25 新ワクチン
『中東付近が発生地と思われる新型インフルエンザにより、各国は已然として渡航規制と入国時検疫の強化を続けておりますが、ブランシュ社開発のワクチンにより・・・・』
テレビでは、またも新しい病気に関するニュースを告げていた。
死亡率は以前の物より比較的高く、発生地付近では毎回の様に人口の減少が見られている。
各国では軍事費が削減され、医療関係への支援に回されていた。
「病気のお陰で紛争が減っているとは、複雑な気持ちですよねぇ賀茂さん」
「神様が人類に天罰を与えているのかも知れませんよ」
「神様が本当に居るなら、こんな戦争ばかりやっていた世界になってませんよ」
神社関係者の賀茂と、教会が嫌で警官になった林原にはアルアルな会話と言える。
実際、有史以後に神様が人類の前に現れたという話は皆無と言っていい。
「異教徒を殺す様に命じている宗教も有るんだよ。林原女史」
「そんな宗教ってカルトじゃないですか!」
ライナスの言葉に彼女は嫌悪感を覚える。
林原は近年のプロテスタントキリスト教と、市民レベルの日本の神社仏閣しか知らない。
だが、織田信長の時代はお寺が武装していたりしていたし、少林寺拳法は中国の仏閣が発祥だ。
キリスト教も布教と称して十字軍遠征を行ない、フランシスコ・ザビエルは侵略の為の調査団だった証拠が見つかっている。
ヒンズー教やイスラム教は異教徒との戦いを推奨しているし、北欧神話で主神オーディンが巨人族との戦いに備えて戦士の魂を集めさせているという。
「確かに【他】からの介入もあるでしょうが、大半は人間が好き勝手したいが為に神様を拒絶して、勝手に書き換えているんですよ」
「賀茂さん、その発言って神社の宗主として、どうなんですか?」
「表に立つ神主は知らない話ですから、大丈夫ですよ」
賀茂は笑っているが、彼は宮内庁所属なので、どうかと思われる発言だ。
「神様の話は長くなりますから後日にしましょう。ソレより林原さんのワクチン接種は、いつなんですか?」
「それは、来週に医師が警視庁に来るらしいんで、その時にしようかと」
公務員も各員の判断という事になってはいるが、一般市民と接する関係上、実質的な義務となっていて優先的に接種できる。
「どうせ射つんなら、病院を手配しましょうか?我々も行きますから次いでにできますよ」
「賀茂さん達もワクチン射つんですか?」
人間を超えた賀茂達が、人間のワクチンを射つと思って、林原は驚いた。
「いいえ、我々は単なる健康診断ですよ。感染症にはかかりませんから(常世から帰ってから、ちゃんとした精密検査が先送りになってたからな)」
賀茂の返事は、予想の範疇だったので、林原は逆に安心した。
使命の優先もあるが、彼等の精密検査には、ある程度の準備が必要なのも先送りになっていた理由の一つだ。
「私の予防接種で賀茂さん達の業務を中断させるのもナンですから、お願いしてもいいですか?」
賀茂達の業務には、基本的に林原の同行が義務付けられているからだ。
賀茂の健康診断と林原の予防接種が同じ日に行われれば、無駄は省ける。
そして実質、彼女は接種証明さえ出してもらえれば、何処の病院でも構わないのだった。
「じゃあ、いつが良いですか?林原さん」
「いつでも構いませんが?」
「俺は日曜日が潰れなければ良いですよ」
ライナスの予定は、いつものヒーローショーらしい。
賀茂はスマホで何かを確認している。
最近は、スマホで病院の予約も普通になっているのだ。
「では、明日でどうですか?」
「俺は問題ありません」
「急ですね?私も問題はありませんが」
「では、予約を入れますよ」
賀茂は早速、予約を入れた様だ。
「明日行く病院では副反応の対処もしっかりできるので、安心して下さい」
「あぁ、良く聞きますねぇ【副反応】」
「ワクチンの主流が【mRNA】タイプになってから、騒がれはじめましたよね」
従来のワクチンに比べmRNAワクチンは、発熱や喘息の副反応症状などが著しく報告されている。
繁殖力を潰しているとは言え元気なウイルスを接種するのだから、身体に負担が掛からないとは言えないのだろう。
そして、その拒否反応の為か従来の物とは違い、数回の接種が必要とされていた。
「昔は、複数回の予防接種なんて無かったんですがねぇ」
「それって平成以前の話ですよね?賀茂さんは本当は何歳なんですか?」
「トップシークレットです」
実際は知識として知っているだけだが、賀茂は笑って誤魔化した。
本当はBCGワクチン(結核用)などは、ツベルクリン反応が悪ければ、再度の接種をしていた時期もある。
だがソレも十数年後で、短期間に複数回の接種は無かった。
「本当にmRNAワクチンになってから、いろいろと変わりましたよ」
賀茂の表情は、何かを抱え込んでいる様だった。
翌日の通院は、朝から車での移動だった。
明らかに郊外の山合いに有り、病院と言うより【研究所】と言った感じだ。
「敷地に入るのにIDの照合や個人識別とか、警備が自動小銃持ってるとか、ここは本当に病院なんですか?」
「VIPとかが身を隠すとかにも使ってますから、管理が厳重なんですよ」
特に看板も無く、警備に当たっているのは制服は違えども自衛隊員に間違いない。
建物の周囲は電気柵やらセンサー、カメラが配置されている。
建物の外観は研究所だが、奥に入るとホテル並みの対応がされた。
「いらっしゃいませ賀茂様」
「車を頼む」
「承知いたしました。お預かり致します」
ホテルの様な建物の入り口でスタッフに車を預けた。
「あれってバレーパーキング係りっていうんでしたっけ?先輩」
「私も初めて見ました」
「だから言っただろ?VIPが来るって」
スタッフに頭を下げられながら入ったホールは、まるで高級ホテルの様だが、床が絨毯でなくタイル張りなのと車椅子、白衣のスタッフが多く目につく。
「間違いなく病院だわ、ココ」
「金を使ってますねぇ」
受付カウンターのコンシェルジュに賀茂が話をしている最中にも、林原とライナスは周りを見回していた。
「じゃあ、ここから林原さんとは別行動になります」
「分かりました。また後で」
「えっ?先輩とも別行動ですか?」
「ライナス君と私では、調整が違うからね」
三人の看護婦が現れて、それぞれに礼をした。
見てくれは看護婦だが、行動はホテルスタッフだ。
「林原美佐緒様でお間違いないですね?」
「は、はい。林原美佐緒です」
「では、最初に更衣室で着替えて頂きます」
「えっ?」
賀茂達と別のエレベーターに乗った林原は、看護婦から意外な言葉を聞いた。
「確か、インフルエンザの予防接種ですよね?」
「おっしゃる通りでございます。採血の後にパッチテストをしてからの接種となります」
林原は目を丸くした。
過去にも予防接種をしたが、こんな事は無かったからだ。
「採血とか、健康診断じゃないですよね?」
「我がブランシュ・メディックでは、汎用ではなく御客様に最適なワクチンを御提供致しております。その為の検査となります」
「ぶ、ブランシュ・・・(ワクチンの製造元じゃない!賀茂さんは何て所に連れて来るのかしら?)」
林原は、ここまでの多くの点で合点がいった。
そして、看護婦の言う通りにするしかない事を悟るのだった。




