08 佐川警視監
林原巡査がショルダーバッグに注意しながら駅に着くと、改札近くに体格の良い男性三人が立っていた。
「佐川警視監?お、お疲れ様です」
林原が気が付き、姿勢を正して15度ほど頭を下げた。
挙手の敬礼でないのは無帽だからだ。
他の二名はSPの様だった。
「偶然ですね賀茂様、お久しぶりです。そして、はじめまして御客人。佐川慶三郎と申します」
「お久しぶりですね佐川君」
林原の挨拶には目礼と軽い頷きを返し、賀茂達には丁寧な挨拶をした彼は、林原に指示を出していた日笠警視監とはライバル関係にある警視監だ。
「(偶然な訳がないじゃない。でも、どうして佐川警視監がココに?そうか!ICカードの履歴か警官に配付された携帯のGPS。となると誰かが・・)」
林原の予想は、おおかた当たっていた。
担当外の者には林原達の行動がノータッチの筈だが、警視監の立場を使えば担当している警官と、その位置情報を知る事はできる。
派閥があっても、何処にでも風見鶏や蝙蝠は居るので、情報を横流しする者は居るのだから。
「何かお困りの事が有れば、私の名前を出して構いませんよ、先輩」
「そうですね、その際はよろしくお願いします」
佐川警視監は既に賀茂と顔見知りの様だ。
佐川としては、日笠警視監だけに目立たれるのは嫌なのだろう。
林原巡査は、試しに眼鏡で佐川警視監を見た。
「(レベルはC。ギリギリ処置対象では無いのね。でも)あのう、先輩って?」
「ああ、佐川君は高校時代の後輩でね。彼の進学などにも手を貸したんだよ」
見ると、佐川警視監も頷いている。
「あっ、そう言えば確か・・・」
林原は思い出した。
最初に渡された賀茂重蔵の資料には『推定年齢60歳前後』と書かれていた事を。
「あれマジだったんだ。警視監は50代後半だし、その先輩なら確かに・・・(どんなアンチエイジングなんだろう)」
女である林原には、実年齢とのギャップよりも、若さを保つ方法の方が気になった。
賀茂の動きは見てくれだけを若くした物とは違っていたからだ。
薬か?手術か?例の魔法による物なのか?それは林原にも適用できるのか?
林原巡査が、それまでと違った目で賀茂を見始めた時、彼女の肩を叩く手があった。
「確か、林原君だったね?先輩の事を宜しく頼むよ。それと、上司部下の関係は組織に勝手に決められるが、君が誰と組むかは君自身が決める事だと、私は思うのだけどね」
佐川警視監は懐から名刺を取り出し、林原の胸ポケットに差し込んだ。
これは佐川警視監からの誘いなのだろう。
賀茂が林原を必要としているのは主に、関わった者を都合よく警察に引き渡す為の連絡係りとしてだ。
それは、賀茂達のメリットにもなるが、ある意味で警察の手柄ともなる。
林原巡査が日笠警視監に連絡をして、話を通した警官達が駆け付ける手筈となっているのだが、たまたま騒ぎを聞き付けた佐川警視監の部下が先に駆け付けていたら、どうなるだろうか?
警察内での日笠の面子が潰れるだけでなく、賀茂からの印象も変わることとなる。
「そうですね(私を蝙蝠にしたいのかしら?確かに、それも良いかも知れないけど)」
林原は日笠警視監に特別な恩がある訳でも、憧れている訳でも無かった。
自分のやりたい事と保身がはかれれば、地位や名誉は面倒にしか感じていない。
出世に興味がないのは、書類仕事と謝罪に明け暮れる自分の部所の係長を見ていたからだ。
「じゃあ林原さん、そろそろ行きましょうか?佐川君済まないね、先を急ぐんで」
「いえ、賀茂様を呼び止めて申し訳ありませんでした」
改札に入る賀茂を、佐川警視監が90度の御辞儀で見送る。
「(警視監以上だとは知ってたけど、これ程とは!)」
たやすく他者の命を奪え、権力者よりも上位の賀茂に恐怖が走り、林原が持っていた先程までの興味が一気に消し飛んだ。
「秋葉原で乗り換えるよ。ライナス君は秋葉原にも寄りたいだろうけど、仕事が先だ」
「分かってますよ先輩。港に行くんですね?」
どうやら、何かしらの時間が迫っている様だと林原は感じた。
「確か佐川君は【生活安全局】と【港湾警察】にも手が回せたよね?林原さん」
「はっ?はい?港湾警察ですか?あぁ、確かに・・・そんな噂を聞いた覚えが」
賀茂は佐川警視監の管轄にも詳しい様だ。
「さっきの名刺にメアドが有るので『青海埠頭で人身売買があるから大至急手配を』とメールしてください。生憎と日笠警視監の管轄ではないのでね」
「人身売買?詳しい場所は?」
「それは林原さんの携帯端末で探すでしょうから」
江東区の青海埠頭には、コンテナ港と、大手倉庫会社がある。
「確か、最寄駅はりんかい線の東京テレポート駅でしたか?秋葉原と大井町駅で乗り換えれば・・・」
「テレポート駅からはタクシーが捕まえられるでしょう」
都内は、下手に車で移動するよりも電車を使った方が速い場所と時間がある。
「時間帯的に混みますよ」
「林原さんのGPSが追尾されてますから、下手に特殊な方法は使えないんですよ」
賀茂達だけなら空を飛んだりと色々できるのだが、林原の位置情報が消えたり飛んだりしたら、知らない警視庁の担当は軽いパニックになるだろう。
「大丈夫。間に合いますから」
「(あれっ?なんか、佐川警視監と出会うのも佐川警視監の意思でなくて、賀茂さんが連絡をとる為に引き寄せた?)」
あまりに都合よく繋がっていて気持ち悪い位だが、確率を操作できるという彼等の事だと流すしかない。
ちょうどホームに入ってきた黄色い電車に、林原の思考は中断し、言われるままに乗り込むのだった。




