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04 現実の逃避

 林原(はやしばら)美佐緒(みさお)は『ヤバイ』と思った。

 それは自分の精神か、賀茂達か、その両方かは分からない。

 ただ、確実にどれかは狂っていると判断したのだ。


「魔法が嫌なら陰陽術や法力、超能力など好きな呼び名と解釈で構いませんよ」

「どうしたんですか先輩。こんな下等生物に敬語なんて使って?」


 ライナスは賀茂の対応が、明らかに不満そうだ。

 林原もライナスの言いようにはカチンと来たが、【来賓】らしいので、できるだけ表情に出さない様にした。


「いや、ライナス君。上下関係を納得していない者に上から目線では、協力体制も無いでしょう?」

「力で捩じ伏せ、精神を支配してコキ使えば良いんじゃないですか?」

「ロボット化すると、精神が壊れて自主性が失われ、命令が面倒なんですよ。それにレベルBを使い捨てるのは勿体ない。貴女も洗脳されたくはないですよね?林原巡査?」

「せ、洗脳ですか?・・・それは嫌ですね・・・・」


 林原は彼等の話の半分も理解できていなかった。

 宗教団体関係者とは聞いていたが、一緒に居るには常識の逸脱具合が半端ではない。

 『神は我々の心の中に居ます』と口にする盲信者以上だ。

 だが、最後の話題振りには何とか対応できた。


 昔から、手術で自我を奪い、薬物と洗脳で特殊部隊の戦士を作るSF映画はある。

 現実でも外国の軍が近い事をやったとか、やっているという話も聞いた。

 実際にも、麻薬と禁断症状を使って使い捨ての私兵をぶつけてきたヤクザも、彼女は見ている。


「(あんな幻覚を見るようじゃ、もう薬を使われているのかしら?屋外だったけど・・)」


 今の自分に自覚症状はないが、薬物投与や洗脳はソウ言ったものだと警察の研修でも習っている。


「(兎に角、ここに居てはマズイ)あのぉ、御手洗いを・・・」


 言いかけて彼女は、体が動かない事に気が付いた。

 手足が動かないのではなく、何故か立ち上がれないのだ。


「トイレには60分前に行っているし、水分も取ってない。膀胱への溜まり具合も10%未満の様だが?」

「・・・・・(何で知ってるの?)」


 膀胱の割合は自覚が無いが、他は確かに言われた通りなのだ。


「まぁ良い。トイレはエレベーターホールに有る。小窓が有るから外の空気でも吸ってきたまえ」


 賀茂がソウ言うと体は動き、立ち上がる事ができたので、彼女はトイレに駆け込んだ。


「はぁ、はぁ、いったい何なの?夢?幻覚?催眠?」


 トイレには落下防止の柵が有って脱出は出来ないが、新鮮な外気を吸う事はできた。


 林原美佐緒はスーツの袖を捲り、肘の近くを思いっきりつねる。

 頬などの見える所にしなかったのは、相手に悟られない為だ。


「いたっ!夢じゃないし麻痺もしてない?」


 夢の中や催眠術では、自分をつねる事さえ思い付かない。

 薬物投与されていれば、感覚が鈍化する。


「いったい、どういう事?」


 現状は、彼女の常識では計り知れない状態だった。


「でも、やっぱり何かがおかしい。病院で精密検査してもらった方が・・・・」


 林原美佐緒は身なりを整え、先程のリビングへと戻った。


「申し訳ありません。やはり体調が優れない様なので、本日は帰らせていただきたいのですが?」

「おいおい、日本の警察は初日から早退かい?」


 林原の申し出にライナスは、完全に馬鹿にした言葉を返した。


 実際には二人が消えた数日間も彼女は、この近辺で張り込みをしていたのだが、それを言い返す気力も失せている。

 丁寧な言い回しをしたのは、仮に全てが幻覚で無かった時の事を考えての事だ。


「まぁ、仕方が無いじゃないか。こちらは急がないから体調が戻ったら連絡をくださいね。もし、不在中に我々が動く時には連絡を入れますから」


 そう言いながら賀茂重蔵が差し出したのは林原の携帯だった。


 青ざめて脱力している彼女は「いつの間に?」と返す事もできない。

 今はただ、携帯を受け取って、この場を無難に逃げ出す事しか頭に無かった。


「では、本当に申し訳ありませんが、これで失礼致します」


 林原美佐緒は、エレベーターで一階のオカルトショップに降り、店の前でタクシーをひろって警察病院へと向かったのだった。






「大至急血液検査をしましたが、特に異常な状態や成分は検出されませんでした。客観的にはストレス症候群ですね」


 『何かの薬物を嗅がされた』と言って警察病院に駆け込んだ彼女は採血をされ、血液を薄める為に点滴を施されていた。

 薬物の中和をする為に、最優先で血液検査を行った医師の返答が、コレだったのだ。


「しかし、幻覚を見たんですよ?」

「今も見えますか?」

「今は・・・大丈夫ですが・・」

「薬物による幻覚で、特に時間が経過していなければ、多少なりとも異物が検出される筈です。それが香やガスによる物でも頭痛や吐き気以上の症状なら数時間は血液中に痕跡が残ります。何かのアレルギーだとしても、抗体反応が出ますから」


 確かに、林原が賀茂達の前から逃げて採血するまでに一時間程しか経っていないし、彼女にアレルギーは無い筈だ。


「あと考えられるのは、低周波振動や可聴範囲外の音波による精神ストレスですが・・屋外で、他にも人が居たんですよね?その人達は大丈夫そうでしたか?」

「幻覚を見たのは、私だけみたいです・・・」


 賀茂が『魔法』とか言ったのは、決して彼が幻覚を見ていたのではないだろう。

 むしろ、林原に『魔法』とか聞こえたのが幻覚だった可能性もある。


 低周波振動や可聴範囲外騒音は自覚できないが、精神ストレスを発生させ、個人差はあるが幻聴や幻覚を見る事がある。


 影響下では、全員が同じ症状になる事は希だが、殆どの者が不快感は覚える筈だ。


「医師としては、【業務に支障無し】としか診断書を書けませんよ」

「そうなんでしょうね・・・」


 林原としては、何らかの異常が有ればドクターストップで任務から外れる事ができると思っていたが、そうは簡単にいかなかった。


 彼女は携帯に新たに登録されていた【賀茂重蔵】の連絡先を見つめて、頭を押さえるのだった。


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