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34 研修生失踪

 大きく変化した地球を見て項垂れていた林原は、背後に何かの存在を感じた。


「あれは・・・宇宙船?」


 宇宙船と言ってもエイリアンや超未来の物ではなく、大きめのスペースシャトルの様な姿で、明らかに近未来の人類の物だ。


 なぜか、それ等が月や火星から来た物だと、彼女には認識できた。


「そう言えば、アメリカや中国が月や火星への移住計画を、かなり昔から唱えていたっけ」


 月や火星といった天体を丸ごと居住可能なものにするのは、近未来でも無理と言われている。

 他の天体を地球化(テラホーミング)するくらいなら、地球環境を改善する方が容易いとまで言われる程だ。


 だが、ある程度の人数を一時退避させるのは、そう難しい事ではない。


「人間が原因で起きるコノ大惨事は我々にも止められない。だが、私達が育んだ者達が、あの様に戻って来るのだ」


 シャトルの窓に見えているのは、明らかに人類だった。


「そして、我々の支援と支配による、新たな人類の歴史が地上で始まるわ。ただ、その神代で生きていく為には生物としての真化(しんか)が必要となるの」

「進化?」


 そう言うシシスの姿は、光り輝いて見えた。

 外郭の内側には、顕在な文明都市が見えている。

 ゼロから始めなくてはならない地上では、彼等の支援が必要だろう。


「(彼女達が【神】なの?横の女性の背後には翼みたいな揺らぎが見えるし・・・長谷川警部は普通だけど)」

「あのぉ~、シシス様。何を勝手に教えてるんですか?彼女に対する判断は、私に任された筈ですよね?」

「えっ?」


 シシスの光に見とれていた林原は、いきなり横から聞こえてきた賀茂の声に驚いた。


重蔵(しげくら)がモタモタしていたのでね」

「期限までは余裕があったので、彼女の意向を尊重しようと思ってたんですけどね」


 気がつくと、部屋は立体映像ではなく元の事務所に戻っていた。

 林原の横で賀茂が眉間を押さえている。


「賀茂さん。あの大災害は支配の為に貴方達が起こすのですか?」

「違いますよ。支配なら今もできるじゃないですか?」


 実質、多くの政府関係者が賀茂達に協力的なのは彼女も見てきた。


「我々も直接見た訳じゃ無いですけど、神世の時代に神々の支配に反抗した人間が、世界を二つに分けて、その限界が将来的に来るのが、さっきの話らしいです」


 聖書で言うなら【失楽園】や【バベルの塔】など、人間が反抗する行為は神話にも描かれている。

 証拠は無いが、賀茂の話は辻褄が合っていた。

 今も人間は、自分の権力欲の為に神仏を利用している事が多いし、ドラマでも人間に不都合な上位存在を滅ぼす話しか作られない。


 それに、確かに人間を無駄に絶滅させるよりは、奴隷としてでも生き残らせる方がメリットはあるのだろう。


「(確かに、私みたいに雑用には使えるわよね)」


 林原は、この事務所の人間関係が、将来の地球の縮図であると納得できた。


「それで、ジュウゾウ。どうだったの?ライナスとか言う研修生は?」


 いきなり、ショートカットの女性が賀茂に問いかける。


「ホテルは、もぬけの殻だったよ、茜。少し飛び回ってみたけど見つからなかった」

「恐らくは、例の【タリスマン】と同じものを使ったのだろう。あれは離れると我々でも見つからない」


 賀茂の答えに金髪少女が答えた。

 【タリスマン】とか言う特殊装備の事は、林原も少しは聞いていた。


「しかし、これでスパイ確定よね?痕跡も残してないなら誘拐も考えられない。しかも、私が来るタイミングに合わせるなんて」


 シシスと名乗った少女は、かなりの能力者なのだろう。


「ライナスさんがスパイ?」

「来ていたのはソックリのニセ者だったらしいですぞ、林原警部補。健康診断をした時に異常が有ったので調べたら、南米で腐敗した下半身が見つかったそうです」

「独特な趣味はもってましたが、別段怪しい所はなかったですよね?」


 長谷川警部もライナスの件は聞いている様だ。

 賀茂の感想同様に、林原にとっても寝耳に水な話だし、そんな素振りは見えなかった。

 最初こそ見下した様な態度だったライナスも、途中からは好意的に接してくれていた。


「その【偽ライナス】に関しては、固有波長と遺伝子情報を元に指名手配はかけるが、捕まらないでしょうね」

