22 陰陽師の家
「お話は、事務所でするんじゃないんですか?」
「あそこだと、お茶とかも自分達でやらないといけませんしね」
「で、何処に行くんです?」
翌日の日曜に、林原は賀茂の運転する車で事務所から連れ出されていた。
日頃の行動から、このままイカガワシイ所へは連れていかないだろうと判断したのだ。
「(二人とも淡白と言うか、そう言った雰囲気は皆無なのよねぇ)」
人間の二面性やムッツリスケベなどを考えても、彼等の能力を見れば抵抗は無駄だと、諦めるしかないのも確かではある。
微笑むだけの賀茂を横目に、林原はシートに身を沈めた。
しばらく車が走ると、住宅街の中に長い白壁が続いていた。
そして・・
「ここは・・・東賀茂神社?【賀茂】?」
「そうです。私の実家ですよ。ここなら茶菓子も出せますから」
「な、何を考えてるんですか?同僚とは言え異性を一人だけ実家に招くなんて・・・」
「ははは、確かにソウですね。両親にでも紹介しましょうかねぇ?」
「冗談はやめて下さいよ」
見た目は林原の方が歳上だが資料通りなら、実年齢は逆の可能性がある。
車は神社の駐車場に入ると、その奥のゲートへと向かった。
フェンスがひとりでに開き。車は社務所の裏手にある従業員駐車場に到着する。
「お帰りなさいませ、宗主様」
巫女だけでなく、年輩の神主と年輩女性までもが社務所の裏口らしき所の両脇に並んでお出迎えをしている。
「まさかマジで御両親?宗主様って?」
「ああ、両親ではありませんよ。林原さんも知っての通り、私は政府関係の仕事をしてますから、神社の後継者なのに祭事は疎かになるんです。そこで、親戚に【神主】を任せて代行させてる訳なんですが、神主より上の立場なんで【宗主】と呼ばれているんです」
御家事情は様々だ。
法律で『職業選択の自由』などと言われているが、組織の後継者が転職してしまうと、それまでの組織構成員の生活を維持する為に、代わりの後継者を立てなければならない。
そこでは大抵が、派閥や利害関係の為に争いが起きる。
それは必ず組織の勢力を低下させるのだ。
だから実質的に【後継者】に選択の自由は無く、それは王家や会社、非合法組織などにおいても同様だ。
「それ、分かりますよ。私も親の信仰の為に、こんな任務をさせられているんですから」
林原は、両親がクリスチャンだと言う事で、このバチカン絡みの任務をやれと上司に言われている。
賀茂も書類では、宮内庁の仕事をしているので外国宗教関係者の案内をする事になっている。
「(でも、賀茂さんの正体と行動は書類通りではないし、私の選抜理由も違うみたい。何が本当なのか?」
賀茂達が【処分】している【Dレベル】と【Eレベル】の人間と、事件や災害から保護しようとしている【Aレベル】と【Bレベル】の人間。
そして、林原自身が確認した、彼女が【Bレベル】である事実は、このチームに関する情報が偽造である事を示しているのだ。
「(かと言って、告発する事も逃げる事もできそうにないのよねぇ)」
そんな事を考えている間に、林原と賀茂、数人の巫女が社務所にあるエレベーターに乗り込んだ。
巫女の一人がプレートに手を当て、暗証番号を打ち込んでいる。
「(社務所は平屋だし、エレベーターの表示は【地下】?)」
階数表記は無いので、深さは分からないが【地下一階だけ】なのだろう。
「来客の連絡しておいたんだから、茶菓子もやお茶は用意できてるんだろうな?」
「手配は万全でございます、宗主様」
巫女が怯えながら答えた。
最悪、賀茂の逆鱗に触れれば、Bレベルでも病死させられそうではある。
「(賀茂さんて、この人達にはどんな姿に見えてるんだろう?)」
林原は、初めて賀茂達に会った時の事を思い出した。
最初は少女の姿に見えていたが、次の瞬間には今の姿に見えていた。
そうして到着したエレベーターを降りると長い通路が目前に見える。
林原は、ふと違和感を覚えた。
エレベーターホールには階段が隣接しているものだが、それが存在しない。
疑問に思いながら通路を進んで扉を開くと、 広いホールが姿を現した。
何も無いホールの向こう側に、一つだけ扉がある。
床は、チェス盤の様に交互の白茶パネルでできているが一個一個が大きめで、それぞれの角が黒くなっていた。
壁や天井は何かのオブジェなのか、無数の棒が飛び出していて、まるでウニの刺の様だ。
「何ですか?この部屋は?」
あまりに殺風景で使用目的も不明な部屋に、思わず口にしてしまった。
