ。だが相手は誰だか分からん。それは前にも言ったはずだぜ」
神崎は食いついた。
「些細なことで結構です。どんな人物と話していたか、もう一度思い出してもらえませんか」
ケンジはそっぽを向いた。
「分かる分けねえだろ。真後ろの立ったわけじゃねえんだからよっ」
「その他の方、何か思い当たることありませんか」
集合していた一同は首を傾げた。二人の刑事は二三質問をしたあと、スケロク商事事務所から出て行った。
「クソ、アイツら、正月休みが台無しじゃん。塩撒いてやるっ」
瑠那は吐き捨てたが――「何が知りたいんでしょう、ボス」
ケンジは杉田に問いかけた。バスローブのまま杉田は古びたソファに腰を下ろし、足を組んだ。
「爆発物もさることながら、話し相手の正体が一番知りたいんだろうさ」
「確かに誰かと端末を使って話をしていたんですが、それと爆発物と関係が?」
かくして杉田の推理が始まった。
「状況を考えるとだ、あんだけの教会を木っ端微塵にした爆発物、相当強力な爆発物だ。それをどうやって教会に持ち込めたのか、がひとつ」
サヤカはため息交じりに言う。
「はあ……やっぱ、持ち込んだねえ」
「持ち込んだんじゃない。現地で製造したんだ」
杉田の推理に一同はビックリした。
「製造なんて、そんなこと出来んのかサ」
「出来ないことはない。建築資材に紛れ込ませれば何とでもなる」
「火薬なんて持ち込めるわけ?」
願成寺に杉田は答える。
「爆発させるのに火薬とは限らない。液体水素とか溶接用高圧ガスとか形を変えての持ち込みが考えられる。一般的な建築材として転がってても現場では見慣れているはずだ。だがあれだけの大規模な爆発となると何をどうしてそうなったか、その先は分からんな」
「相当数の武器や銃弾が集められたらしいが?」
ケンジの言葉に杉田は推理する。
「それが二つ目だ。しかしだな、それもある程度――つまり搬入された建築資材からちょいちょい集めたんだろう。特に釘なんか大量に搬入されても誰も疑問には思わないだろ?」
「しかしボス、銃器に使うパイプだって高精度でないと」
「連射に耐えうるだけの超硬ハイテンションも紛れ込ませた可能性は捨てきれないぜ」
「発射させるにもやっぱり火薬は必要では?」
杉田は、降参、と言いたげに諸手を挙げた。
「それは分からん。先ほども言ったように火薬に変わる何かを使ったか、だな」
「さすがボス」
ケンジは杉田の推理に感心したようだが、杉田は笑った。
「確証はないよ。ぜーんぶ俺の頭ん中の想像さ」
杉田はにやりと頬を上げた。
「さすがボス、おまえらもそう思うだろ」
杉田に陶酔しているケンジが言う。
「でもさあ……」と言う願成寺を反対するのか、と言いたげに祖父江は睨んだ。
祖父江の凄みに願成寺は「なんでもない」と答えるだけだった。
宝来警察署。
「結局新たな証言は得られなかったか……」
会議室で待ち構えていた加藤が残念という顔をした。
「警視庁の尋問では首謀者アズチ坊海信、本名スズキタクヤは、すべて天地真理革命軍がやった、と言い張ってる」
重伝が言う。
「いくら信者から巻き上げた金で作ったとしても、多数のドローンや爆発物を作り上げるだけの資金にはほど遠いでしょう」
神崎が言う。
「押収したドローンから何か判明したことはないのですか」
「捜査機関の総力挙げて取り組んでいるが、製造企業が多義に渡っていているようで、これ、と言った物証は未だに得られていないようだ」
「逮捕した信者から証言は得られていないのでしょうか」
「大多数の信者は洗脳され犯行に及んだだけだ。有力な証言はほぼ無い、と見ている」
重伝は小脇に抱えていたバインダーを広げた。
「私たちが捕まえた赤いフードの男――彼を尋問出来ないでしょうか」
加藤は思い出したように言う。
「赤い男か――えーと、誰だっけかな」
「野来下茂です」
