07 物語の差異
林原巡査は言われるままに、彼等についていくしか無かった。
障害になったり利用価値が無くなれば、容易く【病死】で処分される事が理解できたからだ。
「(そもそも、物語でも魔法使いと魔族の違いって何なの?場合によっては下級魔族より強い魔法使いが居たりするけど、外見や種族の違い?魔法なんて使える時点で人間じゃ無いでしょうに)」
彼女は幼少時の教会通いのせいで、ファンタジー物に弱かったので、急いで調べたのだ。
見るからに賀茂達は、林原が調べた【黄金の夜明け】等の魔術師よりも、フィクションの魔法使いに近い感じがした。
フィクションの中にも、ほぼ人間と同じ容姿の魔族が登場するものがある。
「移動しますから、ついてきて下さいね」
賀茂に言われて、そうこうしている間に彼等はJRの改札を抜けていく。
「(電車で移動?)そう言えば、ICカードを預かってたっけ」
林原はショルダーバッグをまさぐった。
賀茂達のビルまでは本庁の車で来ていたが、電車の移動や経費用にと、特別なICカードが渡されていたのだ。
「賀茂さん、どこまで行くんですか?」
「日曜日なのに悪いですね。来たばかりでライナス君の手持ち現金が限られるんで、後楽園の馬券売場で増やそうと思ってます。私の持ち金を渡しても良いんですが、独自に増やす方法も知っておいた方が手間が省けるので」
「いえいえ。いつ事件が起きるとも知れない警察官に日曜日も祝日も有りませんから」
後楽園は東京ドームで有名だが、JRAの場外馬券場も有る場所だ。
後ろを歩いてソレを聞いた林原は『仕事中に競馬かよ』と思った。
確かに日曜日の後楽園周辺で駐車場を探すのは大変かも知れない。
JR中央線の水道橋駅までは、たいした時間は掛からなかった。
ただ、部分的な電車の混み様にライナスが驚いていたのが、林原巡査には目新しい。
「車で移動したら渋滞や駐車場探しで、もっと時間が掛かりますからね。馬券売場でも混みますよ」
「分かってますが、林原女史が居なければと思うのは許してくださいね」
現在でも【馬券】で通用するが、正式には【勝馬投票券】と言うらしい。
彼等には、彼等なりの移動手段なども有るのだが、実質初日の林原に配慮したのだ。
頭で分かっていても、わざわざの遠廻りは苛つくものだ。
ライナスはハーと溜め息をつきながら水道橋駅を降りた。
「今日はG1でしたか?これは想定外でした」
「フェイマスレースですか?これは倍率が高そうだ」
競馬には通常レースの他に、有名な馬と騎手が出場するG1とG2、G3が定期的に行われ、G1は国内外最高峰の馬が出るレースだ。
「ライナス君。でも、その分だけ混みますよ。11レースの馬券だけを買ったら遊園地で時間を潰しましょうか?」
一日に複数の競馬場で12回のレースが行われ、メインのレースは16時前後に行われる11レースなのだ。
「単勝に複勝、三連単?色々な買い方があるんですね?」
「日本の方式はライナス君の国とは違うからね」
「いや、俺は競馬自体が初めてですよ。こう見えて本国では少佐なんですから。士官学校時代から身も人生も国防に捧げてるんです。それより、ヒーローショーとかやってますかね?後楽園遊園地で」
「あれは子供が見る物ですよ?」
「ゴテゴテしたバトルスーツで戦う物って、日本くらいしか無いんですよ」
確かに西洋では、軍服や普通の服に顔が出ているものや、顔は隠しても肉体の大半のボディラインが際立つヒーローが多い。
軍服は、ヒーロースーツに比べて『カッコイイ』と言えるシロモノではないのかも知れない。
「まぁ、日本に来た土産話としてはアリなのかも知れませんが」
二人の会話を聞きながら、林原巡査は眉間に皺を寄せた。
午後5時過ぎ。林原巡査はショルダーバッグを押さえながら駅に向かっていた。
「言われた通りに買ったら大当りだなんて。これが万馬券って奴なの?」
