35 そして延長
正式配属となった林原は、スマートグラスなどで人間を分類していたアルファベットが、単なる羅列でない事も教えられた。
A:AfterSteper
次の段階へ進む者
B:baseupper
水準が上がった者
C:Common
一般的な者/基準点
D:DeletationTarget
削除対象
E:ExecutionTarget
処刑対象
ABが主流になった段階で、今度はAレベルがCレベル認定され、BレベルがCレベル認定されて、ワクチンの質が変わるという話だ。
この段階上げが、過去に数回行われていたらしい。
「界隈でCレベルが多いって事は、ワクチンでの遺伝子操作が上手くできにくいって事ですね」
「下半身の生殖器が目標なのに腕にワクチン射ってますし、個人差がありますからね」
林原の推測を長谷川が補足する。
既に成体になった多細胞生物の部分的遺伝子操作が困難なのは、変異した細胞の殆んどが癌細胞として認識され、免疫細胞により破壊されるからだ。
特に遺伝子操作を受けていない通常の健康な人間も、一日に五千個程の癌細胞が発生していると言われているが、その殆んどが免疫によって破壊されている。
そんな話をしながらも、二人が到着したのは警視庁の本庁庁舎だ。
出向扱いでも、証明書や情報更新の為に所属部所に出頭するのは、民間も公務員も変わらない。
庁舎に入ると、多くの視線が林原に集まった。
人の口に戸は立てられない。
元同僚や人事部、古巣の交通課から【特務】に就いてから出世した情報が漏れているのだろう。
「こうなると、あの認識阻害アイテムが欲しいですね」
「話は聞いてますよ。見えていても意識できない。透明になる訳じゃないから他人は避けてくれるらしいですね」
林原は遠目に見ていたが、突然現れた時はびっくりした。
「でも、長谷川警部には視線が向いていない様な?」
「私は地方県警から採用されたので、面割れしてないんでしょ。でも次回からは気を付けないといけませんかね」
身体検査を済ませて高層階用エレベーターに乗り込む。
警備警官は居て既に顔パスだが、身分証の提示は義務と業務だ。
「あれっ?長谷川警部は、どちらへ?」
警視庁の上層階まで一緒だった長谷川が、林原と別の部屋へ向かっている。
「あぁ、私の担当は佐川警視監なんですよ。権力が集中しない様に、担当が持ち回りになってるみたいです」
賀茂達と関わるのは政府は勿論、警視庁内でも大きな権力を持つ事になる。
今回の林原の様に出向警官が増えたなら、『俺にも関わらせろ』と言う者が出るのも当然だ。
それが林原の時には日笠警視監だったのだろう。
権力的には警視総監が担当したいのだろうが、表向き『一警察官』である彼等に警視総監が指示を出すと言うのは、いくら何でも憚られる。
かと言って担当者の地位が低いと、所轄などへの強制力が無くなるからの警視監だ。
既にアポは入れているので、秘書官に挨拶してから部屋をノックする。
「林原美沙緒警部補、出頭致しました」
「はいりたまえ」
日笠警視監は、相変わらす書類に囲まれていた。
「忙しいところ済まないね」
「いえ、警視監殿ほどでは」
林原が鞄から書類の入った大きめの茶封筒を出して机の上に置き、それを日笠が鍵のかかった引き出しにしまう。
同じ引き出しから、日笠は別の封筒を出して林原に手渡した。
「これで、本当に【栄転】だな?しかし、私と君とで何が違うのだろう?」
日笠警視監は恨めしそうに林原を見上げる。
警察での立場は日笠警視監の方が遥かに上だが、実質的な立場は林原の方が上になっている。
「たぶん、【運】ではないかと思います」
「【運】かぁ~」
そう話す林原のスマートグラスには、日笠警視監の上に【C】の表示が見えていた。
その【運】さえも賀茂達なら自由にできるのだろうが、彼等が世界の全てを操作している訳ではない。
「お仕事の邪魔をしてはいけませんので、これで失礼します」
「あぁ、今後も宜しく頼むよ」
林原の担当になったお陰で、日笠警視監にも権力が増えたので、警視総監への道は明るいのだろう。
林原は礼をして部屋を出て、待合せ場所である一階のエントランスへと向かった。
「最近の警部補殿は、やたらと金回りも良くなったようですねぇ?袖の下でも貰ってますか?」
本庁に現れた話を聞いた元同僚が数名、エントランスに待ち構えていたのだった。
「公営ギャンブルに株式投資。ちゃんと税金も納めていますよ?いやぁ、特務に移ってからは【運】が良くて良くて」
【運】が良いのは、賀茂達の指示通りに売買していからだ。
それに、住所変更の届けも出しているので、マンションを買ったのも知られているのだろう。
「お前なぁ~、イイ気になってると・・・ちっ!」
長谷川も降りてきたのを見て、元同僚が舌打ちをして去っていく。
セクハラモラハラの類いは、目撃者がいれば明確に立証できるからだ。
「本庁出身は大変ですね」
「もう慣れましたけどね」
状況を察した長谷川が同情の視線を向ける。
だが、『生物に【個】が存在する限り子供のイジメをはじめとして、社会でのハラスメントは無くならない』と、教会で聞いた事があったので、林原はイチイチ気にしてはいない。
Eレベル案件の危険性と、Dレベル処置の無情さに目をつぶれば、賀茂達の現場は和気あいあいとした物だ。
ドライブしたり、ギャンブルに興じたりできる。
だが、林原や長谷川の仕事は、間違いなく日本の為になっているらしい。
「ライナスさんは、結果としてスパイ認定されましたけど、彼のお陰でコノ仕事に付けてラッキーでしたよ」
「立場上、コメントが難しいですよ林原警部補」
いまだに偽ライナスの消息は掴めていない。
容姿を変えて賀茂達の近くに居るかも知れないが、現状では確認できていないらしい。
「じゃあ、今日もドライブを頑張りましょう」
「今日は私に運転を任せてくださいよ警部」
その運転の後ろでは賀茂達が人知れずDレベルの人間を処置するのだが、前を向いて運転する二人は見ない様にする事ができる。
こうして、将来の災害に向けての見えない活動は続いていく。
それは、あなたの近くで既に起きているかも知れないが。
――――― END ―――――
長らくありがとうございました。