「そうそう、防衛省が無理矢理引っ張っていった容疑者な。警視庁も政府や防衛関係者に根回ししている最中だ。どんな秘密を持っているのか分からんが、日本国民をどん底に陥れた凶悪犯罪者だ。何としても証言を引き出さないとな」
重伝はふと思った。
『そういえばこれもスケロク商事が絡んでいる。楓、何か知らないかな?』
重伝の思いにかかわらず加藤は続ける。
「全容を明らかにするにはまだまだ時間がかかる。今年中にはなんとしてでも解明しなければならん。――さて、今日のところは解散だ。二人ともご苦労さん。明日明後日と二人とも非番だったな。残り少ない正月をたっぷりと味わってくれ給え」
加藤は皮肉っぽく笑った。
退出した二人は廊下を歩きながらぼやいた。
「正月を味わえ、と言われても急な呼び出しがあるかも知れないし。野来下を尋問出来ればねえ」
神崎は相槌を打つ。
「全くです、誰かに命じられてタタキを繰り返したのですから。命令したやつは一体誰なんでしょうか?」
「防衛省からの報告が警察署に回ればね。でも情報をこっちによこすかわかんないけど――じゃ、ここでサヨナラ」
向き合った二人は敬礼をした。
「ただいま~」
重伝が合鍵で天馬のマンションのドアを開けると、リビングで手紙を見ている天馬がいた。気がついた天馬は慌てて手紙を隠した。
「随分早いご帰還ね」
何事も無いように振る舞う天馬。
「ウチらの仕事には正月は無いからさあ。ビール冷えてるかな」
そう言いながら重伝は冷蔵庫を開け物色する。
「お、『喉越し超絶爽やか極楽生ビール、昇天」』、あるじゃん、頂き~」
天馬は顔をしかめる。
「ちょっと、帰ってきたんだから、手を洗ってよ」
文句を言われた重伝は笑った。
「悪リィ悪リィ」
天馬はため息を付いた。
「いつからそんな大酒飲みになったのよ」
重伝は立ったまま缶を開け、ぐいっと一飲みした。
「旨んまいわ~まさに昇天しそうな味わいだわ~。アンタもわかるでしょ? こんな仕事してると」
「分からなくもないけど身体壊すよ」
そんな忠告をよそに重伝はいう。
「今日、あんたんトコ行ってきた。なんの証言も得られなかったけどね」
「スケロク商事に行ったの?」
「楓さぁ、あの赤いフードの男知ってる? アンタんとこが逮捕に関わっているのは承知してんだけど、容疑者になにかわかることないかなあ」
重伝の言葉に天馬は口を開く。
「計画は知らされていたけど、直接現場にはタッチしてないよ。こんな身体だし」
「そだな」そう言いながら、重伝は勢いよく椅子に腰を掛けた。
「ああ――もう。なんかさあ、謎を解く手がかり、ないかなあ」
愚痴りながら「昇天」ビールを煽る重伝。それを見ながら天馬は――
「栞」
「何」
「近いうちに入院するから退院するまで、ここ、好きに使って」
「何よいきなり。入院って、正月早々穏やかじゃないけど」
突然切り出した天馬の言葉に重伝は目を丸くした。
「詳しくは言えないけど、最新技術でこの腕と足の整復手術をするの」
「詳しくは言えないって? 何があるのか分からないけどね、元通りになるってこと?」
重伝は喜ぶような声を上げたが、天馬は逆に目線を落とし暗い顔つきになった。
「明日社長には長期休暇をお願いするんだ」
「社長もビックリじゃない?」
「事情はある程度話しているからビックリはしないと思うけどね……」
重伝が寝静まった夜、起きだした天馬は机の引き出しから青い封筒を取り上げた。
表書きには厚生労働省と書かれている。中味に再度目を通す。
『一月十日午前九時までに来庁されたし――』
車椅子に乗っている野来下茂はコンクリに囲われた無機質な空間にいた。向かいには複数の男と女がいる。
尋問官が口を開く。
「君の名は?」
未だに喉が完治していない野来下は呻くように言った。
「野来下……茂……」
「職業は?」
「……大規模災害救助隊特殊隊員」
「野来下茂、君は赤いフードの男として日本国民を恐怖のどん底に陥れた。違いないな?」
