09 常識と現実
犯罪組織による人身売買には幾つかのパターンがある。
・臓器移植のドナーとして誘拐
・奴隷扱いする為の誘拐
どのパターンでも、最低限生きていれば良いので、水だけ用意された防音コンテナに詰め込まれて輸出される。
箱詰めの内容は客のオーダーにより様々。
だが、中年以降の肉体には商品価値がないので、幼児から若い者だけだ。
「御願い、助けて!お金なら用意させるから」
高校生くらいの、少し知恵の回るメスガキが騒ぐ。
「馬鹿か?わざわざ家族と接触して見付かるリスクを負うかよ!ここは幾ら騒いでも無駄だぞ」
青海埠頭には、輸出用コンテナの入り込んだ区画が有り、コンテナの配列や海風などから防音性が高くなる。
身代金を要求して人質も返さないという手もあるが、警察の介入がある可能性が高い。
何の目撃も痕跡もコンタクトも無ければ【失踪】や【行方不明】という形になり、警察も大して動かない。
そもそもが、日本は大丈夫だと平和ボケが常識として広まっているから、この様な現実に脚を掬われるのだ。
しばらくすると、入り込んだコンテナの隙間を通り、複数の車が来た。
その車から袋に詰められた人間が下ろされる。
数人掛りで袋から出されては小さな檻に入れられて、コンテナに詰め込まれていった。
手間は掛かるが、商品が傷付きにくく、歯向かいにくくする為の手段だ。
「あと一台来る筈だが、遅いな」
「兄貴、連絡もつきません。圏外だそうで」
何かのトラブルが起きた様だった。
「見張りとの連絡は取れますが、異常なしの様です」
リーダーらしき30代の男性は苛立ちはじめた。
「時間が無い、荷締めを開始しろ。遅れた奴は後で沈めてやる」
「いいんですかい?兄貴」
「仕方ねえだろうが!最低限は親分の顔を立てねえと」
船に乗せる時間が有るので、欠便よりも欠品の方が合理的と判断したのだ。
その分の損失は覚悟が必要になるが。
何人もの手下達が、タイヤの付いた檻をコンテナに詰め込んでいく。
「お仕事中に申し訳ありませんが、本日の出荷は中止となりましたぁ」
府抜けた言葉が響いた。
いきなりの聞いたことの無い声に、一同が周囲を見回す。
パン!
破裂音の様な銃声が聞こえた方を見ると、先程まで誰も居なかった場所に三人の人影が有った。
「警察か?」
「三割正解!」
リーダーの男が脚を撃ち抜かれて地面に転んだ。
「見張りは何をしてたんだ?」
兄貴分を死角に引摺りながら、弟分が叫んだ。
手下達の数人が銃を抜くが、再び相手の姿を見付ける事ができない。
「(見張りの目の前を通り過ぎたのを体験した私も信じられない。これが【認識阻害】?)」
音を立てない様に注意しながら、林原は命令された通りに動かずスマホのビデオ撮影を続けた。
「畜生、何処だ?ソコか?」
パンパン!
「何で倒れない?」
サイレンサーも付けない銃声が複数響く。
リーダー格の男をはじめとして数人が銃を撃つが、林原からすると同士打ちをしている様にしか見えない。
檻に入れられた子供達にも数発当たっている。
当の賀茂は、リーダー格の男の後ろに立っているのに。
「(レベルがC、C、C、D、C、D、D。見事に低いレベルだけ当てさせてるわ。認識干渉とか言ってたけど)」
元々が、子供達が逃げられない場所になってはいるが、なぜか犯人達に【逃げる】という行動が起きなかった。
そして、犯人や子供達の中のBレベル以上の者は、かすり傷程度で済んでいるが、子供達も犯人も低レベルの者は死んでいる。
「(本当に【女子供犯罪】に関係無く処置してるわね)」
彼等の目的が【法の厳守】で無い事を考えれば、その行動が理解できる。
そして、林原は法と信念に関係無く、彼等に従わなくてはならないのだ。
「(リーダー格の男は・・一応Bかぁ。確かに犯人として逮捕する必要はあるけど)」
端から見れば、下っ端や被害者が死んで、ボスが無事なのも釈然としない。
「そろそろ良いかな?」
賀茂達が残った男達に触れると、まるでスタンガンにやられた様に震えて倒れた。
「林原さん、警官隊の突入連絡を」
「は、はいっ」
林原はスマホでの撮影を中断して、聞いていた連絡先に電話しはじめた。
途端に、パトカーと救急車のサイレンが近付いてくる。
「確かに彼等じゃなければ、何人か逃げていたでしょうね。でも釈然としないわ」
連絡を終えた林原は、倒れた犯人達に手錠をかけていく。
そして、到着した警官隊に警察手帳を見せた。
「本庁の林原巡査です。この二名は協力者」
「林原巡査、他二名ですね?警視監から報告は受けております。後は我々に任せてお帰り下さい」
「助かるわ」
佐川警視監から、事情聴取などしない様に指示を受けているのだろう。
この場は『かねてより生活安全課がマークしていた人身売買の現場をおさえた』事になるのだろう。
何かのトラブルで、犯人が同士打ちを始めた所に警官隊が突入して確保したとかの筋書と思われる。
実際、彼等には『乱入者が有り撃ち合いになった』くらいの認識しかないのだから。
林原達は道路に停めてある車へ向かい、警官隊の間をすり抜けていく。
「ビデオ撮影が無駄になりましたね」
「林原さん。一応は保険をかけておくに越しませんから」
賀茂達も全てが見通せる訳ではないらしい。
「こんな事件は以前にも有ったんですか?」
「さぁ?警視庁の記録を調べたら出てくるんじゃないですか?そうだ、忘れないうちに拳銃を御返しします」
「そうですね、今のうちに(そんな資料が有るわけないじゃない)」
当然、今回の様に無難な報告に書き換えられているに違いない。
騒ぐ警察官が居ても、特別なメリットが無ければ【事故死】や【病死】するだけなのだから。
「(そう言えば、庁内の資料室での脳硬塞死亡事故が何件かあった記憶が・・・)」
管理の行き届いた資料室は、除湿が効いているので一年中冷える。
エアコンの効いた館内から用意もなく資料室に入ると、温度差により風邪をひいたり、脳硬塞を引き起こす事があるらしい。
しかし・・・・
「『事実は小説より奇なり』とは言いますが、常識より現実の方が、そうとう恐ろしいんですね」
「気にしたら負けですよ林原さん」
「そうですね」
賀茂の言う通り、気にしないのが無難だと悟る林原だった。




