31 各所の巡回
林原の知人が事務所に来てしまった事もあり、今までとは逆に賀茂達が警視庁に向かい、林原の運転で各地まで移動する事になっていた。
「では今日も、御依頼通りに所轄の巡回業務に同行します」
「毎回の手配をすみませんね林原さん」
「いえいえ。手柄を譲った事もあって、都内の所轄は協力的ですし、本庁からは『海外と宮内庁から所轄の巡回業務視察』と言う肩書きをいただきましたから」
彼女等の行動は警察内部では黙認されているものの、一般には極秘扱いなので、何らかの事件に関係した場合は所轄の手柄としている。
当然に譲られた方は恩義を感じるし、噂を聞いた他の所轄は印象を良くして自分達も恩恵を受けたいと、好意的になってくれた。
捜査一課の車に乗って本庁から向かう先は、既に連絡を入れてある都内所轄の警察署だ。
「同行する警官は胃が痛いでしょうね?所轄の評価を背負う訳ですから」
「私だったら病欠しちゃいますね」
「本当に御愁傷様だよな、林原女史」
所轄や地方の警察署に到着した林原達は、地元のパトカーに同乗して巡回経路を視察する。
助手席に林原が。後部座席に賀茂とライナスが乗り込んでいく。
所轄に連絡を入れている名目と行動は【巡回視察】だが、実際は巡回経路の周辺に居る【Dレベルの処置】が目的だ。
賀茂達は視界になくとも半径1キロメートル位の対象を感知と処置できるらしい。
一般人からのちょっと見は、窓から周囲を観察している様にしか見えない。
「ライナス君も仕事が早くなりましたね」
「流石に回数をこなせば慣れてきますよ、先輩」
手配された地図を見ながらレポートを書くフリをする後部座席では、実は坦々と【処置】をこなしている様だ。
Eレベルが見付かった時は休憩と称して運転手を残して対処に向かい、急がない時は地図に記載して後で処置する。
警官の巡回業務は二人一組なのだが、運転手の巡査に加え警部補の林原が居るので問題は無い事になった。
一般事件の逮捕や事情聴取などの必要が出た時には、応援のパトカーを呼ぶ事になっている。
そしてパトカーは、車が擦れ違えない様な細い路地へと入っていく。
「ここは通常、バイクで巡回するコースですよね?」
林原は巡査からの叩き上げなので、市街巡回の経験があっての質問だ。
「はい、仰る通りです。視察では可能な限りの巡回コースを御見せするようにとの指示でしたので」
警察の巡回は一日に数回行われるが、今回は一巡だけの特別コースなので時間も巡回方法も特別だ。
本来なら学生の通学時間などに合わせた巡回もあるのだが、時間的物理的に無理があるのでコース紹介のみとなっている。
当然だが、車では通れない巡回コースも有るので、全てを網羅する事もできない。
「無理なコースは避けてくださいね。警官が事故を起こしては本末転倒ですから」
「了解です」
後部座席からの賀茂の言葉に、運転手である巡査が答える。
特別巡回予定の地図を見ると、かなり広範囲を廻る様だ。
途中で一度署に戻って昼食を取り、再び出発して管轄内を巡る。
そしてパトカーは、16時には警察署に戻ってきた。
「全ての巡回コースを御見せできなくて恐縮です」
「いえいえ。時間的な束縛もありますし、御忙しい中で御協力頂いてありがとうございます」
「Thank You!so much」
賀茂の礼の後にライナスが英語で礼を重ねる。
そしてタイミングを見計らった賀茂が『電話に気付きスマホをとる』行為をした。
「これから、歓迎会を考えているのですが?いかがですか」
警視の地位を持つ署長直々の御言葉だ。
所轄としては本庁側の機嫌をとっておきたいのだろう。
「御好意はありがたいのですが、用事もありますので・・」
無駄な経費を使わせる訳にはいかないが、賀茂の返事には別の意味がある様だ。
彼は林原に対して、鍵を渡す様にゼスチャーをしている。
「E案件ですか?」
「まだ成りかけですが、間に合います」
先程の電話はブラフだ。
流石にEレベルは遠隔での処置が無理らしい。
所轄に分からない様に隠語を使い、確認を取ってから林原は鍵を渡した。
来賓に運転させるのを所轄警官が首を傾げるが、『用事がある』と賀茂が口にしているので納得するだろう。
「御協力に感謝します」
最後に林原が礼をして車に乗り込み発車する。
Eレベルは、どうやら巡回の時に見付けた様だ。
所轄までの移動に使った車は捜査一課の車は覆面パトカーなので、騒がれる事もない。
警官に見つかっても『再確認したい項目がありましたので』で済ませられる。
「しかし、林原さんのアイデアには脱帽ですよ。効率が著しく上がりました」
「私も楽ができて嬉しいですから」
Dレベル処置の方法には、徒歩で移動しながらの処置と、車で走りながらの処置を行っていた。
ながらスマホと一緒で、歩きながらでは集中力が散漫に成りやすく、感知範囲が狭くなる。
車で走りながらだと、運転手も知らない道を通るために効率が落ちる。
その点、林原の提案した【巡回業務視察】だと、巡回の為にムラ無くエリアをカバーできる上に、所轄警察署が効率良く回れる道を、前もってリサーチしてくれている。
警察の巡回コースは、より広範囲に見回れる様に工夫されているので、彼等の処置にも有効だった。
更に、この視察資料を流用すれば、二回目以降は賀茂達単独でも効率の良い巡回処置ができるのだ。
「不審車両と見られても、警官が同乗していれば問題ないですしね」
賀茂達は通常時、フイルムを貼ったワンボックスカーで移動していた。
研修期間は出払っているが、時には不審車両扱いされる事もある。
「ただ、我々が【巡回業務視察】に行った場所の死亡率が同時刻のみ跳ね上がるのが問題視されなければ良いのですが」
「賀茂さん。その件は警視監にも相談してみます」
「御迷惑をお掛けします。警察には足を向けて寝れませんよ、林原さん」
「何を今さら」
立場的に、どちらが上かを林原は状況から理解している。
賀茂の言葉が冗談や皮肉ではなく社交辞令なのは彼女は理解している。
「おっと、メールが・・・」
賀茂が車を道路の左端に停め、ポケットから携帯を出して内容を確認した。
「林原さん、予定より早く本庁に帰れるかも知れませんよ」
「えっ?研修が中止になるんですか?」
メールを確認した賀茂の言葉にライナスが動揺した。
「違うよライナス君。予定より早くココの本隊が帰ってこれそうだから、常駐の警官も帰ってこれるんだよ」
賀茂の返事に林原の口角が少し上がる。
ライナスは少し眉間に皺を寄せた。
帰って来る警部が男なのが不満なのか、林原が気に入っているのかは定かでない。
二人の反応を横目で見ながら、賀茂は再び車を走らせて目的地へと向かった。
ライナスがいきなり姿を消したのは、本隊が事務所に帰ってきた当日の事となるのだが、その原因がメールにあった事には、この時には誰も気が付かなかった。




