06 魔術と魔法
己が生まれ持った属性を知り、星の配置と月齢と天候を選び、地脈の大きな所に祭壇と魔法陣を作り、属性に合った本数の燭台と色を集めて香と生け贄を捧げる。
更には余人の意思が交わらぬ様にして、特定の言の葉の共鳴により世界の境界に切れ目を入れて【力ある者】を呼び込んで願いを叶えさせる。
その【力ある者】が天使にしろ悪魔にしろ、それが林原美佐緒巡査の調べた魔術だった。
フィクションの魔術師は、自分の力で不可思議な現象を起こすが、調べてみると古の魔術師は天使や悪魔、精霊の力を借りて事象を起こしていた。
その為に、事前に何日も祈りを捧げていたり、供物などを捧げ続けておく必要が有るのだ。
それらの前準備を知らぬ者が行使の瞬間だけを見て『呪文を唱えれば魔法が使える』と思うのが、フィクションの魔術師なのだろう。
「賀茂様達は【魔術師】なんですね?」
その調査と見た物は違っているかも知れないが、翌日の林原美佐緒巡査は開き直っていた。
真偽は別にして、相手に合わせるのが接客であり処世術だと、詳細を伏せて相談したスパのマッサージ師から教わったのだ。
「英語なら同じwizardですけど、我々は【魔術師】ではなく【魔法使い】の方ですね。厳密にはソレも違いますけど」
賀茂の返答に、林原巡査は首を傾げた。
「【魔術師】と【魔法使い】って違うんですか?」
多くの者が同じ疑問を持つだろうし、その見解も違うのだろう。
「そうですねぇ。簡単に言えば技術と本能の違いですかね。結果が同じでも【魔術】は環境と準備を揃えれば優劣の差こそあれ誰でも使えますが、【魔法】は特定の能力を持った者が手足を動かすがことく使える力と言えます」
「運転技【術】と呼吸【法】みたいなものさ。だから使い方や原理を説明しようにもできない」
賀茂の説明にライナスが付け加えた。
「【術】と【法】ですか・・」
言われて林原は考えた。
確か、化学技術の語原は錬金術だと聞いた事があり、昔の錬金術師や魔術師は技術者や奇術師だと書く本もある。
彼の言う通り、【錬金術】とは言うが【錬金法】とは言わないし、【化学技術】とは言うが【化学技法】とは言わない。
また、ライナスの説明で言うと、ロボットアームの動く理屈を説明できても、人間の腕が動く理屈を正確に説明できない様なものだ。
そこには生命の理屈までが織り込まれており、現代科学でも生命の再現まで理解が及んではいないからだ。
考え込む林原の反応を、賀茂は観察している。
もっとも、先のトラブルで行った常世と現世の移動などは、彼等の遺伝子には組み込まれていないので【魔術】に属する技術だが。
「まぁ、あまり気にする違いじゃ無いですよ。私の場合は【陰陽師】でもありますから」
賀茂の返事は更に林原巡査を混乱させ、しばらくの間を経てから、彼女は考えるのも質問するのも放棄した。
「(彼等の理解は業務に入ってないし、既に神智学からも外れそうだしね)」
カルトを理解するのは無理だと彼女は割り切って来たので、切り替えも早い。
「じゃあ、【研修】の為に少し出歩くので、同行してもらえますか?」
「了解です」
林原の様な警官が同行していない状態で他の勢力とのトラブルが起きても収拾が面倒なので、彼等は活動を控えていたのだ。
「因みに【研修】の具体的内容を伺っても?」
ライナスが【研修生】だと聞いていたので、これまでの経過から【魔法の研修】である事は予想がつくが、先の予習からは生け贄を必要とする。
その生け贄の内容如何によっては、人命に関わる可能性があると考えたからだ。
「ああ、そうですね。大丈夫ですよ・・・【具体的には合法的な不適合者の処分】と言った所ですね」
「合法的・・・ですか・・・(【不適合者】って事は【人間】が対象?【処分】って逮捕か保護よね?その為の警察官って訳ね」
答えた賀茂重蔵は日本人だと聞く。
であれば、彼の言う【合法的】とは日本の法律に準ずるものだろうと林原巡査は安堵した。
「じゃあ早速、近場で始めましょうか?」
「近場・・・ですか(地下室か何かが有るのかな?魔術陣で場所とか調べて確保かな)」
魔法陣とかは、地下などの目につかない所に設置すると聞く。
そして、ビルには地下室が付きものだからだ。
だが、賀茂達が向かったのはビルの地下室ではなく、最寄りの駅前だった。