「はい……」
「君と天誅教会の関係は?」
「初めは信者で妹から金品を巻き上げ教会に捧げた」
尋問官は、ドン、と机を叩いた。
「そんなことを訊いていない! どうやって暗殺者になれたんだ」
「入信後、天誅教会は自分が自衛官と言う事が知られ、天誅教に刃向かう危険人物の殺害に……」
「天誅教の誰から指示を得て犯行に及んだ?」
「開祖と呼んでいた男だ」
「人相、風体は?」
「緑色のフードで顔を隠しているのでわからない」
「わからない? どういう意味だ」
「開祖から指示を受けていたが、開祖とは直に会っていない」
「なんだと?」
「本当だ。……自分は……知らない」
「殺人事件を引き起こしたが直接やり取りしていないとは考えられない」
「暗殺指示はタブレット端末からだ」
「端末からの指示というのか、君は」
「そうだ」
「信じられん――改めて問う。開祖はどこにいる?」
「わからない」
「わからない、というのは信じるに足る証言ではない」
「本当だ。開祖と名乗っているが、どこにいるのか、まったく知らない」
「どこまで偽証するつもりだ? 訴追されると更に刑期は重くなる、いいのか」
女性の声が響く。
「当時、彼は洗脳されておりました。盲目的に、信じるよう洗脳されていたのです」
「直接会わずに端末からの指示のみで犯行に及んでいたというのか」
別の証言者が言う。
「それについて一言申し上げます。犯行指示に及んだと思われる端末が車から回収されました。宝来警察著が証拠として拾得していましたが、我々が押収しました。不眠不休で通信ログ解析に取り掛かっておりますが、強力な暗号を使っており、さらに某国の通信衛星のいくつかをまたいでいるフシがあり、解析には至っておりません」
「某国の通信衛星――どこの国か判明できないのか」
「確証できませんが、恐らく……ジークランド人民共和国かと――」
同時刻、天馬は防衛省会議室の椅子に腰を下ろしていた。目の前の机には書類があり、机を挟んで複数の男女が構えている。
「天馬楓さんですね」
「はい」
「以前は警視庁交通安全課勤務の警察官、今は民間企業株式会社スケロク商事勤務で間違いないですね」
「はい」
「勤務先ではその身体を承知で雇用されたのですか。欠損した理由を尋ねられていますよね」
有無を言わせない口調だ。
「はい、正直に話しました」
「今回応募されたのは宝来警察加藤副署長からの推薦ですが、関係は?」
「伯父です。この体を案じての応募、と聞いております」
後ろでボソボソと声が聞こえた。しかし内容は聞き取れなかった。
「応募に反対しませんでしたか」
「……はい。不自由な身体が治るから、と伯父から強く勧められて」
「応募には守秘義務がありますが理解してましたか」
「はい」
「勤務先にも話していませんか」
「もちろんです」
「今回提供する義手義足は特別仕様であり、全額政府負担です」
女のやり取りに男が話し出した。
「これは将来の日本のために必要だが、まだ初期段階なので危険も伴っている」
「危険……ですか――」
天馬の疑義に男は言う。
「免疫、適合性、拒絶反応、通常寿命の問題など。特に不適合だと死にいたる可能性もあるが、覚悟は承知か」
女は、ふふふ……と笑った。
「オーバーな言い方ね。そうかも知れないけどその前に適合検査を数回受けて頂きます。ひとつでも外れれば、この話は無かったことになります」
男が言う。
「我々からの話はこれまでだ。具体的な流れは後ろに控えているものから話す」
そう言いながら会議室をでた男女が隣の控室に入りドアを閉めた。ドアを確認すると二人の顔から緊張感がとけたようにほころんだ。
「いつも緊張するわね」
「そうだよ、喉がカラカラだ」
「お茶、もってくる」
男が言う。
「それ、俺やりますよ、神室隊長は座っててください」
「いつも済まないわね、法源」