「林原さんも、経費で落とせない買い物とかあるでしょ?」
賀茂達には慌てた様子が無い。
勝馬投票券は一枚当たり百円で、その当たり払戻金が一万円以上になった物を【万馬券】と呼ぶ。
林原も手持ちから五千円分も買っていれば、五十万円以上になる。
しかし、それは滅多に出るものではない。
払戻金は現金手渡しの他に会員登録した時の銀行口座に後日に振り込まれるのだが、仕事中の彼女は銀行口座の用意が無かったのだ。
「いったい、どうなってるんですか?未来予知とか?」
「これは、単なる【確率変動】ですよ」
「【確率変動】?」
「神社で合格祈願したら、合格できないと思っていた大学に合格した・・みたいなものですかね。成功率は雲泥の差ですけど」
言われている事は理解できるが、それはそうそう起きる事ではない。
いや、【起きない事が普通】と言うべき事だ。
「認識している確率事象に圧力を加えて確率を変動させ、望んだ結果を出す。他の干渉や事象の安定値が高くなければ可能な事です」
「そんな事ができるわけ無いじゃないですか」
「それは、お前たちが【下等生物】だからだろ?俺も以前は下等生物だったから分からなくもないが」
賀茂の説明に反論した林原をライナスが見下す。
「それじゃあまるで、貴方達は【人間じゃない】みたいじゃないですか?」
「だから【魔法使い】だと言っている。正確には【御使い】が妥当だが」
「ライナス君!」
「すみません、賀茂さん。まだ人間の時の感情が制御しきれなくて」
賀茂が厳しい目でライナスを睨んだ。
ライナスの言葉は、彼等が魔法しか使えない存在では無い事を示していたからだ。
「林原さんの認識をいじっても良いのですが、後遺症がでると業務に差し障りますから」
「認識をいじる?さっき言っていた【認識改編】ですか?」
どうやら、賀茂の言ってるのは、人の判断や感覚を書き換えるものらしい。
「例えば、走行中の運転手のブレーキとアクセルの【認識を入れ換える】と、本人はブレーキを踏んでいるつもりでも、車は暴走して・・・」
林原達が見ている目の前。
駅に向かう途中の交差点で、信号待ちをする為に減速しようとした車が暴走して交差点に突っこみ、事故を起こした。
「多少は調べた林原さんなら理解できるでしょうが、現実に伝わっている【魔法】の真髄は、【認識改編】と【確率変動】なんですよ。天気や事故に会う確率、病死する確率や財宝を見つける確率を操作して願いや呪いを実現する。また、感情や認識を改竄して、恋愛を成就させたりショック死や事故死に至らしめる」
「そう言うものなんですか?」
彼女が調べた【ソロモンの鍵】などで、悪魔と契約して成就する願いは、確かにソノ様なものだった。
【知識を得る】などの物も、悪魔から得るとは限らず、知識を持つ者との出会いが発生すると考えれば【確率】なのかも知れない。
「さっきの眼鏡を掛けて現場を見てください。あの事故で死ぬ可能性も操作していますから」
「・・・・」
林原が眼鏡越しに見ると、大怪我をしそうな運転手は軽傷で表示は【B】。
あまりダメージの無い車の後部座席から引っ張り出された少女は首が変に曲がっており、表示は【D】だった。
「あの少女を【処置】したんですね?でも、あの少女以外にも【D】の人は居るようですが?」
林原にしてみれば、中高年の男性より、未来のある少女の命の方が重要に思えたのだ。
「朝にお話しした通り、将来に有害な遺伝子を残さないのが我々の使命なので、これ以上子供を作る恐れの無い中高年より、将来複数の遺伝子を残す可能性がある少女の処置が重要な訳です」
賀茂の説明は理に叶っているが、確かにそこに人間らしい感情は感じられない。
「お前たちが、畑を荒らす猿を殺す時に、どれだけの感情移入をする?その間引きが生態系を守るとなれば、尚更に無感情になるだろ?」
ライナスは、林原の感情を汲み取って付け加えた。