その駅は山の手線の一駅でもある為に、土日でも多くの利用者がある。
「ここなら旅行者も居るし、外国人も通るからなんですね」
「地元住民は、おおかた処置済みだからね」
ライナスと賀茂の会話に違和感を覚えつつ、林原巡査はビジネススーツで後を追う。
「林原さんには何をやってるか分からないでしょうから、このサングラスで見て下さい」
「掛ければ良いんですか?」
賀茂の差し出したのは、少し太いフレームに薄いグレーのレンズが入った眼鏡だった。
眼鏡を掛けると、薄くモヤの様なものが全体に流れている様に見える。
「本来は詠唱とか必要無いんですが・・・『アイシクルランス』」
そう口にした賀茂の手から槍状の物が放たれ、駅前の通行人の一人に刺さったのが林原の目には見えた。
「えっ?」
槍状の物が刺さった通行人は、その胸を押さえて倒れていく。
思わず眼鏡を外して見返した彼女の目には、槍状の物は見えない。
「どうした?大丈夫か?」
知人らしい周りの人間が声をかけるが、その通行人は痙攣して虫の息だ。
「何が起きてるの?」
林原が再びサングラスを掛け直すと、通行人の胸に数本の槍が刺さって流血しているのが見える。
「他者の現実的には心臓発作ですが、あの者には胸に槍が刺さっているのが【現実】なんですよ」
「こんな事が・・・」
林原巡査には、目の前で起きている事が納得いかなかった。
「じゃあ、次はライナス君」
「了解です。あそこにもDレベルが居ますね。『ファイアボール』」
少し離れた歩道に向けてライナスが手をかざし、火の球を放つと、その火に当たった人間の全身が燃え上がって、藻掻きながら道路に飛び出して行った。
勿論、サングラスを外せば炎など見えない。
いきなり暴れだした人物が道路に飛び出してトラックに跳ねられているだけだった。
「どうだい?合法的だろう?これを取り締まる法律は現代社会には無いよ。つまりは【合法的な間引き】って事さ」
賀茂達の【合法的】や警視監の言っていた事が、ようやく理解できた林原巡査は、目を大きく見開いた。
「な、なんでこんな事を?」
幻覚に近いものだとしても、彼等の意思通りに人命が奪われているのは間違いない。
法律に触れないからと言って警官である林原に殺人を見逃す事はできなかった。
かと言っても、相手は警視監からも『失礼の無い様に』や『手を出すな』と言われている者だ。
林原は血が出る程に強く拳を握った。
「『何で罪もない人達を』って思っているんだろうけど、罪や行ないの有無は関係ないんだよ。俺達は将来の人類の為に有害な遺伝子を持つ者を処分しているいるんだから」
「【有害な遺伝子】?そんな事が見た目で分かるものか!」
ライナスの言葉は、林原巡査の常識では理解も納得もいかない事だ。
「君達には無理でも我々には【見える】んだよ。それに遺伝子配列に関する学習も終えているし」
「おいおいライナス君。あまり教えちゃマズイだろうが」
「すみません、賀茂さん」
ライナスの説明を賀茂が中断した。
どうやら、あまり深入りしてはならない事の様だ。
「その眼鏡の耳の部分にスイッチが有るでしょう?ソレを二回クリックして掛け直して見てもらえますか?」
賀茂の言う通りに林原が眼鏡を外すと、確かにボタンの様な突起があった。
それを連続して二回押して掛け直すと、見える人間にアルファベットが重なって見えた。
「これってスマートグラス?」
近年には、一般にも普及してきているスマートグラスだが、これはスマホ等の端末とリンクしなくても使える様だ。
「さっきの二人は共にDレベルで処分対象。例えば、あのタクシー待ちしている客は先頭からCCBCCCBB・・・でしょ?」
林原が眼鏡で見ると、確かに賀茂が言う通りに表示されていた。
他を見回すと、確かに旅行者の様な人にチラホラ【D】の表示がされている。
「他にも処分対象は居ますけど、一度に一ヶ所で多数の死人が出ると【偶然】では片付きませんから、ここではこのくらいにしておきますが・・・・」
どうやら、彼等の【選別】は無差別殺人ではないらしいが、それでも納得のいくものではない。
「林原さんが、今回の様な【事故】を報告する必要は有りません。ある程度【刑事事件】にならざるをえない時に、活躍と上司への報告を頼みます」
そう言って駅の改札へ進む賀茂達に林原巡査は、何も言えずについていくしかないのであった。