かくして天馬は、大規模災害救助隊の一員として活躍するようになる。
――はずだったが――。
年が明けたとはいえ、相変わらずちまちました仕事しかなかった。その合間を縫ってほぼ全員が資格取得に取り組んでいた。
二階倉庫兼会議室。
願成寺は杉田から与えられた携帯端末を見つめながら独りごちていた。
「フォークリフトの操作は難しいねえ。パレットに突き刺さないようにする技術はかなり時間がかかりそうだよ」
その願成寺の肩を、ぽん、と叩く人物がいた。
振り向くとそれは祖父江だった。
「大型免許は近いうちに取得出来るけど、サヤカが助手席にいると安心だがね」
「どういう意味よ。横で指導しろってこと?」
「無論タダじゃない」
そう言いながら祖父江は現状時の目の前に一升瓶を、どん、と置いた。
願成寺は相好を崩す。
「湯飲み持ってくるぜ、一緒に軽く一杯どうだ?」
「いいねえ」
そうこうしているうちに伊東と越狩が参戦し、わあわあと騒ぎ立っていった。
願成寺たちの反対の席では蔵前と寺家が密やかに話し込んでいた。
「五月蠅い方達ねえ。……色々医学業務のこと話したいけど、近いうちに厚生労働省に出向くことになるの」
「厚生労働省ですか。お忙しいドクターですから、しかたないですね。どんな依頼がありまして?」
「難しい外科手術のようね。神経回路の修復などが専ら。概要を訊いて断ることもできるんだけど、こんな野良医療者にでも報酬が良いのよ~」
「寺家先生なら大丈夫でしょう」
「あら、なぜまたそのように?」
蔵前は微笑んだ。
「だって、あたしの神経回路を丁寧に修復をしてくれたんですもの。これだけ動けるのも先生のおかげです」
「ああ、そうね……」
寺家は天井を見上げた。
「あのときは駆け出しだったし。必死だったわ。修復手術に成功したことで自信につながったわ。これも直美さんのおかげよ」
「いえ、寺家先生のおかげです。だから先生を慕ってここにきたのですから。でも何故スケロク商事に?」
「少々縁があって。本間先生からの紹介でね」
「でもここは医療現場とは違いますけど?」
寺家は誤魔化す。
「そうね、憩いの場ね」
事務所では和道が御手洗を指導していた。
「押すキーボードが違う。何度言えば分かるのかね」
「だってぇ、俳優なのにこんなことちまちまとやってられないわよぉ」
「俳優になれなかったらどうするつもりかね、技術を持てば転職も可能だよ」
「だからってぇ、パソコンの操作とかは俳優に必要ないわ」
「いつまで拘っておるのかね。見ててご覧」
和道は簡単に打鍵すると画面にはいくつか俳優募集のページが出てきた。
「こんなにも簡単に応募を見つけることが出来るのだぞ。マスターしたまえ」
いくつかある募集の一つに目が止まった。
「国民放送協会で朝ドラヒロインの相手役男優、募集ぅ? オーデションだってぇ? いくいく僕行く」
「待ちなさい御手洗。よく聞くききなさいッ」
ほとんどけんか腰なやり取りが続いる。
それを横目で杉田と黒川が言葉をかわしている。
「一度覚えたら完ぺきにこなす君の能力に俺は敬服するよ」
「もったいないお言葉です」
黒川は冷静に受け答えをする。
「いやいやホントさ。目が見えないにも関わらず、電話の操作とか一発で覚えるし、直美との調理には感心するよ」
「生きていくうえでは必要です。両親から叩き込まれましたから」
「大したご両親だ」
「そうですか? その両親も数年前に離婚した、と姉から連絡がありました」
「そうか……人生いろいろだな。さて、そこで次のことをやってもらいたい――」
日本の世の中は不安に満ちていた。
北には辺境連邦帝国が、南では中央漢エイジアが、日本国土を虎視眈々と狙っている。そのたびごとに海上を哨戒機が飛び交い、天空では米軍の偵察衛星が忙しなく動いている。
日本政府は確固たる地位を築くべく奮闘しているが、地位的には暫定政府だ。それに米国の力無しでは解決出来ないジレンマに陥っていた。