「ここは、一般人向けのトラップルームですよ。彼女たちと同じパネルを踏んで進んで下さい」
パネルは、ちょうど人間の一歩分の大きさが有り、先行する巫女達は、石蹴りの様な独特な進みかたをしていた。
「変な進みかたですね?でも、同じパターンを繰り返している様な」
「覚えれば簡単でしょ?これは陰陽道に伝わる【禹歩】と言う魔除けの歩き方ですよ」
「陰陽道?安倍晴明とかで有名な陰陽師?」
「私は陰陽師でもありますから・・」
確かに、賀茂が口にした彼等の複数の正体には【陰陽師】も含まれていた記憶があった。
「もし、パネルを踏み外すと」
賀茂は、あえて真っ直ぐ進んで異なるパネルを踏んでみせた。
途端、パネルの四隅から何かが飛び出し、賀茂の身体を貫通した。
いや、貫通した様に見えたが、彼は既に元のパネルに戻っていた。
「串刺しになりますから、注意して下さい」
「わ、分かりました」
天井や壁の刺は、その飛翔物か、その痕跡を隠す為の物なのだろう。
確かに侵入者や突入部隊が大人数でやって来ても、このホールを通過するのは難しい。
そしてエレベーターホールに階段が無いのは、侵入を困難にする目的がある。
奥の部屋には脱出専用の出口か方法が別に有るのだろう。
「こんな物々しい警備で、宝物庫にでも行くんですか?」
「いいえ?行くのは私の自室ですが?」
「はぁ?【自室】ですか・・」
その後も、巫女による幾つかの生体認証を使って到達したのは、ちょっと高級そうな洋室だった。
特に絵画や調度品等はなく、生活感の無いモデルルームと言った感じだ。
テーブルに座った二人に紅茶とケーキ、クッキーを出して、巫女達は姿を消した。
賀茂が紅茶に口を付けてから一息つき、口を開く。
「林原さん。まずは休日に御手間をとらせてしまって申し訳ありません」
「いいえ、こちらこそ。良い言い訳ができます」
賀茂の呼び出しのお陰で、彼女は教会に行かなくても済んでいるのだから。
「着任後、約一ヶ月過ぎましたが、特に問題点や不満は有りますか?正直に言って良いですよ」
「忌憚無く言わせてもらえば問題たらけ、不満だらけですね。常識や道理が通用しませんから。でも、【任務】としては受け入れますし、不可能ではありません」
「まあまあ妥当な回答ですね」
賀茂にとっては想定内の返事だったらしく、満足そうだった。
「で、昨日もお話ししましたが、あと五ヶ月弱の任期が終わったら、どうします?林原さん。所属を現在のままにして非常勤にもできますし、捜査一課の別の班に戻る事もできますよ」
「高額収入で非常勤ってのは魅力的ですが、できれば戻りたいですね。しかし、階級が上がったままだと立場が微妙ではあります」
現在の林原の所属先となっている警視庁刑事部捜査一課第九班には、常勤の警部が居る。
その警官は別の【魔法使い】と出張中なので、研修生の為に東京に居残った賀茂のサポートとして彼女が呼ばれており、臨時の班長として階級を上げられているのだ。
捜査一課の他班に戻ると、その昇進の分が同僚との摩擦を生みかねない。
「返事は急ぐんでしょうか?」
正直に言って、他の任務より安全で収入が多く、いろいろと自由にできるコノ職場は魅力的と言える。
権力的にも捜査一課の他班より上だ。
「急ぎませんが、期日までには決めてくださいね」
「分かってます」
続けるとなれば、世界の裏側に深く関わる事になるだろう。
それが幸せとなるか不幸となるか分からないが、精神的負担が増えるのは間違いないだろう。
「(十中八九、延長は無しだけど、機密保持とかで行動が制限されるんだろうなぁ)」
常時監視が付き言動が記録される。
警察を辞めても、転職先や宗教活動に制限が加わり、海外旅行も禁止されかねない。
機密を持っている人間は、管理のために冤罪で投獄される事すらある。
「では蛇足ですが、警察組織での不都合とか無いですか?私の感触として日笠警視監に伝えますよ?」
「あ~、そうですねぇ。出向が終わった場合の立場について心配している事を、それとなく伝えてもらえれば・・・」
「分かりました」
以前に、監察官達には釘を刺しなおしてある。
それは、刑事課にも伝わっている様で、林原が本庁に出向いた時などにちょっかいを出す者は居なくなった。
「他に無い様でしたら与太話でもしましょうか?オフレコで」
「オフレコで良いなら、ライナスさんが戦隊物好きって、どうなんでしょ?」
「それは私の意見を述べさせてもらえるなら・・・・」
密室での与太話は、それからしばらく続いた。