「更なる遺伝子操作をすれば別人になれるし、元より使徒が簡単に見付かれば、御互いに殲滅できてしまいますからね」


 こういった話を聞いているだけの林原も、賀茂達には同様の能力を持つ組織が有るとは聞いていた。

 だが、それが目の前に居たとは信じられなかったのだ。


「では、研修生は?私の出向業務は?」

「研修は中止だけど、本庁に帰りたければ帰れますよ」

「こんな情報を見せてですか?」

「だから迷ってたし、無理に教えなかったんですよ」


 賀茂は確かに、いろいろと配慮してくれていた。

 だが、彼の主人達は林原を取り込む方針にしたらしい。


「本庁に帰っても監視や制限、一部の義務が一般の警官より増えるんでしょうね?賀茂さん」

「今日の事で、それは以前より増すでしょうね」


 この情報がマスコミやSNSにでも流れたら、その流出者は処分されるだろう。

 彼等の行動と将来の重要性を考えれば、彼女に漏洩の意思はないが、政府関係者や一部の結社は目的の為なら薬物をつかったり洗脳したりもするのだろう。

 各自の正義は、それぞれに否定をし合うものだからだ。


「それに本庁に帰ったら、マグナムを撃つことも、命の保証も無いですよね。今は金銭的にも優遇されてますから、正直言って迷ってました」


 今の状態が特別扱いなのだ。

 賀茂達の部下でいれば、携帯可能な武器なら自由にできるし、彼等が一緒ならBレベルの彼女は優先して命を助けられるだろう。

 望めば億単位の資産も可能らしい。


 考えてみれば一般警官は、凶悪犯罪にも立ち向かう関係上、命の保証は皆無だ。

 年金は有るが給料は安い上に書類業務は面倒だ。


 一般的な警察官も有意義な仕事だが、賀茂達の目的の前ではかすれてしまう。


「そうですねぇ・・・」


 賀茂達には明確な敵対者が存在し、その力は賀茂達同様に人智を越えたものらしいが、幸いな事に林原や以前の狙撃者の様なBレベルやAレベルの存在は両勢力に重要らしい。


 例えるなら、敵側が持っていた武器同様に極端な敵対行動をとらなければ(とれる能力も無いが)、将来活用する為にも『放置』するだろう。


「いろいろ考えましたが、私でお役に立てるなら、このまま出向していたいと思います」

「貴女の意思で決めたなら、そうしましょう。改めまして、林原さん」


 賀茂は林原の意思を尊重すると言ってくれた。


「今日から仲間が増えるのね?まだ自己紹介が未だだったわね。私は自衛隊所属の【山根(やまね)(あかね)】。賀茂と同じ【使徒(しと)】よ」


 金髪少女の横にいたショートカット女性が自己紹介をしてくれた。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。えっと、【しと】?ですか?魔法使いや陰陽師じゃなくてですか?」

「え~、山根さん。詳細は後で自分が教育致しますよ」

「頼むわね、長谷川」


 これから林原にとって本当の上司となる長谷川警部が、山根に頭を下げて承諾を得た。


「ジュウゾウ?まさかとは思うけど、この女やライナスとかには手を出してないわよね?」

「何を言うんだ茜。俺は君一途に決まってるだろう?」


 賀茂の一人称が変化している。

 急に賀茂を睨む山根に林原は、この二人の関係に察しがついた。


「長谷川警部。この二人の仲って、そういうものなんですか?でもライナスさんもなんて」

「林原警部補。彼等には肉体的にも性別や年齢は意味がないんですよ。男でも女でも子供でも老人にでも直ぐになれるんですよ」

「それって、まるで【天使】じゃないですか?」


 神話に出てくる神の使いには性別が無く、老化や死も無いとされている。


「『まるで』じゃなくて、文字道理の『天使』。『神の使い』『使徒』なんです」

「『使徒(しと)なんですか?賀茂さんも?」


 確かに、現実社会で『神の使い』や『天使』と言われるよりは、『陰陽師』や『自称魔法使い』の方が受け入れられるかも知れない。


「長谷川警部。分からない事がいろいろ有りますが、御指導御鞭撻のほどを宜しくお願いします」


 直属上司に、改めて礼をしておくのは社会人の常識だ。


「こちらこそ宜しく。私も愚痴を言える【人間の同僚】が欲しかったのでたすかります」

「それ、分かります」


 神の様な存在と天使達を前に、密やかに微笑む【普通の人間二人】だった。


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