破壊された首相官邸の一角に急遽建造された建物の一角、会議室。
寒々とした室内に尾川臨時首相を始め暫定政府の閣僚が集まっていた。
「坂田防衛大臣」
度々の尾川の命令に坂田は身を縮める。
「防衛力はどの程度進んでいるのか」
「いや……はい……あの……」
坂田はしどろもどろに答えた。「在日米軍と連絡を密に取っております」
「もっと威厳を持った言い方は出来ないのかね」
尾川はイライラしていた。
「次っ、国交省大臣、中央漢エイジアとの交渉はどうなんだ」
「はっ、両国間で協議中であります。我が日本では太刀打ち出来ない高度な技術を中央漢エイジアは所持しており、共同開発を提案していますが進展ははかばかしくないです」
尾川は言う。
「レアアースは我が国の領域内にある。なんとしても渡すわけにもいかん。負けないように努力してくれ。君にも期待している」
「承知しました。我が国の資産、決して渡すわけにも参りません」
「物価も抑えなければならない。そうでなくても物流は滞っている。国民に安心感を与えるように、皆、努力して欲しい」
官房長官が発言した。
「首相、それには早急に臨時国会を開催しないとなりません。しかし議員の三分の一を失っている現在、開催も危ぶまれます。まずは、両議員の選挙を行い整ってからがスジでは?」
「それは分かっている。しかし準備期間、選挙、国会開催、法令作成など時間はかかる。問題山積みをスピード感を持って解決せねばならん」
そのやり取りを聞いてた政界の重鎮と呼ばれる男が声をあげた。かなりの高齢だが、この老獪には逆らえない雰囲気を醸し出している。
「まずは両議員の選挙だ」
さらに続ける。
「新しく政党を名告る不届きな団体が散見されている。そんな奴らに日本再建を任せるわけには行かぬ。我が党は不滅だ。選挙に勝って日本を引っ張る。それにはまず、選挙だ」
尾川は疑問を唱えた。
「選挙ですか。時間がありません。でもするのですか」
老獪はきっぱりと言い放った。
「そうだ」
そして重鎮の一声で総選挙が始まる。
この決断により、とある政党が産声を上げることになるのだが、さらに混乱に拍車がかかろうとは重鎮も想像もしていなかったに違いない。
国民が危機に瀕している現在、日本のどこにスピード感があるのか?
会議室、と言うより、体育館といえる巨大空間の場所で、椅子に座っている天馬の前には大勢の人間が対峙している。天馬専属医療チームの初顔合わせが行われていたのだった。
その中で神室の声が響く。
「天馬さん専属の医療スタッフを紹介します。総勢五十人体制であなたを支えます」
天馬は一通り顔を眺めた。
『えっ?』
天馬が目を開くと、心臓が高鳴った。
その医療チームの中に地家の顔があったように思えたのだったが、神室の言葉に遮られた。
「一人ひとり紹介する時間もないので都度の紹介と致します。では医療チームの方々、よろしくお願いします」
顔合わせの場面でお互いが頭を下げ声を揃えた。「よろしくお願いします」
「これより第一検査室に移ります。検査官以外、一時解散です。天馬さん検査室に移動願います」
車椅子に座らされ巨大空間から移動した天馬は狭い検査室に入った。
「検査官の工藤です。ここでは各種基礎検査を行います」
「一次検査と言うことは他にも検査が待ち構えているのですね?」
天馬の問いかけに工藤は冷ややかに話す。
「そうです。だんだんと精密検査になります。ここでは身長、体重、血圧、基礎疾患の有無など――」
天馬は与えられた個室のベッドに横になった。
「疲れた……基礎検査だけなのに一日かかった……」
ドアがノックされ慌てて天馬が飛び上がった。
「疲れたでしょ」
にこやかに入室してきた看護士が食事を運んできたのだった。
「片手で食べられるようスプーンを用意しました。どうぞ召し上がって」
簡素な病院食を想像していた天馬だったが、スープは温かく冷菜はほどよい冷たさだ。天馬は喉を鳴らす。
「後ほど回収に来ますので」
そう言うと看護士は部屋から出て行った。天馬はふと疑問をもらした。
『ここは本当に病院なのかしら? 人気のない寒々とした空間……とても病院とは思えない……』
次の日も朝から検査漬けだった。さらに数日後、何の検査かも知らされない幅の広いベルトに装着された機器類が腰に巻きつけられた。
「本日から一週間検査機器をつけたまま過ごしてください。この間は基本的な検査はその機器が行います。防水設計が施されておりますのでそのままでシャワーを浴びても結構です。就寝時で邪魔と思えば多少ずらしても検査には影響はありません。でも決して外してはいけません。それが例えシャワーを浴びている最中でも警報が鳴り、検査技師が有無を言わさずに飛び込んできます」
そう言いながら男性検査技師が笑う。
「ハダカ、見られたくないでしょう?」
やな言い方、と天馬は思ったが「分かりました」と返事をした。
「病院内では禁止区域以外自由にしてください。と言いますか、積極的に動いて頂かないとデータが取れないのでよろしくお願いします」
こうして一時的に天馬は解放され、不自由な身体ながらも院内の様子が見られるようになった。
厚生労働相専用病院と聞かされていたが、フロアはかなり大きい。だが患者は天馬しかいないようで実に無機質で冷ややかな空間が広がっている。
それに外部との連絡は一切取れない仕組みだった。
『自由の中の不自由って』
天馬は杖をつきながら病院内を歩き回った。
所々、検査室があるが、人の気配がない。天馬は誰とも顔を会わずにゆっくりと廊下を進んでいく。
「頑張ってくださいね」
いきなり後ろから声をかけられ天馬はびっくりした。
振り返るといつも食事を運んでくる看護士だった。淡々と検査を繰り返す検査技師と違い、彼女だけはどことなく親しみを覚えていた。
「院内の表示、何処にもありませんね」
看護士は戸惑った感じだった。
「ワンフロアには病室がいくつかありますけどすべて隔離されています。でもスミマセン、あたしも専属で回されたので他のフロアはどうなっているのか全く分かりません」
「私以外にも患者さんが他のフロアにいるということですね」
天馬の質問に一瞬、考え込んだ風だったが「まあ、そうです」と曖昧に答えた。
「私みたいな患者さん見ました?」
「いいえ、全く」
「何階建て?」
「三階建てですね」
「お名前うかがってもよろしい?」
「葛田です」
「葛田さんよろしくね。何処かでお目にかかれれば嬉しいわ」
一瞬、葛田は微笑んだ。
「佐賀の国立病院までお越し頂いたら、もしかすると――」
「佐賀? 随分、遠いところからいらしたのですね」
「今回、このフロアだけ派遣されてます。先生を含め他所から派遣されています。医療チームが解散となれば戻ります。あの……」
「はい?」
「これは二人だけの秘密にしておいてください」
「もちろんですよ」
そうしてにこやかに別れたが、何とも不思議な病院だ、と天馬は思っていた。
さらに歩むと『談話室』と書かれたプレートを見つけた。しかし談話室には大型のテレビと数脚の椅子、デスクが設置されているだけで、誰もいない。
『殺風景な部屋ね。面会人が訪れるわけでもないでしょうに。誰が使うのかな?』
試しに傍らにあったリモコンを使い、テレビを付けてみた。電源は入った。
すると、いきなり官房長官の顔が浮かんだ。映像は中継のようだ。
「――以上な理由を持ちまして、議員選挙を行うことが決定されました。選挙活動は三十日間、慌ただしいですが是非とも未来の日本を――」
『未来の日本か……』
リモコンで電源を落とす。瞬時に官房長官の顔が消えた――。
なんだか日本も自分も、見出せない、と天馬は思った。
重そうな扉だけで窓ひとつない病院一階会議室。
複数の男女が集合し会議が催されていた。
一人の男性が報告する。
「実験体八号九号は肉体的にも精神的にも問題は起きていません。ですが和田総括、十号には精神問題が露見されました」
白衣を纏っているが医師には見えない頑丈な体躯の男、和田が質問する。
「精神的な問題?」
「数年前の戦闘機事故が尾を引いています」
一人の男が端末を見つめた。
「なるほど。ミサワからアツギに向かう途中で制御不能になり、山中に激突した国産初戦闘機事故の乗員か」
「そうです、朝倉博士。四肢欠損、特に腰から下は潰された状態で見つかり、生きていただけでも不思議です」
屈強な和田が言う。
「彼は航空自衛隊からの推挙だが……朝倉博士どう思うか」
朝倉と呼ばれた六十代前半の男が答える。
「B計画にはうってつけの人材だが、もう少し様子を見るしかない。西村君もそう思うだろう」
三十代後半と思われる西村は腕を組んだ。
「そうですね、博士。体力的にはバイオ技術に対応可能かと思いますが、法源浩一郎や野来下茂の件もありますし暴走されたらと思うと」
「と言うことで、十号に対しては引き続き状態を見守ろう」
「分かった」
と白衣の和田は答えた。
「八号はどんな様子か」
女――神室が答える。
「今のところ疑義はありませんが、片手片足ではB計画に組み込むには少々難あり、とみます。八号に関してはプラン変更が必要です」
和田が質問する。
「大規模災害救助隊にはむかないというのか?」
「元警察官でありますので、信義は優渥だと思われますが、なにしろ身体構成が中途半端です。せめて両手、あるいは両足なら使い道はありそうですが」
「では、生身の腕と足を換えれば何とかなるのだな」
朝倉は反対した。
「それには賛成しかねる」
「何故だね」
「人体にとっては異物を着装することだ。拒絶反応が倍になる危険性がある。両手足を変えるのは承服できない」
「今までの施術でも拒絶反応はあるだろう、神室君はどう思うか」
指名された神室七恵は少し曇った表情をした。
「西村博士と同じです。現在の最新医療でも、震え、悪寒、発熱などの拒絶反応は何時何処で発症するのか、分かりません。突然やってきますし、未だに拒絶反応薬は手放せません。片腕片足でもそれは同じでしょう。元警察官といえども、それに耐えられるだけのタフな精神があるかどうか」
「うむ、これも今後の課題だな。九号についてはどうだ――」
「次の実験手術には最適、と九号医療チームは話しています。ただ免疫効果に少々の危惧すべき調査報告があります」
和田はため息を付いた。
「九号がうまく機能したとしてもB計画の人員はこれで六人だ。Gドロイドは量産体制が敷かれ、いまや二百体にならんとしているのに、我がバイオ計画は遅々として進まん……」
西村が言う。
「和田総括、それは比較するほうが無理な話ですよ。バイオ計画はGドロイドような量産は出来ません。一人ひとりの完全オーダーメイドであり、機能回復訓練など時間をかけないとなりませんから」
「それは理解しているが、開発状況があまりにも遅い。まごまごしていると予算が切られる。それでも良いのか」
朝倉が反論する。
「予算というが、防衛省直轄のG計画と厚生労働省のB計画ではあまりにも性格が違う」
和田は朝倉を睨みつけた。
「B計画もG計画も近い将来、災害防衛庁として統括される。そうなれば力関係があまりにも違いすぎるとB計画そのものが消滅される公算が大きいのだっ!」
「和田総括はそう言いますが、人材にも注意が必要です。誰でも良い、というわけには参りません」と神室。
言い争う、ただならぬ雰囲気が部屋に充満している――。
量産体制に入るGドロイドと開発が思うように進んでいないB計画。この狭間に翻弄される天馬の運命は? 更に今後の日本においてさらなる危機が訪れようとしている。
それは天誅教の残党が政界に打って出ようと画策しているのだった。




